香天集10月30日 岡田耕治 選
玉記玉
これは檸檬フェチシズムの硬さ
セブンイレブン月光が水臭い
黄昏を触れて過ぎたる酒林
木犀や脳のどこか赤児泣く
石井 冴
クリックで木馬が来たり銀杏散る
人類のひとり橡の実食べ始め
人類も馬も早足神無月
新藁や何度も指を突き刺して
谷川すみれ
白菜をざくり私は女なり
裸木やみんなが水を買いに行き
炬燵から離れてゆけりどこへ行く
大寒や鍋の底まで語りつぎ
森谷一成
遊び人出でてバッタの横っ飛び
摩天楼へ赤満月を率て帰り
秋茄子父の愛した浪花節
落柿舎にて
まつろわぬ柿と去来が膝を拍ち
木村博昭
川筋に醤油蔵あり赤とんぼ
鬼の子の記憶薄れてゆくばかり
木犀や忘れいしこと蘇り
側に六法全書銀杏散る
佐藤俊
銀木犀のごとき老人策を練る
螻蛄鳴くや十万億土の嘘ほんと
馬跳びの一瞬間の昭和かな
地球史の人なる証九月尽
辻井こうめ
どんぐりの袋逆さに鍵探す
木の実落つ片方だけのイヤリング
秋潮へ細むるまなこ岬馬
シャッター街シャッターに描く秋の虹
神谷曜子
泡立草体内の橋ふと渡る
去る人を敢えて忘れる櫨紅葉
読みかけの聖書と眠り金木犀
銀木犀私の隙間占領す
河野宗子
平凡な村にも香り金木犀
秋深山摘草料理待ちにけり
秋の雨雨と名のつく菓子口に
平和なる空を語れる稲穂かな
野村正孝
血に染まる白き糸あり彼岸花
秋晴のおもちゃ売り場の戦車かな
そぞろ寒城下の壁に遊ぶ猫
白猫の大あくび見え城の秋
藪内静枝
野路菊の今年しゃ素直に咲き揃い
ひたすらに明日を信じ林檎むく
頓堀を歩いていそうこの案山子
焼き秋刀魚箸のはじめを香りけり
岡田ヨシ子
九十を生きてきたりし油照
転がりぬアスファルトには血のタオル
草むしりはじめよとこの秋の草
洗濯機炬燵布団が首を振る
*岬町小島にて。
香天集10月23日 岡田耕治 選
久堀博美
芒原海の光をあふれさせ
秋茄子腹の据わりし傷の跡
爽籟や今も二階にある昔
瞑れば湯殿に届く雪の声
夏 礼子
鰯雲えんぴつ削りたくなりぬ
しばらくはここに居たしと秋桜
手づくりの郵便受や秋燕
新聞紙ひろげ石榴の秘密かな
加地弘子
種飛ばす遊びのありし草の花
零るるを見せずに積もり金木犀
葛の花たじろいでいる深さかな
竹箒仕舞う側から小鳥来る
中嶋飛鳥
弱点はおおむね後ろ牛膝
長月の郵便ポスト猫はべり
沸点の音の揶揄い秋さびし
雲と行く花の枯れたる蕎麦の阜
小崎ひろ子
出た杭の並んで秋の星座表
主人(あるじ)なき仔猫がぬくめ黒き椅子
詩となりて吹く旅先の荻の風
労働を知らない素振り秋紬
楽沙千子
田の区切りあらわれている曼珠沙華
スニーカー埋まる荒田はたはたに
手で掬う湧水甘し秋日陰
栗石をつなぐ館や竹の春
嶋田 静
裏庭をパチパチはじき胡麻を干す
稲架を組む棚田に水音聞こえくる
山粧う足の運びの軽くなり
秋灯の便りやさしき文字ばかり
大阪観光大学にて。
香天集10月16日 岡田耕治 選
三好広一郎
大声で普通の蜻蛉追いかける
ストローは甘い残暑を吸っている
眉描いて秋の男を忘れけり
名月やタッパーウェアのような部屋
安部礼子
桐一葉他者に委ねるしかない灯
台風が来るポロックの白と黒
秋蛍約束のなき別れ際
風祭あながちはずれてはいない
宮下揺子
秋暑し拡げしセピア写真集
虫の声眠る力の衰えて
何から書く終活ノートちちろ鳴く
図書館の返却ポストとんぼ来る
古澤かおる
十三夜点眼液を良く振って
爺様と嬰児の眠し十三夜
芋を掘る尻餅をつく先生と
そぞろ寒一つのドアに鍵三つ
北村和美
新生姜食わず嫌いの君の舌
十三夜長くつき合う鳩時計
恋話を持ち寄っている夜長かな
蝶ネクタイ斜めになって秋の風
大西英雄
菅笠の和めり柿のお接待
サーフィンの見える松並足摺へ
一つ栗急ぐことなきへんろ道
二人旅刈穂の道をもくもくと
香天集10月9日 岡田耕治 選
柴田亨
奥大和へ嫁いだ人の豆ごはん
新茶汲む殯の森に光りあり
大地より溢れる水よ梨を噛む
街道を外れていたり大夕焼
三好つや子
新大豆ひかり混み合う笊の中
秋風は時のぬけ穴埴輪の目
蓑虫という感情の綴り方
横顔のときに哲人きりぎりす
渡邉美保
側溝を走るものあり赤のまま
勾玉のかたちにかじり栗の虫
黒葡萄だけを見てゐる幼き眼
体幹を鍛へてをりぬ稲子麿
釜田きよ子
折鶴の飛ぶときは飛ぶ秋夕焼
神無月人は白黒つけたがる
美しき国はどこかと案山子問う
宇宙より地球が良くて山装う
砂山恵子
笑ふのに理由はいらぬ新走り
秋澄みて誰も詩人になると言ふ
物理とは夢を追ふこと林檎落つ
夕空のほどけてゆけり稲雀
春田真理子
原爆の語り部迎え旱星
数かぞえ体温測る星の家
ジャムの瓶眉間に増やし星月夜
菓子買ひに銀河の駅へ行かまほし
河野宗子
鉄びんの白湯をひと飲み秋来たる
掛けられてずしりとはずむ今年米
雨あがり稲架の匂いのして来たる
百日紅コンクリートを叩きつけ
牧内登志雄
櫨紅葉草原一樹炎立つ
産土や真白の紙垂に秋の声
君といるそこを花野としたりけり
蓑虫の出るに出られぬ濁世にて
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
香天集10月2日 岡田耕治 選
玉記玉
天も地も離れ小石の涼しさよ
大花野どの鍵かざしてもひらく
覚めてゆく女体のように桐一葉
大銀杏頭骨の蓋はずれけり
石井冴
段取りの巡る胸板三尺寝
添い寝する蛇の冷たき胸乳かな
蚊喰鳥脳に詩篇もちて飛ぶ
赤信号灯りてうれし月の道
森谷一成
箱庭の赤児流してしまいけり
倍速に凭れていたり敗戦日
驚愕と哀悼の後鬼やんま
独語して鴉うなずく今朝の秋
佐藤俊
枯れすすき老人の掌に根を生やす
秋の日や縁側の刻進みだす
太陽に黒点のあり割柘榴
おけら鳴く記憶の闇を照らすごと
浅海紀代子
帰省の子草の匂いを摘みゆけり
鳳仙花夕風匂うときの来て
早早と灯を消しており秋の夜
説法に極楽見えず秋彼岸
中濱信子
蝉鳴くを二度ほど聞いてそれっきり
寝床へとつくや守宮はお出ましに
登校や大きくゆれる吾亦紅
知らぬ間に剪られてしまい吾亦紅
神谷曜子
朝曇り心のドアを開け放つ
元気だと背中が答え帰省の子
茗荷の子刻み続いている諍い
女王の帽子花野が溢れ出す
垣内孝雄
逝く秋や母の唄へる子守歌
ウクライナされど龍淵に潜む
長き夜や詩篇のごとき遺言書
秋しぐれ猫の病に向き合へる
大西英雄
地蔵からほほえみ返り彼岸花
円覚寺今を生きよと酔芙蓉
秋の空観音様の御足拭く
野仏や朱に白つづく彼岸花
藪内静枝
秋彼岸おはぎの好きな姑をもち
人生のカラーリングや秋桜
コスモスや認知の友の笑顔にて
レモンたっぷりフルーツサラダ山盛りに
吉丸房江
夕映えを満たし稲穂の金の波
風鈴よ暑かったねと箱に寝かす
一番で走るあの日の秋の空
コスモスの倒れてもなおほほえんで
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。