香天集3月27日 岡田耕治 選
安田中彦
春愁のあひだに紅茶ぬるくなる
雛段の底の臣民略さるる
流し雛なら川遺体なら河へ
桜狩山のあなたの地雷原
谷川すみれ
夏来る木影鳥影人の影
短夜や言葉ひとつをくり返し
想念の群れの水母が寄ってくる
幻聴の聞けば聞こえずさみだるる
渡邉美保
何はともあれ磯巾着戦ぐ
水草生ふ岸辺靴音迫りくる
廃線の枕木を行く耳菜草
ネモフィラの一面の青退屈す
夏 礼子
恋猫に蹴られ後つぐミステリー
うつむくも反るも日向の野水仙
春鳩のもう来ていたる能舞台
いぬふぐり勇気の青をひろげたる
木村博昭
啓蟄の砂場に残る大き穴
ぶらんこの蹴上げる空の広さかな
真っ新のノート教科書風光る
享年を数えておれば亀の鳴く
中嶋飛鳥
立ち止まる兜の星の春埃
万愚節何ごとも無き顔つくる
不確かにちょっとそこまで桜狩
いにしえの風あそばせる糸柳
辻井こうめ
二度三度微調整して初音かな
東欧の民話『てぶくろ』春寒し
番号を記する巣箱の高処
二人座す距離を横切る紋黄蝶
安部礼子
廃校のスクールゾーン花明り
色に名をつけては女春めきぬ
花吹雪馬頭観音口を開け
河原に置いておいでよ春コート
嶋田 静
春風を引き連れアンパンマン列車
春の田のうどん屋が好き茂吉の忌
頭と尾炭となりたる潤目かな
春浅し髪に一すじ糸走り
楽沙千子
不足なき暮しの扉春を待つ
バルーンのリリースに遭う春日向
寺子屋の開かずの引戸笹子鳴く
音もなく葉脈をつたう春霙
藪内静枝
雀あつまる桐の木の春愁
来し方や連翹のふと匂い来る
沈丁の闇香しき今宵かな
空まさを緋寒桜と対峙する
牧内登志雄
天国も地獄も在りて蝶生る
玉椿一輪を挿し灯しけり
不幸にも香のありて沈丁花
ぱつかんと海を割りけり雲丹の毬