2023年9月24日日曜日

香天集9月24日 加地弘子、渡邊美保、中島飛鳥ほか

香天集9月24日 岡田耕治 選

加地弘子
前脚は合掌をする空蝉よ
順調に仕上がり釣瓶落しかな
手で押して傾げて通る烏瓜
二回目のジャスミンが咲く葬の夜

渡邉美保
重なりて紅昏き葉鶏頭
引き算は苦手トノサマバッタ追ふ
きりぎりす保育ルームの籠の中
もう誰も乗らぬ自転車とんぼ来る

中嶋飛鳥
登高の片寄っており塩にぎり
狗尾草傷心をもてあましたる
吾亦紅忘れることのない名前
行く夏の鍵穴にある遊び癖

楽沙千子
靴底の熱のつたわり草の花
何もかも不足のなくてふかし藷
挨拶に挨拶返る秋桜
気の置けぬ客を迎えて涼新た

安部いろん
稲妻が止む少年の憧れも
答えのない応え濃霧注意報
占いを信じておらず牽牛花
迢空忌子供は泥の匂いせず

古澤かおる
白粥に卵を落し秋浅し
塵取りに納まる猫と秋に入る
置物のカエルにかける秋の水
青栗ときんつば並びショーケース

河野宗子
無花果や生家の香り口中に
初めての人待つカード鳳仙花
思い出の靴を捨ており敬老の日
栗入りのジャム独り占めすることに

田中仁美
星涼し出会いし人と見上げたる
三人の浴衣姿の夜鳴きそば
ワンピース蚊にさされるを覚悟して
友の顔浮かび冷酒を選びけり
兵庫県にて。

2023年9月17日日曜日

香天集9月17日 三好広一郎、柴田亨、木村博昭、久堀博美ほか

香天集9月17日 岡田耕治 選

三好広一郎
ひとりより一人を誘う夜の秋
秋の詩に奪われ消える途中かな
落ち葉踏むきれいな音も病んでいる
一曲を分け合っている赤蜻蛉

柴田亨
祖父の手よごつごつとして柔らかき
星月夜街は病に沈みいる
向こうから帰ってきたとビール汲む
九月来る献杯のあと乾杯し

木村博昭
ゆく夏の漂着したる簡体字
かなかなや納屋に錆びたる肥後守
声を出しひとりで笑う鰯雲
蜻蛉の交尾のかたち平和なり

久堀博美
地底より海の高くて裸の子
ひとときは五感を休め髪洗う
秋探す太平洋の傾きに
刻々と秋に近づく機上人

釜田きよ子
目薬の苦味残れる夏の果
朝ご飯しっかり食べて昼寝する
赤とんぼ群れて一村静かなり
百日の子にある意思よ雲の峰

宮下揺子
かき氷天辺よける婆二人
針と糸持たない女震災忌
芭蕉布の張りを楽しむ鎖骨かな
子守歌自分に歌う熱帯夜

神谷曜子
玄関に光る金亀子の行き倒れ
素足にて踊れば床の呟きぬ
冷房の只今母は脳ドリル
紅茶店の女主に翳る夏

岡田ヨシ子
誕生日へ指折っている九月かな
小鳥くるスマートフォンの学び好き
フライパン重くなりゆく秋茄子
月光や破れ障子に消されたる
堺市にて。

2023年9月10日日曜日

香天集9月10日 谷川すみれ、三好つや子、浅海紀代子ほか

香天集9月10日 岡田耕治 選

谷川すみれ
八月と最後の砂を持ち帰る
このところ死者の懐かし零余子飯
台風裡鯉は腹より動きけり
新しい空気を広げ花木槿

三好つや子
鉄分の足りぬ顔なりサングラス
つづれさせ英霊の声とも地霊とも
秋桜栞はいつも待つかたち
秋風をマッコウクジラの骨泳ぐ

浅海紀代子
炎昼や潜めるごとく息をする
ひまわりに漂っている疲倦かな
送り盆風の音よりたそがれる
それぞれに居場所ありけり虫の夜

砂山恵子
生きめやもと風の音聞く九月かな
村落は一塊となり夕月夜
長き夜や子犬の中の日のにほひ
たうがらし哀しみのごと尖りけり

釜田きよ子
蛇の衣脱ぎっぱなしを忘れおり
世の中が真っ白に見え昼寝覚
熟年のあとの老年沙羅の花
眼と鼻は通じる仲間秋の風

春田真理子
三界を歪めていたる極暑かな
草を取る小さき骸のありにけり
遠花火知らぬ間に河渡りおり
まるき眼に口一杯の舐瓜かな

川村定子
紫陽花や雫とともに切り取らる
梅雨明ける一座の雲も寄せつけず
朝顔や地蔵の足に巻きすがる
青竹を割りコスモスの一輪を

秋吉正子
天高し廃校を鳴るバイオリン
秋入日今度は何を捨てようか
朝顔を数え一日始まりぬ
無花果と赤飯を持ちおばあちゃん

牧内登志雄
早々に仕度ととのふ月見酒
草野球二死満塁の空高し
八千草を分けて同行二人かな
物の怪のどろろと消ゆる月の裏

北岡昌子
本殿へ向かっていたり蛇の衣
産土の夏藤小さく揺れるなり
風鈴の音色にありし睡魔かな
境内を広くつくつくぼうし鳴く

大里久代
突き刺さる太陽のなか百日紅
台風が日本列島つなぎゆく
白桃やしたたり落ちて手に受ける
垣根より伝うブーゲンビリアかな

西前照子
大きめの麦わら帽子年取らず
墓の前お辞儀している夏の菊
小学校からの親友夏越せず
足を止め夕空眺む秋隣

野間禮子
無花果や紙の袋をかぶせおく
夏野菜雨はまだかと空仰ぐ
稲の花無事収穫の笑顔待つ
朝夕にピアノ流れる夏休み

勝瀬啓衛門
鈴虫や猫の寝息と置き換わり
夕刻の虫の饗宴帰りゆく
黄金に頷き交わす稲穂かな
空を割り雨を呼び込む稲光
*岬町小島の朝焼。

2023年9月3日日曜日

香天集9月3日 渡邊美保、玉記玉、森谷一成、浅海紀代子ほか

香天集9月3日 岡田耕治 選

渡邊美保
炎天にはりついている戦かな
風景の隅つこにある貝風鈴
サーカスのテントを覗く白鶺鴒
ねこじゃらし此岸は崩れはじめけり

玉記玉
青虫の森にはリボン掛けてある
白象の昼を見ている原爆忌
もうひとり私がいても零余子飯
かなかなかな祈りは石に刻まれる

森谷一成
勝馬に見られてしまいサングラス
民間軍事会社てふへんてこ飯饐える
試みの醜きさまよ旱星
繰り返し手を置いてみる敗戦日

浅海紀代子
思い出の干されていたり土用の日
一人居に一日の長し月見草
明け易し消しては書くを繰り返し
たそがれは我が影細る夏の果

佐藤俊
青空に行き止まりあり夏の富士
覚えなき指の傷あり秋湿り
あめんぼの翅あるところ見せたがる
腹中に烏揚羽を養いて

砂山恵子
東京へ嫁ぐ子金魚二匹連れ
ささくれたハモニカの音夏の果
スキップができぬ弟鳳仙花
同じこと言いて笑つて踊の輪

辻井こうめ
神楠に招かれてをり青葉木菟
空蝉の風に抗ふ前肢かな
邯鄲や鉄路眺むる遣唐船
勢いのときにうとまし百日草

安部いろん
新涼を溜めて木の葉の雨雫
蝉時雨下枝だけが風を知る
どっしりと無言のピアノ大西日
幼児の髪台風を近づけぬ

垣内孝雄
片陰にこそり雀の水飲み場
緑さす路地にそひつく石地蔵
薄緋の鳥の声きくにごり酒
げんまんの細きゆびもて秋螢

吉丸房江
一両の電車を通す稲の花
はやも酔う今年の梅酒芙蓉かな
たっぷりと日に焼けている孫の足
ワシワシと追われていたり蝉しぐれ
*岬町小島にて。