2026年3月29日日曜日

香天集3月29日 森谷一成、玉記玉、夏礼子、柏原玄、中嶋飛鳥ほか

香天集3月29日 岡田耕治 選

森谷一成
白面をしらべ始める杉の花
口笛吹く出来損いの初音にも
木の叉に隠れていたり原発忌
永き日の悦ちゃんと居る身の昔

玉記 玉
困憊の寄り添うている花筏
眠る昼眠らぬ夜を藤垂るる
放しては抓んでみたる寄居虫かな
柳絮飛ぶ気分で君も沈黙す

夏 礼子
恋猫の永久を見ている闇のあり
雛の目の数多めまいのしてきたる
春の鵙明日の日差しを啄みぬ
一日を生まれ変わらん春の雲

柏原 玄
束の間の美徳をおぼえ紫木蓮
つくづくし一枚を脱ぎ立ち向かう
蛇穴を出てたくらみの舌を出す
再始動ならぬ来し方初桜

中嶋飛鳥
生殖の春呼びよせる海の青
山笑う少し無理して肩を組み
新しき仮面をえらび卒業す
木瓜の花退院メール二度来たり

加地弘子 
印鑑はここ書類はここと追儺の夜
福も鬼も変わらずありて豆を喰う
大根や血抜きされたる鰤の粗
綿虫のぶつかる事のなき軽さ

釜田きよ子
チューリップと同じ顔して一年生
さくらさくら無心に眠る赤ん坊
敵味方どちらも大事山笑う
誰からも好かれ飽きられチューリップ

砂山恵子
もうちよつとが口癖の子よ木の芽摘む
ババ抜きを抜けたる子から石鹸玉
春の星あかり消したる能舞台
春愁牛乳瓶から出たのかも

嶋田 静
髪切ってまぶしき街や風光る
寂しさのなお山茶花の白が好き
親切をさずかっている春日向
海賊の幟はためき島の春

前藤宏子
和菓子買う春いっぱいの色を選り
山里の郵便局の雛かな
珍しく息子が取れり桜餅
鞦韆をひと振り揺らし少年去る

宮崎義雄
春の宵老いの命を酌み交わす
春闘や雑魚寝の列の豆灯り
底砂利をくの字に探り乗込鮒
岸壁を掻く音つづく貽貝取り

森本知美
遮断機の音のリズムや畑を打つ
畑打や笹根と力くらべしつ
戦争のニュース日毎に木瓜咲きぬ
予定表埋まる早さよ弥生尽

安田康子
さんざめく玻璃戸の向こうミモザの黄
ほこほこと追い上ぐ蕾シクラメン
春夕焼あすは良き事きっとある
風光る和太鼓ひびくカフェテラス

木南明子
寒あやめ残れる日々を思いやる
白梅の両手を上に挙げており
花辛夷今日の暮らしを恙なく
白椿装う人が玄関に

河野宗子
春日向手に持つコップ落としたる
雪柳燃え立つ白を知らぬ家
木瓜の花大きなトゲを出しており
松の芯今をきっぱり生きのびる

田中仁美
春立つと遠くなりゆくニューヨーク
毛氈の春日をすすむ裾さばき
風光る着物ふたりの笑い声
チューリップ孫がこちらを向いてる

目 美規子
百円を拾う道端こぼれ梅
啓蟄や寝起きのめまいして来たる
五十年続くスナック春に閉ず
天に矢を放ちていたる白木蓮

金重こねみ
浮かびくる友の笑顔や朧の夜
媼ほど声弾みたる雛祭
啓蟄や鍬をひとまず置くことに
ドローンの爆撃つづく春の闇

松並美根子
ガラス戸の光まぶしむ春炬燵
店頭の色さまざまにチューリップ
春来る曾孫に会えし初参式
思い馳す山中渓の桜かな

北岡昌子
ホーホーと鶯のなく散歩中
春の霜地面にうつる犬の顔
姿見ず目白の声の聞こえたる
病院の庭の明るき桃の花

大里久代
春よ来い土の中より呼んでいる
太陽に照らされ光る春の芝
買物中お雛祭りの曲流れ
桃の花二人並んですましけり

〈俳句物語〉 耕治
永き日の悦ちゃんと居る身の昔  森谷一成
 ぼくが住む町に近づくと、車窓の先に海が見えてくる。それまではスマホを見ているのだが、海の見えるあたりに差し掛かると、顔を上げて水平線を見つめるのが日課になっている。日が長くなるこの季節は、ちょうど退勤の時刻に、海に沈む夕焼が見える。
 今日、ぼくが見た夕日は、海一面を紅く染め上げ、中学時代に悦ちゃんと二人で見た、あの日の夕日と同じグラデーションだと感じた。
 悦ちゃんとは、交換日記をしていた。放課後、放送室兼放送部の部室にぼくが日記を置き、翌日また取りに行く。彼女は幼くして母親を亡くし、どこかのんびりした父親と二人暮らし。最近、その父親に再婚話が持ち上がっていると聞いた。ある時、開いた日記の2ページいっぱいに、ただぼくの名前だけが、びっしりと書き連ねてあって、驚いた。
 文化発表会が終わった日、たまたま一緒に帰ることになり、そのまま海を見に行った。そのときも、今日と同じように、海も空も茜色に染まる夕暮れだった。二人並んでベンチに座り、ただ沈んでいく夕日を見ているだけで、お互いのことは何も話さなかった。
 それぞれ別の高校に進学し、高校生になってから悦ちゃんと二度会った。二度目も海を見に行ったけれど、次に会う約束はしなかった。あれはもう30年以上も前のことになるだろうか。
 ふと、自分が降りる駅の一つ手前で、一人の女性が電車を降り、夕日のホームを歩いていくのが見えた。その一瞬の横顔と目差しに、「悦ちゃんではないか」と直感した。すぐに電車が発車してしまい、確かめる術はなかったが、あれはきっと悦ちゃんにちがいない。なぜなら、ぼくのてのひらに、中学生の頃に握り合った、あの小さな手の温もりが蘇っているから。
*立ち止まるためすかんぽを咥えけり 岡田耕治

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