2024年6月9日日曜日

「香天」74号

「香天」74号

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香天集6月9日 浅海紀代子、三好つや子、松田敦子、春田真理子ほか 

香天集6月9日 岡田耕治 選

浅海紀代子
森を抜け縁の風をまといけり
矢車草隣の猫に好かれおり
卯の花の垣根を掠りランドセル
草むしり草の悲鳴のついてくる

三好つや子
鮎跳ねるスケッチブック一枚目
黒揚羽昼の浮力と重力と
白桃のまといはじめる微熱かな
どこまでが電気どこまでがクラゲ

松田敦子
春愁や溶けた石鹸の沿う穴
駅弁の升目にはまり桜餅
新宿の街は縦長地虫出づ
胴吹きの桜戦火の行方なし

春田真理子
山吹の家よ母の声通る
待ち続け独り蛙の中に居る
総帆のふくらんであり夏の空
連峰へ翔る薫風斜張橋

楽沙千子
青嵐会釈のことばすれ違う
五月雨スマートフォンの会話減り
万緑を突っ切って行くバスの旅
学校閉鎖どくだみの蔓延りぬ

垣内孝雄
本丸へ渡る鞘橋あやめ草
夏立つや韮饅頭を焼く屋台
長袖の白きブラウス聖母月
風なづるポニーテイルよ麦の秋

岡田ヨシ子
梅雨に入る演歌の好きな人のこと
初めての俳句が届き梅雨の墓
職員の検温を待つ梅雨の空
駐車場のすき間を散歩梅雨晴間

牧内登志雄
素麺の氷からんと鳴りにけり
青葉闇セーラー服の大人めく
万緑の四方より迫る千枚田
新緑や磨き上げたる古座敷

川端大誠
窓の外アイスクリームしみわたる

川端勇健
サングラスかけ白球を追いかける

川端伸路
蚊取り線香つけているのによってくる

〈選後随想〉 耕治
草むしり草の悲鳴のついてくる 浅海紀代子
 草木が盛んに生い茂る前、初夏に草取りをしておく。草刈り機で一帯の草を払う光景を見かけるが、「草むしり」だから自宅の庭や周辺の草を手で引いていく光景だ。その草をむしっていると、「草の悲鳴」が聞こえるという。もちろん、実際に聞こえたわけではなく、草の生命を絶つことに対するかなしみを表現していると考えられる。「ついてくる」 という表現から、草の悲鳴が作者の耳元を離れないようにまとわりつくようにも感じられる。浅海さんの描く世界は、ごく日常的なことがらなんだけれども、その底に生きて在ることの儚さがたたえられている。

*岬町小島にて。

2024年6月2日日曜日

香天集6月2日 森谷一成、夏礼子、谷川すみれ、浅海紀代子ほか

香天集6月2日 岡田耕治 選

森谷一成
ぶきっちょの理髪師かまえ夏に入る
飛び飛びの゙葦間となりぬ行行子
難問をいなしていたり行行子
力学を一蹴したる夏燕

夏 礼子
花の昼着てゆく服が決まらない
桜蘂降る効いている痛み止め
折り鶴の匂う八十八夜かな
えんどう剥く行方知れずをそのままに

谷川すみれ
鴨涼し並ぶことの安らかさ
夏草に呼ばれていたるボールかな
見覚えの文字の葉書や立葵
罌粟ひらく薄き呼吸のふところに

浅海紀代子
すみれ野ややがて行くのはどの辺り
雨音に老いの朝寝となりにけり
小雀の一羽来たりてあと無限
椅子ひとつありて安らぐ五月かな

佐藤 俊
日の暮に虹色の猫探し行く
佇んで蟻ふと悩む進化論
片陰やついに火の付く導火線
短夜のひっそり愛でる尾っぽかな

辻井こうめ
風薫る四つ葉探しの感まかせ
池を守る通し鴨なり空の青
術も無く嘴の打擲小蜥蜴よ
夏の眉月コースター蹴り上がり

柏原 玄
眼裏の春の夢なり詠むべかり
山稜のうねりのままに山躑躅
彳亍か憲法記念日の日暮
濁る世に無垢を止めて花卯木

前藤宏子
新緑やこんな時間にワイン飲み
煮て和えて炊き込んでいる筍よ
白鷺の火の鳥となる入日かな
豆御飯柩に入れて別れけり

宮崎義雄
鍋擦る束子あわれや夕薄暑
潮風や宝探しの子供の日
メーデーの本社過ぎ行く御堂筋
早き瀬に流れていたる毛針かな

森本知美
雑木越ゆカラス揚羽のもつれ合い
桜蘂降る生きている寝息にも
落椿寄せて出来たる小さき山
水を撒く子供に停車許可を取り

金重こねみ
赤白黄寒天並ぶ子供の日
薫風や「コラー」と若き母の声
過去を知る栞よ四つ葉クローバー
草抜きの後ろ付き来る鳥のあり

松田和子
「はじめまして」木香薔薇よ吾の庭よ
絵手紙の高くたかくへ端午の日
竹の子の無垢な皮むく雨の中
緑さす多奈川駅へ一直線

河野宗子
五月雨の落語家ギター弾き出せり
カナダより無事に帰国す百日紅
崩れては踏ん張っている薔薇のあり
芍薬の君臨したる美容室

目 美規子
小満や見守り隊の旗なびく
夕刊が二部配られて桐の花
雨戸引く一目散に守宮の子
優しさと恐さうらはら花いばら

田中仁美
ぼんやりとかすむ顔みる母の日よ
知床のお土産香る立夏かな
一本のうなぎを分けん通り雨
夏蝶やホースの水をさけて飛び

松並美根子
子と孫の笑顔集まる子供の日
垂れし尾の少し揺れるよ鯉幟
春光や挨拶かわす一年生
春風の想いをつげる亡き夫に

〈選後随想〉 耕治
えんどう剥く行方知れずをそのままに 夏礼子
 最近はスナップエンドウが主流で、さやごと食べることが多いが、この句は実えんどうとして、剥いてからグリーンピースにして食べるのだろう。ボールへ剥いていく豆が、一つどこかへ飛んでしまった。剝くのは、キッチンではなく、土間や縁側の情景がふさわしい。日常的な情景を軽いユーモアを交えて詠む、礼子さんらしい俳句だ。剥いた豆がどこへ行ってしまったのか分からないという、ちょっとしたハプニングも、読む者に微笑ましい出来事として伝わってくる。もしかすると、行方知れずなのは、飛び出した豆の他にもあるような気がしてくる不思議な句。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2024年5月26日日曜日

香天集5月26日 中嶋飛鳥、湯屋ゆうや、加地弘子ほか

香天集5月26日 岡田耕治 選

中嶋飛鳥
クレーンが虚空を掴み夏に入る
夏嵐「オッペンハイマー」観て帰る
薄暑光痛いですよと前置きす
梅雨鴉じゃんじゃん横丁抜けて行く

湯屋ゆうや
痛点を上にて眠る春の月
田の声の近く聞こゆる薄暑かな
登校の列さかしまに田水張る
水だけが卯月曇に透けてゐる

加地弘子
置物を退けて兜を飾りけり
老鶯やたぷたぷ登る桶の水
春の虹繋がっていく観覧車
手を握り握り返さる聖五月

神谷曜子
春キャベツざっくり希望と現実と
原点に戻れなくなりつくしんぼ
左手を母につかまれ花蘇芳
ふわふわの時間の中に種をまく

大里久代
春会式十一人で読経聞く
胡瓜苗植えて畑の世話をする
春の朝写経のあとの法話かな
雨上がり花びら光る七変化

西前照子
夏来るグランドゴルフバーディ賞
湯上がりや明日も又着る夏衣
今年また迷わず燕羽おろす
菖蒲湯につかり天井見上げおり

〈作品鑑賞〉 耕治
薄暑光痛いですよと前置きす 中嶋飛鳥
「薄暑光」は、夏のはじめ頃の、まだ暑さに慣れていない体に感じる、まぶしいほどの光。「痛いですよ」という呼びかけは、その光がただ暑いだけでなく、実際に肌を刺すほど強いものであることを告げている。しかし、「痛いですよと前置き」したのは、単に光が痛いというだけではないように感じられる。例えば、注射を打たれるとき、「ちょっとチクッとしますよ」などと声を掛けられるような、そんな前置きへと連想がひろがる。歳を重ねるほどに、この身に起こる変化というか、衰えはとりとめが無くなってくる。そんなとき、予めこんなふうに前置きがあれば、ひと筋の道が浮かんでくるようだ。飛鳥さんのこの感性に共感する。
*和歌山市にて。

2024年5月19日日曜日

香天集5月19日 三好広一郎、柴田亨、辻井こうめ、木村博昭ほか

香天集5月19日 岡田耕治 選

三好広一郎
近道は蛇衣を脱ぐ濡れた道
薫風や藍一色に妄想す
純粋の天然水やなめくじり
痛くない歯科の看板大西日

柴田亨
五月来る作業着にある油染み
石楠花の枝ごとにある不幸せ
ダンゴ虫幼き瞳透き通り
花水木更地は風のよりどころ

辻井こうめ
入学すピンク縁取るランドセル
春眠の胛に羽着けてをり
「通ります」ペダル過ぎゆく花堤
廃校の話たんぽぽ絮毛とぶ

木村博昭
キュッ・プリとピエロの手なるゴム風船
蒲公英やじゃんけんぽんで敵となり
こどもの日子供のころの写真帖
青畳奔る子どもの素足かな

松田敦子
ファジーには生きられなくて蕗の皮
一分で忘れる話ソーダ水
白服や母とは常に揺るるもの
立ち退きの跡地今年の百合開く

上田真美
君が好き朧月夜のせいにする
道端の光を保つなずなかな
やわらかき風に呼ばれて花水木
湯の中にほどけてゆける桜かな

楽沙千子
大川を渡れば市街花銀杏
十分なちゃぶ台でありライラック
菜種梅雨足止めに合うヘルメット
花柄をとり初夏をむかえけり

嶋田静
雨音のはげし杏の花白し
うぐいすのしきり不器男の生れし町
やまぶさや二両電車に河童居て
春がすみ汽笛聞こえる町に住み

秋吉正子
初孫や餅を踏ませる初節句
黄金週団地に臨時駐車場
満開になる前に終えつつじ祭
燕来てシルバー体操中断す

川村定子
幕の内花一輪を添えくれし
大輪の牡丹に雨の容赦なく
賜りしジャスミンの香よ余すなく
ドア閉き競うて風と花秉車

〈作品鑑賞〉 耕治
五月来る作業着にある油染み  柴田亨
 五月は、若葉に包まれた生命感にあふれる月。そんな明るい季節の訪れが、作業着に付いた油染みを浮き立たせている。油染みは、取ろうとしても取れないことが多く、どちらかと言えばマイナスの感情を呼ぶ。しかし、この句の「作業着にある油染み」には、マイナスよりもそれを愛おしむような響きがある。この油染みによって、生業を立てている、そんな矜恃すら感じさせる。亨さんの正確で具体的な描写は、私たちの想像力を刺激し、仕事というものへの向き合い方を考えさせてくれる一句である。
*和歌山市加太にて。


2024年5月12日日曜日

香天集5月12日 三好つや子、古澤かおる、春田真理子ほか

香天集5月12日 岡田耕治 選

三好つや子
椅子になりたい男の話春の蝉
若葉雨一通だけの嘆願書
振り出しに戻っておりぬ天道虫
燕来る絵本のなかの交番所

古澤かおる
白靴の踵初めに踏まれけり
青空はあくまで遠く夏立てり
大好きな「つづく」のページ柏餅
撫で肩の後ろ姿の青鷺よ

春田真理子
たまゆらの考妣と語り花朧
生き急ぎ風受けている木瓜の花
触れられぬ潔白のあり山芍薬
猫通る春満月のうすくなり

宮下揺子
満開の桜平和を噛みしめる
歳重ね似てくる夫婦いたち草
妖精の生まれるところ三椏咲く
朧の夜裏打ちの文字透けて見え

砂山恵子
ハーバーの小屋に救命器具薄暑
風吹けば潮のかをりの立夏かな
朝市のひよこが走る庭薄暑
早緑の輪切りのキウイ夏はじめ

牧内登志雄
故郷の駅舎の日射し栗の花
海鳥の一羽遅れて夕薄暑
妹の肩の眩しき春野かな
尖つて風に逆らふ麦の秋

〈選後随想〉耕治
白靴の踵初めに踏まれけり  古澤かおる
 中学生のころ、新調した白い運動靴を履いたときの気分がまず蘇る。新しい靴には、うれしさと同時に、しばらくは足に馴染みにくい煩わしさもあった。だからだろうか、それとも、ちょっと反抗してみたくなったからだろうか、新調の靴の踵を踏んで履くことにした。親からも、教師からも、「ちゃんと靴を履きなさい」と言われるに決まっているが、それまではこの靴とのゆるい付き合いを愉しむことにしよう、そんなかおるさんのつぶやきが聞こえてくる。踏まれたのは、他の人に踏まれたとも読めるが、そんな初日の悲しさよりも、自分で踏んだと読みたくなる一句だ。
*みさき公園にて。


2024年5月5日日曜日

香天集5月5日 佐藤俊、釜田きよ子、安部いろん他

香天集5月5日 岡田耕治 選

佐藤俊
透明の闇の桜に会いに行く
つばくらめ空の切れ目をさがし飛ぶ
暮の春弥生の土器の稲の痕
筍(たかんな)の節々の風吹き通す

釜田きよ子
敵味方どちらも大事山笑う
山桜父が後ろに来ておりぬ
ブレーキの効かなくなりし花筏
シャボン玉笑い転げるように飛ぶ

安部いろん
雷に照らされ壊れゆけるとき
生贄となるらむ真日の暑さかな
現実に戻る階段こどもの日
四方の夕やがて八方の春の夜

河野宗子
挿木した花の名前を忘れけり
「生きてるか」ひと声届く春の風
傘寿超えピアノレッスンリラの花
春雨の降っては止んで落ち着かぬ

田中仁美
返事待つ絵手紙送り花水木
塀ごしに筍と糠いただきぬ
真っ直ぐにつぼみを立てて春のバラ
左官屋が壁を塗る音鉄線花

垣内孝雄
口下手が父の取柄ぞ笹粽
刻々と羆の檻の暑さかな
ひと夜さの小雨のあとの花牡丹
キリン見て背伸びせる子や夏帽子

吉丸房江
欲しいものが逆上がりして春一番
肩の荷を二つおろして桜狩
ひこばえの枝は自分の道を行く
うす紅の九十回目の桜かな

岡田ヨシ子
コロナ再び友の姿の消えし春
鯉のぼり二人で立てし太き竹
海の色山へと変わり夏来たる
さくらんぼ種まきし木が大木に

勝瀬啓衛門
鯉幟世代の変わる町おこし
武者人形仁王立ちする中座敷
ベランダの日干しになりぬ鯉幟
春の蚊や直ぐに叩かれ染みとなる

川端大誠
鯉のぼり風にまかせて遊んでる

川端勇健
青海の大波に乗るサーファーよ

川端伸路
海へ行く新しい道夏が来た

〈選後随想〉耕治
透明の闇の桜に会いに行く  佐藤俊
 「透明の闇」 という表現にまず注目する。透明は水やガラスのように向こうがよく見えることで、闇は光がなくて見えないことだから、矛盾をはらんだ表現だ。では、よく見えるようで実は見えない桜とは、何を表しているのだろうか。開花予想、花見、桜狩と世間は騒いでいるけれども、本来の桜を見ている人はどれくらいいるのだろうか。もしそんな桜があるのなら、これから出掛けていって会いたいものだ、そんな俊さんのつぶやきが聞こえて来る。まだ薄暗く、しかし徐々に夜が深まっていく春の夜、表現者としての探究には持って来いのひとときであろう。
*和歌山市加太にて。