2023年10月29日日曜日

香天集10月29日 玉記玉、谷川すみれ、湯屋ゆうや他

香天集10月29日 岡田耕治 選

玉記玉
秋蝶の一途石ころ吸うている
月光が混じっていたる人体図
笑い声のよく似た家族小鳥来る
人ひとり愛すに力七竈

谷川すみれ
そのことを忘れてしまう寒さかな
順番の決まっていたり雑煮餅
落葉踏む蹴るかきまぜるもぐりこむ
真相と海鼠を噛み続けたり

湯屋ゆうや
満月の低きに父を呼びにけり
長き夜を一階二階別れゐる
仕留めしは退職の叔父薬喰
蜻蛉は臍の高さを守りゐる

釜田きよ子
向日葵の十万本がそっぽ向く
鶏頭花の意識過剰が気にかかる
様々の風を受け入れねこじゃらし
大根煮る時間たっぷりある真昼

夏 礼子
日の色を密かに白い曼殊沙華
闇新た金木犀の雨あがり
濃竜胆意地張り通すなんてあほ
瓢の笛忘れたことにしてしまう

柏原 玄
露草を摘んで五体の恙無し
長き夜の部屋着を兼ねるパジャマにて
唐突にあなた元気と曼珠沙華
月明の打ち上げという別れかな

宮下揺子
先生の歩幅に合わす滝の前
草紅葉水の匂いの漢来る
強力の荷物に見惚れ尾瀬は秋
頂上は多国籍なり秋の空

小﨑ひろ子
中東の地図の大きさ初紅葉
地球照なにか息づく秋の月
水仙に生命得たり深き鉢
菊祭エミールゾラを忘れ去り

安部いろん
木の葉降る戻らぬ兵の足音と
銀杏散る人道の罪残されて
肺病みの人宥めたる山葡萄
愛ならぬ何かが終わる真葛原

宮崎義雄
夜半の秋兄とのギター二重奏
魚屋の棚に並びし秋野菜
飲む度に一本浸ける温め酒
行く先を決めず鞄の秋の空

森本知美
月待てぬ女二人の箸すすむ
捨て猫の声高くなる秋の雨
鰯雲徳島見ゆる岬かな
野牡丹の憂い垣根を越えてゆく

松並美根子
月今宵友にいますぐ会いたくて
萩の雨友の傷みを何とする
芒原日暮れの風に一人去り
吾亦紅母の形見の紬かな

丸岡裕子
揺れてあり変りコスモス店先に
飛行機のライトが変わり星月夜
花芒きれいと言えば母笑い
ぐんぐんと雲またぎゆく秋の旅

前藤宏子
八十路なる今は花野にいるごとし
ゆるゆると玻璃のぼりゆく秋の蠅
二次会も参加している良夜かな
赤とんぼお日さん目がけ飛び立てり

木南明子
木犀の香りを奏で雨上り
訓練の犬が答える花芙蓉
東京の空この月が見えますか
柿熟れて空の烏は知らん顔

目 美規子
通草食む父母へ無心の思い馳せ
平和という言葉の虚し猫じゃらし
今朝の秋会釈を交すガードマン
直視して遺影と語る秋思かな

金重峯子
身に入むや齢の放つ独り言
秋彼岸アップルパイを供えけり
秋祭凛々しき顔の照れ笑い
満月を真上から見る日の近し

安田康子
現生を正直に生き十三夜
秋寒や動物園も老いいたる
そぞろ寒インドみやげの紅茶飲む
柿喰えば早口ことば出でにけり
*大阪観光大学にて。

2023年10月22日日曜日

香天集10月22日 渡邊美保、辻井こうめ、木村博昭、楽沙千子ほか

香天集10月22日 岡田耕治 選

渡邉美保
走り根の太きを踏めば小鳥くる
鏡花忌の空の奥より緋連雀
言霊を宿すなんばんぎせるかな
椿の実幼きうそを聞いてゐる

辻井こうめ
金木犀読み止しの本初めから
小鳥来るハンドクリームたっぷりと
天高し碑の文字撫づる杉穂かな
衝羽根を女将が手折り空廻す

木村博昭
いちじくを節榑立ちし指で裂く
底紅や長男次男来ていたる
ハイヒールこんな処にいぼむしり
亀虫と仲良くなりし日暮れかな

楽沙千子
羽のあるものの集まり百日紅
旧姓のままの物差夜仕事の
とんぼうの割込んで来る立話
親指を反らし丹波の栗を剥く

砂山恵子
小雨かと手を出してゐる秋遍路
残る虫宇宙のはじめ語ろうか
夜学の子プリントの香が好きという
かがみたる我が膝丸し菜を間引く

宮下揺子
夏蝶のメトロノームのように飛ぶ
薄荷水言いたいことを書いておく
オルガンのフカフカと鳴る休暇明け
子供等に死生観あり破柘榴

神谷曜子
直線と曲線が舞う風の盆
はらからの皆老い笑う曼珠沙華
立ち止まりたくて案山子の前に居る
秋茄子息子居そうな蔵の音

古澤かおる
八割れのクリムトの猫後の月
弟に分ける通草をもう一つ
新しいボディソープと秋に入る
風止まるたった今稲刈り終わり

河野宗子
秋祭太鼓かけ声遠ざかり
今日のこと奏でとなりし虫の声
草を刈り柿の木の道現れる
横たわるみかんの木にもみかん成る

岡田ヨシ子
長く生き里に未練の秋の海
朝寒やデイサービスの服選び
台風の養生テープはがしけり
切りし枝あれば入賞菊花展

田中仁美
夜行バスたどりつきたる露の街
熱高し窓から見える秋の月
炊きたてのLINEで送る茸飯
名前訊くグーグルレンズ草の花

勝瀬啓衛門
甘干や一皮剥けて身を絞る
鈴生りのままに空家の富有柿
アスファルト金木犀の花溜まり
この声に気付きたるかな柿の秋
*大阪市法善寺にて。

2023年10月15日日曜日

香天集10月15日 中嶋飛鳥、柴田亨、三好広一郎、久堀博美ほか

香天集10月15日 岡田耕治 選

中嶋飛鳥
秋の声手斧の跡のうすくあり
空耳に深入りしたる芒原
前へ出ることを考え力草
草の絮行過ぎもどる坂の空

柴田亨
廃屋を畳む時来る鵙高音
霊園のりんどうとして生き返り
亀の池魂魄数多涼新た
梨を噛む地下水脈はそこここに

三好広一郎
夕焼とカラス見ていて柿になる
剃刀研ぐ老理容師の余寒
文化祭弁当付きの招待券
替え芯の芯がまた無い秋の夜

久堀博美
アナログを全開にして鳥渡る
灯を消すや影の残れる虫屋敷
台風の真っただ中のチャイムかな
霜の声ひと日の終る水使う

春田真理子
わからないテープの端緒秋日影
色変えぬ松を伐るこそ哀しけれ
きらきらと歌ひていたる良夜かな
床板に坐し水仙と対峙せり

小島守
邯鄲や骨の模型を鳴らしいる
柿紅葉手をつけないでおりにけり
ポケットの鍵鳴りやまぬ薄かな
後の月時に見えなくなる対話
*岬町小島にて。

2023年10月8日日曜日

香天集10月8日 三好つや子、嶋田静、川村定子、秋吉正子ほか

香天集10月8日 岡田耕治 選

三好つや子
蜻蛉の影が蜻蛉追いかける
さりげなく異見をはさむ秋扇
つじつまの合わぬ一日よ梨の芯
長き日のときどき訛るラジオかな

嶋田 静
パッと開きパッと消えゆく大花火
七色の花火の消えてゆきし闇
空き地への風に誘わる蜻蛉かな
秋の虹囲まれている嬉しさよ

川村定子
自販機の音にちちろが鳴くを止め
聞き慣れぬ単語を放つ芋煮かな
風の無き夜に散りゆく百日紅
千年の闇をまばらに秋日影

秋吉正子
間引菜よ朝昼晩と食べ尽くす
いつまでも拗ねているなり青レモン
秋夕焼全速力でペダル漕ぐ
電動で登る坂道秋暑し

牧内登志雄
青々と栗の毬立つ反抗期
ハロウインの南瓜が笑ふ焼鳥屋
秋霖や衣の重き僧の列
鎮守への標となりぬ曼珠沙華

中田順子
吊り橋を後ずさりする秋の川
夏長し秋を忘れているほどに
港からはじまる赤い羽根募金
秋しぐれ急ぎ駆け込む寺のあり

北岡昌子
秋の空船と飛行機交差する
秋の朝水面に白い雲浮かべ
運動会塀越しに見る親のあり
黄金虫生きてるように横たわり

大里久代
コスモスや色とりどりに背を競い
金木犀漂う香り上等に
秋祭太鼓に腹を踊らせる
畦道の一輪差しの野菊かな

西前照子
赤とんぼグランドゴルフ悠悠と
すすきの穂窓から見える屋根のあり
秋の海近づいてくる淡路島
二人にて銀杏匂う御堂筋

野間禮子
スカーフのサイクリングや秋の空
十五夜の見よう見まねで作るあん
秋を行く脳梗塞の後の一歩
はいポーズ孫とばあばの秋の水
*岬町小島にて。

2023年10月1日日曜日

香天集10月1日 玉記玉、森谷一成、谷川すみれ、浅海紀代子ほか

香天集10月1日 岡田耕治 選

玉記 玉
蓮の実泡わずか立て沈みけり
水澄んで紅が痛くてフラミンゴ
狼の夢を覗きに秋の穴
一睡の南蛮煙管のまま果てる

森谷一成
行く夏の備中鍬に漉き込まれ
心柱顫えておりぬ秋の蝉
秋蝶の刺繡この先行き止り
代打より代走が好き草の花

谷川すみれ
あいまいな愁思拠らば飛行機雲
私のコスモスから君のコスモスへ
もみづるや橋の途中の潦
選ばれし者の碑桐一葉

浅海紀代子
立って飲むラムネよ空の下りてくる
踊見の路地の暗きに戻りけり
山鳩の声のくぐもる秋暑し
とんぼうに浮遊の心預けおり

夏 礼子
右耳の風よ左のつくつくし
秋扇黙が揺らぎとなりにけり
虫の声無人踏切わたり合う
秋風やこころ無頼でありつづけ

佐藤 俊
ましら酒戦後と言うはどのいくさ
秋の日の爪ひたすらに伸び続け
ちちろ鳴く人の世の穴深くして
地にひそむ蟋蟀時に人の顔 

辻井こうめ
記名入りの代本板や夏休み
列島の茄子の浅漬け茶漬け飯
秋の空遺品何から始めけむ
獣脚類生れし処今年米

湯屋ゆうや
妹も同じ日に炊く栗の飯
戦争は終わったのかと処暑の父
日曜と名のつく日あり秋の晴
団栗は黒い机の節穴へ

柏原 玄
「おはよう」の弾む秋立つ日なりけり
六林男の碑過りて父の墓洗う
ゆったりと生きているなり花芙蓉
疲れたら「六林男の視線」秋灯

宮崎義雄
霧の音大きく山の雨あがる
秋高しパンクを修理しておれば
太刀魚の浮子ぼんやりと沈みけり
林道を占めはじめたる薄かな

松並美根子
敬老日忘れたくなきこと忘れ
真っすぐの道まっすぐに稲穂波
手を取りて笑顔のふたり水引草
手花火の少し日暮れを待ちにけり

岡田ヨシ子
この先は右か左か秋の暮
長生の初めて出会う秋暑かな
雑草に姿を消しぬ彼岸花
花薄色に迷いて筆洗う

森本知美
無花果の憤懣ジャムに煮込まれる
案山子たち着替えて明日は日曜日
木に残る栗と見ている紀伊水道
竹春の雨に撓いし飛沫かな

前藤宏子
青空の中へ蜻蛉も飛行機も
覚えたいことだけ覚えとろろ汁
一世紀生きてみたしと星月夜
友の訃を友に伝えて花芒

丸岡裕子
ふらり来る秋の黄蝶追うてみる
秋祭待つ紅白の捩り幕
震災忌百年前の熱き風
水漏れの難を横目に秋桜

金重峯子
満月や気がかりの無き一日なり
持ちきれぬ不安そのまま夏の果
祝うより祝われる日に敬老日
花は姫実は鬼角のオクラかな

垣内孝雄
風の日のウッドデッキに来る小鳥
しもつけの色の濃きもの薄きもの
気まぐれに求む仙人掌花ひらく
ひとときにはゆる黄をもて秋の蝶

吉丸房江
日々草今日も元気に日々草
つゆ草のただひと朝の青の色
育てたる秋茄子どうぞ召し上がれ
満月や銀の光の声がする

安田康子
天高し尻尾も食べる海老フライ
長き夜やベッドの上のストレッチ
進みたる分針合わす秋の夜
長き夜や歯磨時間ゆるゆると

木南明子
朝露や雨蘭の白の光り合う
蜘蛛の糸張りめぐりたる優越感
空青し競って育つ糸瓜の黄
祭笛にわかに村の沸きあがる

目 美規子
枝豆の塩加減良し自画自賛
秋袷着こなしているジャズライブ
ナンバーはぞろ目の外車敗戦日
幼子のはにかむしぐさ赤とんぼ 
*鳥取県倉吉駅にて。