香天集7月19日 岡田耕治 選
三好広一郎
塩舐める牛と目が合う炎天下
枯あじさい先祖代々貧乏性
アメリカは今日は日曜梅雨明ける
白日傘合う人とだけ会いに行く
谷川すみれ
椎若葉より反撃の烏来る
行水や男のままの顔を拭く
万緑や泣く子の不思議な言葉
どくだみの一途というは哀しけれ
柴田亨
短夜や杖音のこと悔いしこと
濁世を切り裂いてくる夏燕
夏の果経木流しを句点とす
蠢きぬ鶏糞を干す祖父の汗
湯屋ゆうや
一本の角ばっている心太
怯えとはやわらきものゼラニウム
遠くまで見えずともよいサングラス
含羞草まだ閉じている夜明かな
木村博昭
頑張る子頑張らない子雨蛙
晩年の長き時間や山椒魚
しみじみと人生端居していたる
母が見え弟が泣く青田風
古澤かおる
パプリカやビタミンCが色に出て
小指まで日焼けしている税理士
静かなる脈診る時や朝焼くる
夏日差すキャップのつばの折癖に
安部いろん
少年が翼を余す雲の峰
線香花火あるとき大人への焦がれ
隕石の衝突隠す大西日
二重虹消え青空が呼吸する
嶋田静
朝から海風通り夏座敷
夏空や石積みダムの古城にて
浴衣着て夜に立つ市を待っており
なすきゅうりもたらす兄の笑顔かな
前塚かいち
薔薇園のマリア・カラスと名を記す
時計草時を忘れるところかな
一つずつつまんで分かつさくらんぼ
戦死せし父の恋しき忘草
宮下揺子
生き延びて両手いっぱい紫蘇を摘む
沙羅落下右向け右と生きてきた
会話なき夫婦を繋ぐ蓮の花
ログインは夫の顔よ夏至の夜
佐藤浩章
溜め池の黙深かりし極暑かな
大筆より落ち墨汁と玉の汗
冷酒に刻印映ゆるバカラかな
捩花はDNAのらせんなり
秋吉正子
飛び立てば帰れぬ知覧夾竹桃
このシーン前に読んだよ蝸牛
運玉に入れと願う梅雨晴間
近道は線路をまたぐ千日紅
谷村敏子
部屋中に辣韮匂う朝までも
仏壇の義父にも五粒さくらんぼ
まず描かん枝付枇杷の艶やかを
朝の日に緋色となりぬ目高の子
山内宏子
京の夏ひたすら歩きおばんざい
異国の夏さむらいブルー疾走す
木星と金星並ぶ夏の月
嵐去り梅の実一つ道にあり
西前照子
里芋や暑さをしのぐ藁を掛け
猫の子よ親が帰らず泣き交わす
赤紫蘇ジュースへ紫蘇を戻しけり
落花生収穫願い草を引く
大里久代
のねじ花やくるくる回り始めけり
一輪も咲かず紫陽花繁りけり
獅子舞に頭がぶられ厄払い
台風の次から次とせめてくる
北岡昌子
帚持つ穴から蜂に刺されけり
あじさいをクラフト編みで作りおり
おはらいの終わりし茅の輪くぐりけり
お茶席や牡丹の花のお菓子出て
〈俳句物語〉 岡田耕治
塩舐める牛と目が合う炎天下 三好広一郎
毎年夏、大阪から高速バスに揺られ、淡路島の祖父の家へと向かう。バスを降り、島特有の風に混じる微かな牛の匂いを嗅ぐと、ぼくの夏が始まる。祖父が育てているのは、ブランド和牛の素牛となる但馬牛だ。
大学受験を控えたこの夏、午前中は牧場を手伝い、午後からは涼しい部屋で机に向かう。それが親と交わした約束だった。朝七時、祖父は牛たちの健やかな成長を願い、黙々と糞尿をかき出し、新しい藁を敷き詰める。私もそれにならい、水飲み場を磨き上げ、祖父が配合したエサを運ぶ。その傍らには"鉱塩"と呼ばれる大きな塩の塊を添える。牛たちは自身の体調や暑さに合わせ、必要な分だけを自らの意思で舐めとるのだという。
"足りないやつが、足りない時に、好きなだけ舐める"。祖父の言葉通り、エサを食べ終えた牛たちがザラザラとした大きな舌で鉱塩を舐めている。その時、ふと一頭の牛と目が合った。哲学的で、潤んでいて、それでいてはげしいまでの生命力を宿した瞳。その眼差しは、猛暑の中で祖父と働くぼくに、"お前がいてくれるから、じいさんの寿命も少し延びるよ"と語りかけているように感じられた。
外は午前中だというのに気温はぐんぐんと上昇し、三十度を軽々と超えていく。温暖化による猛暑と高騰するエサ代。祖父と祖母は、どこへ出かけることもなく、ただここで牛たちと向き合い続けている。あの一途な瞳で見つめ返されたのは、そんな二人の苦労と営みを、牛たちは一番近くで見守ってきたからにちがいない。
*じいさんの大きさを超す跣かな 岡田耕治
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