2026年6月28日日曜日

香天集6月28日 玉記玉、古澤かおる、春田真理子、夏礼子ほか

香天集6月28日 岡田耕治 選

玉記玉
青鷺じっとフルートになりとうて
滴りを抓んで水を壊しけり
薔薇のジャム知恵熱とはこんな
恐竜の卵の気分ハンモック

古澤かおる
身の上に迫る勢い蔦茂る
父の日の豆大福は柔らかい
老いてゆく手の強張りも梅雨入りかな
美しい気配の一つ枇杷熟れる

春田真理子
案じいし蛍袋の色づきぬ
たっぷりのバターを焦がす麦の秋
新しき主を待てり柿若葉
薄暑光乗り込んで来る画板かな

夏 礼子
走り梅雨善意の傘を見なくなリ
紫陽花の囲む待合室ひとり
万緑を映していたり大鏡
小指刺しくちびるを刺す蚊一匹

中嶋飛鳥
花詞のひとつを択び薔薇選ぶ
地球儀の青の球体思う夏   
反りに反る砂の蚯蚓の一部始終
むらさきの羅の母ふりかえる

柏原 玄
芍薬の雨を味方にしていたる
膨らみしひだり鼠径部五月雨
師の手なる添削の句の涼しさよ
逢いたくて三ッ矢サイダー喇叭飲み

辻井こうめ
夏燕父のバリカン手際良く
バイブルは恐竜図鑑夏木立
塩揉みの紫蘇の紫極むまで
薄紅の梅酢グリーンサラダかな

神谷曜子
夏の蝶迷いて色をこぼしゆく
神様に貰いしひと日青葉潮
時にある光と影や紫蘭咲く
諦めた揺れ方をする小判草

砂山恵子
暮れるほど風甘くなる田植かな
向日葵やゆらりと女医のワンピース
二人ゐて二人の時間蛍の夜
路地胡瓜あれは若さの手前の香

木村博昭
少年に戻りし眼して苺食ぶ
知恵あらば戦を止めよ麦の秋
青空の未来へ向う今年竹
老いぬれば五体重たし梅雨に入る

前藤宏子
父の日の息子に届く長メール
更衣腹筋五十と一万歩
夾竹桃野球少年休憩中
紫は亡き姉の色花菖蒲

浅野千代
葉桜や先生の字は先生で
生きてますと一言のあり夏見舞
星涼し十五年経ち十五老ゆ
だれとなく車窓に振る手風薫る

安田康子
公園の蛇口上向き夏来たる
麦こがしむせて昭和のもどりけり
白靴を仇のように履きにけり
梅雨の月みな平等に歳をとり

森本知美
世界病む蛍の平和点滅し
茄子の花家庭菜園第一歩
故郷は植田となりて海光る
老鶯の声通り来る雨の中

河野宗子
入梅や優先席を立つ勇気
信越の峠釜飯夏きざす
夕焼の紅茶一杯銀の匙
走り梅雨男の口を煙出る

木南明子
生垣に声をひそめる梅雨入りかな
甘草の花したたかに咲き添いぬ
デイゴの花沖縄の赤したたらせ
空の青百合咲く丘にたたずめり

金重こねみ
リハビリの今日の目標四葩咲く
神木を目覚ます鼓薪能
なめくじら生きる権利は家の外
梅雨夕焼見知らぬ人と見送りめ

松並美根子
山法師傘寿を祝う同窓会
入梅や日照り続きの空を見る
紫陽花や個性織り成す二人展
梅雨晴るや柿渋染のタペストリー

目 美規子
老眼鏡上目遣いで蚊を払う
久々のダンスパーティー夏ドレス
梅雨晴間古民家カフェのモーニング
梅雨しとど降圧剤の増えにけり

〈俳句物語〉 岡田耕治
美しい気配の一つ枇杷熟れる 古澤かおる
 大学3回生の就職活動。二十社ほど受けた面接の帰り道、彼女はいつも、自分という存在が社会に必要とされていないような心細さに包まれていた。「あなたの強みは?」という問いに答えるたび、等身大の自分が見失われていくような気がした。最終面接まで進んでは、あと一歩で届かない。その繰り返しの中で、彼女の心に自己否定の闇が広がっていった。
 4回生になり、幼い頃からの夢だった教員への道を選び直した時、キャリア支援の窓口でふと目に留まったのが、ある離島の講師募集チラシだった。「教員免許があれば、まずはオンライン面接から」。その言葉が、強張っていた彼女の心を解いてくれた。今の自分をそのまま受け入れてくれる場所が、海の向こうにあるのかもしれない。そんな予感に背中を押され、彼女は新しい世界へ一歩を踏み出した。
 春、大きなキャリーバッグと共に降り立った島は、光に満ちていた。下宿先は、七十代の温和な老夫婦が営む離れ。本島で暮らす子どもたちを思うご夫婦は、彼女を本当の娘のように、「よく来たね」と温かいお茶で迎えてくれた。潮騒の音を聞きながら眠りにつく夜、かつての焦燥感は、その音に消えていくようだった。
 全校児童二十人の小学校は、家族のような温もりに溢れていた。彼女が受け持ったのは5年生。初めての授業、緊張で震える彼女の手を包み込んだのは、子どもたちの真っ直ぐな瞳と、先輩教員たちの「大丈夫、みんなで見守っているから」という優しい言葉だった。失敗を恐れていたかつての自分はいつの間にか消え、子どもたちの成長を共にする日々に、彼女は自分自身の「強み」を、肩書きではなく心の中に見出し始めていた。
 放課後、校舎から見える海はエメラルドグリーンからコバルトブルーへと表情を変え、彼女の心を癒していく。夕暮れ時、空がピンクやオレンジの優しいグラデーションに染まる頃、彼女は自分がこの島の一部になれたような安らぎを感じるようになっていた。
 ある日の夕食後、大家さんが玄関に置いてくれた新鮮な野菜を手に外へ出ると、清流のほとりで蛍が舞っていた。静かに、けれど力強く明滅する光に見惚れていると、「先生、これ食べんね!」と明るい声が響いた。
 担任しているケンくんが差し出してくれたのは、夕暮の光に温まった、もぎたての枇杷だった。庭先に実る橙色の実は、初夏の光をたっぷりと蓄えてふっくらと輝いている。その優しい甘みは口いっぱいに広がった。ここで出会った人々、この景色、そして自分を信じてくれる子どもたち。そのすべてが、彼女の新しい物語を彩る大切な宝物なのだ。
*天道虫白紙に包み込まれたる 岡田耕治

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