2022年5月29日日曜日

香天集5月29日 森谷一成、谷川すみれ、木村博昭、辻井こうめ他

香天集5月29日 岡田耕治 選

森谷一成
鶯のたんと澱河のジャズ浮き浮き
利かん気の少年いつか青蛙
半分は目玉に生れし糸とんぼ
外れずに個個のさすらう蟻の道

谷川すみれ
交わらぬままに広がりあめんぼう
眠る子をまばたきもせず通し鴨
少年のように無心な豆ごはん
運命が陰にたたずむ夏木立

木村博昭
爆撃の憂いなき空鯉幟
健やかというは茄子の浮力かな
アイターン男が娶る青田風
夏空へあやつり糸を強く切る

辻井こうめ
スケルトンの喫煙室や青楓
暗号を送りゐるかに行々子
虫好きの少年老いぬ麦の秋
普通食に戻していたる茅花かな

神谷曜子
燕子花六林男先生ここかしこ
父以後の落ちない汚れ矢車草
夜盗虫逃げの姿勢をひるがえす
夜のロビー泳ぎたくない熱帯魚

安部礼子
流人墓を打つ雹死者の持つ時間
ソーダ水トリチェリの真空にいる
喧噪の若きシラブル夏立ちぬ
禍の終わりはいつか梅雨兆す

牧内登志雄
追へばまた声かしましき行々子
眞夜中のローストビーフ金魚玉
初めてのオードトワレや二十歳
三尺寝決め込む背の大いびき

岡田ヨシ子
豌豆の届くを待ちぬ炊飯器
太陽光パネル田植の音を消す
紫陽花の緑が根付き出入り口
夏シャツのその方言は何県か

大里久代
桔梗の蕾プチッと押し開く
十薬を吊してからの雨模様

秋吉正子
豆飯や豆欲しい子といらぬ子と
たんぽぽの笑顔を保ち曇りの日

中田淳子
最後までかがやいてあり落ち椿
雨のあと紫陽花の道狭くなる

北岡昌子
テーブルを囲みて夕の藤の花
春祭三年ぶりの御輿出す
*岬町多奈川駅にて。

2022年5月22日日曜日

香天集5月22日 玉記玉、安田中彦、石井冴、夏礼子ほか

香天集5月22日 岡田耕治 選

玉 記玉
たんぽぽの絮の気分で待つことに
水音に骨格のある青野かな
ワセリンに薔薇の香ばらの香に私
優曇華も交えて飲もうではないか

安田中彦
陽炎燃ゆ瓦礫の中の写真帳
夏蝶や戦の庭といふところ
ゴールデンウィーク日本海を兎跳ぶ
塩壺に塩つぐ憲法記念の日

石井 冴
考える人を連れ出す蕨山
向き向きの千の窓辺や山笑う
知らぬ夜も男は男蜆汁
摘まみおり苺は猫の耳だから

夏 礼子
ぐい呑みのことりとひとり放哉忌
葉桜や程良い位置を探りいる
そら豆のとびだし思い出し笑い
杜甫の詩を声に八十八夜かな

三好広一郎
わが胸の一区画より日雷
美味そうな尻もちの音実梅かな
教室の隅っこ四葉のクローバー
麦の秋皮膚感覚を愉しめり

中嶋飛鳥
塒へと裏も表も夕焼けて
夕薄暑くすりを呑みてより病者
母の日の解きてのばす紙の皺
首すこし傾ける癖トマト咲く

加地弘子
偶然に桜に生まる筏かな
椿象の避けようもなくぶつかり来
立夏ごろり腕枕するゴリラかな
戦争をテレビで見つめ昭和の日

砂山恵子
アルバムに貼れぬ思ひ出石鹸玉
万緑を切り刻みゆく新幹線
自転車の家庭訪問麦の秋
わが影を追いかけるごと泳ぎけり

嶋田 静
花びらの落ちてみんなが埋まりけり
蝶々のまとわり付くよ君のこと
落人のそっと揺れたる藤の花
夕長しピアスのケース飛び出して

小﨑ひろ子
燕来る防犯カメラ据わる軒
青葉闇人の宴の跡として
風薫る古きシネマのあるあたり
ユリノキの花高みより見られをり

古澤かおる
少なくなる笑顔のひとつわらび餅
夏来るソースで食す明石焼
城跡の礎石の温み若楓
柿若葉白髪の見えるヘルメット

勝瀬啓衛門
屋外の竈にくべる杉落葉
南国に似せて玉解く芭蕉かな
なめくぢり出自引きずる鉛色
白靴や汚れるものと雲が言い
*中山寺にて。

2022年5月15日日曜日

香天集5月15日 柴田亨、春田真理子、牧内登志雄ほか

香天集5月15日 岡田耕治 選

柴田亨
詩集売る少女の眉よ春の雨
げんげ田に続く首塚光帯び
水のごと再会のあり桜散る
石楠花にそれぞれの蜜少女らよ

春田真理子
牡丹の崩るまで居ることにする
祠堂から笙の鳴り出す燕子花
燕子花生けて寡黙となりにけり
筍を携え僧侶現われる

牧内登志雄
麦の秋三線の音のかるくなり
衣更ふ少女眞白き十五歳
竹婦人けふは背を抱く夜半の雨
初蝉や電柱青く立ちつくす

小島守
夏に入る不登校児の灯かな
白玉を吸う胸元の見えるほど
瀑布からまだ戻らない女たち
口論のはじめ梅干置かれけり

大西英雄
夏来る二人で歩く九十九洋
花あやめうち分け波の土佐路かな
巡礼はインターバルと柏餅
赴任地を再び訪ね花の城
*岬町にて。

2022年5月8日日曜日

香天集5月8日 三好つや子、釜田きよ子、久堀博美ほか

香天集5月8日 岡田耕治 選

三好つや子
新じゃがの無垢をポタージュスープかな
山岳古書の店は三階燕来る
黒船が見えそうな日だつつじ燃ゆ
待ちぼうけの魂あまた豆畑

釜田きよ子
ブランコは人待ち顔に揺れており
この世とは笑う場所なり豆の花
泳ぐたび空に分け入る鯉幟
姿勢良きアスパラガスを収穫す

久堀博美
菜の花の盛り過ぎたる重みかな
ひから傘開くや竹の骨光り
まだ続く信号のなき蟻の道
打水や郷里の通りよみがえり

宮下揺子
エープリルフール聴き役を休みとす
いたち草安易な方へ舵を取り
目借時指図したがる子供たち
麦の秋前頭葉をたたきおり

楽沙千子
居残りの生徒数人春蚊出づ
リュックサックの鈴着いて来る春の山
骨折のギブスのままに卒業す
新芽出す朽ちし桜の気力かな

河野宗子
鳥たちの声の段差や春の雲
春帽子選び心を押しにけり
どの家も春のねむりの扉かな
春の道スマートフォンをかざし行く

北村和美
啓蟄やあとさきとなる靴の跡
小指だけ赤いマニュキュア桜蘂
水温むズックの紐の固結び
金髪とピアスの友や夏近し

田中仁美
春の蝶墓より父の現れる
直線の大空つなぐつばくらめ
春の空歩幅合わせる母の腕
養命酒もう一杯と春の宵

垣内孝雄
薔薇の芽の垣根をくぐりランドセル
かざぐるま昨日の風をたがへたる
遠足や父の大きな玉子焼
ふたりして駄菓子をかじる子供の日

岡田ヨシ子
五月号曾孫と俳句競い合う
夏帽子食品カーで会える人
更衣残りの時を畳みけり
何処へ行く宅配便の夏の服

川端大誠
新聞紙空見上げれば暮早し
朝早く買い物に行く雪晴れ間
餅の味きな粉でなくて醤油に
たこ上げる傾くたびに微調整

川端勇健
先生がまどをあければ春の風
手ばなした風船が行く屋根の上
月曜日大雨の中蛙鳴く
夏の海後ろを見れば水しぶき 

川端伸路
風せんを空に上げればかえってきた
サングラスかけてみたけどまぶしいな
れいぞうこあけっぱなしでおこられた
水とうはもれはじめるとこわれるよ
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2022年5月1日日曜日

香天集5月1日 渡邉美保、森谷一成、谷川すみれ、浅海紀代子ほか

香天集5月1日 岡田耕治 選

渡邉美保
裏返ることのうれしきあめふらし
磯遊び人に離れてしまひけり
春の山行って戻らぬ人のこと
古書市の匂ひに染まる日永かな

森谷一成
春寒を生きると決めし仮枕
弾道を値踏みしておりつばくらめ
鳶の輪の統べるそのした万愚節
女だけに通うまなざし新社員

谷川すみれ
三尺寝深く眉間の裂けてあり
音もなく狩られてしまい梅雨の蝶
サングラス自分自身を見つめおり
花胡瓜父から母を語りだす

浅海紀代子
水洟を拭いて余生を始めおり
春夕焼海の平を帰りけり
ただ祈ることのみ残り春夕焼
賑わいの昔に遠く花水木

木村博昭
遊蕩の奈落にありて蜆汁
地球儀の其処を動かぬ春の蠅
ともがらの誰も身を病み花見かな
オクターブ高き人語や風薫る

辻井こうめ
乳母車の幌に留まるさくらかな
花の昼大道芸の猿に喝
古布のアップリケ展新樹光
黄帽子の「一人で行ける」柿若葉

中濱信子
木蓮の白がつかみし朝日かな
花大根空を真青にしていたる
紙コップの酒に散りくる花のあり
葉脈のあとをかすかに桜餅

神谷曜子
ネーブルと過去がころがる夜の地震
かさぶたになった一言紫木蓮
少し病むほうれん草を湯に入れて
スパイス店初夏を調合していたる

吉丸房江
花吹雪空家に据わる椅子の位置
喜びは中より起こり春の土
あの事もこれも終りぬ昭和の日
マフラーが歩け歩けと春の空

藪内静枝
花屑を鮮やかにして吹きだまり
春惜しむ大和堤を歩き継ぎ
春愁聴き返すこと多くなり
区区の読み方を知る日永かな

永田 文
のどかさに鯛焼二つ買いにけり
石垣をあふれてしまい芝桜
竹の葉を擦る音させ鳥交る
土手いっぱい蒲公英いっぱい日を返す

牧内登志雄
自販機の灯り瞬く別れ霜
花散らす雨にも消えぬ燠火かな
藤の花重力といふもののあり
桜舞ふ独歩の先の無言館
*伊丹市立ミュージーアムにて。