2017年10月6日金曜日

老いてよりひっくりかえる天道虫 加地弘子

老いてよりひっくりかえる天道虫 加地弘子

 香天集選後随想。高齢になりますと、いかに転倒せずに暮らせるかということが切実になります。いくら注意していても転ぶときは転んでしまうのですが、その姿は目の前の天道虫のようです。この大きな天道虫も、齢を重ねたのでひっくりかえりやすくなったのかと、そんな心配と微笑みをもたらしてくれる不思議な句です。

*徳島城址にて。

2017年10月5日木曜日

本当に燃え尽きてみよ曼珠沙華 谷川すみれ

本当に燃え尽きてみよ曼珠沙華 谷川すみれ

 香天集選後随想。曼珠沙華は、毎年約束したように田や山を真っ赤に彩ってくれます。開き始めから咲ききるまでは鮮やかなのですが、盛りを過ぎると急に色褪せていきます。「燃え尽きてみよ」という命令には、そんな曼珠沙華の色褪せていく姿を見たくないという願いが感じられます。
*京都駅にて。

透明な夏の雨です放送部 玉記玉

透明な夏の雨です放送部 玉記玉

 香天集選後随想。放送部が活動する放送室は、グラウンドに面していることが多いです。学校の大きなイベントである運動会を見渡せる位置に置く必要があるからでしょう。そこに突然降ってきた雨は、しっとりと私たちの心を濡らしていきます。「透明な夏の雨が降り出してきました」そんな放送が聞こえてきそうです。

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2017年10月4日水曜日

あめんぼう村を一周していたる 石井冴

あめんぼう村を一周していたる 石井冴

 香天集選後随想。あめんぼうが気持ちよさそうに水を滑って行きます。この勢いなら、村を軽く一周できるのではないか、そんな爽やかさを感じます。例えば、山口県の津和野のように、川や水路が村中を巡り、絶えずその音が聞こえてくる、命が巡る故郷を想起させる一句です。
*岬町小島にて。

うろこ雲廃船にある水たまり 渡邉美保

うろこ雲廃船にある水たまり  渡邉美保
 香天集選後随想。うろこ雲は、空中の水蒸気が水になることによって目に見えます。一方、廃船には、昨夜から降った雨が水溜りとなって雲を映しています。どちらも水に変わりないのですが、このように取合せることによって、廃船には微かな希望を、うろこ雲をうかべる空には廃船の哀しみを映し合うような構図が現れます。全体に目を漂わせようとする作者のこの視線に、微かな温もりを感じます。
*鳴戸大橋から渦潮。

2017年10月2日月曜日

「虫の石」17句 岡田耕治

虫の石   岡田耕治

何もかも鰻を食べて遅くなる
秋の水しばらく触れていることに
秋晴のシーツで家を作りけり
底辺を直線にして秋の雲
空き箱に集まっている虫の秋
秋郊の宝探しをしておりぬ
この石をめくれば虫の鳴き止まん
蟋蟀を描く画用紙のひとり言
隠したるものを問われる木の実かな
冷ややかにレゴブロックを拡げたる
ひやおろし口が迎えにゆくところ
忙しくしている人のとろろ汁
  徳島大学五句
うろこ雲和歌山を立ち徳島へ
大学にガラスの多し鳥渡る
鉄路越す陸橋が鳴り秋の暮
巡り出す酢橘の酒の薄濁り

寝て覚めるこの秋灯を点けしまま


2017年10月1日日曜日

香天集10月1日 渡邉美保、玉記玉、森谷一成ほか

香天集10月1日 岡田耕治 選

渡邉美保
草の実をつけて遅れて来たる人
うろこ雲廃船にある水たまり
猫戻る盗人萩の実をつけて
椿の実末っ子といま絶交中

玉記 玉
流星のひとつは石垣に組まれ
筆箱がないからなんて温め酒
レモン重たし何の記念日だろう
かなかなかなかな詩はふんだんな無駄

森谷一成
舞姫のみだれごこちに蓮の花
白き手へ地下生活のぐれたる蚊
空冷式エンジンうなり秋に入る
自殺予防週間ひがな晴れ極み

中嶋 飛鳥
生身魂カレーライスを所望せる
虫の音と代わる朝の髪を切る
たましいの真直ぐに佇つ曼珠沙華
人の背にかるく凭れて青蜜柑

三好つや子
最中ほどの父の針箱小鳥来る
柿たわわカスタネットの音の先
酒蔵の鍵の一つは赤蜻蛉
白髪のロックンローラー秋彼岸

橋本惠美子(10月)
乾パンの缶の音たて夏の空
魂の戻る余白を昼寝覚
テニス部の靴下を干し夏惜しむ
校庭に放たれてあり子かまきり

釜田きよ子
虫の闇ときどき地球溜息す
天高し九秒九八点りたる
ねこじゃらし明日のことを占いぬ
毒茸いたく真面目に立っており

澤本祐子
月涼し磨き上げたる江戸切子
しばらくは夕日を容れて酔芙蓉
番号で呼ばれるまでの赤のまま
数えたくなる向日葵の中に居て

橋本惠美子(9月)
鉛筆の芯が砕けて夏休
羊水に浮かぶ胎児と泳ぎけり
一本の槍の形を泳ぎけり
ど真ん中夏座布団のだるまおとし

辻井こうめ
旅人の過ぎては鋏松手入
新豆腐文字をくつきり白のれん
出たままに行きも帰りも穴惑
赤まんま喃語に喃語重ねをり

古澤かおる
信号で止まるスカート今朝の秋
白菊に雨の兆せる夜明けかな
秋涼し体操選手の開脚に
三枚の座布団を置き月の酒

安部礼子
ドライブイン秋の嵐を休ませて
秋の空火屋の棺を欺きぬ
言葉数少なき弔辞虫時雨
星流る記憶の糸を切るために



*徳島市内にて。