〈俳句物語〉 岡田耕治
青梅のころがつてをり兄とゐて 渡邉美保
友だちと京都の神社を訪れたときのこと。境内には梅の実がたわわに実り、足元には落ちた青梅がいくつも転がっていた。友だちがその一つを拾い上げたので、「落ちた梅は、食べたり漬けたりしないほうが良いそうよ。そのままにしておくしかないのよ」と声をかけた。
「それじゃあ、この青梅たちは切ないわね」。
「でも、少しずつ土へ還っていくのよ。中には種から芽を出して、何年もかけて新しい梅の木へと育っていくこともあるわ」。
ふと、この話を兄から教わったことを思い出した。口数の少なかった兄との、昔の会話だ。私が中学生、兄が高校生だった頃のこと。姉とは服の貸し借りをしたり歌手の話で盛り上がったりしていたが、兄とはいつの間にか会話が減っていた。そんな時期、近くの梅農家の前で、学校帰りの兄と偶然一緒になったことがある。
中学三年生の最後の大会前、私はずっと目標にしていたレギュラーの座をかけて猛練習していたが、突然のスランプに見舞われ、思うようにトスが上げられなくなっていた。自分に代わって後輩がセッターとして生き生きと活躍する姿を、ベンチから眺める日々。人一倍努力を重ねてきたのに、今の状況をどうすることもできず、焦りばかりが募っていた。
私は、部活での苦しい胸の内を兄に漏らした。兄は少し考えてから、「お前は努力家だからな」と言った。
「私ね、先生や友だちから努力家と言われるのが嫌なんだ」
「……」
「だって、才能がないから努力するしかないと思われているようで……」
黙って聞いていた兄は、静かに答えた。
「そうか。でも、『努力する才能』があるということなんじゃないのか」
この一言があったからこそ、私は引退までバレーボールを続けることができた。
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