香天集1月5日 岡田耕治 選
玉記玉
シンバルの出番は一度クリスマス
降る前の雪の匂えりされこうべ
梟の夜や少年となりし眉
大勢の自分を探し日記果つ
森谷一成
顔見世や處びいきの負ぎらい
手のひらに少年をのせ開戦日
福耳のうしろに並ぶケーキかな
一瞬の尖にとどまる除夜の鐘
浅海紀代子
全粥の箸に重たき寒夜かな
他人の手に委ねる体花八手
ふぐと汁余生いくばくかを知らず
広告がバサリと床に年の暮
佐藤静香
白菜は翼を重ね飛ぶを待つ
綿虫やいのちの重みもつて浮く
枯菊の残れる彩に懺悔あり
命果て薬香の消ゆる寒さかな
宮下揺子
魂のひたひたと来る返り花
馬の目のどこまでも澄む冬の朝
冬青空パタパタ開く山の地図
極月の余白潤すケーナかな
吉丸房江
初日の出梅のつぼみも手を叩く
豊作を恵み賜いし筑紫富士
七人の曾孫を加え雑煮餅
「転ばんとョ」声かけ転ぶ霜の朝
岡田ヨシ子
彼の世へは届けられない紅葉かな
百歳へ指折っている初明り
ケアハウス帰る人なきお正月
若き日のお重おせちの三セット
川端伸路
こんでいる値上げラッシュの大みそか
親切とゲームたのしむお正月
お正月兄のしゃっくり止まらない
川端大誠
元日の清水が流れ通潤橋
川端勇健
年明けの抽選会は大外れ
〈選後随想〉 耕治
シンバルの出番は一度クリスマス 玉記玉
クリスマスは、一年のうちでも特に華やかで、音楽が盛んに奏でられる時。クリスマスは一年に一度のイベントであり、シンバルの音もまた、一瞬の輝きとして現れ、消えていく。調べると、ドヴォルザークの「新世界」は、シンバルがたった1回鳴り響く曲とのことで、作者はこの曲をイメージしたのかも知れない。他の楽器の奏者は、その曲を何度も練習し本番を迎えるが、たった1打のシンバル奏者も、また同じではないか。そう見直すと、私たちの人生もまた、出番は一度きりであり、この世に生まれた一音を響かせているのではないかと読めるような、玉さんならではの一句だ。
親切とゲームたのしむお正月 川端伸路
伸路さんは小学四年生。お正月にゲームをたのしむのは一般的だが、「親切」もたのしんでいるという。親切は、人情の厚いことと「広辞苑」にある。「よう来てくれたね」「はい、お年玉」「これを食べる?」「好きなものを食べたらいいよ」「初詣にも行こうね」と、人情を感じることの多いお正月だったのだろう。親切は、深切にも通じ、深く切なること。多くの親族に出会う正月は、そんなことを感じさせてくれるひとときだったにちがいない。
*大阪市天満天神「繁昌亭」にて。
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