2021年3月31日水曜日

耕治俳句鑑賞 十河 智、野島正則、大津留 直

春の山人数分の湯をわかす 岡田耕治
 俳句って、発見なんだなあとつくづく思うこの頃です。この句も、キーワードは「人数分」。キャンプ場での煮炊きでしょうね。まず湯を沸かすにも手間もかかる、ムダもできない、しかし、春の山で遊ぶ、ゆったりとした感覚、着いたという安堵、それらが全て伝わってきます。俳句は、結局目の前に見えることを述べていく、表現なのですが、すべてが伝わる事柄の発見、ことばの発見、作者の力量はそんなところに発揮されるのかなあと、先生の句を毎日読んでいるうちに教わります。(十河 智)

呼ばれたい名前で呼ばれ花筏 岡田耕治
 桜の花の咲き始めは、初花。暖かい風に包まれて、桜まじ。冷たい雨につつまれれば、花の雨。曇り空になれば、養花天。天候、気温に応じて数多くの呼び名がありますね。散って川面に浮かんべば、花筏と呼ばれます。呼ばれたい名前。こんな桜の移ろいにも感じました。(野島正則)

淡黄をぬり足している春の海 岡田耕治
 絵を描くときの不思議な体験が語られていると読みました。春の海を描いていると、その海自体が、青の反対色とも言える淡黄を塗り足すように促してきます。やってみると、それによって、やっと海の深みが出てくるのでした。(大津留 直)



2021年3月28日日曜日

雲の姿  岡田耕治

いま春の雲の姿になっている
駅長と言葉を交わしつばくらめ
春の山人数分の湯をわかす
永遠の今をひろがり夕桜
あたたかや椅子の形をして遺り
呼ばれたい名前を呼ばれ花筏
赤べこを揺らしシーツを膨らます


香天集3月28日 玉記玉、石井冴、谷川すみれ、釜田きよ子ほか

香天集3月28日 岡田耕治 選

玉記 玉
光ることして放心の青柳
落椿五感鋭く横たわる
桜貝拾うて五年先のこと
芹の水覗く昨日を見るように

石井 冴
春一番塩を振るのは一度だけ
愛しけりほうれん草を茹でてより
天空をさかのぼりゆく諸葛菜
まだ水の音のしている桜かな

谷川すみれ
手の影を金魚はじける眩暈かな
きしむ扇風機父を盗み聞き
荒梅雨や烏の羽根の動くたび
日盛りのラジオの声の予言かな

釜田きよ子
蛇穴を出てさっそくに捜し物
山桜父の匂いと思いけり
カギカッコはずれて春の色となり
桜咲きあの世この世の戸が開く

木村博昭
啓蟄の出廻っている時刻表
豌豆の笑い転げるように咲く
まなうらを折折の花ながれゆく
決まらない接種日程燕来る

中嶋飛鳥
つばくらめ高層の削ぐ空の青
悪筆のゆかしくもあり春深む
春の雨濡れて彼方を考と妣
春昼の朱唇のはなつ男声

辻井こうめ
地虫出づ小豆象虫とは別に
青首の地上一尺茎立てり
キッチンマット打てば春山ポーンポン
芹摘みのをみな明るき声を出す

河野宗子
目薬をさせば春立つ蒼い空
探梅やこの靴はいてどこまでも
手のひらにのせて香りし梅の花
廃校の蛇口の並び春日和

堀川比呂志
二月八日北へ帰ると決めておく
菜の花や熱少しある阪和線
満点がふたりあなたとつくしんぼ
立春やノートの線の青きこと

楽沙千子
黒光る土間より見えて梅真白
春埃声を張り上げボール蹴る
息をかけ磨くガラス戸卒業す
缶屑の点点とあり焼野原

櫻淵陽子
春の風行所ない祈りにも
春兆すタウンページをめくりけり
春服や一人前の顔をして
啓蟄を転がってくる団子虫
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。



2021年3月23日火曜日

耕治俳句鑑賞「春の雲」の句 十河 智

いま春の雲の姿になっている  岡田耕治
 雲の形なんて、成り行きですよね。春の雲、という季語、俳句を作るものが持つイメージを求めて、目に映る雲と空の状態が「春の雲」そのものだった。そこに感動を覚えた。まずそう読みました。
 その後、自分の気持ちが同期してゆき、なんとも言えず、まったりと、のんびりと春の雲の姿に嵌るのです。句を得ることの喜びを教わる気がしました。(十河 智)
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2021年3月21日日曜日

香天集3月21日 三好広一郎、加地弘子、夏礼子、砂山恵子ほか

香天集3月21日 岡田耕治 選

三好広一郎
おおっぴらに抱擁交わす山笑う
国宝の裏も国宝風光る
春光の枯れて眩暈を失いつ
朧夜や遊びに来いという人魚

加地弘子
桜草こぼれしものの咲きはじむ
明暗のくっきりとして蝌蚪の紐
土筆摘みおれば生誕しらさるる
芹引いて津波の泥の現れる

夏 礼子
啓蟄や半熟玉子になる五分
来し方を漕ぎ始めたるブランコよ
たんぽぽの励ましの黄でありにけり
遠く来て秘密基地から土筆とる
 
砂山恵子
ふんわりと座席に寝をる春ショール
帰る鳥ニ十羽までを数へたる
春光や手押しポンプの柄はS字
図書館は十時に開き犬ふぐり

北村和美
半ドンの姉とたこ焼春火鉢
タンポポや一つひとつに名前付け
卒業の吾子のネクタイ跳ね上がり
カレーにはチョコを隠して春休み

松田和子
海原へ雛人形の舟はこぶ
春の土雀の群とブルドーザー
経響く赤き夜空のお水取り
鶯や枝から枝へ風の音

岡田ヨシ子
カステラにしたとバレンタインの日
三匹の猫を乗せゆく春日向
うかれ猫遊ぶ子見かけなくなりて
タンカーの動きの止まり春の海

永田 文
むらさきに山襞芽吹く朝かな
梢にもほのかなる紅春兆す
きらきらと玉菜畑に残る雨
陽炎や小犬と走り消えにけり

中辻武男
自重しており好物の汁粉から
黒松の好む寒肥忘れずに
雛終う草花振りし子らの顔
南北の交代を待ち鳥渡る
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

時刻  岡田耕治

木蓮や愛されていしことを知り
もう一つ出るかも知れん蛇の穴
囀に思い出せないことのあり
これだけで呑まんちりめん雑魚おろし
丸椅子へ促されたる朧月
若布干すこの日光を届けんと
時刻から離れていたる桜かな


2021年3月17日水曜日

耕治俳句鑑賞「木蓮の句」 野島正則

木蓮や愛されていしことを知り  岡田耕治 

 「モクレン(木蓮)」の花言葉は「自然への愛」。白い木蓮(白木蓮)の花言葉は「高潔な心」。木蓮というと、紫色の紫木蓮(シモクレン)のことを差すことが多いと多くの本などにありますが、白、手を合わせて祈っている、白木蓮の方を、私は思い浮かべます。この句では、愛。紫木蓮をイメージされているのでしょうね。
 地球に生きるものへの愛ですね。(野島正則)



2021年3月14日日曜日

笑顔  岡田耕治

燕来る君と落ち合うところより
大切な言葉が浴びて春の潮
目と鼻と口の形に花菜漬
春の雷先師の声を近くする
生者には長く留まり春の雷
春手袋攻撃力を高めたる
まんさくの人を笑顔にする笑顔


香天集3月14日 安田中彦、柴田亨、三好つや子ほか

香天集3月14日 岡田耕治 選

安田中彦
切株が土へと還る日永かな
遠景の海は春泥かもしれず
海馬から桜吹雪の生まれ出づ
血を吐いて鳴く鳥ありや弥生尽

柴田亨
朽ちてなお招き寄せたる蟻の列 
蒼穹を震わせてあり春鴉 
骨となり烟となりて春がすみ
夏帽子クリームパンもジャムパンも 

三好つや子
きさらぎのスープにふっと覗かれる
眩暈とは白の耀う蝶の昼
故郷の母音のひらく花辛夷
秒針の跳ねる縺れる白魚よ

小島守
啓蟄の何度も話切り返す
苦しくも楽しくもあり茎立よ
春泥を避くことならず猫車
卒業の傾いてくるリボンかな
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。


2021年3月9日火曜日

動画講義「アイデア練習帳」  岡田耕治

 『プロが教える アイデア練習帳』2020,岡田庄生(日経文庫)をヒントに、鈴木六林男師がよく仰っていた「多く読むこと」という作句の極意を披露する動画講義です。

https://youtu.be/cjyJzJdA3q0



2021年3月7日日曜日

春の道  岡田耕治

春の道急いで向かうところなく
見えてくる鳥とは別の初音かな
亡き人が先に見ており雛飾
手をつなぐことになったね潮干潟
初桜送信日時残りたる
練習の夢に戻りし二度寝かな
野遊のただ「今」があるだけのよし


香天集3月7日 渡邉美保、久堀博美、宮下揺子ほか

香天集3月7日 岡田耕治 選

渡邉美保
落椿掃き寄せてゐる誕生日
春光を水切り石の跳ねる音
蜷の道完結はその百年後
春光や大きく反つて山羊の角

久堀博美
朝刊のビニールが濡れ菜の花忌
春光がころがっている捨て畠
古草の平熱という温さかな
本棚の天井低し朧の夜

宮下揺子
日向ぼこ貧乏ゆすり勧められ
父を恋うくるりとむけし衣被
蝋梅の満ちる日母を預かりぬ
好きなものは最後に食べる桃祭り

古澤かおる
朝寝かな自作の器に猫を入れ
暮れてゆく河口の空や春の鴨
歪みなく接がれし土器よ揚雲雀
古草の湿りを保つ陽射かな

小﨑ひろ子
小径なる単線列車梅けぶる
帰田譜の文字遥かなる夕霞
冬越しの鉢にあふれてシクラメン
十年忌青き光の消えぬまま

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2021年3月4日木曜日

耕治俳句鑑賞 「春の道」の句 大津留 直

春の道急いで向かうところなく  岡田耕治
 急いで向かうところがない春の道には、たくさんの発見が転がっているのではないかと想像させてくれる句で、楽しい。 (大津留 直)

【感謝の言葉 岡田耕治】
 「師系で書く」という言葉を、茨木和生さんから教わりました。師系にある俳人の言葉に学びながら、それを更新していく、そんな書き方かなと思います。私が「春の道」と書くとき、やはり鈴木六林男師の「寝ているや家を出てゆく春の道」という句を念頭に置いて書きます。この句を超えられませんが、超えることができますように、と。大津留 直さんが、このように感じてくださったことは、とてもうれしいことでしたので、フェイスブックから転載します。ありがとうございました。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。