2020年9月27日日曜日

香天集9月27日 安田中彦、玉記玉、森谷一成、谷川すみれ他

香天集9月27日 岡田耕治 選

安田中彦

青水無月畳の上の蒙古斑

八月のこんなところに捨て人形

生誕の前に見たるは葉月潮

時間へと傾いてゐる蔦の家


玉記玉

自転車を漕ぐ鼻先に月触れて

敬老の日よ日時計に顔が無い

引く蔓の木通は遠くなるばかり

水澄むや耳に小石のあるらしく


森谷一成

一夜にて厠の蜘蛛の肥えてあり

こめかみを西日にさらし身罷らん

咲き切って置いてけぼりの曼珠沙華

蒸しパンの飛びゆく夜空あと野分


谷川すみれ

寒紅梅甘いものから広がりぬ

毛布毛布この懐かしき密度かな

極月の拾い揚げたる骨の声

みんなすっかり裸木空へ行く


中嶋飛鳥

月見草歩き続けて歩みより

休耕の賑わっている曼珠沙華

草の実の小さな声を聴く力

数珠玉や並びは一人ずつとなる


中嶋紀代子

秋の蝶翅を開きて呼吸せり

毬栗の黄色の重さ加わりぬ

ひとつぶの花を集めて女郎花

葉柄の雨粒並ぶオクラかな


古澤かおる

十六夜の猫は首輪を失いし

スーパーのカートの乱れ秋の風

月明り独りの夕餉すぐ終わり

秋の風国道側の窓開く


北村和美

九月来るポニーテールの毛先揺れ

休暇明け出会いがしらの顔と顔

思いきり息を吐き出し秋の空

山中や二匹のトンボだけとなり


松田和子

間引菜を散らし仕上がる釜飯よ

照りつける光に軽く赤蜻蛉

見張る赤友の便りの鷹の爪

キャンバスに絵の具を散らす夏嵐


安部礼子

雁渡しスマートフォンを送信す

触覚の眉持つ女雨月なる

シュミラクラ今三点の碇星

新聞の小さき切り抜き秋彼岸


吉丸房江

朝顔のただひと朝の色をして

強風の去りし朝なり酔芙蓉

生え揃う歯に弾け飛ぶマスカット

秋澄むや空の青さを心まで


櫻井元晴

店先に湯気立ててあり柏餅

夏の夕裸電球店飾り

クラスター近くに起こり赤蜻蛉

開かれぬ秋祭へと祭笛


*大阪府立北千里高校にて。


2020年9月26日土曜日

「廊下」10句 岡田耕治

廊下  岡田耕治


台風が消毒液に近づきぬ

吊革を抗菌加工して秋気

学校の廊下の長し秋入日

露けしや今日の写真が送られて

このところ調子を落とし轡虫

未だ何も起こっていない秋桜

秋の湖別別に居ることにする

学校に遅れて入る黄葉かな

秋の蠅隠れどころを失いて

一人だけマスクをつけぬ良夜かな


2020年9月20日日曜日

香天集9月20日 石井冴、三好広一郎、木村博昭ほか

香天集9月20日 岡田耕治 選


石井 冴

母と母板の硬きに午睡かな

あめ色になる玉葱の左の手

眼閉じ水母を空に放ちたり

うす味の野菜たっぷり小鳥来る


三好広一郎

炎昼の電柱すべて骨である

草紅葉ハンコを拭いた後始末

敬老の日よ聴き役の膝頭

合板は立てて断つなり秋高し


木村博昭

処暑の雨あがりゲームの始まりぬ

いなびかり愛のかたちを照らしたる

ゆっくりと八月尽の息を吐く

難解な言葉をかかえ鰯雲


夏 礼子

秋蝶に越され思案をふり出しに

星月夜メガネまるごと洗いたる

起き伏しの変わりなきこと風の色

遠き日を昨日のことのように月


神谷曜子

睡蓮を覗いて我の暗さ知る

同士として言葉を交わす酷暑かな

たそがれの直ぐに蚊の来るついて来る

終戦日亡き父坐る風の形


加地弘子

夕立のショック黄色の蝶が飛ぶ

合歓の花申し訳ないほど眠り

こぼれ萩家の内より笑い声

敗戦日二十四時間共に居て


宮下揺子

人と人たやすく繋ぐ立葵

予告なき花火に人の集まれり

岩塩が冷やしトマトにのっている

大西日人が創りし神・仏


堀川比呂志

はじめはぐうあとてんでんに蓼の花

とりあえず宙返りする凧の夏

ことごとく空を傷つけ星流る

ひるがえり合うシーソーの風の秋


正木かおる

おなもみのふたつみっつを連れてくる

群鳥が枝を占めいて青の柿

分散の隙間に充ちて金木犀

残日の冷やしうどんを食べ納む


永田 文

涼新た松の風音潮の香も

コスモスの波に入日のグラデーション

並べたる発電パネル秋暑し

足元へ霧じわじわと山の駅

*大阪府高槻市にて。


2020年9月19日土曜日

「教室の床」11句 岡田耕治

教室の床  岡田耕治


鳥威し大きな鳥の形して

鬼やんま急に後ろへ飛び去れり

秋黴雨マスクをしない人の前

同棲の人へ襖を入れにけり

飛沫からしぶきに移り秋の川

真っ直ぐに伸び秋耕のトラクター

教室の床に坐ってしまう九月

稲光日本がまだ揺れている

秋湿りいつもの位置にいる鴉

木犀や三方の窓開け放ち

来談の間あかるくマスカット



 

2020年9月13日日曜日

香天集9月13日 柴田亨、櫻淵陽子、砂山恵子ほか

香天集9月13日 岡田耕治 選

柴田 亨
ベランダの雀ひたすら蝉喰らう
百日紅去るべき時の来ていたる
薄明のしじまの深さ夏の逝く
明くる日も巷に生きて秋桜

櫻淵陽子
光射す彼方色鳥鳴き交わし
沈黙に耐えられないと秋の蝶
たちまちに掃かれてしまい凌霄花
蜩や夢のひとつを思いやり

砂山恵子
レジ袋底を支へる西瓜かな
ひよいと出てすいと消えたる生身魂
少年が一人で見つめ後の月
生きてやる生きてやるぞと残る虫

岡田ヨシ子
摘む度に頭をたらすモロヘイヤ
供えるに程よき造花菊の花
カメラなく秋の夕日の沈みゆく
八本の鉛筆削りおでん煮る

中辻武男
登校の子らよ日傘の波の中
雨上り日暮れの中に虹の色
今朝の庭蜻蛉にふるいおこされて
一周忌の姉と語るよ秋の色
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。


「芭蕉」12句 岡田耕治

芭蕉  岡田耕治


新しい靴下にして茅花かな

目的を決めて出てゆく白扇

ピーマンを軽く炒めて輝かす

逆回転台風圏の換気扇

青蜜柑すれ違うため目を合わせ

静止して蟷螂の斧動き出す

鶏頭花何におそれているのかと

当事者の一人となりて月を待つ

今回は間に合わないと月の舟

月明り此方を見やる目に戻り

ここに在ることを問われて稲光

前触もなく雨となる芭蕉かな


 

2020年9月6日日曜日

香天集9月6日 三好つや子、谷川すみれ、橋爪隆子、西本君代ほか

香天集9月6日 岡田耕治 選

三好つや子

サーモグラフィー噴水広場軋んでいる

はじまりの出口としたり線香花火

爪を切るたび遠のいてゆく夏野

風刺画になり損ねたるががんぼよ


谷川すみれ

墓詣母の大きなお尻押す

いつのまにくぐりぬけたり朝顔よ

真昼間のカンナを掲げ夢の中

銀杏黄葉風の形を受けついで


橋爪隆子

あんぱんを冷やしていたる暑さにて

直角に曲がるストロー夏盛ん

風鈴の千の音色をくぐりけり

刃に触れて自ら爆ぜる西瓜かな


西本君代

夏の果て凭れているとねむくなる

ラディッシュの間引菜の朝味噌汁に

先輩は夜間中学へと転ず

砂糖黍修学旅行生が刈る


櫻淵陽子(7月)

夏の蝶雨の匂いの向こうから

無口なるコロナウィルス熱帯夜

水風船割れて子の声夏きざす

平泳ぎ君を見つけて沈みゆく


大早泰子

合歓の木や空にも地にも花咲かせ

腹見せて金魚ポンプの泡のぼり

川風に色を落して翡翠翔ぶ

秋の空取り残されていたる月


櫻淵陽子(8月)

カステラは十二等分盆の月

もて余すマスク二枚と盆休み

二十個の鬼灯を剥く小さな手

秋暑しTo Do Listにレ点増え


小崎ひろ子

深くなる三階に聴く虫の声

転居先アベノマスクが置き去られ

引越しや活字の森を箱に詰め

箱解きてくたくたになる新刊書

  

櫻井元晴

爺ちゃんの影を追いかけケンケンパ

豌豆の花から蝶の透けて翔つ

自慢顔初めて取ったカブト虫

墓参り供花を忘れて来たりけり


*この写真は、「香天」60号の表紙に使いました。ふけとしこさんから次のようなすてきなお便りをいただきましたので、紹介します。〈今号のハツユキカズラの表紙、よかったですね。常緑で紅白の色も入って、60号にふさわしいと思いました。ますますのご発展をお祈り申し上げます。〉ふけさん、ありがとうございました。



2020年9月5日土曜日

「黒板」12句 岡田耕治

黒板  岡田耕治

身に残る力を集めトマト食う

覚え合うことを喜ぶ尾花かな

秋の蝶別の蝶へとなりはじめ

猫じゃらし眠らんとして見ていたる

法師蝉つくつくつくのつづくほど

鳴き終わる最も近い蟋蟀よ

ここからはゆっくり歩く稲の花

浅きまま長く眠りし芙蓉かな

一人だけバスに残れり稲光

きりぎりすスイッチを押し忘れたる

とんがりを隠していたり秋桜

秋乾く答えの出ない黒板に