2024年5月5日日曜日

香天集5月5日 佐藤俊、釜田きよ子、安部いろん他

香天集5月5日 岡田耕治 選

佐藤俊
透明の闇の桜に会いに行く
つばくらめ空の切れ目をさがし飛ぶ
暮の春弥生の土器の稲の痕
筍(たかんな)の節々の風吹き通す

釜田きよ子
敵味方どちらも大事山笑う
山桜父が後ろに来ておりぬ
ブレーキの効かなくなりし花筏
シャボン玉笑い転げるように飛ぶ

安部いろん
雷に照らされ壊れゆけるとき
生贄となるらむ真日の暑さかな
現実に戻る階段こどもの日
四方の夕やがて八方の春の夜

河野宗子
挿木した花の名前を忘れけり
「生きてるか」ひと声届く春の風
傘寿超えピアノレッスンリラの花
春雨の降っては止んで落ち着かぬ

田中仁美
返事待つ絵手紙送り花水木
塀ごしに筍と糠いただきぬ
真っ直ぐにつぼみを立てて春のバラ
左官屋が壁を塗る音鉄線花

垣内孝雄
口下手が父の取柄ぞ笹粽
刻々と羆の檻の暑さかな
ひと夜さの小雨のあとの花牡丹
キリン見て背伸びせる子や夏帽子

吉丸房江
欲しいものが逆上がりして春一番
肩の荷を二つおろして桜狩
ひこばえの枝は自分の道を行く
うす紅の九十回目の桜かな

岡田ヨシ子
コロナ再び友の姿の消えし春
鯉のぼり二人で立てし太き竹
海の色山へと変わり夏来たる
さくらんぼ種まきし木が大木に

勝瀬啓衛門
鯉幟世代の変わる町おこし
武者人形仁王立ちする中座敷
ベランダの日干しになりぬ鯉幟
春の蚊や直ぐに叩かれ染みとなる

川端大誠
鯉のぼり風にまかせて遊んでる

川端勇健
青海の大波に乗るサーファーよ

川端伸路
海へ行く新しい道夏が来た

〈選後随想〉耕治
透明の闇の桜に会いに行く  佐藤俊
 「透明の闇」 という表現にまず注目する。透明は水やガラスのように向こうがよく見えることで、闇は光がなくて見えないことだから、矛盾をはらんだ表現だ。では、よく見えるようで実は見えない桜とは、何を表しているのだろうか。開花予想、花見、桜狩と世間は騒いでいるけれども、本来の桜を見ている人はどれくらいいるのだろうか。もしそんな桜があるのなら、これから出掛けていって会いたいものだ、そんな俊さんのつぶやきが聞こえて来る。まだ薄暗く、しかし徐々に夜が深まっていく春の夜、表現者としての探究には持って来いのひとときであろう。
*和歌山市加太にて。

2024年4月28日日曜日

香天集4月28日 渡邉美保、谷川すみれ、森谷一成、湯屋ゆうや他

香天集4月28日 岡田耕治 選

渡邉美保
花ミモザ玉子サンドの黄ぎっしり
櫻蘂降りつむ錆びたパイプ椅子
恋敵となんぢやもんぢやの花の下
花は葉に今日は補助輪はづさうか

谷川すみれ
心中の地に伸び烏柄杓かな
これからのおとぎ話を蓮見舟
老年の大きな声の椎若葉
炎昼の目の玉だけが動きけり

森谷一成
大和三山霞に沈む戀らしき
統合の廃校に坐(ま)す桜かな
はすかいに土手の照準つばくらめ
  十一代豊竹若太夫襲名
春荒れにぶつけ太夫の聲さびる

湯屋ゆうや
春の宵猿の匂ひのするといふ
春疾風に背を任せて帰りけり
春の蚊とぼくだけ降りる車庫の前
段ボールの縁のぎざぎざ春日さす

夏 礼子
友と聴く中島みゆき春の昼
竹の秋ここからひとり通りゃんせ
うしろから呼ばれていたり春落葉
さくらさくら非力のひとりここにいる

柏原 玄
褒められてその気になりし葱坊主
喜びは机上に置けりチューリップ
藤の花ひかり忙しくうすみどり
菜の花やくたびれている吾といて

神谷曜子
買い物の袋の中の春鳴らす
つくづくと兄の半生花蘇芳
連翹につながる記憶ひとしきり
ひらがなのような音立て種袋

宮崎義雄
石鹼の香るチーズや昭和の日
白酒を飲みながら打つ碁石かな
鳥咥え猫もどりくる春田かな
遠足の帰りを急ぐ空水筒

松田和子
参道の茶屋から匂う浅蜊汁
一里塚一番に吹く沈丁花
春昼の旧家をめぐるラリーかな
二階から目線を合わす紫木蓮

松並美根子
菜種梅雨傘を持つかを思案する
八十路過ぐ免許更新万緑へ
春深しひとりの空を見ておりぬ
ありのまま今ここにいて桜舞う

前藤宏子
復興の兆しのごとく茎立てり
コロッケを食べ合う会話花見茶屋
白蝶の視界の中に入る私
炊事好きほ句も散歩も長閑なり

森本知美
フェニックス春の星降る外湯かな
新玉葱舌ひりひりと独りかな
春の浜自転車に来る影法師
菜の花に雨粒光る重さかな

木南明子
若き父桜の下で児をあやす
さくらさくら牡丹桜という桜
蒲公英の何処に飛ぶか考える
音もなく降る一瞬の花吹雪

金重こねみ
ムクムクと声は出さずに山笑う
十一の飛行機雲や春夕焼
しなやかにたくましきかな山桜
そこここに息吹き返す竹の秋

丸岡裕子
花筵昔を姉とあれやこれ
どっさりの買い物の上桜餅
鶯と指さす友は鳥博士
小さくも私の宇宙春の庭

目 美規子
紛争と地震のニュース四月尽
とめどなく四方山話山笑う
養花天覆面パトのけたたまし
ついて出る言葉飲み込む春大根

〈選後随想〉 耕治
これからのおとぎ話を蓮見舟  谷川すみれ
 蓮の花が咲く池の上を進む舟に乗りこみ、これからどんな景色をたのしむことができるのかという期待がまず伝わってくる。「これからの」という句の始まりが、そのことを暗示している。ところが、それは「おとぎ話」なのだというとことが、この句の味わいを深くしている。「おとぎ話」とは、「子どもに聞かせて楽しませるための、空想をまじえた話」〈三省堂国語辞典第八版〉とある。蓮見舟には、子どもが乗っていて、これからはじまる空想の世界を共に楽しもうというところか。これからの物語は、子どもに語るようにしてはじめて成り立つのではないか、そんなすみれさんの思考が背景にある一句。

以上、香天集への投句、ありがとうございました。
*みさき公園にて。

2024年4月21日日曜日

香天集4月21日 三好広一郎、中嶋飛鳥、木村博昭ほか

香天集4月21日 岡田耕治 選

三好広一郎
ポイントの無くても生きて囀れり
春キャベツ私を抱いてくれないか
春やわわ大草原にマヨネーズ
恐竜の骨琴冴える五月来る

中嶋飛鳥
ゆきずりの肩を並べて遅桜
俯瞰する渦を出られぬ花筏
西東忌リードの長さいっぱいいっぱい
傍らに寡黙でありぬ牡丹の芽

木村博昭
てらてらと信楽たぬき春日享く
各駅に停まる日永の海辺かな
黄砂来る仏舎利塔は闇の中
チューリップ自分で出来るようになり

楽沙千子
靴音のついてくるなり沈丁花
思い込み直さず朧月夜かな
花冷えの綻びてきし三分咲
木瓜の花終の住家としておりぬ

嶋田 静
濡れ行けり降りては止める花の雨
おろうそく幾度も消す花の風
花吹雪両手で受けておりにけり
雑草の名前に春を教わりぬ

勝瀬啓衛門
花明り目と目を合わし居たりけり
散る散らぬ空もだらだら花曇
キーボード探る指先新社員
餅草や忘れた頃の腰の丈

西前照子
観光客見送る姿猫柳
おぼろの夜鍵穴照らすペンライト
軒下に今年も一つつくしんぼ

〈選後随想〉耕治
ポイントの無くても生きて囀れり 三好広一郎
 この句を最初に見たとき、「ポイント」を買い物をしたときにカードに付くポイントを想起してしまい、別にポイントがなくても暮らしていけるという程の意味かなと思った。ところが、句会で辻井こうめさんが、この句のポイントというのは、目立つ場所とか定点という意味だと解釈してくれたので、一気に読みが広がった。春、何もポイントがないような場所で、さまざまな雄鳥が雌への呼びかけを行う様子が浮かんできたのである。ヒトの子育ての中では、心理的安全性が大切で、安心して見てくれている定点があるから、いろんなことにチャレンジしていけると言われている。その説から読んでいくと、「定点なんてなくても生きていけるし、恋もできるんだぜ」、そんな広一郎さんの内なる声が聞こえてくる一句だ。
*岬町小島にて。

2024年4月14日日曜日

香天集4月14日 玉記玉、三好つや子、柴田亨、加地弘子ほか

香天集4月14日 岡田耕治 選

玉記玉
飛石にまれびととなる養花天
糸桜ふわりと裏の見えにけり
複雑を易しく語る諸葛菜
鶏とはち合わせたる労働歌

三好つや子
まれびとをもてなす童鼓草
黄砂降る古代文字めく人の影
山葵沢りんりんりりり水走る
組織には馴じめぬマイマイツブリかな

柴田亨
水琴窟大地の静寂満ちており
雨の世の物の怪集う紫木蓮
彼岸西風何もないこと母のこと
山茶花の散り果て天を広くする

加地弘子
揚げ雲雀策略通り揚がりけり
輪っか振る度に飛び出す石鹸玉
艶っぽく蒸し上がりたる春キャベツ
絨毯になりて安寧花ミモザ

春田真理子
教え子を見届け逝けり涅槃雪
連翹や玄関に鳴る土の鈴
あつまりぬ朧の夜の楽器たち
春の雨支える傘のあゆみかな

古澤かおる
絡みつつ紅を帯びたる茨の芽
肉球の黒い斑点春きざす
高齢は歩け歩けと風光る
クルトンをスープに浮かべ春の旅

上田真美
めばる目で往生させてと我に請う
菜の花を感じていたりオムライス
ゼラニウム囲む雑草それも好き
春霖や次第に草の濃く香り

岡田ヨシ子
菜の花を三本貰い散歩する
桜狩テレビの中を何処までも
散る桜シルバーカーが巻き込みぬ
鯉のぼりいつまで生きる早さかな

北岡昌子
山間やうぐいすに耳かたむける
静寂の雪降りそそぐ高野山
朽ち果てた木なり桜の花が咲く

大里久代
見守りし子ら卒業のたくましさ
予報士が何回も見る初桜
吹く風に香りを運びフリージア

〈選後随想〉耕治
組織には馴じめぬマイマイツブリかな 三好つや子
 マイマイツブリはかたつむりの別名で、殻を背負って単独で自由に移動しているように見える。一方、組織は、多くの個人が集まって構成されるものであり、自由よりも集団の規範が重視される。マイマイツブリは、漢字で「舞舞螺」と書くが、組織の中できりきり舞いしていたけれども、それを抜け出そうとする気配が感じられる。規範がなければ組織は成り立たないが、個人にとっては組織に所属することがストレスになる。そのストレスから抜け出そうとするマイマイツブリの姿に共感する。つや子さんが捉えたこのマイマイツブリは、果たして上手く組織を抜け出すことができただろうか。
*岬町小島にて。

2024年4月7日日曜日

香天集4月7日 浅海紀代子、辻井こうめ、佐藤俊、砂山恵子ほか

香天集4月7日 岡田耕治 選

浅海紀代子
白蓮の嘘をつけない高さかな
髪切ってうっちゃている春愁
白椿咲きる傷みありにけり
野遊のいつか一人となりにけり

辻井こうめ
静かなる賑はひにあり藪椿
春ともし影絵の語るごんぎつね
まれびとの依代となる朝ざくら
女性デーのよそにゆらゆら花ミモザ

佐藤俊
春色に濃淡あって生きづらし
三鬼忌の生田の森の水みくじ
七彩の嘘に護られしゃぼん玉
三月のかたちとなって猫の昼

砂山恵子
鳩時計の鳩のいねむり聞く日永
蜂の来る対話の欲しき昼下がり
ぶらんこ漕ぐ町を貫く風となり
ビール箱車止めとす花見かな

宮下揺子
使われぬぐい呑み並べ雛納め
花蘇芳心の蓋を外しおり
しゃぼん玉亡母(はは)との記憶包み込む 
天心の六角堂に春怒涛

吉丸房江
ひ孫生れ枝の先まで桃の花
天満宮梅ヶ枝餅の香りけり
ホーホケキョ目覚し時計より先に
今咲いたパンジーのよう黄蝶々

垣内孝雄
極まりの奥千本を花の茶屋
東京に大学多し夢見鳥
磔のイエスの像や風光る
チューリップまだ見つからぬ宝くじ

牧内登志雄
永訣も邂逅もあり桜咲く
桜咲く急行列車停車駅
花明り枕屏風の春画めく
花疲れ盛り蕎麦一枚酒二合

秋吉正子
満開の桜よ母は再入院
犬にある掛り付け医と春に入る
杖二本残し旅立つ春の宵

川村定子
東風吹いて破れ幟をはためかす
大小を問わず新芽は今盛り
ゆくりなく大樹の花の二分咲きに

〈選後随想〉耕治
春ともし影絵の語るごんぎつね  辻井こうめ
 いたずらばかりするごんぎつねは、兵十の母の死をきっかけに、償いの気持ちから兵十の家に毎日食べ物を届ける。ある日、ごんが家の中に入っていくのを見掛け、火縄銃でごんを撃つ。兵十は土間の食べ物を見て、毎日届けてくれていたのがごんだと気付く、そんな物語が「春ともし」の中で繰り広げられた。小学校の子どもたちがはじめて出会う本格的な物語は、今も人々の記憶の中に生きている。絵本を愛するこうめさんならではの一句。
柏原市高井田にて。

2024年3月31日日曜日

香天集3月31日 渡邉美保、中嶋飛鳥、谷川すみれ、浅海紀代子ほか

香天集3月31日 岡田耕治 選

渡邉美保
ポケットから出せばしおれて蕗の薹
紅椿浮かべ暗渠を流れけり
サイネリアリリリリリリと育ちをり
同心円のまんなかにゐる春の鴨

中嶋飛鳥
かなしみを上書きしたり夜の梅
料峭の乗換駅のピンヒール
ふらここのビヨーンとのびる影法師
椿見て眉描きなおす太く濃く

谷川すみれ
棘の血の溢れてきたり木の芽時
春の川苦手な方に踏み出しぬ
見るほどに遠くなりゆく桜かな
枝垂梅まだ見ぬ姉のように立ち

浅海紀代子
冬灯真ん中に老い坐りけり
手を握るだけの見舞や室の花
寒昴子は子の闇を背負いおり
身の内に仏の住す花柊

森谷一成
受験子にありて字引の遠くなり
日本紀に地震の幾たび原発忌
ロケットと飢餓をならべる春炬燵
切株のなまなましきへ椿落ち

夏 礼子
雛段のどこかであくびしておりぬ
二度会えば親しくなりぬ柳の芽
句会へと寒の戻りを愉しみぬ
四月馬鹿本当のこと言うたろか

柏原 玄
蕗の薹闌けて木になるこころざし
犬ふぐり狙い通りに着地せり
つちふるや柱時計の進みぐせ
木蓮の雨後のひかりに整列す

湯屋ゆうや
右手より薄き左手朧の夜
春の海をおもふと判る歩き方
新しき枕カバーを買ひに春
雪の果誰かが押した降車ベル

宮崎義雄
道の駅今年のふきのとう求め
顔を上げ少年工の春帽子
春の昼ボランティアらの顔ゆるみ
春満月祈りのごとく地震の地

前藤宏子
病む友の子供めく眼や春愁
パンジーの鉢植え残し閉校す
復興の合図のごとく桜咲く
株高や桜と地震の国に住み

松並美根子
黄昏て好き嫌いなき白牡丹
山ざくら無縁仏に煙立つ
菜の花に白黄むらさきありにけり
恩師来る小顔いきいき春帽子

松田和子
春来たる近くて遠い友の家
猫の恋少し走りて振り向きぬ
雛流す小舟をかつぎ加太の海
ハーブの香あり寂静の涅槃像

木南明子
この村も隣の村もミモザ咲く
紅梅の盛り目白に知らせねば
ムスカリの青であること愛しめり
辛夷咲く命のバトン繋ぎけり

金重こねみ
探査機より兎が好きと朧月
集団の中の孤独や落椿
あっちこっちそっちを向いて落椿
白梅よ亡き母の顔ご存じか

森本知美
山里を揺らしていたる蝶の群
ビニールハウス行きつ戻りつ苺狩り
藪椿風通りゆく母の墓
クリーン作戦色とりどりの毛糸帽

目美規子
白もくれん一夜の風に散り始む
雛飾り路地吹き抜ける醤油の香
何ごとも簡素にしたりひな祭
久方に会う友二人ミモザ咲く

〈選後随想〉耕治
料峭の乗換駅のピンヒール  中嶋飛鳥
 「料峭」は「春寒」の傍題だが、春の寒さは去ったはずの冬が蘇り、冬の寒さよりもかえって身にこたえる。「料峭」という漢字は、料=おもんばかる、峭=きびしさ、の組み合わせで、冬を再び思い返す寒さというほどの意味。「乗換駅」」は、多くの人が行き交う場所であり、そこでピンヒールを履いている女性には、都会的な印象が漂う。句会でこの句が出されたとき、ピンヒールを履くのだから、網タイツなどを合わせたような、おしゃれな足元との評があった。真っ先に春を感じて、気のきいた薄手の洋服を選んだのに、冬の寒さよりも残酷な春の寒さの中を歩いていくことになった。しかも、ヒールだから背筋を伸ばして…。飛鳥さんの的確な言葉選びが光る一句だ。
*延伸した御堂筋線の「箕面萱野」駅にて。

2024年3月24日日曜日

香天集3月24日 神谷曜子、木村博昭、安部いろん他


香天集3月24日 岡田耕治 選

神谷曜子
蝋梅や誘うばかりで答えない
物価高へと節分の豆を打つ
初蝶の残像として眠りけり
梅一輪また子と暮らすことになる

木村博昭
笑えるはヒトの特権あたたかし
下段ほど表情豊かなる雛
春荒れる円空仏の苦悩貌
かなしみは後れ来るもの鳥雲に

安部いろん
荷を開けるカッターの刃にある余寒
シャボン玉名前ひとつもなく生まれ
自我という境を繋ぐ蝌蚪の紐
春憂い車窓は我の目を映す

楽 沙千子
朧月ナビゲーションの大廻り
梅古木庭師が軽く枝はらい
春雷の雨足強し朝まだき
榾火へと頬ふくらます火吹竹

嶋田 静
鬼たちのダンス始まり節分会
山笑うさぬき七富士小さくも
巣立ち鳥えさをくわえて隠れけり
春の田やうどん屋の旗上がりたる

河野宗子
菜の花を立ち去りがたき散歩かな
木瓜咲くやあたりの花を明るくす
梅の花一輪描いて送りけり
友と手を重ねていたる余寒かな

古澤かおる
春の昼家人微かに立てる音
釣り人が位置を変えたり春の風
永き日の猫の眼に諭される
龍天に登る朝五時二十五分

田中仁美
茶碗蒸し百合根が一つ残りけり
ちらし寿司箱に入ったおひな様
風邪の夫おかゆはドアの前に置く
春日影ひつぎの中にあんぱんを

岡田ヨシ子
春時雨脳体操の目を離し
職員の検温を待つ桜かな
桜餅友が訪ねてくるノック
道の駅シルバーカーの風光る

川端大誠
白球に追いついている春休み

川端勇健
春休み本屋に行くと在庫なし

川端伸路
春休み満車に雨が強くなる

〈選後随想〉耕治
梅一輪また子と暮らすことになる  神谷曜子
 梅の花は、春の訪れを告げる花。それが一輪咲いたことによって、長い冬の終わりが見えてくる。曜子さんは、一輪の梅から、これまでの人生を振り返り、これからまた子と暮らすことになることへの思いを静かに見つめている。うれしいとも、心配だとも、そのようになった紆余曲折などについても、何も書かれていない。ただ子と暮らすようになった事実だけが置かれているので、読む方はさまざまなアプローチで意味を受け取ろうとする。自分のことに置き換える人もいるだろう。手掛かりは、一輪の梅。この一輪が、事態のすべてを受け容れることを肯定してくれているようだ。

*岬町小島にて。