2024年3月3日日曜日

香天集3月3日 玉記玉、森谷一成、夏礼子、中嶋飛鳥ほか

香天集3月3日 岡田耕治 選

玉記 玉
掌をひらくと消える龍の玉
鏑矢の果の枯野となっている
水湧くは鞠つく響涅槃西風
戦争の語彙の増えゆく蝌蚪の国

森谷一成
紅梅のそこも断層血走るや
来し方の尖に薺の花のこる
真ん中をずらしていたる蕗の薹
かなしみは地を蹴る重さ鳥帰る

夏 礼子
断捨離の思考を保ち冬木立
のっぺりと闇の静まり野水仙
約束を急かせていたり雪の精
わが影に鬼の重なる追儺の灯

中嶋飛鳥
寒の星多奈川小島抜きんでる
北窓を開けてまた閉じ揺籃期
春陰の憑代の石あたま大
春の雪検査予約を入れ帰る

辻井こうめ
そっと繰る仕掛絵本よ春来る
春風や伝言板の色チヨーク
哀しみの果ての虚しさ石鹼玉
雛菊や祝ぎあれこれと膨らみぬ

佐藤 俊
二月の湯呑の酒の醒めていく
梅ふふむふるさと少し遠のいて
少しずつ人居なくなる蕗の薹
亀鳴いてまた秒針の止まりたる

柏原 玄
ぽっぺんを吹いて覚えるひとときよ
左義長のしがらみ一つ爆ぜにけり
生と死の間を吹かれ薄氷
梅の花思いを致すことのあり

前藤宏子
ふらここに夢が遊んでゆきにけり
木漏れ日の光の遊ぶ犬ふぐり
椎茸の甘煮作ってきし梅見
竜の玉摘んで行きたくなる碧さ

宮崎義雄
春泥の斑に溶けてしまいけり
妹が両手で受ける年の豆
縮まらぬことを楽しむ牡蠣フライ
スキー場けぶる琵琶湖を眺めおり

松田敦子
木枯やレードルが打つ中華鍋
アパートの揃わぬ扉日短
冬銀河香り華やぐ米焼酎
山茶花やピンの奏でるオルゴール

松並美根子
寒の水含めば甘し噛んで飲む
風光る前掛け新た六地蔵
独り酒春満月に見取られる
春寒の茶室に掛かり夢一字

森本知美
春障子世間を捨てる姉妹
挑戦の生ある限り梅真白
梅の中パンダを描きし列車行く
フィットネスクラブを出でて春の月 

宮下揺子
ガラス器の中冬を越す蟻の巣よ
土佐水木断る理由見つからぬ
遺された者の日常梅は白
春寒の白湯の甘さにある知性

嶋田 静
初御空形なきもの畏れおり
初電話ゆっくり話す姉の声
時雨傘小さな方に入りけり
野水仙揺れ男木島の白灯台

木南明子
梅の花目の手術には良き日なり
中国語飛び交っている春の空
行きずりの人に頂き春キャベツ
われわれの溜り場に活く黄水仙

丸岡裕子
蠟梅や眼科に行くも治療なし
車庫入れの目安としたり黄水仙
探梅の紅色黄色ふらり行く
信号待ち遊び上手の寒雀

目美規子
目刺焼く父母の恩甦る
スイトピー疎遠となりし家族葬
春灯右目も治療告げられる
頬白を連れて来ており飛騨の旅

金重こねみ
しだれ梅つぼみの声かまたおいで
春雨に打たれし輪島塗の椀
降る雪も覆い隠せぬ能登の地震
探梅をリハビリとして七〇〇〇歩

安田康子
豆撒くや終の棲家に鬼はいず
沈丁花余生の一歩はじまりぬ
月冴える生駒の山の墨絵かな
シクラメンつぼみ追いかけ追いかけて

垣内孝雄
夢見月あらまし事のふたつみつ
たをやかにかほる蝋梅通ひ道
梅が香や赤き鼻緒の小町下駄
せんせんと堰にみなぐる春の水

吉丸房江
能登地震なぜに一月一日に
くれないの全きブーゲンビリアかな
幾度も庭の牡丹の芽をのぞく
生も死も一文字にして友の逝く

〈選後随想〉耕治
鏑矢の果の枯野となっている  玉記玉
 鏑矢(かぶらや)は、矢の先端に金属製の鏑をつけ、射るときに音を立てる矢で、戦場において合戦開始等の合図に用いられた。「鏑矢」から聞こえてくるのは、現在の私たちにとっては、ウクライナやガザに打ち込まれる砲弾の音である。その果てには、「枯野」となった荒涼が広がっている。勢い良く鏑矢を放ったけれども、残っているのはこんな「枯野」なのか、そんな現実を見つめる玉さんの眼差しに共感する。「枯野となっている」という納め方に、高屋窓秋の「頭の中で白い夏野となつてゐる」が、想起される。しかし、われわれが目にしているのは、「頭の中」ではなく現実なのである。
*大阪府吹田市にて。

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