2026年3月22日日曜日

目標と時計ない部屋冬苺 三好広一郎

俳句物語(1)  岡田耕治

目標と時計ない部屋冬苺   三好広一郎

 70の坂を越え、友人がガレージでの独り暮らしを選んだのは、盛夏のことだった。Googleマップの案内で辿り着いたそこには、コンクリートの土間に自作の床が敷かれ、友人が「快適なワンルーム」と呼ぶ空間ができていた。炊事はカセットコンロ、入浴は自転車で銭湯へ、そしてトイレは近くの公園だという。都市生活の煩雑さを削ぎ落とした、その簡素な営みが印象的だった。

 二度目に訪ねた秋、私は手土産に電池式の壁掛け時計を持参した。時計のないワンルームを見て、喜んでもらえると思ったからだ。しかし友人は、心苦しそうな表情を見せながらも、「せっかく時計のない暮らしを手に入れたのに、掛けるわけにはいかない」ときっぱりと言い切った。その時、彼がなぜこの暮らしを始めたのか、その理由の一端を理解した気がした。彼にとって、時計とは「目標」と同じく、外から与えられる規範そのものだったのだろう。

 三度目の冬の訪問。私は昨日山歩きで見つけた冬苺を手土産にした。野生の爽やかな甘酸っぱさが、彼のシンプルな喜びにつながるのではないかと思ったのだ。冬苺を摘まみながら、私は水原秋櫻子の「余生なほなすことあらむ冬苺」という句を持ち出し、この簡素な生活を機に俳句を始めてはどうかと誘った。

 どこかの結社に所属する前に、まず現代俳句協会に入会して、月々送られてくる「現代俳句」をパラパラと眺める。気が向いたら、関西現代俳句協会が行う俳句大会に投句したり、吟行に出掛けたりして、ゆるやかに俳句をたのしむ。そんな書き方が、彼のスタイルにあっているかも知れない。





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