2026年7月12日日曜日

香天集7月12日 加地弘子、三好つや子、浅海紀代子ほか

香天集7月12日 岡田耕治 選

加地弘子
蓮の花淵のはじめに手を繋ぎ
梅雨の蝶バス待つ人のパイプ椅子
鴉の子四十年を生きる脚
万緑やおにぎり三個腹に入れ

三好つや子
右足が起きて来ないの梅雨茸
蝉声のいっせいに止む白紙かな
眼にも黙秘権ありサングラス
鳳仙花少し嫌いで少し好き

浅海紀代子
それぞれに言い分のある茂りかな
白薔薇もののあわれを拒みけり
子のことを離れて気づくカーネーション
金魚草亡き子にも来る誕生日

佐藤静香
籐寝椅子足の指先より異界
観音の知恵のろうそく花は蓮
鳥居くぐる京紫の絽の匂ひ
短夜や終りは迅き砂時計

佐藤諒子
草刈るや息を緑に固められ
誇らしく菜園照らし茄子の花
売られゆく四角西瓜の肩の張り
涼風は極楽よりの一筆に

俎石山
梅干に押しつぶされて目が醒める
冥界に遊び続ける夏帽子
鍵っ子が帰れるところ稲荷寿司
梅干の種を吸ったか烏の仔

楽沙千子
音もなく水に広がる半夏雨
絵画展出てほっとする若葉かな
立付の悪き網戸をなだめおり
願うことありてくぐりし茅の輪かな

中島孝子
命名に応え溢るる桜草
桜草零る花びら水に咲く
園児なき砂場を包む藤簾
香をも摘み両手にごろん蕗の薹

北橋世喜子
春雨に身じろぎもせぬ青虫よ
眠くなるまじないをかけ小判草
倒れたる木に再生の若葉萌ゆ
袖通しゆけり五月の一重にて

半田澄夫
永き夢弥生遺跡の蓮の花
田植歌弥生遺跡に聞こえくる
キャンバスのイエロー仄か五月空
尾灯へとずっと手を振る朧月

橋本喜美子
一夜にて新樹となれる並木かな
大鍋にたぎる筍朝の厨
彼方此方の風流れくる牡丹かな
夕日さす大樹の下の花いばら

上原晃子
藤房の色と香揺らす羽音かな
日を受けて艶やわらかき柿若葉
手入れなき庭の紫蘭の咲き揃う
墳丘のうぐいす鳴けり朝の空

石田敦子
黄砂降りミサイルの飛ぶ一日かな
藤の花マスクを掠め香り来る
つつじ燃ゆ白とピンクが混じり合ひ
鶯の鳴き声を聞くランチかな

川合道子
「上手だね」うぐいすに声かけており
新玉葱抜きたてもらうサラダかな
新緑や授かり物と山歩く
口いっぱい腹のふくらむ鯉のぼり

林おうはく
紫陽花の迷路に入る万華鏡
寂しさやシャッター通り墓じまい
初夏の風受けてベランダ満艦飾
こいのぼり吹く風ほどの元気かな

市太勝人
蜃気楼万博ブームまだ続く
新緑やドラマセットの鎧にも
明と暗2センチにあり春の雨
木仕事のゴールデンウィーク一瞬に


〈俳句物語〉岡田耕治
月明の母より長く踊るなり 曾根毅   句集『十翼』より

 盆踊りの喧騒の中、母が踊りの輪へと僕の手を引いた。母の浴衣は涼しげな藍色に白の小紋柄。帯は赤く、白の髪飾りがアクセントになっている。台所で使い古したベージュのエプロンをつけ、髪を適当に束ねては洗剤やだしの匂いを漂わせている、そんな日常の母とは違う、少しよそゆきの姿だ。
 気乗りはしなかったが、母の浴衣姿とふわりと鼻をかすめた化粧品の匂いに促され、ぎこちなく踊りの輪へ加わる。母の背中を追い、「右足、左足、下がる、進む」という声に合わせ、僕の体も次第にリズムを刻み始めた。
 「母さんは、ちょっと休憩」
 母と叔母が輪を離れ、櫓の下のパイプ椅子へと引き上げていく。二人が抜けたスペースに、ふと一人の若い女性が滑り込んできた。
 落ち着いた深い紺地の浴衣に、大輪の花があしらわれている。提灯の明かりを吸い込んで金色に光る帯が、彼女の佇まいを引き締めていた。まとめられた髪から揺れる紫の髪飾りが、夜風に揺れるたび、周囲の空気がさっと清められるようだった。彼女の軽やかな足さばきと、指先まで意志の宿るような所作。僕は無意識のうちに、彼女の背中をなぞるように踊り続けていた。
 「母さんは先に帰るよ」
 肩を叩かれて振り返ると、母の後ろに大きな月がかかっていた。一際明るいのは、この月のせいかもしれない。母の柔らかな表情を見ながら、「ああ、もう少し踊ってから帰る」と僕は答えた。
 再び前へ向き直ると、櫓から響く太鼓の音に合わせ、彼女がしなやかに指先を天へ突き上げた。白く細い腕が夜空を切り取る。楽しげに、けれどどこか哀しみを湛えたその横顔は、雑踏の中にありながら、彼女の周りだけが別のカプセルのように静まり返っていた。
 夜の十時を過ぎ、輪は小さくなった。それでも熱気は冷めやらない。僕の体はいつしか意識を超え、太鼓のリズムそのものになっていた。彼女もまた、休むことなく踊り続けている。初めに見たときよりも、少しだけ浴衣の襟元がゆるんでいるように見えた。
 翌朝、青年団の手伝いで提灯を畳んだが、そこにはもう彼女の姿はなかった。小さな町のこと、いつかまたどこかで会えるだろう。そう思いながら、九月になっても、僕は時折あの月夜の踊りを思い出している。
*舞い包む光の中の水馬 岡田耕治

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