2025年3月30日日曜日

香天集3月30日 玉記玉、森谷一成、谷川すみれ他

香天集3月30日 岡田耕治 選

玉記玉
春宵の捲ればほつれそうな本
真っ白な猫となりたし花疲
花馬酔木ほぐさん姉と遊ぶため
接木して身のうちに罅ありしこと

森谷一成
戯れに石積みおれば蕗の薹
物売りの声に駆けおり朧の夜
糸遊のカステラ切って仕舞いけり
  大阪都島区
降りてくる百機の腹の日永かな

谷川すみれ
ひとときの抱擁となり桜花
眠る口開いているなりあたたかし
青き踏む兄亡き後の誕生日
恋猫の振り向く背中獣めく

安田康子
菜の花の気持ちになりぬ昼下がり
春光や発車時刻に走り乗り
ランチから花満開の浄土かな
断捨離の最中を舞う春の塵

岡田ヨシ子
白梅や友と歩みし城の石
初桜ただ一言の夢かない
メール来る若布刈る人亡くなると
年月を走って来たり夕桜

河野宗子
墓へ行く白木蓮の笑顔よし
春の雨オブジェ三体目を開き
今は亡し河津桜を差した指
花冷や友との電話長くなり

秋吉正子
渋滞の車を過ぎる冬鷗
寒の月弥生の人を照らしたる
竹尺の母の旧姓春きざす
春寒し病院に入る駐車場

西前照子
築き来し家で迎える松の花
友だちに別れを告げん雪の朝
松明の開かぬドアを外しけり
バーナーで芝生を焼いて春を待つ

大里久代
菜の花の蕾を摘んで和えており
春ともし大日如来帰りけり
水仙の香りいっぱい仏さま
八重椿私の頬を撫でてゆく

北岡昌子
台湾に旅していたり春の雲
本殿の満開となる枝垂梅
水仙の花の集まり通る道
決算のコンピューターをにらみけり

〈選後随想〉 耕治
真っ白な猫となりたし花疲 玉記 玉
 「花疲」は、花見に行って心身が疲れることだが、そんな時「真っ白な猫」になりたいと感じた。花疲と白猫の取り合わせは、どのような効果を生み出しているのだろう。白猫は、純粋さ、自由さ、癒しの象徴として描かれることが多い。しかし、単なる白ではなく花疲が呼び覚ました白であれば、どこか物憂げな印象がある。白猫が持つマイナスの側面として、白は他の色から際立つため、孤独や孤立を象徴することもある。そう見ていくと、「花疲」という言葉も、花見のプラスの側面と、疲れというマイナスの側面が背中合わせの言葉であることに気づかされる。玉さんは、この二つを取り合わせることによって、心身の複雑な情況を表現することに挑戦した。

竹尺の母の旧姓春きざす 秋吉正子
 何気なく使ってきた竹尺には、母の名前がマジックで書かれている。しかもそれは「旧姓」だから、母が成育して結婚するまでの道のりが想起される。現在のように選択的夫婦別姓(氏)の論議がなされなかった時代を生きた母の、その生き方もこの言葉から推し量れるだろう。物を大切に生きた母、その子である作者もまた、丁寧な暮らしぶりをしている、そのことがこの「竹尺」から見えてくる。正子さんの選んだ「春きざす」という季語は、母への追慕の情とこれから始まる春とが照らし合い、とても効果的だ。
*岬町小島漁港にて。

2025年3月23日日曜日

香天集3月23日 夏礼子、柏原玄、中嶋飛鳥、砂山恵子ほか

香天集3月23日 岡田耕治 選

夏 礼子
雛の目虚ろになりしことのあり
ままごとのおやつを増やしいぬふぐり
見舞とは言わず噛み合う雛あられ
新しい風の名を知りつくしんぼ

柏原 玄
春帽子脱げばしわがれ声となる
無欲という限りなき欲ヒヤシンス
亀鳴くを律儀に眺めいるとする
十日後に会いたいと言う桜かな

中嶋飛鳥
春の昼骨煎餅の骨騒ぐ
永き日のマネキンの黙汝の黙
侘助へ欠伸小さく伝播する
涅槃西風大和時間と言うがあり

砂山恵子
草餅もあると張り紙金物屋
住職のたつた一人の梅見かな
春の夢おそろしくともさめがたし
土筆摘む土の幸せもらふため

古澤かおる
ダンベルを1キロ増やす春の雪
首筋の強きを信じ鳥帰る
こんにゃくとのため池の村水温む
啓蟄の霧吹きの口きれいにす

加地弘子
海市たつ今を飛び立つ一機あり
三階の句会賑わう春の雪
鳥雲に一人手を振るみんな振る
如月の輪ゴムの捻れ戻りだす

木村博昭
無造作にマネキン積まれ春の宵
永き日を昨日も今日も妻と居る
古びたる同性婚のひいなたち
天井に梁のあるカフェあたたかし

宮下揺子
春隣絵文字ばかりのメールくる
建国日電波届かぬ所にて
麹屋の匂いを纏い寒の明
三椏の花近道をして迷う

湯屋ゆうや
風の日の耳の穴から余寒かな
春分の診察室の戸を開ける
腹を診るてのひら乾く檀香梅
逆光の土手の土筆のすきまかな

神谷曜子
春一番荒物屋から駄菓子屋へ
春祭郷土料理を滾らせる
節分会鬼の決まらぬ慰問団
紅茶入れ自分ひとりの雛祭

安部いろん
蛍光ペンでさよならを告げ余寒の手
看護師に採血される朱の余寒
真っ先に味わう生気春の暁
春の雷魚の耳石揺れ止まず

俎 石山
雪合戦いつかあの子が転校す
雪合戦あの娘ばかりを狙いおり
まだ咲かぬ梅が自慢の店主あり
干蒲団家族の対話聞こえくる

宮崎義雄
一袋おまけの若布もらいけリ
五十年連れそう人と山桜
快音を飛ばす球児や春の雲
旅立ちの始まりそうな鼓草

前藤宏子
「チュン」という恩師の渾名山笑う
冴え返る無住寺背負う大師像
喜びを大切にして水温む
糸逆という静けさの中にあり

松並美根子
紅梅のひとひらの愛舞い落ちる
ととのいて母の遺影や水仙花
意のままにならぬことあり春の空
パンジーの笑顔あふれれていたりけり

松田和子
水温む鳥のひと群雲となり
過去思うなずなの花よ耳元に
淡雪のこまやかな粥すすりおり
胃袋を包み込みたり蜆汁

森本知美
雛迎え丹念にする部屋掃除
家跡に思い出あまた梅香る
墓仕舞い空地増えゆく水仙花
春満月用無きスマホラインにて

金重こねみ
春雨にうっかり濡れて裾乱す
入学の新たに背負う私小説
身の薄き海胆はキャベツで太りけり
梅の香に翻弄されていたりけり

安田康子(1月)
砂時計の細きくびれや年の暮
二歳児のコアラと言えたお正月
初風呂や三十九度の安堵感
成人式うなじやさしく結い上げて

目 美規子
菜種梅雨通夜の遺影は若くあり
黄砂降る供物着いたとメール受く
園庭の砂場にぎやか春帽子
啓蟄や回覧板のアライグマ

木南明子
寒あやめ朝日を受けていたりけり
白梅や清らな心取り戻す
若者と苺ケーキをかぶりけり
ミモザ活けコーヒー香る喫茶店

安田康子(2月)
古本の刻の重さや風光る
啓蟄や六腑の一腑やさしくす
検診の結果良好春ショール
気に入りのマニキュアごっこ春炬燵

〈選後随想〉 耕治
春帽子脱げばしわがれ声となる 柏原 玄
 春帽子は、軽やかで明るい春のイメージを喚起させます。外出の喜びや、装いを新たにする気分も連想させます。ところが、それを脱ぐと「しわがれ声となる」という意外性が、この句の眼目です。私も、息子から貰った帽子を被ってでかけたとき、「若くなりましたね」と声をかけられたことがあります。帽子でなくとも、ちょっとお洒落な春のコートを羽織ってでかけたけれども、声を出して話しだすと、いつものしわがれ声だったということもあるでしょう。しかし、この句には、そのしわがれ声を肯定するような響きが感じられます。衰えていくことはどうしようもないけれども、その中に生きる力を秘めていたい、そう感じさせるところに玄さんの人柄が現れています。
*岬町小島にて。

2025年3月16日日曜日

香天集3月16日 柴田亨、三好広一郎、渡邉美保、佐藤静香ほか

香天集3月16日 岡田耕治 選

柴田亨
袱紗にて預かりしもの春時雨
傷つけて傷ついている早春賦
学校へ行きたくないと言う余寒
恐竜の子孫が来たり日向ぼこ

三好広一郎
朧月釉薬纏い妻眠る
春眠や寝釈迦がどうかしていたる
裸にはなりたがらない筍を買う
シンバルや天井からの春埃

渡邉美保
啓蟄や絵本飛び出すトリケラトプス
前世よりの縁ありけり葱坊主
骨相を学び始めし蛙かな
入眠の角度違える流氷期

佐藤静香
戦争と無縁に生きてきて朧
眼球裡春オーロラを泳ぎけり
梅が香や白杖の鈴朗らかに
初蝶の猫の襲撃かはしけり

平木桂子
永らへて恥多かりき兼好忌
啓蟄のペディキュアをする素足かな
桜草秘め事ふはり楽しみて
俯けばかすかに笑い落椿

前塚かいち
冬林檎八等分を分かち合う
菜の花や祖母・母・吾が疎開する
半島の泥の中なる雛人形
人災も天災も見し雛人形

上田真美
枯野原幼き草が背伸びする
老いてゆくプラットホーム雪の朝
蝋梅の甘く風吹くところかな
読む度に泣くことのあり春の雪

牧内登志雄
電柱に【津波ここまで】冴返る
トロ箱のゴム手袋や春日向
草踏めば足裏にしかと春の音
日向雨肩寄せている猫柳

〈選後随想〉 耕治
袱紗にて預かりしもの春時雨 柴田亨
 「袱紗」は、お金を包むばかりではなく、大切な贈り物にかぶせるもの。何か大切なものを袱紗をかけて預かったということだが、どんなものを預かったのか具体的に書かれていないので、様々な想像が可能だ。具体的なものかもしれないし、自分の先輩なり知人が大切にしてきたこと、そういう目に見えないものかも知れない。時雨は冬の季語で、ぱらぱらと降ってはやんでわびしさをともなうが、春時雨はそんな時雨にも明るさが伴う。預かったものを大切に思う柴田さんの思いが滲んでいる。

朧月釉薬纏い妻眠る 三好広一郎
 大阪句会で、愛妻家であるとか、静かに眠っている、この世のものではない眠りというような、様々な解釈が出た句。久保純夫さんが、釉薬というのは焼き上がってみるまでどんな色になるかわからない。「美しくて怖い」俳句だと評価された。朝起きた時、妻がどんな機嫌になっているかわからない。夫としては、安らかな朝を迎えて欲しいという、そんな願いを込めて見ているのではないか。広一郎さんの「釉薬」という言葉選びが光る一句。
*岬町小島にて。

2025年3月9日日曜日

香天集3月9日 春田真理子、三好つや子、浅海紀代子ほか

香天集3月9日 岡田耕治 選

春田真理子
冬牡丹良い歯が生えてきますよう
雪を掻く一掬ひづつ山遥か
侘助の内向の口開きけり
隧道を抜け菜の花に包まれん

三好つや子
梯子を登る仕掛人形梅日和
黒板を仮説が行き来する日永
縁側のここから先は春の闇
ふらここの少女にふっと風切羽

浅海紀代子
会いたいと一行加え春隣
こののちも独りの呼吸梅真自
紅梅や体一つをねぎらいぬ
紅椿紅を尽して落ちにけり

河野宗子
コーラスの扉の向こう牡丹雪
老梅に穴ありハート形をして
浮氷六三園で思い断つ
浮かれ猫ときには檻の中に居て

北橋世喜子
初電車乗り込んでくる車椅子
ざわざわと白衣の過り冬椿
ごまの香やごまめ連なる箸の先
大きめの家計簿を買う年始め

中島孝子
樏の踏み登りゆく跡のあり
新雪や一足ごとを響かせて
雪深し白川郷に勤めし日
一日は味噌二日はすまし雑煮かな

上原晃子
冬帽子すつぽりかぶりおちこちへ
粕汁に家族の顔のほてり出す
青い空初声として許しけり
ともし火のほのかになりし初詣

半田澄夫
天に向け合掌したりシクラメン
熱燗や人それぞれの来し方に
太箸で挟む黒豆抱負込め
サッカーの応援の母息白し

橋本喜美子
一羽づつ増え行く鳥や初御空
千歳経る観音像や冬紅葉
子が走り母が声掛けいかのぼり
久々に声聞いている初電話
   
石田敦子
シナモンティー香り一息年惜しむ
シュトーレン少しづつ食べ聖夜待つ
弟より貰つていたりお年玉
初暦災いのなく始まりぬ

東淑子
聖歌ひとつポインセチアに口ずさむ
初空に合わせて登る八幡山
みぞれ軋む国道二六号線
寒空にこっそり走る猫のあり

〈選後随想〉 耕治
侘助の内向の口開きけり 春田真理子
 侘助は、一般的な椿と比べて、花が小ぶりで、開ききらないのが特徴で、「侘び」のイメージに通じている。この「内向の口開きけり」という表現は、侘助の花の特性を見事に捉えている。「内向」という言葉は、花が内に秘めた美しさや、ゆっくりと開いていく様子を表している。もちろん、これは花のことではなく、真理子さん自身でも、また近くに居る人でも、重い口を開いたと読むことも可能だ。寒さの中で、侘助の花がひっそりと、しかし確実に開いていく様子に、次の季節への希望を感じることができる。同時に雪掻きの句もあるが、真理子さんの住む富山も、雪解けが進んで行くだろう。
*岬町小島にて。

2025年3月2日日曜日

香天集3月2日 夏礼子、浅海紀代子、森谷一成、中島飛鳥ほか

香天集3月2日 岡田耕治 選

夏 礼子
寒鯉の声に応えし浮子のあり
冬林檎輪切りにもしかしてひとり
はじめから独りでありぬ寒牡丹
節分のはぐれし鬼はうちへ来よ

浅海紀代子
しぐるるや間口ニ間の八百屋の灯
杖の音身に立ち返る寒暮かな
寒椿うれしさに湧く涙にて
ひと言がつなぐ人あり暖かし

森谷一成
緑青の冴ゆる厠の蛇口かな
立番の狸おらぬか雪催い
キャタピラの泥の鋳型に凍返り
マネキンの臍の豊かに万博来

中嶋飛鳥
ショーウィンドウ佐保姫が足止めている
人を待つ昂りつのる春の雪
きさらぎや紐の十字を許す本
春泥に昨日の亀裂残りけり

柏原 玄
丹田に集まるちから冴返る
薄氷有緑無縁の仲立ちに
寒晴や気カが確とよみがえる
幸せの真ん中にあり菠薐草

加地弘子
スニーカー緑のライン寒明ける
片方が傷み出したり花の兄
氷柱踏む運動靴が悲鳴あげ
冬木の芽かんばせを上げ歩き出す

辻井こうめ
風花を背に二人が地図ひろぐ
あの頃の吾を許したり花なづな
啓蟄の縁起絵巻の米俵
きさらぎの花のエプロン御礼肥

前藤宏子
春雷や階段一つ踏みはずし
束ねたる水仙の香にむせており
初花や並ぶ古民家散策す
好文木一花残らず日の当り

前塚かいち
寒昴会いたい人に会えぬこと
早春や被爆樹木の種集め
写生する被爆樹木のひこばえを
舞という街に住みおり春北風

神谷曜子
冬帽子斜めゼロではない希望
転居して春の筑波根愛しけり
繰言に春セーターの解れゆく
古文書の虜になりぬ春隣

森本知美
人まばら心まばらや梅祭
笑いつつ泣くことのあり卒業式
沈黙は威厳となりぬ壺の梅
春日向潮木の集うところへと

目 美規子
寒明けの庭は眠りの深きまま
担当医転勤を告げ春遅し
如月の微笑む母のこけしかな
四月一日白内障の手術の日

長谷川洋子
喉鳴らしかいかいつぶり湖に帰る
粉雪や見るにたえない物を消し
ショール巻く蠟梅の香に誘われて
春雨や芽吹き始める音のする

金重こねみ
起きてすぐ小さき蜜柑ほおばりぬ
約束はこれからのこと花の兄
百千鳥主張ばかりをくりかえし
水面は見ていないはず水仙花

楽沙千子
窓叩く風の響けり粥柱
退屈はしない厨の匂鳥
春を待つ大学院を目指す背と
鉤針の運びなめらか春炬燵

吉丸房江
年を越す卒寿が歌う「リンゴの歌」
赤ちゃんの泣き声が入り初電話
幾度も見つめ記念の梅一輪
寒卵一度こつんと割り落とす

木南明子
山茶花の公園にあり自由自在
冬の月つまずきながら友の逝く
草むらのフェンスを好み寒烏
白梅咲き私達はとぼけおり

松並美根子
人もまた春の寒さに立ち向かう
あれこれと願わずにただ初参り
水仙の袴を揃え香りけり
春ショールなびかせて来るバイクかな

岡田ヨシ子
暖房を切り太陽に手を合わす
食堂や春の野菜が香り立ち
ゆっくりと雲の過ぎゆく春日向
携帯を持てぬ友あり春寒し

田中仁美
くるりんと寝返りをせり梅ふふむ
大きさを測っていたり牡丹雪
髪の毛を引っ張る赤子松雪草
自分の手じっと見る子よ犬ふぐり

大西孝子
比叡山遥にしたり春の雪
庭の木木まばゆいばかり春の雪
雪明かり臘梅の黄を穏やかに

〈選後随想〉 耕治
節分のはぐれし鬼はうちへ来よ 夏 礼子
 節分の夜、豆まきの喧騒から逃れ、一人ぼっちになった鬼が、寒空の下をさまよっている。礼子さんは、そんな鬼を家の中に招き入れ、もてなすつもりだ。福知山市にある大原神社の掛け声は、真逆の「鬼は内、福は外」。「鬼を神社の内に迎え入れて、改心して福となったものを地域の家に出す」という意味が込められているそうだ。大原神社にならえば、礼子さんにもてなされた鬼は、きっと福となって多くの人を喜ばすにちがいない。

ひと言がつなぐ人あり暖かし 浅海紀代子
 たったひと言の言葉が、人と人との間に温かい繋がりを生み出す力を持っている。そのひと言は、労いの言葉だろうか、感謝の言葉だろうか。「暖かし」という言葉は、春の気候のあたたかさだけでなく、人間関係の温かさ、ぬくもりを感じさせる。家族や友人から届けられたひと言、俳句の仲間から寄せられたひと言だったかも知れない。紀代子さんは、そんなひと言の持つ力を改めて感じ、人とつながっていることの喜びを感じている。
*岬町小島にて。

2025年2月23日日曜日

香天集2月23日 湯屋ゆうや、木村博昭、古澤かおる、砂山恵子ほか

香天集2月23日 岡田耕治 選

湯屋ゆうや
心音の全幅をゆく石鹸玉
スリッパを脱いで寒夜を帰りけり
手袋をもどかしく脱ぐ自動ドア
平積みの本を伝って春へ行く

木村博昭
父逝きし母ゆきし日も雪ふる日
綱打ちのかけ声の飛び春隣
鬼打豆居座る鬼と暮らすとす
恋の猫原罪を負うこともなく

古澤かおる
厳かに子猫を貰う姉妹かな
日当たりの梅見る椅子の古びたり
寒明の天地返しの土匂う
指先の傷をあらわに草青む

砂山恵子
物の芽が草になりたる高さかな
水色の雨の降りそう土佐水木
梅咲くは野に二等星増えること
ナースステーション水栽培のクロッカス

安部いろん
触れている長き看取りの悴む手
朧月遺品の黒き金時計
スノードロップ恋を教えてあげましょう
牡丹雪ルドンの目玉降ってくる

神谷曜子
一葉忌市民オペラに出演す
枯蔦の壊されてゆく映画館
年賀状終いふわりと届きけり
父の忌の寒夕焼を全身に

俎石山
往年の喧嘩を忘れ山眠る
クリスマス帰る足音疲れおり
一人部屋覗いていたりオリオン座
湯豆腐に品書の文字曇りけり

秋吉正子
小春日や幼稚園児の紺ベレー
月冴ゆる防犯カメラ赤ランプ
講堂のピアノレッスン悴める
恵方巻三つに切って丸かじり

大里久代
下を向く頭に当たり福の豆
選後八十年沖縄の春浅し
春の風懐かしき家解体す
蓮華草首飾りにはまだ足らず

〈選後随想〉 耕治
スリッパを脱いで寒夜を帰りけり 湯屋ゆうや
 「スリッパを脱いで」という行為は、出掛けることと結びつくが、この句では帰るとあり、この反転が読む者のイメージを膨らませる。病院のスリッパだろうか、出掛けた先のそれだろうか。一旦靴を脱ぐ必要があったのに、再び「寒夜」を帰らなければならない。ゆうやさんは、家路を急ぐ心情を、この反転を用いて、巧みに表現した。日常的な行為の中に、人間の複雑な感情を詠み込むことのできる好例だろう。

鬼打豆居座る鬼と暮らすとす 木村博昭
 「別に鬼がいてもいいんじゃない、鬼のような女房もいていいんじゃない、鬼のような自分であってもいいんじゃない」。この句からは、博昭さんの多様性を認めようとする呟きが聞こえてくる。「暮らすとす」という表現は、ちょっと仕方ないな、まあ認めようかという響きがある。現代社会に言い換えれば、反トランプということになろうか。「鬼打豆」「鬼と暮らす」という二つの鬼の響きが、何とはなしに心地よい。

*岬町小島にて。

2025年2月16日日曜日

「香天」78号本文

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目 次
賛助同人作品         2 久保純夫
私の好きな久保純夫の50句  4 岡田耕治抄出
代表作品           8 岡田耕治
特別作品          11 湯屋ゆうや
同人集           12 50音順送り 本号は「や」から
安田中彦、湯屋ゆうや他
同人集五句抄        28 柏原玄、中嶋飛鳥ほか
同人作品評         30 玉記玉、佐藤俊
香天集十句選        34 森谷一成、石井冴
句集『父に』        38 西田唯士
年間自選五句        40 50音順
季語随想「梅」       50 三好つや子
エッセイ          52 夏礼子
創作 俳句ショートショート 53 三好広一郎
香天集  岡田耕治 選     54 佐藤静香、渡邉美保、
玉記玉、三好つや子ほか
選後随想          84 岡田耕治
句会案内          90