2018年9月14日金曜日

桃の香を殘せしままに爪を切る 祐(牧内登志雄)

桃の香を殘せしままに爪を切る 祐(牧内登志雄)
 俳句大学。爪を切るときというのは、一息つくときであることが多いのではないでしょうか。同じように、桃を食べる時間も、一日の内ではリラックスできるひとときです。ナイフは使わず、爪で桃の皮を丁寧にむいて、そのままかぶりつくようにして食べますと、下に敷いた新聞紙に果汁が零れます。そんな、ありのままの食べ方をしたものですから、爪にはまだその香りが残っていたのです。こんなひとときがあれば、生きることもまんざらではないと思えてきます。

*池田市石橋にて。

2018年9月13日木曜日

心だがポピーになって戻らない 坪内稔典

心だがポピーになって戻らない 坪内稔典
「船団」118号。「心だが」には、「どうしようもなく、私にも分からない私の心だが」とでも言いたくなるような省略を感じます。風に揺れるポピーになってしまって、なかなか戻ってこないのです。しかたがありませんね。まあ、そんな時もあっていいのではないでしょうか。そのうち、気が向いたら戻ってくるものなんでしょうかね。さあ、どちらがいいんでしょうねえ。そんな、会話とも呟きともとれる言葉が聞こえてきます。

*岬町多奈川線。

2018年9月12日水曜日

まず濡れて溶けゆく砂糖年つまる 原ゆき

まず濡れて溶けゆく砂糖年つまる 原ゆき
 第十回船団賞受賞作から。紅茶かハーブティーか、透き通る飲み物に角砂糖と沈め、スプーンを使わずに眺めることにします。「まず濡れて溶けゆく」様子は、自分自身の姿でもあります。形あるものは、いつまでもその姿を保つわけにはいきません。まして、年つまる師走、時間の早さが感じられる日々です。ゆきさんの魅力は、その早さの中で、この句のようにゆっくりとした時間を持てることでしょう。

*榊原温泉口駅にて。

2018年9月11日火曜日

そこここに父の足音栗拾ふ 永田満徳

そこここに父の足音栗拾ふ 永田満徳
 俳句大学。里山に入りますと、栗の木が見えてきます。木を揺すって栗を落とし、栗の毬を靴で踏みながら栗を取り出していきます。この木の次は、奥のあの木、その次はその隣りと、次から次に拾っていきますと、かつて父と来たときの、その父の足音が聞こえてきます。幼いからこそ身近にし、頼りにしたその足音は、いまもこの山に響いているようです。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年9月10日月曜日

「秋あかね」17句 岡田耕治

秋あかね  岡田耕治

数珠玉のブレスレットと会いに来る
天上やブルーシートの水澄みて
  新宿区大久保六句
多文化の商店街に新豆腐
秋渇きホットドッグに並び立ち
秋天のこのビルにあるモスクかな
ガム工場跡地を増えて猫じゃらし
銭湯の煙突が消え秋あかね
ちちろ虫寝る位置ここに決まりたる
  台風二一号五句
台風が尖らせている人の声
形あるものをあまねく台風過ぐ
台風の飛びそうな屋根ほら飛んだ
台風を起きている息眠る息
台風の中を燃え出す駅舎かな
  倉吉四句
高速を降りてたちまち秋暑し
倉吉や袋の梨にたどり着き
梨を剥くこの世の話から離れ
窓際を好む男の秋日影

*首都大学東京にて。

2018年9月9日日曜日

香天集9月9日 三好つや子、中村静子、藤川美佐子、神谷曜子

香天集9月9日 岡田耕治 選

三好つやこ
オカリナのどの音だろう蝉の穴
手花火という魂の鎮め方
蛍籠誰かが闇を曳いてくる
ロールパン犬の眠りの涼新た

中村静子
景物の歪みはじめる酷暑かな
打水や投函の音はね返り
めまといを弾いていたり付け睫毛
音絶えて光あふれる蟻地獄

藤川美佐子
しばらくは方向が擦れ昼寝覚
夏草をみんなで刈って悲しい日
天と地をひっくり返し休暇果つ
がっちりと幹を抱いて蝉時雨

神谷曜子
高校生乗り込む暑さローカル線
風鈴のけだるく鳴りて荒物屋
冷房を消せば地球にやさしいか
招かざる者穀象も出てきたる

*鳥取からスーパーはくと車中にて。

2018年9月8日土曜日

古本に残る傍線秋灯下 ちはる

古本に残る傍線秋灯下 ちはる(Chiharu Nishijima)
 俳句大学。古本を購入して読みすすめていきますと、かつての持ち主の傍線が目に止まりました。黄色いマーカーで真っ直ぐ引かれたその線は、持ち主の性格を想像させます。こんなに大切に線を引いているのに、この本を手放す理由があったのでしょう。引越かもしれませんし、遺品として整理されたのかもしれません。しかし、この本はもうしばらくちはるさんの元にあることでしょう。

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。