2017年5月7日日曜日

香天集5月9日 三好つや子、浅海紀代子、釜田きよ子ほか

香天集5月9日 岡田耕治 選

三好つや子
花なずな兎跳びする好奇心
さえずりの串だけのこる夕桜
兄弟にもどるスイッチ柏餅
花の夜のもぬけの殻の私です

浅海紀代子
蔓薔薇に遊びの袖を取られけり
祀られて芽吹き始める銀杏かな
大樟の芽吹きを残し家解かる
賑わいの集まる花の名残かな

釜田きよ子
骨のない魚が泳ぐ憲法の日
鳥帰る一輪車にて追いかける
春愁や落ちるばかりの砂時計
カステラはこがね色してゴールデンウイーク

宮下揺子
庭師より椿を貰い帰路につく
飴切りのミモザの飴を二袋
おおらかにすぐに忘れて花ミモザ
右左違う靴買うイースター

森谷一成
いじめ子の幾年花の下枝かな
巡礼の過りおわせり遅桜
銭の世の妃はべらん八重桜
ゆく春の源八橋の南詰

藤川美佐子
ぶら下る裸電球昼がすみ
万緑のなお奥山へ入り行けり
更衣若やぐ性のおそろしき
雨音のほかは聞えず昼寝覚
*りんくうタウンの大観覧車。

2017年5月6日土曜日

泣きじやくりながらバナナを剥いてをり 金子 敦

泣きじやくりながらバナナを剥いてをり 金子 敦
句集『音符』ふらんす堂。かなしいことがあって、声をあげて泣いたことが何度かあります。タオルに顔を埋めて、声を殺していましたが、いつまでも顔を伏せているわけにはいきませんので、顔をあげました。それでも、しゃくり上げるように涙は止まりません。「いつまでも泣いていないで、バナナでも食べたら」とすすめられたバナナ。それを剥きながら、かなしいことから離れようとします。かなしいことに当たっていた焦点が、バナナを剥きながらそれから離れようとする自分に焦点が当たります。もう大丈夫。
敦さん、いい句集ができましたね。御出版おめでとうございます。栞を執筆された杉山久子さんとともに、「香天」の最新号に招待作品を寄稿していただいたことに感謝します。ありがとうございます。
*「香天」47号の表紙。大阪教育大学柏原キャンパスの里桜。

2017年5月5日金曜日

手袋を外しハローワークの末端へ 森谷一成

手袋を外しハローワークの末端へ 森谷一成
 今は、定年退職をしても、すぐに年金が下りない仕組みになっています。次の仕事を探すにしても、失業保険を受給するにしても、ハローワークで仕事を見つけなければならないのです。そんな暗然としながらも、見知らぬ仕事へ向かおうとする心情が、「手袋を外し」という破調に込められています。作者は、この4月から「香天」同人に。
*大阪教育大学図書館に掲げられた絵。

2017年5月4日木曜日

香天集 選後随想(続) 岡田耕治

「香天」47号を発送しました。連休中は、郵便物の配送がストップしているとのことで、5月6日以降の到着になります。もうしばらくお待ちください。

紅梅や思わぬ顔の近づきて   澤本祐子
「香天集」。白梅はその香りによって私を呼び覚ましてくれます。紅梅は香りよりもその彩りによって私を引きつけてくれます。近づいてそんな紅梅を愛でていますと、「思わぬ顔」が現れました。俳句とは縁の無い人の顔かも知れません。その人は、ここにきて、一句なりとも捻ってみようとしているのでしょうか。
*「しきじ・にほんご天王寺」で紹介された浪速ことば番付。「たよりにしてまっせ」

2017年5月3日水曜日

香天集 選後随想 岡田耕治

春炬燵二人になれば火を消して 谷川すみれ
 一人の時はスイッチを入れていた炬燵も、二人になると相手の体温だけでいいと思える、そんな暖かさの季節になりました。もちろん、スイッチを切ればまだ肌寒いのですが、その肌寒さがもう一人の体温をより強く感じ取ろうとさせてくれるのです。六林男師の「凶作の夜ふたりになればひとり匂う」という句を想い起しました。

一文字に遊びのありて冬あたたか 中嶋飛鳥

 一文字だけ遊び心たっぷりに躍動しているところでしょうか。俳句を書いた色紙の中に、一文字の遊びを認めたのでしょうか。何れにしても、その文字を描いた人の心の弾みが伝わってくる、そんな書との出会いを愉しんでいる飛鳥さんの笑顔が見えてくる一句です。
*上六句会場のホテルのピアノ。

2017年5月2日火曜日

「春の道」15句 岡田耕治

春の道  岡田耕治

直感を浮かべていたり白つつじ
夜に学ぶ人の声して里桜
里桜膨らみしまま散りゆけり
コロッケを食べながら行く春の道
真上から近づいている花水木
姿勢よく翼を立てて鳥交る
目を閉じて満天星の花記憶せん
フリージア止めてから息吐いており
芽柳に声の集まる夕べかな
遠くまで往くことになる春筍
松の芯指舐めて繰る紙の辞書
抱卵期背を低くして立ち尽くす
音楽を響かせてゆくしゃぼん玉
墨で書く一句が残り竹の秋
新聞の五紙を並べて夏隣る

*大教大柏原キャンパス。

2017年5月1日月曜日

綿虫の浮いては沈む瞳かな   石井 冴

綿虫の浮いては沈む瞳かな   石井 冴
「香天集」。綿虫は体長五ミリほどですから、群れて浮き、また沈むことによって瞳のような形が出来たとまず読みました。しかし、冴さんのことですから、きっと綿虫の本当の瞳ではないかと、思い直します。飛ぶ力がそれほどなく、浮いては沈む風の中で光る、一点の瞳が見えたのです。
*昨日上六句会のあったホテルアウィーナ大阪のエントランス。句会のあと、句集『日脚』出版を祝う会をしてくださいました。ありがとうございました。