香天集6月25日 岡田耕治 選
谷川すみれ
戦争から帰ってこないバナナの斑
万緑に裸眼の視力晒しけり
永遠の死後となりたる泉かな
まだ少しこの世にありぬ白牡丹
石井 冴
ずぶぬれの隣家のリラを見ておりぬ
萎れるをモラルとしたり山法師
辛夷の実人の匂いを移しやり
蝸牛大きくなって家を出る
夏 礼子
仲良しの時にいじわる花ざくろ
地酒屋の前で落ち合う花楝
枇杷熟るる呼び覚ましたる記憶にも
ほうたるの闇に落差のありにけり
湯屋ゆうや
仙骨を祭太鼓に震わせる
守宮来てきのふの咎に触れむとす
太鼓打ち聞こえぬがごと太鼓打つ
光るものは壊さずにおく蜘蛛の糸
嶋田 静
アイスクリーム新幹線の旅が好き
姫奢莪に分け入っている水の音
水色の傘を選びし梅雨入かな
紫陽花を活けて実家のこと想う
柏原 玄
晩節の力としたる余花のあり
ぼうたんの花片の主張揺るぎなし
麦の秋老いを踏んばるたのしさよ
紫陽花や一期一会の濃むらさき
河野宗子
行く先はどこ箱詰のさくらんぼ
夏大根少少太りすぎている
紫陽花やスマートフォンが動かない
歯の痛みありて朝の百合の花
砂山恵子
土の香が街の香になり明易し
六月よ綿の香りのする風よ
不確かな世や夕顔の色をして
本当はシャイな人なりサングラス
楽沙千子
対案の浮ばぬ会議五月雨
弟の代に替りて緑摘む
パレードに埋めていたり夏帽子
旅慣れし異郷の娘踊子草
田中仁美
紫陽花やいつまでも咲き変わりたる
冷奴海藻の色てんこ盛り
くちなしの匂いをひとりじめにする
雨おんな二人が集い梅雨に入る
前藤宏子
跳箱を跳べぬ児が増え雲の峰
棘などは気にせず薔薇を剪りにけり
叩かれて叩かれてなお油虫
翻るたびに光となる若葉
森本知美
滴りを見つめていたり吾も水
着ぬままの母のパジャマや梅雨寒し
アマリリス切り挿してあり雨催
園児等の鼓笛若葉の風刻む
松並美根子
黒南風の中を一筋も水の音
独り居の独りの言葉夏椿
アメリカの孫子を想い梅漬ける
好日をたのしんでいる梅古木
金重峯子
久々のおしゃれちぐはぐ夏来る
一人身の楽しさ怖さ夕端居
枇杷七つ推し頂きて供えとす
フェルメールブルーをしたる翡翠かな
丸岡裕子
句を選ぶ目に力あり夏座敷
さあ庭へシミと格闘雲の峰
雨雲にざわついてあり夏の蝶
闇をぬいしづかに迫る百合の香よ
木南明子
青梅の言い訳聞かず搗き落す
朝夕に通る道なり立葵
村中の紫陽花よ咲け明日は晴
枇杷熟れて雀の学校にぎやかに
目美規子
寝不足の思考力ゼロすもも食む
退職者の元気確認柿若葉
七冠の藤井名人夏袴
異国語の甲高き声夏帽子
安田康子
六月の待合いの椅子湿りあり
黒南風やここは難波の高島屋
六月のひと雨ごとの草の丈
窓染むる終のすみかの濃紫陽花
香天集6月18日 岡田耕治 選
柴田亨
結界をすいと越えいくあめんぼう
悔恨を封書に戻し梅雨に入る
釣鐘草小雨の蜜をもらいけり
地下鉄の傾きに揺れ微香水
三好広一郎
黒に近い赤の瞬間夏の沖
黒南風や両面コピー文字だらけ
鉄棒を苦しめている草いきれ
おない年のようなニオイに立葵
中嶋飛鳥
風少し指先にふれ櫻の実
傷口の小さくなりぬ夏の月
山百合のうつむき加減一歩寄る
朝焼けの袋に透ける捨てるもの
久堀博美
五月蠅いという字に蠅の来て止まる
歯車の噛み合う人といて涼し
ひまわりの顔のもっとも大きな日
優曇華のたのしくなってくる夜明け
木村博昭
みどり児の天衝く動き夏に入る
密約は密約のまま更衣
夏草や黒光りする和牛の背
ここだけはぼくの陣地だ蝸牛
小島守
動線の曲りはじめしなめくじり
夕焼雲ただいまという声のする
空蝉や一直線に並べられ
訴えの続いていたり朝の蚊帳
勝瀬啓衛門
空を見つ卯の花腐し読書かな
大蚯蚓迷い込んだるアスファルト
奔放な薔薇の生垣眠りけり
白鷺や抜き足合わせ頭振る
香天集6月11日 岡田耕治 選
三好つや子
羊歯若葉髭うっすらと少女かな
昨日から今日へとずれる蝸牛
夏落葉家それぞれに匂いあり
紫蘇もんで第六感を信じる日
浅海紀代子
樟若葉句座のはじめを揺らしけり
溝浚え老人が先ず采配す
白薔薇の白を尽くして散るところ
青空を信じてダリア咲きにけり
宮下揺子
梅雨寒やもの忘れしを楯とする
当選の和牛黄砂と共に来る
マイナーな気持ちにさせる藤の花
藤棚の中多言語が飛び交いぬ
春田真理子
一片となりても凛と鉄線花
つぎつぎに柱組み上げ夏の空
紫陽花の頭をゆらし思案する
迷い来る蛍が水を点しけり
小崎ひろ子
りんご飴持つ子らが満ち夏祭り
トビウオの海の翼となる五月
燕子花別の権利を行使する
時代劇消して見上げる花水木
牧内登志雄
風鈴の舌に小筆の無季句かな
田草引く農婦の尻の逞しく
提灯の芯切る匂ひ夏祭
ひたと打ち音なく返る夏の波
岡田ヨシ子
燕来る住処作りの声を立て
氷解くデイサービスの復習に
太陽光パネルに田植映りけり
冷蔵庫左右の腕の助け合い
大里久代
二度三度姿を見せる青大将
雨上がり私の庭の七変化
北岡昌子
山中や蛙と鳥のハーモニー
対岸の空港花火揚がりけり
野間禮子
山椒擂りこの香この味独り占め
収穫の喜びうかぶ苗木市
西前照子
何もかも届かなくなる鰻かな
柿の木に願いを込めて消毒す
*岬町小島にて。
香天集6月4日 岡田耕治 選
森谷一成
太陽の幾つむすぼれ春キャベツ
雨脚を迎撃せんと松の芯
長生きを案じておれば明易し
納豆をかきまぜており梅雨の家
浅海紀代子
猫の子の遊び切ったる尻尾かな
芥子の花途切れ途切れの記憶にて
参道を鉄路がよぎる桐の花
緑蔭に私の影を足しにけり
釜田きよ子
白蓮に夕闇という終り方
陽炎を出てコンビニに入りけり
箸二本使う生涯冷奴
歯を抜いてしばらく空蝉の気分
渡邊美保
ゆらゆらの歯を抜きに行く麦の秋
海へ出る道をたづねて花蜜柑
薔薇一重開ききつたる夜の紅茶
螺旋階段降り初夏のジャズライブ
辻井こうめ
燕来る花柄ポット遺る家
山法師句碑の親しくなりにけり
薫風や後味の良き人に逢ふ
螺線生むフレアースカート若葉風
佐藤俊
濁り川あめんぼの鬱包みこむ
海月浮く答の出ない独り言
たまご割る黄身体内を流れ出る
いつもの少年声変わりして夏来る
加地弘子
ひと言の後を現れ夏の蝶
なめくじの右の触角一つの眼
花弁を掃く張り付くは放っておく
夏燕指笛で呼ぶもののあり
神谷曜子
ぶらんこや同じ話に飽きて漕ぐ
麦の秋馴染んできたるヘルメット
少し病み河童忌の川覗きおり
面会解禁梅雨空を持ち込みぬ
上田真美
我を見てにわかに母が茄子着ける
終わること悟らせている君の薔薇
そろそろと鱧が恋しい戎橋
蘭の花色うすくして終わりけり
垣内孝雄
串カツをソースに浸し生ビール
ポンと開くラムネの栓や北新地
おもむろに提ぐるバケット夏見舞
ひとつとて励むものありほととぎす
吉丸房江
初もののピース御飯のプチプチと
マスクなき遠足の声かたまりぬ
植えし田の水のかがよう伊都の国
新茶飲む八十八日たぐり寄せ
秋吉正子
飼い犬の血液検査夏に入る
梅雨に入る夜のメニューはあるもんで
川村定子
端居してたった一句が浮かび来ず
梅雨鴉巣から鳶を追い払う
*岬町小島にて。