2018年11月27日火曜日

「皮衣」14句 岡田耕治


皮衣  岡田耕治

ゆっくりと立ちあがりたる冬帽子
アルマーニの好きな媼の冬日向
羽蒲団詩の神様が来ますよう
ぶら下がることを愉しみ冬の蝶
最後まで残しおでんの茹玉子
引き剥がす背中とホットカーッペット
冬の滝心拍数を上げて着き
畳みたる店を出て来るちゃんちゃんこ
仏飯の静かに冷めて冬の菊
皮衣羽織りて加速していたり
空っ風押し行けば押し返し来る
かんかんと電気ストーブ赤くなる
一時間かけて食べたる大根かな
ちちははのもうやってくる十二月
*奈良駅にて。

2018年11月25日日曜日

香天集11月25日 石井冴、橋本惠美子、辻井こうめ他

香天集11月25日 岡田耕治 選

石井 冴
マシュマロの断面子の手あたたかし
日を浴びてあり金銀の木の葉髪
一人の枯れをほじくる鴉かな
血の巡りよくなるという竜の玉

橋本惠美子
イカリガタガニマタで去る鍬形虫
二センチを上げてサドルの涼新た
台風にバッテンをつけ窓硝子
満月や電波時計の回り始め

辻井こうめ
冬うららびゅんびゅん独楽のびゅんの音
栗剝を終はるこのコツ掴む頃
送風機肩に掛ければ銀杏散る
山茶花や音信絶ゆる人のこと

橋爪隆子
秋の空欠伸の最後ふしつけて
葉の青を知らずに咲いて曼珠沙華
蹴散らかす銀杏落葉のそこここに
割ってある焼芋届く絵手紙よ

古澤かおる
陶工の総じて細身草の花
小春日の猫の真ん丸陶の郷
堂々と年寄る里の実南天
地球儀の色褪せてゆく初時雨

木村博昭
冬に入るくもり硝子に影生まれ
暮早し家に近づく渋滞に
裸婦像の臀のふくらみ神の留守
物故者の増えたる名簿実南天



*大阪市内にて。

2018年11月24日土曜日

「大きな寺」16句  岡田耕治


大きな寺   岡田耕治

冬の山暗いうちから走りけり
我が顔の近づいてくる根深汁
一人ずつ責任を取る囲炉裏かな
湯豆腐がなかなか来ない男たち
いくつかの締切渡り冬銀河
あとうんの間よ冬の仁王像
噴く水に打たれていたり冬の鯉
竜の玉掴んで離さないでいる
横顔の眠らんとする冬日向
朴落葉大きな寺に長く居て
やわらかき金つば届き雪催
親族が来る直前の障子かな
冬帽子目深にかぶり正対す
マスクして濡らしていたる眼差よ
講堂のドアが冬日を開きけり
文庫本専門店の冬ぬくし
*大阪府泉南市にて。

2018年11月18日日曜日

香天集11月18日 谷川すみれ、三好広一郎、中嶋飛鳥ほか

香天集11月18日 岡田耕治 選

谷川すみれ
誰もいない裸電球の炬燵
どんど火のどんどんのぼりゆきたるよ
裸木のそこは秘密の通る道
雪だるま裏にまわれば何もなし

三好広一郎
先代は何をしてきた蓮根掘る
曼珠沙華のような手紙これは母
草の実飛ぶ一途な色を次の世に
モナリザに八重歯とろろ汁好きそう

中嶋飛鳥
秋燕ところどころを投げキッス
冬ぬくし紙の飛行機膝に来て
木の実降る畏み畏みのくだり
行く秋やイニシャルのみにとどめおき

立花カズ子(11月)
宮川の石橋渡り初紅葉
ひと雨に桜紅葉の艶めきぬ
店先や色とりどりの木の葉降る
しぐるるや紅葉の渓を雲流れ

中嶋紀代子
冬瓜やいらなかったら捨ててねと
学校賞もらいし絵なり秋深む
焼芋とシナモンティーを含みけり
きよ姉ちゃんと呼ばれし頃や掘炬燵

中辻武男
遥かなる奥入瀬渓流忍ぶ秋
黐の実を狙いて鳥の声高し
車窓より叫び声あげ秋の山
晩秋の鴨整いし水にあり

立花カズ子(10月)
豊の秋雀追いやる力瘤
残る日を共に巻き込む秋すだれ
広がって渡って来たる刈田風
虫の音や傘寿の今もははを恋う

*岬町文化センターにて。

2018年11月13日火曜日

巨大水槽金魚同士の目が合わぬ 杉浦圭祐


巨大水槽金魚同士の目が合わぬ 杉浦圭祐
 ある演出家のプレゼンテーションを高める講座を3日間に渡って受けたことがある。一人ずつ前に立って自己紹介し、その自己紹介に演出家も含めた参加者がコメントするというプログラムがあった。教職にあり、プレゼンテーションには慣れてるので、みなさんからは「落ち着いている」「聞きやすい」という評価をいただいた。しかし、演出家からは、「大切な話をするときは目を見て欲しい」とのコメントがあった。そうか、大切なことは目から目へ伝えていくものなのだと、熟熟思った瞬間だった。大きな会社、隣同士の同僚にもメールで連絡することが増えたと聞く。巨大な水槽に飼われている金魚のように。「俳句四季」十一月号から。
*大阪市内にて。

2018年11月12日月曜日

「冬の海」15句 岡田耕治


冬の海  岡田耕治

秋の空ひとりで切符買えたこと
荷の中に入れてみんなの青蜜柑
めまいへと移ってゆけり秋の水
紅葉の始まらぬ木と始まる木
速さより高さを保ち秋あかね
遠くからにぎわってくる薄かな
大学の猫の縄張冬に入る
音立ててプリントを受け冬の朝
電動のミシンに個個の冬灯
喉の飴マスクの内に鳴らしけり
緊急に動かぬ電車暮早し
渇かせて冬季限定黒ビール
湯豆腐の浮かばんとする記憶かな
ゴルトベルク変奏曲と冬に入る
視たいものだけを視ており冬の海
*岬町小島にて。

2018年11月11日日曜日

香天集11月11日 三好つや子、渡邉美保、加地弘子ほか

香天集11月11日 岡田耕治 選

三好つや子
烏瓜ぼくのマグマの行き止まり
体内のとある門より冬に入る
蔦もみじ若者ことば飛び火する
枯蟷螂ふいに汽笛の音がした

渡邉美保
十六夜や荷物の増えている小舟
目つむればここは薄暮のすすき原
風呂敷を解けば出てくる通草の実
冬が来るフランスパンの先っぽに

加地弘子
秋黴雨小さき方が先に飛ぶ
老人に光のあたる良夜かな
水音の繋がっている葛かずら
真葛原やわらかきもの踏みにけり

中村静子
亡き母の顔に近づき南瓜煮る
白湯にして秋の入日を飲み干せり
足音の一人となりて涼新た
どの窓を開け放ちても風爽か

澤本祐子
さかのぼる記憶の途中衣被
日を置いて読み返しおり青蜜柑
親芋や子芋孫芋強く抱き
話すこと次々ありて百日紅

神谷曜子
秋の空屋根屋来たりて手をのばす
負けそうで泡立草の風に吹かれる
交渉の行方を揺れて秋桜
梟の背中寂しきかたちかな

宮下揺子
戦争を語り兜太に残る秋
落ち込みし気持ちの前の烏瓜
憧れの旅に誘う良夜かな
涼新た銀座三越獅子の像

藤川美佐子
一しきり人騒がせの秋しぐれ
とくとくと日暮来ている刈田道
草の花パッチワークの出来上り
石蕗の花石庭の芯現れて

岡田ヨシ子
松茸やかまどで飯を炊きしこと
冬に入る待合室の旅の本
冬の空百人を乗せ下降する
ガラス戸を障子戸にする温もりよ

村上青女
渓紅葉一輌電車見えてくる
古里の軒の干柿犬の声
山肌の紅葉の中をドライブす
飛行機雲秋夕焼に高く伸ぶ

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年11月8日木曜日

予震予震本震余震余震予震 正木ゆう子


予震予震本震余震余震予震 正木ゆう子
 仙台駅前で待ち合わせした青年は、大阪にいる頃よりも一廻り大きく見えた。大阪の岬中学校長を務めているとき、東北大震災が起こり、同勤していたこの青年が真顔で校長室を訪ねてきた。「宮城に帰って、宮城の子どもたちのために働きたい」と。大阪府と宮城県の教員の交流がなかったので、一から宮城県の採用試験を受ける形で、青年は宮城に帰った。この地で受け持つ生徒たちや勤務先の学校の様子を聞きながら、二時間ほど語り合い、「では元気で」と別れたが、その後も牛タンの鉄板の温もりが私の中に残った。今もこの国では、余震が続いている。それが予震でないことを、切に。句集『羽羽』所収。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年11月7日水曜日

新宿の誰も仰がぬ夏の星 高野ムツオ

新宿の誰も仰がぬ夏の星 高野ムツオ
「小熊座」十一月号。はじめて行くところなので、JR新宿駅からの道順を地図で確認する。ところが、新宿駅自体が大きすぎるので、うまく出口と目的のビルを結びつけられない。仕方なく、30分ほど早めに着くように出掛けることにする。その日のめあては、多文化のまち大久保のフィールドワーク。この地に住む青年に案内をしてもらい、十五人ほどで三時間かけて大久保のまちあるきをする。第何次かの韓流ブームとかで、大通りにも裏通りにも、韓流のグッズや食べ物を求めて大勢の若者が流れるように歩いている。ホットドッグの店に行列ができ、それをゲットした若者が、その場で食べ始める。あれほど並んで食べる価値があるのかどうか、そう思って並ばなかったが、今では少し後悔している。まちあるきのあと、同行した方の知るフィリピン料理の店で夕食を取り、新宿の夜空も星も見ないで帰ってきたことも。

*柿衞文庫にて。ここで行われた集いのあと、近くの酒蔵で出席者と飲み、「俳文」を書いている方と話しました。話は、俳画にも及び、俳句はただ鑑賞するだけでなく、俳画の俳句と絵のような関係がいいのではないかというヒントを得ました。そこで、このブログも、俳文調でチャレンジしようと思います。

2018年11月5日月曜日

「藷」16句 岡田耕治


藷  岡田耕治

はまるほど近づいている蓮の実
編集の後記を残し林檎剥く
どこへでもゆける自転車朝の露
しまかぜという特急の釣瓶落し
もう一人の静かな自分秋蛍
どうすれば喜ぶだろう草雲雀
ちちろ虫渡り廊下に残りたる
蟷螂のまだあどけなき翠かな
時間外窓口にあり林檎箱
熟柿食むつるんと会話止まりけり
同じ刻同じ車窓の秋思かな
学校に育ちし藷を並べけり
人の名の句集が届き秋深し
秋風の通りすがりにわが鉢植
理事長が最も動き芋煮会
歩き来し道のよく見え暮早し
*岬町小島にて。

2018年11月4日日曜日

香天集11月4日 玉記玉、石井冴、森谷一成、西本君代ほか

香天集11月4日 岡田耕治 選

玉記 玉
走り書梟にしか判らない
まっさらな道にも記憶冬に入る
ボージョレーヌーボー木曜日の白紙
兎白いは少女白いはハッカ飴

石井 冴
小鳥くる男を選ぶ男たち
日本語のあとは乱れて濁り酒
図書室の図書は落葉の匂いして
深爪を忘れてしまう茨の実

森谷一成
直中の二匹まみれる酔芙蓉
堤から生駒山まで秋漬る
秋天をぬれた鴉の玻璃であり
逃亡の夢の中にも赤まんま

西本君代
蟷螂に指切られおりこれは夢
傷つける自由はありや秋高し
秋高し指を吸う子のうつくしく
色あふれ実を裂いている石榴かな

釜田きよ子
青信号一人占めして秋高し
長靴は農具の一つ牛蒡引く
おそるおそる且つ大胆に熟柿吸う
今朝方の雲の色して通草の実

坂原梢
太刀魚や太平洋の色のまま
坊ちゃんのハイカラ通り秋灯し
月明かり三十分を甲板に
稲の香の零るる風を抱きしめる

中濱信子
彼岸花無人駅また無人駅
無人駅一廻りする帰燕かな
どこからが余生か菊を焚いており
ちぐはぐな返事を許し神の留守

安部礼子
稲妻や出来損ないの目が濡れる
秋の浜捨人形の奇妙な疵
秋冷の河原を渡り癌患者
天の川左手首のつなぎ目に

羽畑貫治
入道雲頭を丸め尾根に立つ
秋日影小雨をくぐり行きにけり
裏木戸を動かなくなるつぐみかな
点滴の芯まで染みて冬日影
*大阪城にて。

2018年11月1日木曜日

妻と来しことのある野に青き踏む 茨木和生

妻と来しことのある野に青き踏む 茨木和生
『潤』邑書林。この一句に向かって、この句集は編まれたのではないか、そう思えてなりません。今年早春に妻を亡くされた茨木さん、後書には、妻は句集を出版する度に誰よりも喜んでくれたと記されています。きっとこの句集も、誰よりも、しかも飛び切りの笑顔で喜んでおられることでしょう。それにしても、この一句のなんと静かなことでしょう。私たちは、他者を愛することによってのみ自由になれる、そんな崇高な静かさを感じます。だから、この静かさは、悲しみとも、喪失とも、寂しさとも距たっているのでしょう。この一巻が、これほど早く出現したことに驚くと同時に、感謝申し上げます。