2021年2月28日日曜日

香天集2月28日 玉記玉、浅海紀代子、森谷一成、夏礼子ほか

香天集2月28日 岡田耕治 選

玉記玉
アネモネを軽く突いて病みあがり
すかんぽを手折るよジャズの一拍目
惜春や黄色い海となる脳
ニンゲンと名札を付けて野に遊ぶ

浅海紀代子
予定書く文字の定まり春隣
春来ると耳の大きくなりにけり
猫の子が名前をもらう膝の上
伸びしたり縮んだりして春の空

森谷一成
信号の赤を抱きしめ夜の雪
風高し鴨の上下波のまま
  広告塔として来日した遊牧民が街路樹に安らぎを求め
裸木にふれてマサイの戦士どち  
石垣のならわしありて姫菫

夏 礼子
一隅や風のかたちの枯葎
冬菊の花びら数えたくなりぬ
胸に棲む鬼を眠らす福は内
春の潮この身の内に蠢くもの

木村博昭
三度寝のふとんの中の小宇宙
立春や破れていたる鬼の面
こぼしたる一錠のゆえ冴返る
結界の内より外へ朧の夜

辻井こうめ
早梅や手紙を燃やす人のあり
小豆入り懐炉やさしく香りけり
初蝶やけふの日記の一行目
風花や振り向かないと決めて行く

釜田きよ子
焚火の輪磁石となって寄り来たる
シクラメン飛ぶしかないと考える
白椿まじめに自粛しておりぬ
火の鳥を待ちて裸木立ち尽くす

前塚かいち 
早春の森に集いてけものたち
春荒を漂ってくる電気浮
不織布のコトバ歯がゆきマスクかな
臘梅の夕べ残り香探しけり

神谷曜子
宙満てりオリオン座から昴へと
凍て蝶になってしまえと風が鳴る
不可思議な彫刻を見て市始め
夫の忌の図面の中も寒明ける

安部礼子
身体ごと包みて春の暁は
スクリーンセーバーを解き寒明くる
しゃぼん玉一瞬映す聚楽第
汝も我も一人ひとりぞ春の闇

北村和美
一枚を二人の肩に春ショール
がっしゃんと何かを落とし猫の恋
指差しのつま先立ちの初桜
大試験耳に残れるシャープペン

正木かおる
冬林檎分かちあいたい人のあり
三月の国を揺さぶる地の疾風
春疾風父はどうしているだろう
文旦をむしると母の笑顔かな

吉丸房江
一日分春を早めに福は内
大いなるマスクも顔の一部なり
独り言猫にもありて霜柱
コロナ禍を知らぬ産声桃の花
*大阪教育大学柏原キャンパスにて

ため息  岡田耕治

直前に最も学び初雲雀
ため息を整えているしゃぼん玉
蛇穴を出るにめまいの残りけり
解けない程に交わり黄水仙
点眼に直前のあり風光る
春景色忘れ物へと戻りゆく
どちらから出ていると問い朧月


2021年2月22日月曜日

耕治俳句鑑賞 接点の句 十河 智

接点をやわらかくして薄氷  岡田耕治

 故郷は、温かい地方ではありましたが、今よりは寒かったのでしょうか、雪も何回か降り、用水やバケツの溜水に薄氷が張っていました。冷たさを試すように、子どもはそんな氷を遊びの道具にしました。大事に持っていたのに薄さゆえに割れることもありました。母がそんな割れた氷をくっつけることを教えてくれたのです。割れたところを溶かしてくっつけたらいいと。割れ線に沿って手の体温で溶かして、つなぐようにそっと外においておくと、くっつくのです。  (十河 智)
*大阪市内にて。

2021年2月21日日曜日

香天集2月21日 石井冴、三好広一郎、砂山恵子、中嶋飛鳥ほか

香天集2月21日 岡田耕治 選

石井 冴
実南天地に着くまでは男の子
中指のなぞりたくなる深雪窓
異次元とも大縄跳びに入るとき
歯ブラシを使い分けたり若牛蒡

三好広一郎
寒牡丹光の棒に傘を接ぐ
梅開く母の畳にヨガマット
初蝶のすぐ恋をする付け睫毛
朧夜や手を離しても箸の立つ

砂山恵子
座布団の数だけ出して蓬餅
この白を見つけてほしき薺かな
食べて寝て風呂入るでよし春隣
ハンガーのガウン押しのけ春コート

中嶋飛鳥
哲学のまん真ん中を冬の雷
経済と二枚重ねの黒マスク
体重をかけ北窓を押し開く
百歳の足取りに添う犬ふぐり

加地弘子
人の日のいつまでもある忘れ物
人日の眠くなるまでラジオ聞く
寒禽に糸の絡まる日のありて
どの椅子も離れて置かれ春隣

楽沙千子
非常時の目を交わし合うマスクかな
根菜の甘みを増して凍返る
春暖炉囲み山荘更けゆけり
外出を禁じ建国記念の日

松田和子
山焼の二十を祝う飛火かな
老梅に居ついていたり蜘蛛の客
クロッカス香りはじめる朝の日よ
公魚のいとなみい出す余呉湖かな

永田 文
日の射してほつほつ梅のひらきけり
楽しさと淋しさをまぜ毛糸編む
ふらここの高みに笑う声のする
少しずつ影ふくらんで土手の春
 
中辻武男
恵方巻そなう吾が身に招く福
寒肥や花のお礼を忘れじと
焼芋や吾子の手より受くことのあり
大学の決まりし孫へ梅の花

大阪市内にて。

接点  岡田耕治

引きとめる鶯餅を食べるよう
真っ先に手が手を洗うしゃぼん玉
新しき行先のありいかのぼり
春一番大事なことは言わずおく
接点をやわらかくして薄氷
十年の後の余震を凍て返る
避難所となる学校の春の泥


2021年2月19日金曜日

耕治俳句鑑賞「春一番」 十河 智

春一番大事なことは言わずおく 岡田耕治

 大きく季節が変わる、気持ちが揺さぶられる季を表します。卒業と別れの季節でもあるのです。
 この季節に青春時代の切ない別れを経験する人も多いことでしょう。
 胸の内にある「大事なこと」お互いに、これから始まる新天地での生活の不安定さゆえに、言わずに、言えずに、駅で、校庭で、握手だけして別れていった二人。
半世紀も前の私もそうでした。   (十河 智)



2021年2月14日日曜日

香天集2月14日 安田中彦、柴田亨、三好つや子ほか

香天集2月14日 岡田耕治 選

安田中彦
丹頂の隠るる白き襖かな
冬の森ぬくき楽器となりにけり
鬼となる途上の吾をやらふなり
飢えの鯉口開けてゐる二月かな

柴田亨
霙降る静寂にわずか芽吹くもの
生き急ぐものたちといて冬霞
借りのある友ばかりなり木守柿
再びを約して冬の灯を消しぬ

三好つや子
黒帯の少女の声す恵方かな
まんさくの咲いて湯灌のはじまりぬ
風光るドレミを零す牛乳壜
生命線もみくちゃにして花菜漬

久堀博美
曲り角一つ違えて春の色
春星や被れば香るバスタオル
如月や会いたくなれば灯を点し
指で円作り苺の甘きこと

小崎ひろ子
新しき風知らぬ地の五色雲
定型の意見を述べて手袋す
ハッシュタグふくらすずめの居る垣根
ウイルスを忘れて居たり冬薔薇

宮下揺子
言うほどのパッション持たずシクラメン
裸木に弱音を見せて歩き出す
骨盤底筋体操春隣
花冷えの合羽のように防護服

河野宗子
初氷軍手の指が浮いている
北風を五センチ入れて七回忌
初雪やうなり出したる室外機
駅伝の顔から春の走り出す

櫻淵陽子
ブランデー紅茶に入れて春を待つ
非接触隣の町は春めいて
春の蝶微熱の中を飛びにけり
どうしても見付からなくて春の虹

岡田ヨシ子
年末のとうとう買わぬ宝くじ
入院の空白のあり古日記
雨となることの遅れて初地蔵
春帽子着けて鏡と話しけり

古澤かおる
特大のこんにゃくを買い春うらら
トーストに魚のフライお中日
一つずつ苺大福家族かな
ハハコグサ墓に最初に芽吹きけり
*泉佐野市内のジオラマより。


小さなNo  岡田耕治

鮟鱇の肝を最後の鍋とする
朧夜のまなこを温め眠りけり
手をつなぎ渡る大きな春の空
春の雪傘の形を全うす
春きざす間もなく閉ざす書店にも
犬ふぐり小さなNoを集めたる
春帽子キャリーバッグに被せおく


2021年2月13日土曜日

動画講義「花の供養に」(10分)

 花びらの吐息匂いくる指先に  石牟礼道子

この句を鑑賞した講義は、次のURLをクリックして視聴してください。(10分)

https://youtu.be/7OmUfjMh8B8

*この講義は、若松英輔さんの『悲しみの秘義』から着想しました。

2021年2月7日日曜日

香天集2月7日 谷川すみれ、渡邉美保、浅海紀代子ほか

香天集2月7日 岡田耕治 選

谷川すみれ
春昼の赤子の温み抱きけり
右脳から鳴きはじめたり春の蝉
木蓮の開くものから朝になる
春の星父の遺した鎌のこと

渡邉美保
盤根錯節中より芽吹くもののあり
金目鯛煮て晴れやかな母のこゑ
突堤の先になくなり冬の虹
薄氷の一部始終を潦

浅海紀代子
階や冬の底へと下りて行く
あるがままの顔にして初鏡
カステラの隅っこ摘まむ女正月
猫の髭しきりに動き春隣

吉丸房江
晴れの顔半分かくすマスクかな
水仙の香りまっすぐ近づきぬ
マスクして生きていますと年賀状
初暦まだ見ぬ月日重なりて

松田和子
初鴉波といっしょに鳴きにけり
年賀状一人ひとりに話し掛け
塩盛や初練習がスタートす
冬晴のヒマラヤサクラ海の香と

釜田きよ子
蓑虫の上手なホームステイかな
蓮枯れてモダンアートに変身す
銀紙のビロビロ鳴りて寒波来る
啓蟄の不要不急を問われおり

楽沙千子(12月)
煤払仏像に身を反らしおり
考えの違いそのまま日記果つ
出勤の背を伸ばしたる冬の空
復興を願いて集う冬灯
 
楽沙千子(1月)
大鷹の舞う片男波風致地区
風冴ゆる紀州青石踏みゆけり
初凪や沖に眩しく陽の差して
阪神忌幼児は知らず火を点す
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2021年2月6日土曜日

白梅  岡田耕治

海鼠からはみ出している海鼠かな
スパーリングワインのコルク鬼遣らう
投函す春立つときに着くように
心拍の早き朝や寒明ける
勉強は苦手のままにシクラメン
グレーゾーンイエローゾーン冴返る
白梅や投句を断ちし人のこと