2026年8月30日日曜日

香天集8月30日 渡邉美保、中嶋飛鳥、辻井こうめ他

香天集8月30日 岡田耕治 選

渡邉美保
青鷺の夕影揺れてゐる水面
盆提灯吊り草色の兄のこゑ
古井戸を覗いてゐたり今朝の秋
鶺鴒に崖つ縁へと誘われる

中嶋飛鳥
墓原へ昔とんぼを先立てて
面面の誰彼と無し小鳥来る
百葉箱へ秋蛇の擦過音
平仮名にすれば澄みたり虫の秋

辻井こうめ
新生姜紫蘇にむらさき賜ひをり
水拭きの床にゴロンと大南風
誰か知る高野箒の花さかり
おでましは隣町より竜田姫

古澤かおる
枯向日葵後ろへ回り眺めけり
向日葵の枯れつつ太き声出しぬ
脂ぎる男にピアス大夕焼
扇買う母の扇に似た色の

橋本喜美子
百一歳生きていますとマスクメロン
急流に食らひ付きたり水馬
マンゴーや名カフェ風に切り分けて
山鉾のはつと息止め辻回し

北橋世喜子
背を丸めやっと脱げたる汗のシャツ
西瓜割一人の声を頼りとす
指揮棒や一斉に合う蝉時雨
モンゴルの飲み込まれいる天の川

中島孝子
炎天の壁を閉ざせり園児の顔
町並みを丸ごと写し田水沸く
蝉時雨波打つ音に吸い込まれ
水すくう蕗の広葉を丸めいて

河野宗子
和三盆の糖ほどけゆく合歓の花
甲子園の熱戦つづく娘の手術
葉脈の波打っている擬宝珠かな
裏庭の桔梗を写し友のこと

田中仁美
目覚めれば手術の終わり蝉しぐれ
麻酔から覚めたるうつつ秋の風
退院の窓から入れて秋の風
夕涼の靴紐キュッと散歩する

林おうはく
幾億年かけて旅路の天の川
夜の音つかみ損ねる夏つばき
青鷺や首をかしげて鯉を見る
ツィーと来て我を見て去る蜻蛉かな

吉丸房江
地球儀のどこへ廻すも猛威の夏
くれぐれも御無理なさらず蝉しぐれ
水に浸けラグビーシャツの熱帯魚
新作のマネキンにして秋の風

〈選後随想〉 岡田耕治
鶺鴒に崖つ縁へと誘われる 渡邉美保
 小刻みに動く鶺鴒(セキレイ)の姿が、まるで導き手のように崖の縁へと見る者を誘う。小さな鳥の軽快さと、足元の危うい崖っぷちとの対比が、緊張感を際立たせる。気がつくと、私たちは「際」の世界へ引き込まれそうになっていますよ、そんな美保さんの静かな声が聞こえてくる。

面面の誰彼と無し小鳥来る 中嶋飛鳥
 集まろうとしている「面面」は、どんな人たちだろうか。そこに、気ままに飛来する小鳥たち。「誰彼と無し」という表現に、小鳥たちの無邪気さと、世間の煩わしさから解き放たれようとする時間の柔らかさを感じる。飛鳥さんには、集まってくる面面もまた小鳥のように見えたのかもしれない。

 水拭きの床にゴロンと大南風 辻井こうめ
 拭き上げたばかりの床のひんやりとした感触と、そこに寝転がったときの解放感。そこへ湿った「大南風」が吹き抜けてくる。水拭きの終わった静かな空間に、「大南風」という激しいエネルギーが乱入するという、こうめさんのこの動的な対比が、今年の夏の体感を鮮明に描き出している。

*どこまでもコンクリートの穴惑 岡田耕治

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