来週のページ 岡田耕治
煤逃や運動靴を働かす
鯛焼を求め財布に残る金
来週のページを開き毛糸編む
カーディガンいま俳句だけすればよい
ぴったりと合う梟の目玉にて
冬座敷全アイデアを並べ置く
満腹に近づいている炭火かな
白息を確かめ合いて挨拶
股関節近づけている霜柱
病院のいつものガラス冬の雷
時雨傘倒れ大きな音を出す
蓮の骨第六感を働かす
紙コップほどの交わり年忘れ
冬蝶の所要時間を測りけり
心臓を温めている菟かな
*南海難波駅にて。
香天集12月16日 岡田耕治 選
三好広一郎
陀羅尼助十粒ほどの忘年会
言いたいこと一度に言えぬ柿落葉
新聞を信じて河豚を食いに行く
皆香る洗剤を着るクリスマス
砂山恵子
吐く息を取り込む両手姫椿
何言はず何も言はれず熟柿吸ふ
雪催ひ窓に少女の影ひとつ
対座する卓上にある冬林檎
辻井こうめ
狛犬は日本狼冬に入る
炊立ての湯気まで旨し今年米
散紅葉親樹の影を負ひにけり
星結ぶ神々招くちゃんちゃんこ
神谷曜子
自画像の片目しぐれておりにけり
茶の花や一身上の都合とす
匂いなき花束求め歳の暮
閻魔堂のぞく背中に冬陽さす
中辻武男
整えてあれば山茶花今見頃
籾殻の尽きるを待ちて芋を焼く
靴音の遠ざかりゆく今朝の霜
紙袋増やしてゆけり十二月
岡田ヨシ子
臼と杵で餅を搗きたくなる黄粉
潮風の崖を染めたる石蕗の花
晴天の向こうは淡路太刀魚漁
冬凪の瀬戸大橋が目の前に
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
大根の届きて言葉増えにけり 大牧 広
『朝の森』ふらんす堂。娘夫婦が大根や白菜を菜園で作っているので、我が家にも大根が届くことがある。すると、私と妻との会話が急に増える。「大きいのができたね」「毎日、菜園に行ってるみたい」「そう、子どもたちも手伝ってるのかな」「学校から帰ったら、収穫してくれるそうよ」「自分ちで育てて、自分が引いた大根、きっと美味しいやろうね」。句集の帯には、「敗戦の年に案山子は立つてゐたか」という句を挙げ、「戦争体験の一証言者として 老境に安んじることなく 反骨精神をもって俳諧に生きる著者の 渾身の新句集。」とある。そのような精神を前面に立てながら、しかし、このようなヒューマンな句が見られるところが、大牧広さんの何よりの魅力である。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。
体重 岡田耕治
息白し時刻通りに到着し
考えるほどに語らい冬木道
隣り合う位置を分け合い燗の酒
食道を過ぎて鮃の重くなる
ホテルからホテルへ移り冬銀河
ぴったりと地に濡れてある落葉かな
珈琲の砂糖とミルク冬ぬくし
ジャンパーに替えて会社を経営す
冴える夜の小さな記事にある矜恃
寒灯の画面から目を離さぬ子
寒風や互いの声を届け合い
映りたる影のからくり白障子
自らの顔に触れたる冷たさよ
新聞の五紙を並べて開戦日
数え日のこの体重を減らすこと
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
香天集12月9日 岡田耕治選
渡邉美保
ポインセチアから尻取りを始めけり
木枯一号キューピーを横抱きに
枯蓮の先へ先へと行きたがる
牡蠣フライその言い分を聞いてゐる
三好つや子
冬の音探しに大工道具館
枯菊や手鏡ほどの小火だけど
牡蠣フライ若さむさぼる父と母
童顔の兵のくちびる冬苺
加地弘子
冬の蜂鈍き羽音を繰り返す
猪がふつうに橋を渡りおり
冬銀河乾きし靴の忘れられ
外灯の中を最もしぐれけり
橋本惠美子
朝寒し十年前と同じ服
トルソーの支柱現れ冬に入る
短日や踵の高い靴にする
縫い糸をカンとはじいて寒夜かな
中村静子
椋鳥を宿して樟の膨らみぬ
金賞の菊に集まる羽音かな
仲直りして鬼灯の首を揉む
掌に包む温もり雪蛍
坂原梢
乙女から先につまずき草紅葉
田の中の一軒に満つ冬日かな
媼二人犬を連れ合い小六月
冬帽子船の上から振られけり
宮下揺子
あっぱれな生き方秋の樹木希林
鶏頭を見て終焉に向かいけり
チェロを弾く大道芸やけやき散る
のどかとは思えぬ街の冬の虹
前塚かいち
十一月レンタル自転車は五時まで
琉球の朝顔の蔓切られゆく
オリーブの実は二十四の瞳かな
校門の閉められてよりオリオン座
羽畑貫治
ピン球や鈴なり光る山の柿
新海苔の流れて早し里岬
杖たたき橋を渡れば雀蜂
わが死後はここがよかろう野菊山
村上青女
いただきし栗きんとんの深き夜
いつまでも毛虫を育て酔芙蓉
紅葉の初宮参り多度大社
賑やかにグランドゴルフしぐれ来る
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
最優先 岡田耕治
牛乳は冷たし珈琲は熱し
押し競饅頭先生を固めたる
子の声の集まり静む菟かな
食べてすぐ食べたくなって太鼓焼
地に立てて白菜の白払いけり
大根の漬物鳴らし合うしじま
決断の迫っていたるセロリかな
冬の芝最優先を後にする
演台や冷たき水を備えたる
古本の店主から見え雪降り出す
梟のついて回れる視線かな
十二月楽譜はどれも捨てないで
授かりぬ高野豆腐の戻る時
「呉春」から「秋鹿」にゆく寒さかな
この酒を全部飲もうと決まる雪
*池田市にて。
香天集12月2日 岡田耕治選
玉記 玉
白鳥は対角線をさびしがる
言葉にはならない影を寒卵
約束のポインセチアから先生
デッサンの音の続きを初しぐれ
森谷一成
てぬぐいや美輪明宏に母が憑く
ヴィオロンの一斉にさくら紅葉かな
はんこ屋の六角しんと秋の暮
万葉集巻第十六に酒屋の奴婢の労働歌あり
万葉に奴たわむる温め酒
浅海紀代子(11月)
月の秋嘘をつくことやめにする
為すことを後ろに置きて花野かな
隣人の旅立ちに遭う月天心
我が齢他人の齢冬に入る
澤本祐子
秋思止む感情線を握りしめ
引くたびに抽斗鳴って冬に入る
一生のあらましを聞く返り花
決断の直後の迷い冬林檎
砂山恵子
兄として二つに割りぬふかし藷
茶の花や産休に入る女性医師
巻き尺の戻りの早し暮早し
裸木や毎朝違ふ雲流れ
浅海紀代子(10月)
猫が入る話の続き秋日和
こおろぎや湯船に沈む傷の脚
わたくしが風になりけり芒原
雨音の身を透りゆく秋の暮
釜田きよ子
蓑虫の宇宙体験つづきおり
秋の蠅懐かしそうにやってくる
通草の実とろりと眠気誘いけり
芒原一人芝居の始まりぬ
中濱信子
長き夜の手の皺つまみ伸ばしけり
吾亦紅友は万葉集を解く
山茶花や登校の声よく透り
冬休ずば抜けてある孫の靴
越智小泉
パスポート持たなくなりて鳥渡る
迂闊にも転びて木の実喜ばす
竹林にこもる風音冬に入る
木枯一号我が身こんなに軽いとは
永田 文
返り花淡き色にて葉陰より
左手と木の実と同じポケットに
漁村いま呑みこむように冬落暉
野良猫にコースのありて花八手
*奈良駅にて。