2017年9月18日月曜日

何もなきこの手のひらの軽きこと 久留素子

何もなきこの手のひらの軽きこと 久留素子
 人を抱いたり、鞄を持ったり、本を支えたり、手のひらは絶えず何かに接しています。何も手に持たないことは、実は豊かなことではないかと、一句は語りかけてきます。あれも、これも欲しいと買い集めてきた時代から、何も持たないことの価値に耳を澄ます時代に移ってきました。だからこの「手のひらの軽きこと」が、自分らしく在ることの原点に置かれているように感じられるのです。

*千曲川。

2017年9月17日日曜日

香天集9月17日 石井冴、宮下揺子、立花カズ子

香天集9月17日 岡田耕治 選

石井 冴
水の秋くちびるが唇を押す
秋空のひとかたまりはユーラシア
いっときを校門までの月の道
それぞれに鳥居離れる九月かな

宮下揺子
吐いてより呼吸を深め熱帯夜
虚か実か隙間を埋めるのうぜん花
底心のうぜんかづらに隠しおく
生き残る人を訪う敗戦日

立花カズ子
落日に鶏頭として燃え立てり
作り手に似たり案山子の黒眼鏡
群がりて夕日の中へ秋あかね
盆栽の形に伸びて甘蔗の芽

*第2回姨捨俳句大賞に拙句集『日脚』がノミネートされ、昨日千曲市へ行ってきました。受賞できませんでしたが、選考会で仲寒蝉さん、筑紫磐井さん、小澤實さん、島田牙城さんにそれぞれ高評をいただきました。感謝。

2017年9月15日金曜日

読み耽り知らぬ駅へと秋の暮 新名勝之

読み耽り知らぬ駅へと秋の暮 新名勝之
 俳句大学。電車に乗って本を読んでいますと、どうやら乗り過ごしてしまったようです。初めて見る駅名のプレートが、目の前に現れました。慌てて飛び降りましたが、当たりはもう暗くなって、肌寒くもあります。反対側のホームに向かい、戻る電車を待つことにします。丹羽宇一郎さんの『死ぬほど読書』がベストセラーになっていますが、本を読むということは、こうして「知らぬ駅」に立つことなのかも知れません。

*三重県津市立川口小学校にて。

2017年9月14日木曜日

無駄口が無駄口を呼ぶ秋暑かな 永田満徳

無駄口が無駄口を呼ぶ秋暑かな 永田満徳
 俳句大学。隣りからつまらないおしゃべりが聞こえてきて、さらにそれが増幅されて無駄口を呼んできます。この暑いのに、もういい加減に黙ったらいいのにと、つい思ってしまいます。ところが、おしゃべりをしている人は、しゃべりながら何かに気付いたり、発見したりしているとのこと。「結論から先に」が求められる社会ですが、無駄口のプロセスにも大切なものが浮かんでくるのかも知れません。「秋暑」に、この無駄口を許容する構えがあります。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2017年9月13日水曜日

水澄むやキリマンジャロの香る店 陸沈

水澄むやキリマンジャロの香る店 陸沈(緒方順一)
 俳句大学。初めに運ばれた冷たい水を飲み、注文したキリマンジャロ・コーヒーの甘い香りを顔に近づけます。最初に含んだ一口は、熱々で酸味があって、コーヒーの味を引き立てています。二口目をゆっくりと口に運んでから、口の中を漱ぐようにもう一度水を飲みます。するとまた、新鮮にキリマンジャロと出会うことができるのです。澄む水の季節こそ、入っただけでコーヒーの香る店に出掛けたい、そう思わせてくれる一句です。

*岬町深日にて。

2017年9月12日火曜日

「法師蝉」15句 岡田耕治

法師蝉  岡田耕治

月白や本屋で本を買うとする
筆順はどうでもよいと曼珠沙華
マレーシア留学生の燕帰る
鉄板の玉蜀黍の光りけり
結婚を遅らせている秋茄子
澄む水とサンドイッチを頬ばりぬ
走り出す心のありて花芒
草の花こんなところを点したる
灯火親しむいくつもの小さな辞書
月の舟水と名のつく酒を飲み
秋雲の速さを目がけ歩きけり
法師蝉念入りに鳴き終わりたる
一匹は地に近く飛び赤蜻蛉
無花果に合う珈琲を淹れており

未来へと色なき風の移りけり
*岬町小島にて。

醉芙蓉夢見しままに刈られをり 原孝之

醉芙蓉夢見しままに刈られをり 原孝之
 俳句大学。来年もその花をたのしむために、剪定された醉芙蓉。それぞれの枝を飾った花は「夢」を見ていたのでしょう。その「夢」は刈られることによって、姿を消しました。しかし、何時までも頭に残る夢があるように、来年それぞれの夢はまた形を表してくれるはずです。これほどまでに、形を整えられているのですから。

*三重県津市立川口小学校にて。