〈俳句物語〉 岡田耕治
あめんぼの光をひらく閑けさよ 谷川すみれ
駅から自宅へ向かう途中に小さな公園がある。雨でないかぎり、彼女はそこに立ち寄る。公園の一角にあるビオトープが、お気に入りの場所だ。電車の中や通りの喧騒とは別世界の静けさの中に身を置く。それが心地よい。
大学で教員免許を取得したものの、公立の教員採用試験は受けなかった。いまは私立の通信制高校でメンターとして働いている。授業はすべてオンラインであり、彼女が教壇に立つことはない。メンターの役目は、レポートの締め切り管理や学習状況の共有、そしてネットや対面での相談対応だ。生徒の中には、不登校経験者も多い。
この道を選んだのは、自身の経験ゆえだ。中学二年生の時、彼女自身も不登校になった。当時の担任は、家庭訪問や電話、メールといった形で、さまざまな方法で寄り添ってくれた。「学校へおいで」という言葉は、一度も言われなかった。その柔らかい関わりのおかげで、三年生になると少しずつ登校できるようになり、高校、大学と進学を果たした。あの担任のように、不登校を経験したり、学校に違和感を抱いたりしている生徒の力になりたい。そんな憧れが、この学校へ彼女を導いた。
彼女が大切にしているのは、生徒同士の繋がりだ。登校のペースはそれぞれ違う。けれど、顔を合わせた際に「この子とあの子なら話が合いそう」と感じれば、一緒に昼食を取ったり、談話室で話したりする。自身の経験を振り返れば、人との関わりや対話が、どれほど自分をはげましてくれたかを知っているからだ。
ビオトープの池。あめんぼが水面を滑ると、足元に同心円状の波紋が広がる。今日の食堂での対話と同じように、三匹のあめんぼの動きが、眠っていた水面の光を呼び覚まし、外側へと押し広げていく。まるで、彼女の大切にしている営みを肯定してくれるように。
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