香天集6月28日 岡田耕治 選
石井 冴
玉葱の仲間に入る漢かな
県境行ったり来たり雨蛙
胸板のつながっており三尺寝
棕櫚の花髪にわずかの南の血
玉記 玉
割り切れぬ卵が一個夏休
演説のような噴水あっと終わる
ボート漕ぐ十年前も月曜日
灼け石か天使か振り向かぬことに
安田中彦
夏めきて陸のかもめと対峙する
水際なる中也の釦風死せり
梅雨晴や兄は鳥籠捨てにゆく
炎昼の空家を鏡出てゆけり
三好広一郎
似顔絵と比べてどこがさくらんぼ
金槌の頭抜けたよ花は葉に
平均に耕しているかき氷
炎昼の干し草囁くように痩せ
柴田 亨
何よりも元気ですかと燕来る
人の世の理照らす朧月
街灯へ沈丁わずか開きけり
集まりてざわめき夏の石仏
森谷一成
男ばかり壁の反復つばくらめ
夥し樹液にとまる蝶の翅
機影なし白詰草の径すがら
囚われの数を読むなり行行子
中嶋飛鳥
両隣空席となり落し文
唐突な病軀のはなしビール注ぐ
六月の裏口に立つ他所の猫
六月の羽をひろげて濡れそぼつ
木村博昭
桜の実色を深めて耳朶を恋う
金ピカのネイルを這わせ枇杷をむく
蜈蚣には蜈蚣のくらし物の陰
日日草きょうの曜日を問われけり
中嶋紀代子
紫陽花の白を貫き通しけり
ごきぶりよ敵のごとくに扱われ
何祈る五体を開く蜥蜴として
どくだみや我の存在理由問い
前塚かいち
一本の背筋を糾し花菖蒲
父の日の父の銃口空を向く
天道虫パンデミックを過ぎ行けり
夏草を刈ってほしいと島便り
釜田きよ子
今年見つけし昨年の空蝉よ
少年の首筋いつも涼しそう
非通知の着信のあり梅雨茸
不器用な生き方をして尺取虫
中濱信子
杜若手鏡抜けて大空へ
薔薇アーチ香りを着けて出て来たる
ちょうど良き距離を保てり梅雨の傘
紫陽花の柄のマスクや登校す
古澤かおる
一羽なる鷺の植田となりにけり
踏みますと先に告げたり梅雨茸
べたべたと歩いてしまい梅雨夕焼
爪伸びしままの別れや花南天
櫻淵陽子
燕来る置き配にした段ボール
五月闇知らない人がくしゃみする
ビル風を抑えて行けり夏帽子
夏の蝶掴むうつつかまぼろしか
正木かおる
鶯の鳴き真似の背についてゆく
梅雨空の展望台に集まれり
Tシャツにきみの背骨が浮いている
水筒に二本の冷茶山の路
羽畑貫治
独り居の食欲の増し処暑の風
手花火や目鼻は二メートル離れ
盆用意ここは任せと腕まくる
行水の湯をなみなみと禊桶
永田 文
子の名をも忘れていたり含羞草
夏の日に手をかざしつつ塵捨てに
休校の窓に映りて花は葉に
雨粒にさかさ模様の柿若葉
水筒 岡田耕治
五月闇除菌シートに拭き取られ
対面の句会始まるアロハシャツ
対話劇夏帽子から創り出す
昼寝から覚めて頭の入れ替わる
花茣蓙よ母から眠り始めたる
細部から磨きはじめる炎暑かな
夕立や行き着く先の見えてくる
こうやって飲みたかったぜ生ビール
透明な壜に集まり五月雨
入口が決められてあり氷水
水筒の氷を鳴らし登校す
金曜の香水洗い落しけり
香天集6月21日 岡田耕治 選
加地弘子
郭公の初めて人に会う日なり
老鶯の合わせてくれる速さかな
海色の暈しを入れて夏暖簾
木蓮の芽につつかれているガラス
夏 礼子
葉桜の真昼の暗さひとり居る
短夜の書棚から出て天金書
梅雨の月母の手紙を捨てられず
コロナ禍の薔薇に棘ある安堵かな
北村和美(6月)
白南風や半透明の声になり
階段の二段飛ばしの風薫る
口ぐせは「あのね」両手にサクランボ
青嵐風の重さを測りけり
松田和子
蜘蛛の囲の視野から雨の上りけり
代掻の牛がときどき白目むく
赤い橋渡り親子の夏帽子
夕風の鳰の浮巣を眠りおり
嶋田 靜
麦秋や赤毛のアンの髪の色
寝つかれぬ夜を鎮まり春灯
石楠花や廃鉱の空の澄みわたり
植えかえし昨日の苗に走り雨
北村和美(5月)
花水木知らぬ名の文鋏入る
新緑の風吹く朝のスクワット
声揃え泣いてもいいよ猫の恋
飛び越える第四の壁柏餅
小島 守
梅雨の傘カラオケを断ち酒を断ち
落ちゆくままにアイスコーヒーのミルク
陰を持つ西日の中のタワービル
サングラス敵を定めていたりけり
岡田ヨシ子
訪れる人がなくなり夏来たる
夏帽子忘れ太陽浴びんとす
冷素麺学びし友の懐かしく
島根より届きしちまき美しく
萱村 環
すみれ待つ所へ犬と散歩する
雨音に合わせぽりぽり豆の菓子
あじさいのまんまる頭礼をして
ばあばから箱詰めの菓子梅雨上がる
小説 岡田耕治
入構の制限中を梅雨鴉
手鏡に映していたり五月闇
新緑を移動してゆくラジオかな
梅雨空を定点として働きぬ
人数が突然増えて梅雨入雨
大花火顔を大きく残しけり
夢一つ見ない眠りの明易し
夏座敷まず拭かれたる赤ん坊
初浴衣しだいに男はだけゆく
小説を読み始めたる素足かな
香天集6月14日 岡田耕治 選
渡邉美保
母乗せて退屈さうなハンモック
若葉風に三年寝太郎の気分
花魁草髪切って肩広くなる
上巻をとばし下巻へ新樹の夜
三好つや子
道おしえ分散登校はじまりぬ
仙骨を意識しているアマリリス
傾聴のかたちの耳を蝸牛
真っすぐに反るということ青胡瓜
砂山恵子
暑き日やメトロノームの尖りたる
着信に今無き名前ほたるの夜
風鈴の後のしじまよ地下の街
直線を忘れし真昼さるすべり
河野宗子
麻蚊帳を出して昭和をたたみけり
この曲をきいているらし夏燕
イタリアンハーブの夏をたのしめり
リハビリの足裏を向け夏の空
澤本祐子
ゆっくりと暮れゆくところ桐の花
柿若葉いまふるさとに生家なし
くるぶしを運んでゆけり蕨摘み
梅の実の一粒ずつの産毛かな
神谷曜子
風強し抱卵中のコウノトリ
ウィルスの潜みし町の風薫る
ささくれし地球から見え梅雨の星
清張の列車の音の昼寝覚
堀川比呂志
四字熟語並べ宇宙の果てに出る
玉葱の皺はみ出していて五月
色置けば皆散り散りに春の海
高炉の火空の真ん中だけ焦がし
宮下揺子
コロナには紫外線良しジギタリス
二つこと一緒に済ます半夏生
靴紐のほどけやすき日夏蓬
パンケーキうまく焼けたら夏がきた
中辻武男
頬笑みて人と牡丹と和みけり
曇天を日傘で庇う人の波
早やばやと空蝉みつく声のあり
池の樋を抜く日ぞ近し耕運機
櫻井元晴
音聞かせうまいでという西瓜売
初物の豌豆飯や仏前へ
パンツ下げヘソ出し子らの夏の海
パッチ履き暑い暑いと言い合えり
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。
潜む子 岡田耕治
カラオケのマイクを離れ桐の花
滴りや同じ心を打ちいたる
潜む子と窺う子あり夏の草
返さねばならぬ答と梅雨に入る
求刑のために集まり燕子花
声を出す日傘同士の距離を着け
夏草や空き地の空を増やしたる
梅雨に入るコンピューターを冷やす音
半ズボン答をつくり出してゆく
ひと言が際立ってくるボートかな
香天集6月7日 岡田耕治 選
玉記玉
百ワットの桜貝見つけたらゴール
私が非常口ですネオンテトラ
永き日の足から歌い出すピエロ
蛇穴を出るマハの爪切ってやろ
橋爪隆子
しゃぼん玉指三本で歳を告げ
早や風にこころを開き白牡丹
初夏の花もうすぐ名前思い出す
産土の新緑すくう柄杓かな
岡田ヨシ子
日に当てて水たっぷりとカーネーション
早くなる時を海月のダンスかな
夏の海大きな魚迷い来て
冷蔵庫の足台発泡スチロール
斑 猫
ゴビ砂漠からの便りの中に立つ
透き通るホワイトリカー梅支度
ストロー 岡田耕治
若き日のまちぶせている更衣
香水や傷痕としてあらわなる
夏料理最後は水にたどり着き
あめんぼう離れ離れに登校す
ここという声のしている草苺
水中花誰とも距離を保ち合い
ストローを嫌がっているソーダ水
横顔を近くしており氷水
梅雨の傘骨を鳴らして畳みけり
考えが途中で止まり不如帰
羽抜鶏生きる速さを同じくす
全員が映る画面のビールかな