2022年3月27日日曜日

香天集3月27日 安田中彦、谷川すみれ、渡邉美保、夏礼子ほか

香天集3月27日 岡田耕治 選

安田中彦
春愁のあひだに紅茶ぬるくなる
雛段の底の臣民略さるる
流し雛なら川遺体なら河へ
桜狩山のあなたの地雷原

谷川すみれ
夏来る木影鳥影人の影
短夜や言葉ひとつをくり返し
想念の群れの水母が寄ってくる
幻聴の聞けば聞こえずさみだるる

渡邉美保
何はともあれ磯巾着戦ぐ
水草生ふ岸辺靴音迫りくる
廃線の枕木を行く耳菜草
ネモフィラの一面の青退屈す

夏 礼子
恋猫に蹴られ後つぐミステリー
うつむくも反るも日向の野水仙
春鳩のもう来ていたる能舞台
いぬふぐり勇気の青をひろげたる

木村博昭
啓蟄の砂場に残る大き穴
ぶらんこの蹴上げる空の広さかな
真っ新のノート教科書風光る
享年を数えておれば亀の鳴く

中嶋飛鳥
立ち止まる兜の星の春埃
万愚節何ごとも無き顔つくる   
不確かにちょっとそこまで桜狩
いにしえの風あそばせる糸柳 

辻井こうめ
二度三度微調整して初音かな
東欧の民話『てぶくろ』春寒し
番号を記する巣箱の高処
二人座す距離を横切る紋黄蝶

安部礼子
廃校のスクールゾーン花明り
色に名をつけては女春めきぬ
花吹雪馬頭観音口を開け
河原に置いておいでよ春コート

嶋田 静
春風を引き連れアンパンマン列車
春の田のうどん屋が好き茂吉の忌
頭と尾炭となりたる潤目かな
春浅し髪に一すじ糸走り

楽沙千子
不足なき暮しの扉春を待つ
バルーンのリリースに遭う春日向
寺子屋の開かずの引戸笹子鳴く
音もなく葉脈をつたう春霙

藪内静枝
雀あつまる桐の木の春愁
来し方や連翹のふと匂い来る
沈丁の闇香しき今宵かな
空まさを緋寒桜と対峙する

牧内登志雄
天国も地獄も在りて蝶生る
玉椿一輪を挿し灯しけり
不幸にも香のありて沈丁花
ぱつかんと海を割りけり雲丹の毬
*岬町小島にて。
 

燕来る単語カードをふくらまし 耕治

 
西尾 征樹
 燕と単語カードの対比を考えました。燕が来る季節に、新たな学習が増え、覚えなければならないことも多く、単語カードを記すことでほっとしている様子が窺えます。

岡田 登貴
 燕の雛が膨らんでるのと、使い込んだ単語カードがふくらんでいくのと、どちらも成長していく春らしい御句。

桑本 栄太郎
 単語カードと云えば、小生の母校の生徒も列車通学の時など、座席に座れなければ誰もが必死にめくっていましたね。口で発音の真似を行い、指で何かをなぞっていました。

仲 寒蝉
 単語カードが膨らんでいくのは知識が増えて行くのを見るようでうれしいものです。燕が来るのを見たときの喜びに通じるかもしれません。

野島 正則
 丸いリングを付けた単語カード。懐かしいです、現代では、アナログな単語カードはどうなっているのでしょうね。

日光の記憶をゆらす若布かな 耕治

 
仲 寒蝉
 若布のきらめきを「日光の記憶」とは・・・脱帽です。

十河 智
 若布には気をつけろと海育ちでも、泳ぎの得意でない私はよく言われました。比較的浅い日の入る場所に林があるのです。この句の表現がぴったりです。光が届くか届かない、微妙な深さに若布は揺れているのです。ここで、「日光の記憶」とあるのは、海藻の中では緑の濃い若布の色を見るにつけ、「もっと光を、が若布の望みなんだろうなあ。」と思われたのでしょうか。

大津留 直
 この句には、乾燥した若布を湯の中で戻したときの鮮やかな緑に対する驚きが満ちている。その湯の中での揺らぎを、かつて海水の中で浴びた日光の記憶が揺らいでいると見ているのだろう。

立ち止まるため北窓を開きけり 耕治

大関博美
 立ち止まるために北窓を開く。
北窓を開けると春の日差しが眩しく部屋に入ってくる。
作者は、北窓を開くために立ち止まったのではなくて、立ち止まるために北窓を開ける。ここに大きな意図、動機があるのだ。立ち止まること、考えるために、北窓から入ってくる光が必要だったのかも知れない。
若い頃、ある人から言われました。何かわからない悩みが出来たら、その時は立ち止まって良く考えてと。
私などは、わからないことだらけで立ち止まりっぱなしかもしれず。

十河 智
 「ため」がすごく気になります。意味を込めて俳句に入れるのですから、と考えるのですが、わかったとは言えないのです。「北窓を開ける」という行為にある開放感と,「立ち止まる」がうまく符合しませんでした。
 いま年度末で学校関係のお仕事は慌ただしく煩雑。忙しさの中に空気を入れ替えたい気持ちが出た、そのことが「立ち止まるため」とされた理由かと思い至りました。開けることが第一歩なのですね。そこまで考えた時、この句を読むだけで、気持ち良い新鮮な空気の流れを感じました。新たな息吹、春が来ていると、胸が一杯になりました。

2022年3月20日日曜日

香天集3月20日 石井冴、三好広一郎、久堀博美ほか

香天集3月20日 岡田耕治 選

石井 冴
学校の優等生にほうれん草
紙雛妣の左右に来ておりぬ
シネラリア言霊放つようになり
国籍を問うことのなき朧かな

三好広一郎
留守電に恋の余熱や花の雨
全力にまだまだ余白揚雲雀
眼は瞑るためにあるもの春の爆
受付のインク掠れる花時雨

久堀博美
約束に少し遅れて桃の花
恋の猫こけし倒してしまいけり
髪切って身の内の春呼び覚ます
木の芽あり迫撃砲に色づきぬ

加地弘子
恋猫の思いがけない隣の子
生姜湯や昨日の昼は何食べた
玄関の白菜立ちて置かれたる
啓蟄のポケットからの知らせかな

春田真理子
逝く母に桜の紅の移りけり
花嵐斎場の炉を閉めてより
花筏すくう形に骨拾う
燈明の後ろさくらの水ながれ

砂山恵子
受け止めて歩む道あり水温む
たそがれは野良着の匂ひ雪間草
一部屋に猫と私とかげろふと
風いつも曲線と知る石鹸玉

神谷曜子
復活祭コーヒーの実を噛んでみる
春動く女人埴輪の乳房から
戦ある国の方向き雁帰る
春嵐読みかけの本止まらない

古澤かおる
お性根を抜いた地蔵や黄砂降る
黄砂降る三年日記の同じ日に
雉啼くや男の声のよく通る
白酒も菱餅も入れエコバック

岡田ヨシ子
同じこと語る友いて春炬燵
コーヒーを香らせている春の朝
春社遠くから来るボランティア
丘の上の平家がよろし春一番

中田淳子
春の空宇宙旅行の話など
白梅や今年もきっと忘れない

川村定子
流し雛舳先は沖へ波を切る
古草の根元にのぞく新芽かな

秋吉正子
雛祭り男子三人育ており
春動く鉛筆削る肥後守

北岡昌子
食べたくなる京の老舗の椿餅
はっきりとうぐいすの鳴く声を聞く

大里久代
雛飾りあれよあれよと三十年 
春の海ゆるりと伸びる船の影
*関西空港にて。

2022年3月13日日曜日

香天集3月13日 柴田亨、三好つや子、牧内登志雄ほか

香天集3月13日 岡田耕治 選

柴田亨
詩集読む男は痩せてゆけり春
更地にてちちはは集う月おぼろ
裏町の佐伯祐三春ともし
冬の土暗きふところ夢結ぶ

三好つや子
これまでとこれからのこと梅ふふむ
どこまでが右なのだろう鶯餅
母だけに見える町あり春夕焼
白いちごジェンダーフリーの転校生

牧内登志雄
地獄絵に吾もゐたるか花樒
二日酔い巡る脳内桜まじ
抱きしめてあげたき人や雪の果
高射砲台座遺りし花見土手

小島守
休憩を取らねばならぬ苜蓿
春寒し二十分ならここで待つ
自答から自問を揺らし春の風
酒を飲む春の夕日を遮らず
*大阪教育大学前駅にて。

2022年3月6日日曜日

香天集3月6日 玉記玉、森谷一成、渡邉美保、中嶋飛鳥ほか 

香天集3月6日 岡田耕治 選

玉記 玉
読みかけは読みかけのまま春の川
展開図どおりに剥けし夏蜜柑
焼野原水と男が来ていたる
ぶらんこに立ち私へと出発す

森谷一成
おでん酒うそをついたらその通り
広告の「全身脱毛」寒の明け
一つ目を究めていたる犬ふぐり
旋回の肚のあたりに春来る

渡邉美保
早春や無口な父と海を見に
山笑ふ大福餅の断面図
白椿咲いて進路の定まりぬ
棒きれでつつく穴ぼこ春浅し

中嶋飛鳥
梅の花頭を下げて行交えり
きさらぎの下段九条第二項
冴返る星曼荼羅に正座して
蜂遊ぶ閂の棒わがものに

浅海紀代子
風花や訣れは不意に後ろから
暗闇の私の鬼に豆を打つ
ブランコにさびしい風が乗っている
春の窓猫に横取りされてあり

宮下揺子
「て」と読める石を拾いし冬の川
逆上がり出来ぬ子の尻冬の空
梅ひらく蔓延防止措置の中
ひとつとて同じもの無き春の雪

春田真理子
びっしょりの母よさくらの世へゆくか
からだじゅう透きとおりゆく花吹雪
嵐過ぎ桜の棺を送り出す
亡き母と桜並木を霊柩車

吉丸房江
つづく咳コロナ検査は陰性に
日面の球根ひょいと伸びいたり
寒き夜母さんの歌口ずさみ
世界地図広げて春を祈りけり

北村和美
雪解水かけがえのないデコの傷
春の月メビウスの輪の赤照らし
はなまるの連絡帳に春の風
春ショールトリコロールを選びけり

垣内孝雄
石鹸玉兄と妹が吹き比べ
あつあつの飯にふりかけ梅日和
頷きの仕草をつづけ母子草
空海の山にほころぶ藪椿

藪内静枝
玻璃ごしの姉の見舞いの余寒かな
黒猫の恋よ奇妙な声を上げ
梅の昼皿に取り分け「福ハ内」
一向に丈の伸びない法蓮草
*大阪府教育センターにて。