2026年10月25日日曜日

香天集10月25日 夏礼子、湯屋ゆうや、谷川すみれ、柏原玄ほか

香天集10月25日 岡田耕治 選

夏礼子
大胆な空の余白に秋桜
近道のここ通りゃんせいのこずち
手品師のひとつにふたつ秋の雲
髪染める気いはないねん零余子飯

湯屋ゆうや
爽やかや己がカメラに己なし
あきつとぶひらがなだけでくらす日も
猪喰ふや青年野外研修所
猪屠るさまを覗きにランドセル

谷川すみれ
村を出る夢に火がつく曼殊沙華
これからは私好みに秋刀魚焼く
片時の手をとりあいて水引草
未知数のだんだん交ざる曼殊沙華

柏原玄
二十日月存らえて刻ゆるやかに
蔵入りの道具一式走り蕎麦
配膳のロボット律儀きのこ飯
敗荷や来し方にある風の音

俎石山
ひときれのするめ大事に秋の夜
秋の水血管の咎流しけり
秋祭開く法被と距離をおき
母の夜具どうしたものか冬日向

前藤宏子
秋の暮友と別れる人の中
輪唱を続けていたりシクラメン
跳箱を跳べぬ児のあり秋の空
つぎつぎと顔を合わせて赤とんぼ

宮下揺子
細密画アーリーアメリカンの秋
只事は只事のまま羊雲
夏果ての海岸線や無人バス
訪なえば臨時休業下り簗

古澤かおる
心地よき寝覚めとは茶の花の蕊
たこ焼きの冷めてしまいぬ望の月
月今宵サファリパークのライオンに
秋気満つ家の一番広い部屋

砂山恵子
逆光に膨らむやうな芒かな
深皿に卵の重さ水の秋
役員を降りたる父の秋祭
若き日の写真はセピア小鳥来る

安部いろん
穴惑い♾️に厭われるかたち
桐一葉忘れはじめる樹の匂い
秋の夕日は錆色で鉄の味
艫綱もない浜の舟秋の暮

金重こねみ
迷惑をかけないで生き螢草
彼岸花川渡る事ままならず
先延ばし出来ぬ歳ですななかまど
コスモスのゆらゆら息を吹き返す

安田康子
父が居て母もいた日の彼岸花
珈琲は香りが八分文化の日
生きるとは良く食べること秋茄子
吾亦紅生きうる限り歩かねば

森本知美
籾むしろ混ぜて返せし昭和かな
虚か実か今日一日を虫に聴く
髪型を少し変えたり秋の水
天高し母のよろこぶ水平線

木南明子
台風がやってくるやら逃げるやら
曇天の垣根を越える花芙蓉
朝露の感情もなくただ歩く
骨折の肩にやさしく金木犀

目美規子
伯母逝きて遠のく縁や秋深む
身にしむや遺影の並ぶ畳の間
腰痛の寝返る向きに地虫鳴く
秋の名残八十路の夫の小言聞き

松並美根子
薄原風ふくままに逆らわず
コスモスをしなやかに舞う風の色
山粧う犬を乗せたる乳母車
秋鯖や味噌の香りを焼いてこそ

〈選後随想〉 岡田耕治
手品師のひとつにふたつ秋の雲 夏礼子
 手品師の手さばきと、どこか虚実皮膜の不思議な世界観が詠まれている。タネも仕掛けもある手品の合間に、ふと見上げた秋の空にはぽっかりと雲が浮かぶ。人工的な奇術の技と、どこまでも広がる秋の空との対比が、礼子さんならではのユーモアとさわやかな広がりを感じさせる一句。

爽やかや己がカメラに己なし 湯屋ゆうや
 しきじ・にほんご天王寺の活動をしていて、一番若いボランティアの方が亡くなった。その方の写真を探したが、ほとんど残っていなかった。彼女が多くの写真を撮ってくれていたからである。自分のカメラには、自分が映らない、そのことが返って「爽やかさ」を増幅させるという、ゆうやさんのまなざしが心地よい。

村を出る夢に火がつく曼殊沙華 谷川すみれ
 故郷や慣れ親しんだ村を離れるという人生の大きな転換点。その胸中の熱い決意や不安を、燃え盛るような赤色を放つ曼珠沙華が映し出している。「この村を出よう」と何度も逡巡しているが、今年こそと曼珠沙華が、旅立ちの情念をかき立ててくれる。すみれさんには、このようなドラマがあったにちがいない。

敗荷や来し方にある風の音 柏原玄
 大きな葉が破れ、風に鳴る敗荷の姿に、過ぎ去った人生の歳月や歩みを重ね合わせている。かつての力強さや華やかさのあとに残るものは静けさと、風の音だけである。無常観のなかに静かな詩情と深い余韻を湛えた、玄さんならではの秀句。

*戯れを待ち受けている薄かな 岡田耕治

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