香天集11月29日 岡田耕治 選
谷川すみれ
女身のどこを通っても寒卵
この箱は父のものなり十二月
寄り添うは思い思いの水仙花
香港の香港による黒マスク
森谷一成
明月の陸橋を逃げ還りゆく
小女郎(こめろう)の胸に仔犬の秋の暮
てっぺん奪(と)ったり背高泡立草
陸橋の錆を点している夜長
釜田きよ子
白菜の六等分の悲しみよ
煮凝りや呪文ゆっくりほどけゆく
イザナミを捜すイザナギ芒原
無花果は火星人より難解な
前塚かいち
活けてみて風を欲しがる秋桜
インストールアンインストールあんぽ柿
星月夜赤きバットを素振りする
マスクして歩き歩きの旅に出る
夏 礼子
仏具屋の小さな水車ちちろ鳴く
道草というはぜいたく金木犀
盃は備前と決まり新酒酌む
水の出る蛇口勤労感謝の日
辻井こうめ
鶺鴒の三段跳びの高さかな
綿虫や大縄跳びを見つむる子
どんぐりを追ふ子を追ふやベレー帽
高原の尾花の先の山雨かな
正木かおる
朝に発つ南天の実に見送られ
手に包むココアの湯気に護られる
凍空を街の灯とおく帰りけり
いつの日か冷えた花野に眠ること
嶋田 静
埋没の石垣として秋日受く
夕暮を待たせて白き曼珠沙華
四本のダムの放水秋深し
冬来るパン屋のトレー重くして
櫻井元晴
唐草の風呂敷を解く冬はじめ
天目の器手に取る秋日向
物干にまだ有る後の衣替え
紀の里の夕日に映えて吊し柿
中辻武男
思い出の「紙面」石鎚秋の山
庭紅葉色づき仰ぐ今朝の空
庭石のきらめいてくる石蕗の花
軒先の干柿店を恋しがり
*大阪市扇町公園にて。
時雨 岡田耕治
酒よりも米を選びて神無月
寒風に包まれて身を開きけり
冬の陽のここに集まる大樹かな
身長を伸ばし大根を洗いけり
二階には上がらなくなる冬日和
冬薔薇今日初めての客となり
冴ゆる夜の石牟礼道子全句集
山茶花や一人ひとりを引き受けて
磨きたるレンズが捉え石蕗の花
少しずつ遅れてゆける時雨かな
香天集11月22日 岡田耕治 選
安田中彦
黄落や父いつからか薄化粧
文化の日頭冷たき消火栓
鶴来たる湿原を奥座敷とす
入り口を犀が封ずる冬銀河
石井 冴
玉結びの母が来ている竹の春
坐禅石広く使いていぼむしり
石叩きジュラ紀の岩に隠れけり
小鳥くる太極拳は声惜しみ
中嶋飛鳥
つづれさせ聞きもらしたる続柄
抱く兒の視線の中を鹿の声
小春日の紙にこぶしの重石かな
短日の一打の余韻持ち帰る
玉記 玉
ペン先に言葉死にゆく初時雨
美しき臓腑と歩む霜夜かな
はからずも総身の管時雨けり
寒紅の語る黄ばんだ空のこと
三好広一郎
大根や打ち首にされなお白し
複写機の光線銀杏の悲鳴
おなじ高さおなじ角度や冬耕(うな)い
目の前がこんなに遠い冬至かな
加地弘子
山茶花の時々いたす勘違い
楽しみな鞄の中の菊日和
白息の坊主頭が一礼す
ふわふわの靴下にして末枯るる
木村博昭
獣園の象の訃音や小鳥くる
友愛を群れのかたちに鳥渡る
小春日の庭は余生の奢りかな
鯛焼をくれる隣の人の声
古澤かおる
石蕗の花皺が指紋におよびたる
ポインセチア人声高になる人のあり
初時雨手の甲で猫撫でてみる
はんこ屋が現れてあり酉の市
松田和子
白河線君と乗り来て冬銀河
一つずつ端山の中の冬紅葉
花柊立ち去りがたき香かな
石落の花茶会の床へ膝すすめ
岡田ヨシ子
今年米うどんスープを入れて炊く
紅葉の山を見上げる感謝かな
デイサービスブロッコリーの漢字知り
冬近し終わり近しの歳となり
命の話 岡田耕治
密になる小さな電気ストーブに
師の文字の前に出ており冬日影
鯛焼の温み手渡すだけとする
中空へ放りて届く冬林檎
息白く命の話していたる
かぶりたる毛布機をみる形して
本を読む少年といて白障子
空っ風平行線を保ちたる
坐る位置ずらして囲む炉明りよ
冬の雲共に思いをめぐらして
落葉降る間落葉に留まりぬ
人を待つ時をさずかる時雨かな
香天集11月15日 岡田耕治 選
柴田 亨
観音の頬のひび割れ冬温し
太刀魚の死は長くして輝けり
病葉と共に全山紅葉す
星流る水底にわれ長居して
砂山恵子
遺伝子は無限に憑依月冴ゆる
消長の激しき人や膝毛布
客の来て帰る言葉の寒きこと
ひとりでに開きし笑みよ姫椿
嶋田 静(10月)
秋薔薇指に痛みの残りけり
秋灯机上のメモのふえていく
鰯雲大海原を泳ぐこと
みんなの手休まずにあるみかんかな
宮下揺子
温かなサンドイッチよ汀女の忌
爽やかや真っ赤なリュック欲しくなる
百までは生きたいという花八つ手
ひとり来てふたりを誘う木犀花
嶋田 静(9月)
白芙蓉はるかな雲の色写す
夕べには萎れておりぬ精霊花
朝顔の花や幼の高さにも
秋暑し我が身の置き場捜しいて
永田 文
朝の日を集めていたり実紫
夜長にて喧嘩する声羨し
起き掛けの白湯しみじみと冬に入る
日光を求めおりおり冬の蝶
香天集11月8日 岡田耕治 選
渡邉美保
鴨を眠らせ水を眠らせ後の月
木の実踏む水質検査員の靴
一合の米炊く土鍋今朝の冬
三本の杖昏れ残る花野かな
橋爪隆子
手のひらに故郷をのせ柿をむく
すっきりと空くっきりとかりんの実
秋高しルアーが叩く水の音
紺碧の沖をまなざす秋日傘
小崎ひろ子
いつよりか緑にかえり半夏生
入れ替えし空気の中を蜻蛉飛ぶ
冬の木と相似に立ちて風車群
河野宗子
太陽の塔を間近に秋日向
手をつなぐ若者と居る花野かな
カマキリが大の字となり死んであり
ご自由にどうぞと置かれ秋野菜
羽畑貫治
若き日のマフラー首に卒寿ゆく
スマッシュを外してばかり山眠る
晦日蕎麦までとペダルを漕いで来る
春着縫う妻の声して目が覚める
うろこ雲 岡田耕治
一片を散らしてよりの秋薔薇
心拍の百超すほどの花野かな
幸福に転ずレモンを絞り切り
栗を剥くだけで終わって休みの日
秋の水何度も滝になって来る
紅葉かつ散る心中の下絵かな
うろこ雲ここは初めて居たところ
ラストデイそろそろ温め酒とする
わからないままにしておく菌かな
紙に詩を書かない人の後の月
香天集11月1日 岡田耕治 選
森谷一成
オーバーヘッドシュート空転夏終る
地下鉄の階で待伏せちちろ虫
葉鶏頭また炎上をさずかりぬ
飲み歩く十五夜のやや缺けるほど
三好つや子
一本の紐流れつく紅葉かな
窓開けて終わる映画よ秋薔薇
草紅葉いろとりどりの土の息
月光になるまで鎌を研ぐ漢
中嶋飛鳥
黒葡萄甘えることを忘れおり
十三夜好みて端を歩く癖
金魚一つ足し十月の訃報録
右へぶれ左へ流れ鴨の陣
夏 礼子
道ひとつ違えコスモス畑かな
黒ピーマン内緒のはなし聞きにけり
秋風や脳の海馬をゆるめたる
白杖を越さない歩み秋桜
釜田きよ子
露草の節荒々し痛々し
退屈のかたまりとしてねこじゃらし
隊列を組み始めたる曼珠沙華
毒茸つついてからの自己嫌悪
辻井こうめ
月代や静かに時を待つドラマ
紅茸やおとぎの国の送迎道(ひるめみち)
小流れに不揃いの芋七、八個
天高し野外講座の聞こえくる
前塚かいち
幼くて蟷螂の鎌光りけり
アマビエを掛け秋光の内科院
秋暁や猫枕辺に鳴きに来る
秋しぐれ「野ざらし紀行」集い読む
中濱信子
探し物は置いたところに秋桜
秋風へ唄う口して埴輪かな
白木槿空き家となってしまいけり
地下足袋の音は立てずに松手入
吉丸房江
草の実の小さきを越す散歩かな
ブラウスに一つ付けたり山紅葉
空という名前のついた新酒にて
新米の良い子を産めと塩むすび
北村和美
体育祭ジャズのビート伝いくる
五線譜に音の景色や十三夜
花野行く髪をうすむらさきに染め
秋深し雨に消えゆくピアノにも
松田和子
薄紅葉仏の水掬いたる
勝負つくまではたはたとにらめっこ
かざす手の刺身包丁秋高し
飯盒の湯気立ちあがる今年米
櫻井元晴
鈴虫の鳴きつぐ夜の上がり口
秋の虹十七音の句を求め
幾度か交わした言葉月今宵
コオロギや挨拶もなく床の間に
その声 岡田耕治
秋の芝はじめにホースよく伸ばし
おのおのが育つ雑木の紅葉かな
寝る前が面白くなる秋ともし
その声を聞きたくなりし花梨の実
連絡を取らない人の鴨来る
土の上を選んで歩く秋思かな
急がない課題のありて羊雲
鎌切やどの角度へも向き合いて
私をへだてていたり露の玉
目から目へ伝えてゆけり露の玉
釣瓶落し一万円は崩さずに
大切なことを話せるマスクかな