〈俳句物語〉岡田耕治
春夕べひっかき傷を猫にもらう 浅海紀代子
わらわは猫、名前はココ。あるじの肉付きのいい手のひらは、わらわの腰から背中へ、さらに耳の後ろへとゆっくりとした愛撫をくれる。そうこうしているうちに、いつしかあるじのお腹を枕に眠りについてしまうのが常である。
だが、今日は違った。窓の外を向かいのレオがのそりと歩いている。わらわはハッと目覚め、起き上がった拍子に、あるじの手首をひっかいてしまったのである。「痛っ」と声を上げ、あるじが洗面所に立った隙に、わらわはレオを追って外へ飛び出した。レオはわらわの姿が見えているはずなのに、そのまま家の中に入ってしまった。
レオは去年の夏に去勢手術を受け、二つのタマタマを失ってしまった。それ以来、わらわを見ても近寄ってくることが少なくなった。以前の引き締まったスタイルも崩れ、急に太ってしまったせいか、家にいる時間が増えている。わらわとは、もはや恋のリズムが合わなくなったのだろうか。
夕刻、あるじのパートナーが帰宅し、二人の会話が始まった。
「今日はココにひっかかれてしまったの」
「え、珍しいね。大丈夫?」
「うん。猫の恋なのかしら、このところピリピリしてる感じなの」
「そろそろ避妊手術した方がいいかも」
「手術となると、三万円以上かかるでしょ」
「いや、補助金が出るから半額くらいでできるんじゃない。でも、先着順だから早く申し込まないと」
この会話を眠ったふりをして聞きながら、わらわはふと思った。
これで、レオとものんびり仲良くできるかも。
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