香天集3月31日 岡田耕治 選
渡邉美保
ポケットから出せばしおれて蕗の薹
紅椿浮かべ暗渠を流れけり
サイネリアリリリリリリと育ちをり
同心円のまんなかにゐる春の鴨
中嶋飛鳥
かなしみを上書きしたり夜の梅
料峭の乗換駅のピンヒール
ふらここのビヨーンとのびる影法師
椿見て眉描きなおす太く濃く
谷川すみれ
棘の血の溢れてきたり木の芽時
春の川苦手な方に踏み出しぬ
見るほどに遠くなりゆく桜かな
枝垂梅まだ見ぬ姉のように立ち
浅海紀代子
冬灯真ん中に老い坐りけり
手を握るだけの見舞や室の花
寒昴子は子の闇を背負いおり
身の内に仏の住す花柊
森谷一成
受験子にありて字引の遠くなり
日本紀に地震の幾たび原発忌
ロケットと飢餓をならべる春炬燵
切株のなまなましきへ椿落ち
夏 礼子
雛段のどこかであくびしておりぬ
二度会えば親しくなりぬ柳の芽
句会へと寒の戻りを愉しみぬ
四月馬鹿本当のこと言うたろか
柏原 玄
蕗の薹闌けて木になるこころざし
犬ふぐり狙い通りに着地せり
つちふるや柱時計の進みぐせ
木蓮の雨後のひかりに整列す
湯屋ゆうや
右手より薄き左手朧の夜
春の海をおもふと判る歩き方
新しき枕カバーを買ひに春
雪の果誰かが押した降車ベル
宮崎義雄
道の駅今年のふきのとう求め
顔を上げ少年工の春帽子
春の昼ボランティアらの顔ゆるみ
春満月祈りのごとく地震の地
前藤宏子
病む友の子供めく眼や春愁
パンジーの鉢植え残し閉校す
復興の合図のごとく桜咲く
株高や桜と地震の国に住み
松並美根子
黄昏て好き嫌いなき白牡丹
山ざくら無縁仏に煙立つ
菜の花に白黄むらさきありにけり
恩師来る小顔いきいき春帽子
松田和子
春来たる近くて遠い友の家
猫の恋少し走りて振り向きぬ
雛流す小舟をかつぎ加太の海
ハーブの香あり寂静の涅槃像
木南明子
この村も隣の村もミモザ咲く
紅梅の盛り目白に知らせねば
ムスカリの青であること愛しめり
辛夷咲く命のバトン繋ぎけり
金重こねみ
探査機より兎が好きと朧月
集団の中の孤独や落椿
あっちこっちそっちを向いて落椿
白梅よ亡き母の顔ご存じか
森本知美
山里を揺らしていたる蝶の群
ビニールハウス行きつ戻りつ苺狩り
藪椿風通りゆく母の墓
クリーン作戦色とりどりの毛糸帽
目美規子
白もくれん一夜の風に散り始む
雛飾り路地吹き抜ける醤油の香
何ごとも簡素にしたりひな祭
久方に会う友二人ミモザ咲く
〈選後随想〉耕治
料峭の乗換駅のピンヒール 中嶋飛鳥
「料峭」は「春寒」の傍題だが、春の寒さは去ったはずの冬が蘇り、冬の寒さよりもかえって身にこたえる。「料峭」という漢字は、料=おもんばかる、峭=きびしさ、の組み合わせで、冬を再び思い返す寒さというほどの意味。「乗換駅」」は、多くの人が行き交う場所であり、そこでピンヒールを履いている女性には、都会的な印象が漂う。句会でこの句が出されたとき、ピンヒールを履くのだから、網タイツなどを合わせたような、おしゃれな足元との評があった。真っ先に春を感じて、気のきいた薄手の洋服を選んだのに、冬の寒さよりも残酷な春の寒さの中を歩いていくことになった。しかも、ヒールだから背筋を伸ばして…。飛鳥さんの的確な言葉選びが光る一句だ。
*延伸した御堂筋線の「箕面萱野」駅にて。