2025年3月9日日曜日

香天集3月9日 春田真理子、三好つや子、浅海紀代子ほか

香天集3月9日 岡田耕治 選

春田真理子
冬牡丹良い歯が生えてきますよう
雪を掻く一掬ひづつ山遥か
侘助の内向の口開きけり
隧道を抜け菜の花に包まれん

三好つや子
梯子を登る仕掛人形梅日和
黒板を仮説が行き来する日永
縁側のここから先は春の闇
ふらここの少女にふっと風切羽

浅海紀代子
会いたいと一行加え春隣
こののちも独りの呼吸梅真自
紅梅や体一つをねぎらいぬ
紅椿紅を尽して落ちにけり

河野宗子
コーラスの扉の向こう牡丹雪
老梅に穴ありハート形をして
浮氷六三園で思い断つ
浮かれ猫ときには檻の中に居て

北橋世喜子
初電車乗り込んでくる車椅子
ざわざわと白衣の過り冬椿
ごまの香やごまめ連なる箸の先
大きめの家計簿を買う年始め

中島孝子
樏の踏み登りゆく跡のあり
新雪や一足ごとを響かせて
雪深し白川郷に勤めし日
一日は味噌二日はすまし雑煮かな

上原晃子
冬帽子すつぽりかぶりおちこちへ
粕汁に家族の顔のほてり出す
青い空初声として許しけり
ともし火のほのかになりし初詣

半田澄夫
天に向け合掌したりシクラメン
熱燗や人それぞれの来し方に
太箸で挟む黒豆抱負込め
サッカーの応援の母息白し

橋本喜美子
一羽づつ増え行く鳥や初御空
千歳経る観音像や冬紅葉
子が走り母が声掛けいかのぼり
久々に声聞いている初電話
   
石田敦子
シナモンティー香り一息年惜しむ
シュトーレン少しづつ食べ聖夜待つ
弟より貰つていたりお年玉
初暦災いのなく始まりぬ

東淑子
聖歌ひとつポインセチアに口ずさむ
初空に合わせて登る八幡山
みぞれ軋む国道二六号線
寒空にこっそり走る猫のあり

〈選後随想〉 耕治
侘助の内向の口開きけり 春田真理子
 侘助は、一般的な椿と比べて、花が小ぶりで、開ききらないのが特徴で、「侘び」のイメージに通じている。この「内向の口開きけり」という表現は、侘助の花の特性を見事に捉えている。「内向」という言葉は、花が内に秘めた美しさや、ゆっくりと開いていく様子を表している。もちろん、これは花のことではなく、真理子さん自身でも、また近くに居る人でも、重い口を開いたと読むことも可能だ。寒さの中で、侘助の花がひっそりと、しかし確実に開いていく様子に、次の季節への希望を感じることができる。同時に雪掻きの句もあるが、真理子さんの住む富山も、雪解けが進んで行くだろう。
*岬町小島にて。

2025年3月2日日曜日

香天集3月2日 夏礼子、浅海紀代子、森谷一成、中島飛鳥ほか

香天集3月2日 岡田耕治 選

夏 礼子
寒鯉の声に応えし浮子のあり
冬林檎輪切りにもしかしてひとり
はじめから独りでありぬ寒牡丹
節分のはぐれし鬼はうちへ来よ

浅海紀代子
しぐるるや間口ニ間の八百屋の灯
杖の音身に立ち返る寒暮かな
寒椿うれしさに湧く涙にて
ひと言がつなぐ人あり暖かし

森谷一成
緑青の冴ゆる厠の蛇口かな
立番の狸おらぬか雪催い
キャタピラの泥の鋳型に凍返り
マネキンの臍の豊かに万博来

中嶋飛鳥
ショーウィンドウ佐保姫が足止めている
人を待つ昂りつのる春の雪
きさらぎや紐の十字を許す本
春泥に昨日の亀裂残りけり

柏原 玄
丹田に集まるちから冴返る
薄氷有緑無縁の仲立ちに
寒晴や気カが確とよみがえる
幸せの真ん中にあり菠薐草

加地弘子
スニーカー緑のライン寒明ける
片方が傷み出したり花の兄
氷柱踏む運動靴が悲鳴あげ
冬木の芽かんばせを上げ歩き出す

辻井こうめ
風花を背に二人が地図ひろぐ
あの頃の吾を許したり花なづな
啓蟄の縁起絵巻の米俵
きさらぎの花のエプロン御礼肥

前藤宏子
春雷や階段一つ踏みはずし
束ねたる水仙の香にむせており
初花や並ぶ古民家散策す
好文木一花残らず日の当り

前塚かいち
寒昴会いたい人に会えぬこと
早春や被爆樹木の種集め
写生する被爆樹木のひこばえを
舞という街に住みおり春北風

神谷曜子
冬帽子斜めゼロではない希望
転居して春の筑波根愛しけり
繰言に春セーターの解れゆく
古文書の虜になりぬ春隣

森本知美
人まばら心まばらや梅祭
笑いつつ泣くことのあり卒業式
沈黙は威厳となりぬ壺の梅
春日向潮木の集うところへと

目 美規子
寒明けの庭は眠りの深きまま
担当医転勤を告げ春遅し
如月の微笑む母のこけしかな
四月一日白内障の手術の日

長谷川洋子
喉鳴らしかいかいつぶり湖に帰る
粉雪や見るにたえない物を消し
ショール巻く蠟梅の香に誘われて
春雨や芽吹き始める音のする

金重こねみ
起きてすぐ小さき蜜柑ほおばりぬ
約束はこれからのこと花の兄
百千鳥主張ばかりをくりかえし
水面は見ていないはず水仙花

楽沙千子
窓叩く風の響けり粥柱
退屈はしない厨の匂鳥
春を待つ大学院を目指す背と
鉤針の運びなめらか春炬燵

吉丸房江
年を越す卒寿が歌う「リンゴの歌」
赤ちゃんの泣き声が入り初電話
幾度も見つめ記念の梅一輪
寒卵一度こつんと割り落とす

木南明子
山茶花の公園にあり自由自在
冬の月つまずきながら友の逝く
草むらのフェンスを好み寒烏
白梅咲き私達はとぼけおり

松並美根子
人もまた春の寒さに立ち向かう
あれこれと願わずにただ初参り
水仙の袴を揃え香りけり
春ショールなびかせて来るバイクかな

岡田ヨシ子
暖房を切り太陽に手を合わす
食堂や春の野菜が香り立ち
ゆっくりと雲の過ぎゆく春日向
携帯を持てぬ友あり春寒し

田中仁美
くるりんと寝返りをせり梅ふふむ
大きさを測っていたり牡丹雪
髪の毛を引っ張る赤子松雪草
自分の手じっと見る子よ犬ふぐり

大西孝子
比叡山遥にしたり春の雪
庭の木木まばゆいばかり春の雪
雪明かり臘梅の黄を穏やかに

〈選後随想〉 耕治
節分のはぐれし鬼はうちへ来よ 夏 礼子
 節分の夜、豆まきの喧騒から逃れ、一人ぼっちになった鬼が、寒空の下をさまよっている。礼子さんは、そんな鬼を家の中に招き入れ、もてなすつもりだ。福知山市にある大原神社の掛け声は、真逆の「鬼は内、福は外」。「鬼を神社の内に迎え入れて、改心して福となったものを地域の家に出す」という意味が込められているそうだ。大原神社にならえば、礼子さんにもてなされた鬼は、きっと福となって多くの人を喜ばすにちがいない。

ひと言がつなぐ人あり暖かし 浅海紀代子
 たったひと言の言葉が、人と人との間に温かい繋がりを生み出す力を持っている。そのひと言は、労いの言葉だろうか、感謝の言葉だろうか。「暖かし」という言葉は、春の気候のあたたかさだけでなく、人間関係の温かさ、ぬくもりを感じさせる。家族や友人から届けられたひと言、俳句の仲間から寄せられたひと言だったかも知れない。紀代子さんは、そんなひと言の持つ力を改めて感じ、人とつながっていることの喜びを感じている。
*岬町小島にて。