2019年1月30日水曜日

牡丹も我も最後は一火炎  長谷川 櫂

牡丹も我も最後は一火炎  長谷川 櫂
「俳句」二月号。「死の種子」と題された50句から、長谷川さんが自らの死と向き合われていると感じました。「PET検査」という前書きの句もありますから、がん細胞の位置を特定する必要があったのでしょう。検査結果に基づき、医師から余命を宣告されたのかも知れません。ドイツの哲学者ハイデガーは、人間は死という有限性に気づいたときはじめて、時間というものに自覚的になり、人生がかけがえのないものとして迫ってくると、「根源的時間」という考えを示しました。50句を貫いているのは、「根源的時間」に他なりません。枯れてからからになった牡丹も、この私も、最後は一本の火炎として終わるという、この静謐な眼差しに、命の終わりを自覚し、だからこそこの一日を生き切ろうとする意志を感じます。今後作者が生み出す一句一句を注視したいと、切に思います。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年1月28日月曜日

「寒昴」12句 岡田耕治


寒昴  岡田耕治

口縄と名のつく坂のしぐれけり
遅れたる人を迎えて冬の梅
雑音の中を一筋霜の声
告げんとす寒夕焼の高さにて
寒梅を入れて思考を深めけり
モノクロになって寒中見舞着く
顔の皺増やし鏡の春隣
失敗を繰り返しては息白し
冬林檎手にした者が話し出す
どこにいたこんな大きな寒の鰤
霜の声生家に帰ること残り
寒昴車で暮らす人のこと
*大阪市内にて。

2019年1月27日日曜日

香天集1月27日 石井冴、谷川すみれ、橋爪隆子ほか

香天集1月27日 岡田耕治 選

石井 冴
やわらかくなるまで歩く冬林檎
裏側に回り焚火の手となりぬ
マスクしてビッグイシューを立たせたる
親鸞の言葉に迷う黒マスク

谷川すみれ
裂ける幹とぐろ巻く根と桜立つ
遠巻きにつつじが囲むステルス機
雛罌粟の思いの丈というがあり
しゃぼん玉追いかけてゆく消えてゆく

橋爪隆子
人波のひとしぶきたり初詣
水仙のうつむき海と空の青
着ぶくれて会話の中をさかのぼる
年末や隣のレジのよく進み

木村博昭
手袋と素手とつないで離さざる
天井へコルクを飛ばし女正月
寒暁のトランペットの祈りかな
隣国はいつも隣国冬怒濤

澤本祐子
初御空一羽の鴉旋回す
見慣れたる海山にして初景色
重箱洗う十三人の節客の
雪よりも冷たき雨となりにけり

辻井こうめ
かんつばきかんのんさまの閼伽の杯
負けを知る覇者晴れ晴れと寒桜
挨拶はひと言につき年酒酌む
初明り飛行機雲の太さにも

前塚かいち
アマモ揺れ冬日も揺れて里の海
読初や修司編著の童謡集
北欧の冷えを届けるムンク展
冷えている厨房に置き文庫本

岩橋由理子(12月)
柿干して二上山を捕らえけり
黍の飯アイヌの古老が届けたる
秋の夕漂流ポスト影まとう
先先や水引草に問うて行く

坂原梢
人参の山と積まれし夕日かな
冬霧につつまれてゆく桂川
年迎う八十路のガイドはつらつと
淑気満つ朝日をあびる大極挙

岩橋由理子(1月)
赤まんま駆け行く子らが踏み拉き
秋風やあっけらかんと過ぎ去りぬ
秋高し城も時間もひとり占め
旧姓に振り返りおり秋の暮

中嶋紀代子
寒椿鈍感力を磨きたる
横を向く侘助遠き日の方へ
野性味の蜜柑ごつごつ届きたり
黒を脱ぐ話はじまる初鴉

越智小泉
生きている実感寒の水通り
わが庭に一色点る冬薔薇
七種や東洋医学ここにあり
日脚伸ぶ坐してゆきたく鈍行で

北村和美
木枯やかすかに香る束ね髪
日向ぼこだるま絵本を読み聞かす
三十三才あちこちのぞく三才児
初東風のいつも通りの風の跡
*大阪市内にて、寒桜。

2019年1月25日金曜日

寒紅で記すことでもあるまいに 久保純夫

寒紅で記すことでもあるまいに 久保純夫
「儒艮」27号。松任谷由実に「ルージュの伝言」があって、バスルームに口紅で別れの言葉を残してきたという内容だった。歌は「あの人はもう気づく頃よ」と始まる。口紅で残される伝言というのは、もうそれだけでメッセージが含まれている。若い頃は、こんな歌なども聴いたり、口ずさんだりしたけれど、今になってみると、口紅で書くほどのこと、いや、書かれるほどのことは何も見当たらない。そんな気分は、淋しくもあると思われがちだが、当人はそうでもないのである。作者の回りには寒紅でメッセージを記す人がいるのだろう。それは、それでうれしいものだ。「記すほどでもあるまいに」という表現に、そんな両方の感情が含まれている。あえて、切れないで流れていく書き方もいい。
*池田市立ほそごう学園にて。

2019年1月21日月曜日

「枯野行」16句 岡田耕治


枯野行(かれのこう)  岡田耕治

ケチャップのはじめ冷たしオムライス
侘助を視て返答を待っており
自分から忙しくして耳袋
雪晴のボタンを押せば開きけり
ポケットを叩いて終わり枯野行
本を読むために授かる冬日かな
コートのままあおり高麗人参酒
寒灯や消し忘れたる中に覚め
交替の刻の近づく時雨かな
早梅やていねいな声返りたる
更けて明日阪神淡路震災忌
スノータイヤこのままにして履きつぶす
目標を定めていたる破魔矢かな
測りけり心拍数の雪女
寒雀始めを低く飛び去りぬ
寒灯のゆっくり点いて体育館
*大阪市の茶臼山にて。

2019年1月20日日曜日

香天集1月20日 中嶋飛鳥、三好広一郎、砂山恵子ほか

香天集1月20日 岡田耕治 選

中嶋 飛鳥
ここからは死角となりて大根干す
遠く来て胸に収まる年の鐘
冬菊の地へ傾きて地へ触れず
冬の霧胸に来てすぐ衰える

三好広一郎
元日やそろばんの一弾く音
新品の膝小僧みせ雑煮喰う
湯豆腐や白には白の重さあり
煮凝りや過去はあまねく真っ平

砂山恵子
何もかも揃ひたる家炬燵無し
冬の鹿ただ一点を見据えをり
一陣の風に影揺れ水仙花
竹馬やひとりひとりに空のあり

神谷曜子
平成が去る冬帽子の軽さで
入浴剤の泡のつぶやき冬至の夜
霜の夜宝石箱に仕舞いけり
尼寺の冬陽踏むことためらいぬ

橋本惠美子
冬に入る脂肪の厚さ測りいて
冬日向掃除機と猫充電す
ダ・ヴィンチの一ミリを観るマスクかな
皸が同じミスしてキーボード

加地弘子
登り来て被り直せり冬帽子
枯蟷螂きのうまで居た場所やさし
何かあったらなんて言うなよ冬の星
外に出て初蠅に合う穏やかさ

古澤かおる
お不動の急な階段淑気満つ
喰積や母は食卓拭いてばかり
宝船寄港しておりクレーター
人日の手首を使いフライパン

永田 文
元朝やいまだ拙き正信偈
灼な寒九の水や腑に沁みる
共に食ぶ妣にならいしなずな粥
鈍色の海ごとうねる能登の冬

中辻武男
筆初めの子ら眺めいて「亥の絵」
寒稽古曇天翔ける鴨の数
待っており成人の日の晴れ着姿
寄せ植の早梅今が盛りなり
*南海難波駅にて。

2019年1月16日水曜日

十二月八日いつもの理髪店  柴田 亨

十二月八日いつもの理髪店  柴田 亨
 十二月八日、今日は開戦日だなと思いながら、いつもの理髪店の椅子に坐っている。ただそれだけのことしか書かれていないので、かえって様々な思いが往き来する。こうしてこの椅子に坐って散髪ができるのは、何時までだろう。社会は大きく早く変化しているのに、私(たち)の暮らしは、いつもと同じだが、これでいいのだろうか、と。本誌に、鈴木六林男生誕一〇〇年に相応しい書き手が登場したことを喜びたい。「香天」54号「香天集」より。
*写真は、昨日まであべのハルカスで行われていた「毎日現代書 関西代表作家展」で、書家の下阪大鬼さんがわたしの「春の海歩いて渡る人のあり」という句を作品として発表してくださいました。

2019年1月14日月曜日

「寒の水」12句 岡田耕治


寒の水  岡田耕治

すべり台逆から登り寒に入る
アマゾンの初荷を破り国語辞典
出汁昆布音立てて割る寒の水
これは君これはぼくなる鏡餅
マスクして手の柔らかくなりにけり
ゆっくりと揺らしわが身の寒の水
卒論の期日近づく冬帽子
熱燗のやっと好みの熱さ来る
寒鯉や今に間に合うかも知れず
マフラーを立てかんばせを沈めけり
一日を望み布団を整える
寒餅の搗き上がりたる暗さかな
*和泉市、和泉府中駅にて。

2019年1月13日日曜日

香天集1月13日 三好つや子、安部礼子、中嶋紀代子

香天集1月13日 岡田耕治選

三好つや子
恵方道のスタートに着くぼんのくぼ
翼ある魚の出汁の雑煮かな
水鳥をハグするように水菜引く
裸木の銀河鉄道沿線図

安部礼子
尊厳か否安楽か雪女
雪女鏡のきみのうしろより
厚氷声のなき世が足元に
雪蛍最後に会いし人となる

中嶋紀代子(11月)
実南天愉しきことを数えけり
ばあちゃんの今が一番菊日和
山茶花や散りたる順に地に開き
山茶花の蜜に小鳥の姿なし

中嶋紀代子(12月)
十代に戻りたき日の藪柑子
牡蠣鍋の今食べ頃と促され
初寒波鳥の食堂再開す
狸汁昔話が子を泣かす
*龍谷大学大宮学舎にて。

2019年1月7日月曜日

「初仕事」12句 岡田耕治


初仕事  岡田耕治

明暗を異にしてあり冬の海
アイシャドー年越蕎麦が包みたる
煮あがりし日高昆布を結びけり
去年今年タクシードライバーの窓
ブルーシートホワイトシート初日差す
一本のワインが透いて年立ちぬ
改めて声を交わせり福寿草
年賀状これを最後にすると来る
切り上げる橋と名のつく年の酒
順番に進むことなし貘枕
箱根駅伝幼きを膝に乗せ
初仕事シャーペンの芯長く出て
*京都にて。

2019年1月6日日曜日

香天集1月6日 玉記玉、渡邉美保、中村静子ほか

香天集1月6日 岡田耕治 選

玉記玉
裸木にうすむらさきのアダムとイヴ
枯野 こんなにもスクランブルエッグ
鷹のスローモーション私放心
黒猫の爪うつくしきクリスマス

渡邉美保
煩雑な手続きのあり冬木立
雑念を払ふため行く大枯野
マスクして目で逆らつてゐる少女
鉛筆の国からきたの雪蛍

中村静子
団欒の真ん中を占め牡丹鍋
メロンパン羽毛布団が陽を吸いて
読み返す本に残りて木の葉髪
裸木に表と裏のありにけり

釜田きよ子
大声でハレルヤ歌うポインセチア
葉牡丹の小さな渦を三つ買う
裸木や骨密度ならたっぷりある
珈琲は苦くて旨し冬木の芽

宮下揺子
烏瓜嘘を重ねて生きてきた
「考える人」の背中に冬日射す
ナビに無い道を走りてクリスマス
悼むとは思い続けること冬芽

羽畑貫治
妻の里に暮らしていたり冬の虹
太る根が鉢を食み出て日脚伸ぶ
左右から落ち合う川や波の花
平成の次に身構え冬の月

岡田ヨシ子
シャワーにて湯の中の柚子踊らせる
メモをしたことを忘れて大晦日
初日記五年日記をもう五年
日向ぼこシルバーカーの集まりて
*京都にて。

2019年1月5日土曜日

海鳴りや布団の中にある昔 渡邉美保

海鳴りや布団の中にある昔 渡邉美保
 句集『櫛買ひに』俳句アトラス。今日一日を許される場所、それが布団であるなら、この人生を許される場所も布団なのかも知れない。布団の中には無為があり、さまよいがあり、はるかな記憶がある。布団の中に入っても、入らなくともそれを視ているだけでも、そこに「昔」を感受することができる。「昔」は、不確かになり、消えかかろうとするけれども、「海鳴り」がそれを練り直してくれるようだ。渡邉美保さんの第一句集を、この年始からさわやかに繙いている。第一句集に序文はつきものだが、ふけとしこさんの序文は、渡邉美保という作家をこの世に送り出そうとする温かみと確かさに満ちている。改めて、序文というものの良さを感じ、自然に渡邉美保の世界に入ってゆける。この序文があったからこそ美保さんの「海鳴り」を感じることができた。
*渡邉美保句集『櫛買ひに』の序文を担当。