香天集1月29日 岡田耕治 選
森谷一成
片膝立て釣り桟橋の事納め
没後四十年のラジオ番組のあと
セロニアス・モンクひりりと晦日蕎麦
年神を見卸している警報器
初旅を裸子植物に教わりし
谷川すみれ
戦いの終わりはあるか蜃気楼
三月十一日の早や暮れにけり
菜の花に溶けだしている聖少女
蒲公英の絮唄いつつ踊りつつ
佐藤俊
左義長のほむらくすぶる男の背
無音という音の聴こえる冬の夜
閉店の店主敬白冬深し
たましいの足音を聞く冬木立
夏 礼子
たっぷりと時間はあるし冬ぬくし
初春のゆるりとまわる万華鏡
もう本音言う気ないねん海鼠噛む
足音のだんだん親し寒四郎
神谷曜子
枯木山耳をすませば帰れ帰れ
紅梅の色が口実早起きす
反抗の元気が欲しい冬青空
賀状投函終の住処と決めし景
安部いろん (安部礼子改め)
ヤマビコの塊ひろう雪野原
冬眠す人情話に触れぬよう
雪一面未来なんて創ればいい
孤高とはこの深山に凍る滝
岡田ヨシ子
長生の初めてお目にかかる雪
雪の玉何の音かと見上げたる
断りのメールがつづく雪の中
浄土へと写真をのこす雪景色
藪内静枝
冬瓜の貰われて来てころがりぬ
初夢や亡夫の声聞き目覚めたる
去年今年腰の屈みに力出ず
蒼穹に白雲生まる淑気かな
*岬町多奈川にて。
香天集1月22日 岡田耕治 選
久堀博美
年の夜の赤き錠剤転びけり
優しさの真ん中にある芋頭
天泣の空にひろがり寒桜
北風の頑張らなくていいところ
石井 冴
ゴム長の後から後から雪が降り
ここからは関守石よ風花す
寒波くる思い思いのパーカッション
まだ何も飾っていない鏡餅
中嶋飛鳥
皇帝を名告る漢よ木枯しよ
隙間風出さぬ手紙に切手貼る
横の一事無きを知る年の暮
四囲の眼を遠く三年日記買う
加地弘子
生ける間を半分散って冬桜
亥の子槌ぺったんぺったん祝いましょ
正月や目白に餌付けする人と
寒林の足音吾に追いつきぬ
木村博昭
母逝きて雪つもる夜となりにけり
家事という終りなきもの掃き納む
ミサイルの発地と着地去年今年
片道は歩くと決めて初詣
釜田きよ子
真ん中に太陽を置く初暦
鏡餅赤子よく泣きよく笑う
閉まる時少し鳴くドア冬の月
冬帽子暗証番号すぐ忘れ
小島 守
バスを待つときが最も空寒し
栄養を管理されたる人参よ
善哉や味覚の戻らない人の
署名する文字を覗かる寒さかな
香天集1月15日 岡田耕治 選
玉記玉
梟の闇よ目眩く絵巻
露出度はポインセチアに聞いてみよ
我が影を裏切っている半仙戯
恋猫のだんだん液化してきたり
三好広一郎
初鏡これは去年の顔のまま
ここが空のきっと階段凧のぼる
こどものころ褒められすぎて煮凝りに
白シーツ四隅を掴み初御空
渡邉美保
鳥瞰図見てゐて鳥になる五日
花びら餅のうすももいろの禍根かな
少彦名命にもらふ龍の玉
風花やポスト帰りの手ぶらの手
柴田亨
遠き日の歪みそのまま年酒汲む
緊張は冷たきタクト一点に
梟の夢深深と風の止む
凍星の奏でるままに街灯り
春田真理子
白萩を揺らせば生家蘇る
鈴蘭の実に一つずつの鬱
黄落の大樹よ黄泉の見え始め
薄墨に柊こぼすあねいもと
河野宗子
薔薇の芽や柔らかき棘持ちはじめ
この曲を聞いているらし夏燕
人が来て時早くなる秋の暮
指先のしなやかなひと若葉風
岡田ヨシ子
幸と書くデイサービスの書初に
初笑い育つ曾孫と肉を焼き
恵方道姿なき人いかがなる
長く生き七草粥の香り受く
玉置裕俊
長湯して来し方思う冬至かな
鍋囲む人のなくなり除夜の鐘
亡き父の褞袍を羽織る胡坐かな
*岬町小島にて。
香天集1月8日 岡田耕治 選
三好つや子
霜降りて柔らかくなる家族かな
あなどれぬ母の手量り卵粥
鉛筆が聞きだす本音冬りんご
実南天話の隙を突かれけり
砂山恵子
わが顔に母似のえくぼ初鏡
糸舐めて通す針あな春を待つ
ネクタイに雪のにほひのする男
まづ蜜柑話たきこと多すぎて
垣内孝雄
七草や膳にいざなふ人の声
返り花嫌ひな者をやりすごす
まつたりと齢はりつく初暦
ひとてまを作句に取れり年の果
祐
旧姓で呼ぶ人とゆく晦日蕎麦
降る雪や山より届く鐘の声
訳ありの女と啜る葛湯かな
結界の扇子一本寄席初め
川端伸路
雪だるま雪のなかにはだれかいる
ぎょうれつのフェリーにのってお正月
冬休みたたみの上ではしゃいでる
あにきからかくれるこたつばれないよ
川端大誠
雪だるま日がさすころの石と枝
冬の月両手に荷物さげて行く
川端勇健
竹切ってあぶっていけば色深く
雪だるま足からじょじょにとけていく
*岬町小島にて。
香天集1月1日 岡田耕治 選
森谷一成
今生を問われ木の葉と無精鬚
夜咄のみかん廊下に転がりぬ
病棟に電波ふくらむ冬日和
よく笑う男が来たる十二月
谷川すみれ
冬紅葉ひとりになれば色匂う
てのひらに沁みる音階夕時雨
帰り花青写真にはないことを
そこなのか木の葉激しく震えけり
浅海紀代子(12月)
木の実拾い私に残る時間かな
ポケットにメモを増やせり十二月
転寝に部屋中の冷え貰いおり
猫の来て日向ぼっことなりにけり
辻井こうめ
片付けの流儀いろいろ花八つ手
数へ日の目瞑る事の二つ三つ
世事はさて耳良く動く炬燵猫
角打ちの口数少な冬帽子
浅海紀代子(11月)
月今宵川面に痛み流しけり
烏瓜命をつなぐ赤さかな
草紅葉いつもの人の遠会釈
包丁も握る手も錆び冬に入る
佐藤俊
頬に雨時雨はいつも胸の内
クリスマスおもちゃとケーキの国に棲む
サイコロの転がる先の雪催
極月や崩す積木の三角形
神谷曜子
青蜜柑揉み考えのまとまらぬ
着ぶくれる自分の姿風の中
妹にさとされてあり実南天
裏表なくて日の射す枯芒
河野宗子
日溜りは小さな花の会議室
寒鴉新築の黒めがけくる
ポンと手を叩いて散歩冬の朝
口数の少ない人の懐炉かな
田中仁美
葉牡丹の渦に金箔散らしけり
葛湯吹き色透き通る思い出も
息子来て何も言わずに林檎食む
生姜湯の母より届く日なりけり
吉丸房江
卯の歳の孫を真中に初写真
ひと飛びで行けるコロナの世界かな
我が庭の千両万両日を浴びて
召しあがれ糸島野菜土の味
藪内静枝
表札は故人のままに門飾り
木枯の空缶ひとつ吹きだまる
美しく玄関ふさぎポインセチア
重なりし銀杏落葉に陽のぬくみ
*しきじ・にほんご天王寺学習者・梁さんの作品。