夏木立先生のこと一入に 宇多喜代子
句集『森へ』青磁社。宇多さんの「先生」は、桂信子さん。夏木立が風に揺れる、その揺らぎの中に立つと、信子さんの在り方がひときわ心に湧き上がってくる。
今年の八月、精神科医の香山リカさんと毎日新聞のシンポジウムでご一緒した。そのとき、香山さんは「40~50代でつまづいたときに自分の事を『これでいいんだ』と思える力を養う機会があれば、今もう少し楽に危機を乗り越えられるのになと、診察していて思うことがある」と話された。「先生がかけてくれた優しい言葉が30年後に生徒を助け、それが支えになることもある」とも。
シンポジウムのあと、コーディネーターを務めてくれた新聞記者が、小学校6年生のとき、担任の先生が作文が上手だとほめてくれたことが今の仕事に繋がっていると回想した。私も、小学校1年生のときに机の上に乗って天井の飾りをしている先生に鋏を取ってと言われ、持ち手の方から先生に差し出したところ、「みんなこの鋏の渡し方見た!すごいね」とほめてくれた場面を思い返した。私の教員としての、また編集者としての、原点の場面である。他のことは何一つ覚えていないのに、この場面だけはいつまでも心の中に在る。
上手だね、すごいねという「大きなYes」、そのままのあんたがいいよという「やわらかいYes」、いずれにしても先生からもらったYesは、その時は小さなことかもしれないが、やがて夏木立のように大きく育ってくる。宇多さんの書き方が、そう教えてくれている。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。
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