香天集7月26日 岡田耕治 選
谷川すみれ
雨を呼ぶ枯れつくしたる曼珠沙華
昼の月留守番電話点滅す
病む者の桜紅葉に染まりゆく
怒りの熱さ露草の眩しさ
安田中彦
立ち眩みして水無月の青の中
骨格は螺子にてゆるぶ揚羽蝶
幾たびも空蝉落つる頭の真中
草上の液体として蛇走る
柴田 亨
くちなしの白さに人を想いけり
会う人の力によりて生きる夏
夢の雨この世の雨と降り止まず
おさなごのただいちにんの合掌す
三好広一郎
空蝉や泥水引いて泥残る
売った家その後気になる燕の子
夏鶯青いインクの遺言状
陵墓の堀夏蝶の蒸発す
橋本惠美子
万緑や昨日も今日も独り占め
更衣こんなところに母子手帳
張り込みの視線の隙を蝶の羽化
ソーダ水右眼は吾子を追いかける
中嶋紀代子
一輪の夕菅の待つ月夜かな
金髪に鼻ピアスして夏休
慟哭す荒梅雨の枝揺すりあげ
一度だけ会うことになる縞蛇よ
木村博昭
一羽二羽三羽四羽五羽軽鳧の子よ
蛍火やテッちゃんが居てヨシが居た
空っぽの郵便受の梅雨長し
一日を裸足で過ごす気儘かな
前塚かいち
水羊羹「野ざらし紀行」辿りゆく
バナナ食う「バナナボート」を口ずさみ
蝸牛少年の日を持ち帰り
父の日の父の銃声空を撃つ
河野宗子
走り梅雨クライミングの足の向き
ほっぺたにくぼみのありて金魚玉
紫陽花や退院の日がまた変わり
七夕竹星の切手の便り受く
北村和美
向日葵や垂直とびの手が見えて
後ろデコカプカプ笑う天瓜粉
炎天下筋肉痛の顔のあり
頬杖や退屈すぎてラムネ飲む
古澤かおる
梅雨深し膨らんでいる紙の物
梅雨夕焼三つの村を守る山
細き柄が飴色になり渋団扇
夏負けの絞り過ぎたるマヨネーズ
正木かおる
長雨にノウゼンカズラ空の底
彗星を愛するひとの夏だより
母と祖母西瓜をひとつ仲立ちに
缶ビール一打中村晃かな
金魚玉 岡田耕治
爪先の三角点へ梅雨の傘
香水やここには居ないことにして
直ぐに往き乱れて復る五月闇
白い土嚢黒い土嚢の梅雨長し
梅雨出水なかを急げる水のあり
蝸牛言葉の息を長くして
限界を見極めている蚊遣香
黴の花老齢にしてよく喋り
対面になってはならぬ金魚玉
乗降の風抜けてゆく植田かな
太陽を浴び汗をかくだけのこと
鼻先を出してマスクの梅雨上がる
香天集7月19日 岡田耕治 選
加地弘子
終わりまで変わらず進み蝸牛
入り海の一人ひとりの大西日
捩れ花釦の重さ変えており
蛇を見て帰りの道を遠くする
宮下揺子
麦秋の大きなうねりコロナの輪
半夏生母の形見に袖通す
鈍感を武器のひとつに心太
茅の輪くぐり不得手なことをやり通す
神谷曜子
この町を出たいと夏至の川急ぐ
薔薇園の坂ほつほつと自分踏む
字余りは気にならないと蝸牛
いさかいの原因とする木葉木菟
永田 文
薔薇なでて甘き香りの届きけり
朝焼や耳朶に声やわらかく
葱坊主触れる尻から爆ぜゆけり
借景の鎮守の楠や夏の昼
中辻武男
風蘭の香りに和む余生かな
息を吐き待ちわびており白南風
初蝉の声を掻き消し俄雨
夏祭布団太鼓の音も立てず
緑さす 岡田耕治
立葵一番好きな距離を取り
音立てず元に戻りし五月雨
百日紅話が止まらなくなりて
原因を隠していたる蜘蛛の囲よ
西瓜切る用心深く柔らかく
ほころびの見えて麦藁帽子かな
目の玉を温めている夏マスク
たっぷりと雨を含みて緑さす
凌霄花この一冊に長く居て
海を見る車窓となりし白雨かな
甲虫糞をきれいに育てられ
月を観て仏法僧に戻りけり
香天集7月12日 岡田耕治 選
三好つや子
はつなつの酸っぱい呪文壜の中
打水やふだんを見せぬ京の店
人形の髪のびている半夏雨
舟虫の群れてボートの影を曳く
橋爪隆子
垂直に水筒を立て夏帽子
もくもくと時を食して草茂る
走り根の広がる力五月闇
太陽と一対一の白日傘
砂山恵子
海と空のあはひの薄し二重虹
緑陰やいはれ解らぬ数へ唄
二人でも寂しき時を釣忍
夏帽子いつも一人でゐる少女
堀川比呂志
一分を六〇音に刻む夏
子猫三つひとつは葉桜の下へ
怖いもの何にもないとネコジャラシ
炎天の自転車ふたつ影ふたつ
軍足 岡田耕治
先生のこのハンカチを形見とす
火を点ける前に香れる蚊遣かな
黄金虫お金を使わなくなって
今ここに戻っていたり水馬
軍足と軍手を束ね梅雨長し
七夕雨濁流溢流土石流
眼かな蟷螂の子のみどりなる
雨音を底から包み梅雨の雷
冷酒飲む二キロ痩せたる学長と
休校になりたる梅雨の晴間かな
蚊柱を膨らして来る段ボール
氷から球磨焼酎の香りけり
香天集7月5日 岡田耕治 選
渡邉美保
虫瘤の中の混み合ふ半夏雨
片羽根を広げ涼しく充電中
祭笛二つの窓の開いてゐて
合鴨のつつく植田の水輪かな
谷川すみれ
巫女となる六年生の秋祭
歓声を遠く聞きたる花梨の実
すれ違うよき人夜の鰯雲
先代とどこかが違う葡萄かな
浅海紀代子
春の野へ帰りの時刻捨てようか
蛍狩汚さぬように息をして
ランドセル負うようになり立葵
ゆすらうめ昔むかしを手の平に
橋本惠美子
夏来る種痘の跡を見せ合いて
地球儀の日本は赤夏に入る
補助輪もペダルも外し走り梅雨
青嵐ペコちゃんの舌引っ込める
朝岡洋子
くちなしや一対の箸洗う宵
万緑の濃淡の中一人居て
水面を切り来て上る夏燕
面差は志功の女クレマチス
河野宗子
モノレールのどを通りし心太
手すりから一歩踏み出す夏の空
アイマスクつけて夏野をさまよいぬ
梅雨寒や白クマを抱き眠りたる
吉丸房江
五月闇吹き飛ばしたりアマリリス
雨音の止みて刹那に薄日差す
四方を開け放ちおり梅雨の晴
つつがなく暮らす家族の夏衣
瀑布 岡田耕治
揚羽蝶今はどこにも止まらない
扇風機ぷくっと顔をふくらます
金魚玉チャイムの音のして来たる
高きより深きを選び夏の山
視界から音を消したる瀑布かな
何処にも答えはないと燕子花
五月雨や店内の音近くして
別人に見える角度をさみだるる
剃る顔へ渡されてあり蒸しタオル
酸っぱさをすぐ追う甘ささくらんぼ
ゴムボート引き上げて散る雫かな
少ないまま終わる蛍を視ておりぬ