香天集11月26日 岡田耕治 選
夏 礼子
てのひらに銀杏黄葉の便り受く
秋澄むや組体操の名は地球
錦木の人恋う色に染まりけり
ほろ酔いの座五は迷わぬ十三夜
中嶋飛鳥
鵙日和前ばかり見て一万歩
秋風通う善の顔悪の顔
たなごころ秋思閉じおり零しおり
モニターの波形の無音秋深む
柏原 玄
おしゃべりの不意なる途切れ木の実降る
銀杏黄葉この頃変わる男振り
雁渡る八聯隊の負け続け
丁寧に生きているなり後の月
湯屋ゆうや
ストーブの遠い席から埋まりたる
深き夜のコンクリートへ椿の実
虫食いの穴を縁取る霜の白
後の月皮膚のきわまで満ちるもの
神谷曜子
秋入日屋根屋の音の残りたる
木犀花友の忌日と気付きけり
行き当たりばったりになり秋の蝶
谷村新司にコスモスの花束を
安部いろん
北颪争いに訳なきことも
余りある緊張のまま懐手
笑むことを迷える受信虎落笛
寒昴死のみ外せぬ取り合わせ
古澤かおる
初冬の日の差す峠道祖神
冬日背中に我ら皆好好爺
家々の匂い家々の寒灯
飯店の唐子人形着ぶくれて
宮崎義雄
幼子の眠る屋台の林檎箱
居酒屋の丼鉢の海鼠かな
暮早し屋台五軒の赤提灯
二合半(こなから)で止めると決めし寝酒かな
嶋田 静
いつまでもかごに盛られし青蜜柑
曼珠沙華ポキポキ折って少女来る
ポケットにいつもどんぐりかくれんぼ
コスモスの強さどこから誕生す
前藤宏子
チョコレート四角にひらき秋惜しむ
雲一つ無し晩秋の一万歩
米袋ひらき新米見せる主
身を捩る芋虫突く大鴉
森本知美
烏瓜にしわの深まり墓の道
秋深む享年十九兵の墓
足元のかえで紅葉を栞とす
飲みし湯の腹にしみゆく秋の朝
丸岡裕子
おでん屋の小さきのれんざわつきぬ
太りゆく月や泣いたり笑ったり
紅葉降る小柄な父の肩を恋う
会えぬ間に姉は喜寿なり菊日和
木南明子
コスモスの赤でありたい日差し受く
秋雷や今日一日をどう生きる
煌煌と我らに注ぐ十三夜
休診の整骨院よ冬の雨
目 美規子
無造作に活けられてあり冬の薔薇
湯豆腐や心あらずの生返事
シュトーレンをジノリカップでカプチーノ
立冬のアロエもぎたてスムージー
安田康子
ひと雨の冬の気配の憂鬱や
この齢で秘密なぞ無し文化の日
大根切るおいしい予感信じつつ
まだ生きる三年手帳秋深む
松並美根子
コスモスの波に乗り酔いひとりじめ
装いの仕草可憐に七五三
秋の夜や万葉の詩にうっとりと
紅葉坂友を偲んで若づくり
金重峯子
出し切れぬ愚痴の一つを露と消す
コスモスのはしゃぐ会話を盗み聞く
コスモスを溢れるほどに活け真昼
秋うらら並ぶマニキュア出番待つ
*岬町小島にて。
香天集11月19日 岡田耕治 選
渡邉美保
深淵をのぞく紫式部の実
次の波待つてゐる岩鯊日和
どんぐりを拾ふ競争今日も負け
覚えなき血豆がひとつ秋の昼
釜田きよ子
字を忘れ人を忘れて神の留守
ロボットも働き勤労感謝の日
破蓮や煙の匂いする男
大根煮る時間たっぷりある真昼
三好広一郎
去勢の濡れた弾力赤海鼠
鎌鼬やめて髭剃っている途中
私をひいて一人の夜長かな
秋蝶や水平線に脚とられ
柴田亨
つぼみ数多真白に散りし山茶花よ
秋の日の葉叢を揺らし透き通る
冬隣テレビニュースは閉じておく
凩にまだ生きている靴を履く
楽沙千子
頭頂に微熱のありて葛湯飲む
輪郭のはっきりとして秋の蝶
オハヨーと走り去る娘の野路菊よ
金木犀言葉かけ合い擦違う
秋吉正子
新蕎麦を求め片道一車線
無人なる通過列車の風寒し
張り替える息子の部屋の障子かな
送料を高いと思う鰯雲
中田淳子
関東炊古き暖簾をくぐりけり
木の葉舞う同じ時刻の小道かな
いち早くひそんでいたりクロッカス
*東吉野「天好園」にて。
香天集11月12日 岡田耕治 選
三好つや子
山水図の余白にきえた秋の蛇
鳥渡るシャッター街の万国旗
菊日和このあとドラマ急展開
小春日の公園という玉手箱
加地弘子(10月)
車前草の溢れていたる山羊の乳
子ら去にて遊びの続く猫じゃらし
幾たびも吾の歳聞く猫じゃらし
恙無く住んでいるはず竹の春
久堀博美
若者は余所より借りる村祭
木の椅子に体を預け小春凪
堆く安らいでいる落葉たち
大根煮る音に短編集開く
加地弘子(11月)
懸命に動いておれば小鳥来る
狗尾草光の揺れる目眩かな
Tシャツが坂を下り来る十一月
綿虫のやわらかに来る命かな
砂山恵子
映画見しステップを踏み枯木道
大根をわが子のやうに洗いけり
行つたきり帰つてこなき小春の子
ゆうるりと開く扉や神の留守
春田真理子
竹ざるの中に風受く花野かな
伐株に散る切麻や秋入梅
藷蔓を手繰り無心となりゆけり
秋の空ながぐつを履き鉄棒に
川村定子
薄雲の一朶も寄せず月明り
秋あかね指の先から飛んでゆき
栗ご飯湯気が笑顔を連れてくる
鰭酒や父親に似る口を継ぎ
勝瀬啓衛門
野を征す鵙の高音や勝ち名乗り
撓る枝四角四面の次郎柿
眠り入る黄ばむ草木零落す
くだら野やはぐれ蕎麦生る畑跡
*京都大学にて。
香天集11月5日 岡田耕治 選
森谷一成
句碑を撫でその手でふれるカンナの黄
鹿のこえ庭の訓えに背くとき
深淵を閉ざしていたる酔芙蓉
ロッカーの螇蚸招かれざりしかな
浅海紀代子
星月夜一人笑いは声の無く
秋の空遊び心の広がれり
路地奥の八百屋が秋を拡げおり
国訛混ざれる普請秋高し
宮下揺子
言い訳の板につき出すちちろ虫
右耳を患いしまま冬に入る
二つこと一度に済ます冬銀河
束縛を無いものとして毛糸編む
垣内孝雄
かく明けてこちの畷の吾亦紅
芒原風に遅れて歩きおり
今朝冬の母のみそ味にぎり飯
売られゆく二頭の小牛草の花
岡田ヨシ子
施設名忘ることなきほたるかな
長く生き胃カメラ通す冬隣
冬近しベランダからの山の景
脳体操膝掛毛布床掃除
吉丸房江
はっぴ着て祭太鼓の孫娘
休みの日なんときれいな菊の花
思い出が踊り出てくる里の秋
精一杯生きた証しの紅葉かな
川端大誠
少しずつえさを食べてる秋のアジ
釣り糸がしずむのを待つ秋の海
川端勇健
フグをつる左右に動くさおの先
秋の岸静かにつつく魚かな
川端伸路
ウキなしでアイナメをつるしゃべらずに
秋の日の夕日で海が光ってる
*岬町小島にて。