香天集4月30日 岡田耕治 選
谷川すみれ
白髪のかすかにきしむ扇風機
六月やごろっと動くバスの尻
残照の由布岳恋をしておりぬ
桐の花次は素顔で会いたいと
森谷一成
ステルスを施すことにつばくらめ
中ほどに黒犬くくり土手青む
花鳥の首奔らする有頂天
ものの芽の気なりゴッホの筆拍子
夏 礼子
恋猫に見られておりぬ酔いすこし
天上は日の黙つづく落椿
雪柳リボンとなってもつれあう
はくれんに風の足あとありにけり
佐藤 俊
時止まるハシビロコウの見開く眼
長編となれぬ人生やよい山
齢経て親しきものに霾ぐもり
まだ残る悪夢を春の水に溶く
湯屋ゆうや
前掛けの体折り曲げ蓬摘む
春の暁正しき寝息しておりぬ
花筏会ふたことなき人に会ふ
桜餅葉まで食ふとか食はぬとか
神谷曜子
鷹化して鳩となる日の同行者
メーテルの髪匂いたる春銀河
ライラック夢から溢れ目が覚める
猫跳んで春が深まる父の里
柏原 玄
晩節の夢とめどなくたんぽぽ黄
うららかに五体満足不満足
南無大師遍照金剛初桜
蛇穴を出て天道の照り翳り
丸岡裕子
探し物いくつもありぬ落椿
若き日の吉野桜と共に老う
春眠し左右の腕の傷見つけ
キュルキュルと風を巻き込むメジロ二羽
目 美規子
眼差のやさしいこけし春座敷
この国の先見通せず黄砂ふる
百歳の母を祝いて花ミモザ
花水木電車遅延のアナウンス
木南明子
いつまでも二羽でいる鳩春日向
光りつつ白木蓮の下に立つ
花の下認知症めく会話かな
庭中にあふれ小手毬大手毬
金重峯子
桜鯛捌きし庭に鱗飛ぶ
来年も来るとの願い飛花落花
風光る笑いの渦は泣き相撲
佐保姫に世界出張願わしゅう
岡田ヨシ子
シルバーカー菜の花の道細くなる
住んでいた野田から便り藤の花
春眠の覚めて歩数を決めており
一日中窓を鳴らせり春の雷
吉丸房江
枝ぶりの幼き桜花つける
精一杯生きて悔いなき花明り
人の顔見えてかくれて藤の房
万緑の木漏れ日を浴び老いゆけり
勝瀬啓衛門
基礎英語ラジオで始めひこばゆる
箱の中辺り窺う捨て子猫
鳥曇り濁らなくなる堀の水
朝一番歩道に被せ花筵
西村寿子
友が愛す湖畔に集う桜かな
花曇り褒め合っている笑いヨガ
香天集4月23日 岡田耕治 選
玉記玉
色彩的耳鳴又は鶯
堆き図鑑に海市匂いたる
万緑の中に一罪紛れいる
口中に梅の種ある嫉妬かな
石井冴
麦秋のしゃがみたくなる匂いかな
起き上り小法師が応え三鬼亡し
鉤爪を持てば戦のなき世かな
遠縁の濡れて出てくる枇杷の種
加地弘子
花の雨お好み焼きにする昼餉
春疾風ゆっくり閉まるエレベーター
踵から踏み込む一歩四月寒
軽く吹く唇につく花吹雪
中嶋飛鳥
記念日の眼を閉じて聞く花の雨
浅春の長き廊下と注射痕
磨崖仏花荘厳す肩を手を
竹の秋たのしきことのみ記したり
砂山恵子
豆の花みなおかつぱで泣き虫で
好きといへ何も起こらぬ春の宵
不景気が顔出すやうに春の蝿
走るほど尾を上げる犬風光る
安部いろん
初桜褪せることなど信じない
恋慕はトゥキュディデスの罠春の闇
犯人の零さぬ苦悩シネラリア
手のひらのAIが告ぐ別れ霜
楽沙千子
梅古木ひと日の朝を大切に
三月の雨や新着旅案内
ビル街を海へ抜け行く鳥曇
旅鞄また持ちたくて五月来る
嶋田静
春蘭をこよなく愛す媼かな
渦潮や波間の船を小さくす
蚕豆の花盛りなる線路かな
春炬燵伸ばした足をにげる猫(モモ)
古澤かおる
城が好き歩くのが好き山桜
アネモネや神戸珈琲モーニング
階段に並んで坐り春の虹
農機具をお売りください竹の秋
前藤宏子
春雨や十四時台のバス一本
道草を食うて八十葱坊主
やんわりと苦言を呈す葱坊主
八十は遊び盛りよ花明り
安田康子
チューリップ平らに開きストレッチ
四月馬鹿百年生くと思いけり
山笑う耳の奥にも関所あり
春キャベツうまく剥がれる日なりけり
森本知美
春の山弁当二つ買い独り
筆先の割れに触れおり春愁
野薊や思い通りに生きたくて
み空より花降る渓の水の音
松並美根子
お先ですふっくら並ぶ草団子
心地良い春の訪れ赤ワイン
雛段の揃いし顔の何を言う
野遊びの人の集いに酔いにけり
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
香天集4月16日 岡田耕治 選
柴田亨
この国の寂しさを打つ蘆の角
籠りきる私は卵春の雨
さらさらと小さい電車風光る
沈丁花おいてきぼりの恋のこと
渡邉美保
秒針の描く真円春深む
口笛を吹きつつ降りる椿山
春光を返しふくらむ瓦斯タンク
夕映えの空に古巣の高くあり
三好広一郎
入学やいきなりパンツ見られけり
飛花落花明日を掴むものがない
春暁や充電足らぬ人である
見頃期を決められて生く桜かな
久堀博美
さよならは桜並木を標とす
行く春を呼び止めている和歌の浦
春の土涸びし脳をよろこばす
連翹の黄に三人のひみつ隠す
辻井こうめ
ゆるやかに薄絹ほどく桜漬
水際よりホルンの響き花菜かな
山吹の小流れの音恋ひにけり
菱形の口の限界燕の子
木村博昭
前後みな忘れてしまい囀れり
声に出し笑う独りの日永なる
廃線の噂菜の花蝶に化す
パティシエの大きな帽子花苺
釜田きよ子
葱坊主みんな憎めぬ顔をして
消印は当日有効花吹雪
もの言わぬ臓器のしゃべる花明り
わたしには私のリズム囀りぬ
河野宗子
ふるさとの銘菓の形ひなまつり
洗濯機回してまわる春日向
春暁の爪を切る音ひびきけり
老いし腕差し伸べ合えり冷し酒
田中仁美
絆創膏ほほに貼りたり春日向
植木市店主ただ今読書中
チューリップ笑顔の顔を合わせけり
点滴を早めていたり朧月
牧内登志雄
満開もあれば残花も秋津洲
Tシヤツに乳首のありて柿若葉
霾るや空缶潰す背中にも
野に遊ぶ尻ポケツトのスキツトル
川端伸路
すももの花栄養とって満開だ
明るさに見上げてみれば春満月
川端大誠
花の雨小学校にさようなら
川端勇健
春風に乗って大きなホームラン
*岬町小島にて。
香天集4月9日 岡田耕治 選
三好つや子
死後すこし口角あがる春の月
姉というクラスメートや花杏
永遠に試むかたち鶯餅
円を描き円を出られぬ水馬
辻井こうめ
補助輪のピンクを外す春野かな
花吹雪母もろともに磨崖仏
この木より始まる仕事山桜
シャンソンの生まるる堰や春の月
浅海紀代子
忘れゆくことの早さよ春の雪
春の暮煎じ薬の臭いけり
踏ん張りの効かぬ一日雪柳
朧夜の辿りゆきたる脳死論
宮下揺子
なだめつつ母を連れ出す寒桜
朧の夜父の枕を子が抱いて
本当の顔を知らずに卒業す
春の雨「レインツリー」を読み直す
春田真理子
アボカドは太古のかたち春の皿
土佐水木鈴を鳴らして登校す
窓磨く四月の蒼の抜けるまで
今さらの遺留分にて涅槃西風
小崎ひろ子
青ざめて咲く桜花
夕照を確かに見たと垂れ梅
梅開く書棚の奥の歳時記に
菜種梅雨目当ては本じゃありません
垣内孝雄
雛あられ一人娘もはや初老
ひと尋の光をぬうて初蝶来
先生の朝の挨拶ヒアシンス
卒業のボード給食当番表
玉置裕俊
のどけきに検査ばかりを求む医師
振り返るマスク姿のおもひびと
ひなげしや声出ぬ我を笑ひゐて
桜舞う気鬱の君の長電話
北岡昌子
古木から今年の花を咲かせけり
茎若布佃煮にして少なくなる
川村定子
開花予想去年と同じ日に決まり
院寒し心臓の音聞いており
秋吉正子
化粧する顔のあらわれ春の昼
マスク取り胸いっぱいに春を吸う
大里久代
花びらの水面を照らす月のあり
見守りし子らの背中に梅の花
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
香天集4月2日 岡田耕治 選
谷川すみれ
春きざすビルに波立つものの影
棘の血の溢れてきたり木の芽時
薄氷触れれば君の声がする
まざりあうあなたとわたし花菜漬
中嶋飛鳥
春の雪返事を待たず傘開く
逃水に足をとられる間柄
春昼のコーヒーの香と和綴本
大空へブランコ問いを躱しおり
森谷一成
詐りの脳天へ降る猫の恋
啓蟄の過ぎて万年されこうべ
自ずから水のかたちに原発忌
ぽっかりと夜間飛行の冴返る
浅海紀代子
冬夕焼信号の間も老いゆくか
咳ひとつ一人の闇に吸われけり
ほどけゆく紐の先より春の闇
初蝶の袖袂には触れず消え
辻井こうめ
アネモネの一重一輪小瓶かな
前略に続く二行の梅便り
本流を逸れてくるめく椿かな
水取の漆黒の時炙りけり
佐藤俊
連翹や人にさからう歳となる
魍魎の頬赤らみて春の宵
紅梅の夜の吐息はとまらない
本題に入れずに居る春あらし
神谷曜子
燦めきの流されてゆく春の川
雛しまう妣の恋文如何にせん
建国記念日旧友と会う日差
春の雪昭和生まれの顔をして
湯屋ゆうや
春場所やアイロンがけの手を上ぐる
花曇弓放つ音間遠なり
初蝶の防音壁を越えんとす
昼の野に蝶という蝶揮発する
藪内静枝
今しがた見送りし人鳥雲に
雛あられ雛人形を飾らずも
野良猫は沈丁の香に酔うたるか
残る鴨日暮はあおしただあおし
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。