2018年10月30日火曜日

ストーブを消せばききゆんと縮む闇 鈴木牛後

ストーブを消せばききゆんと縮む闇 鈴木牛後
「俳句」十一月号、角川俳句賞受賞作品から。北海道で酪農を営む作者の俳句に注目してきましたが、角川俳句賞を受賞されたと知り、たいへんうれしく存じました。選考委員の皆さんが仰るように、テーマ性がはっきりしていて厚みのある五十句です。牛を扱った俳句は言うに及ばずですが、例えばこの句のように、現実をやわらかく捉える目に、作者の感性を強く感じます。牛を育てる営みは困難の連続でしょうが、その困難を受容されながら、その日常をどこか愉しんでおられる、ということは、生きることを愉しんでおられる、そんなやわらかさが現れた一句です。部屋の明かりを消して、しばらくストーブの火の明るさだけで、一日をふり返っていた作者。ストーブを消すことによって、寝る前の作者を包んでいた闇も急に縮んでいったのです。「ききゆんと」というオノマトペが、明日へつながる響きをもっているようです。
*泉佐野市にて。

2018年10月29日月曜日

「ゆらぎ」15句 岡田耕治


ゆらぎ  岡田耕治

金木犀体の向きを整えん
立って書く原稿のあり七竈
後の月小川国夫の散歩道
露けしややりたいことをやり続け
いつもより遅く出て行く薄かな
秋思なお手帳から目を離したる
数本の泡立草が来て空地
大きな靴大きな鞄紅葉踏む
刈られたる丘の露わに残る虫
付箋紙を増やし植物図鑑「秋」
秋夕焼あとひと駅を目瞑りて
湯豆腐やこの身の力呼び覚ます
自らの姿を隠し秋の声
蟷螂の斧絶え間なく試みて
秋蝶の消えて残りしゆらぎかな
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年10月28日日曜日

香天集10月28日 谷川すみれ、砂山恵子、辻井こうめ他

香天集10月28日 岡田耕治 選

谷川すみれ
飛ぶものは風に抱かる薬掘る
渡りきるまでの沈黙枯蓮
初凪やひとりで歩くということの
待春の鞴の力加減かな

砂山恵子
茸狩木の根の夢を探しいて
さよならと言はれる前に林檎剝く
何処にも戦の火あり秋桜
摘まれても踏まれてもよし草の花

辻井こうめ
碧梧桐の墓石に二つ椿の実
ゑのころの石の退屈擽りぬ
秋時雨土俵一辺朽ち始む
据ゑられし薦の酒樽里祭

藤川美佐子
無花果や見たことのない鳥の来て
良きことのために歩きて秋桜
コスモスを離れて迷う風のあり
毒きのこ見つめてあれば浮遊する

北川柊斗
骨壺をあふるるお骨薄原
行く秋の水面に映り草の影
秋桜やデイサービスのバス停まり
楼門に太き閂鵙高音

木村博昭
天高しアクアリュウムの鰯群れ
大いなる朝の便座の秋思かな
はじまりは蕾の多き菊花展
いきなりの訃報が届き菊日和

古澤かおる
心霊のスポットにしてつづれさせ
旅先の書店を巡り秋霞
龍潜む淵ある川面おだやかに
秋北斗貝殻が出る山の上

越智小泉
賞を得し菊堂々としておりぬ
園児らの駆けっこを追う風の秋
ゆく秋の少し猫背と言う鏡
借景に夕日を入れて鳥渡る

*秋田空港にて。

2018年10月26日金曜日

モスクワや鱗大きく鱗雲 小澤 實

モスクワや鱗大きく鱗雲 小澤 實
「俳句」十一月号。いくつもの前書きからロシアに出向かれ、ロシア語俳句大会で指導されたようです。ロシア、それもモスクワを訪ねた友人によると、人と人が近い関係になり、人間性が露わに感じられるとのこと。おそらく、小澤さんも同じような感触を持たれたのでしょう。そのことを鱗雲の鱗の大きさとして表現されたと拝察します。モスクワの秋はさぞ美しいことでしょう。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年10月25日木曜日

ピーマンの筋肉質の空気かな   三好つや子


ピーマンの筋肉質の空気かな   三好つや子
 この句が「上六句会」に出されたとき、皆さんが一様に驚きました。「なんと上手く言い止められたものだ」と。ピーマンを改めて想起しますと、あの凸凹が筋肉の隆起に見えてきます。しかも、筋肉そのものではなく、「空気」なのだと。このところ、それぞれの句会に出るたのしみが増してきたように感じます。このような新鮮な把握に出会えるのですから。
*大阪城にて。

2018年10月24日水曜日

すれちがう刹那のずれてサングラス 石井 冴

すれちがう刹那のずれてサングラス 石井 冴
 「香天集」53号。サングラスを掛けた人とすれ違いました。おや、知っている人かなと確かめることもできませんでしたが、サングラスの人はその少し手前から冴さんを認めていたのかも知れません。素顔の人とサングラスの人の、ほんの少しのずれが、「刹那」という二文字でよく捉えられています。


2018年10月23日火曜日

熱戦のスタジアム棚田水沸く  三好広一郎

熱戦のスタジアム棚田水沸く  三好広一郎
 九月、秋田県に出掛けた際、この夏甲子園を沸かせた金足農業高等学校に立ち寄ることができました。出場した選手たち全員が、この高校から半径20キロ以内に住む生徒たち。そんな公立高校の進撃に、地域の人々だけでなく、多くの人が励まされた、と。「優勝したのは大阪なのに、こちらの方が目立ってしまって」と気遣っていただきもしました。甲子園に出場しなくとも、この夏、多くの高校球児たちのドラマがあったでしょう。それを応援する地元も、バスを借りてスタジアムに出掛ける場合もあるでしょうし、テレビの前で声援を送る場合もあったでしょう。何れにしても、棚田には人影がなく、静かだったにちがいありません。広一郎さんは、そんな夏の一コマをスタジアムと棚田を取り合わせた上で、「水沸く」という美事な表現で括りました。
*秋田県金足農業高等学校にて。準優勝の「準」が小さかったです。

2018年10月22日月曜日

「ゆったりとした服」18句 岡田耕治


ゆったりとした服  岡田耕治

滑子汁二日酔から戻りくる
秋惜しむゆったりとした服を選り
ポケットに隠しておけり秋の色
全身を秋風にしてよろこびぬ
整えし机上に置かれ柿羊羹
虫の声目にもはっきり見えてくる
吾亦紅あの世から来る耳の声
朝霧やコーヒーだけを口にして
秋の水らせんのようにねじれ来る
上からの目線を避けて菊花展
ビニルシートゆるみて染まる秋入日
金柑や良き質問の生まれたる
蔦かずら学ぶ力をたくわえて
鳥渡る母校の窓に来ておれば
いつまでも木槿でありし校舎かな
ちちろ虫記憶を低くしていたり
駅までの最短距離を虫すだく
冬近しいく度も視る写真にも
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年10月21日日曜日

香天集10月21日 三好広一郎、中嶋飛鳥、橋本惠美子ほか


香天集10月21日 岡田耕治 選

三好広一郎
父ひとり塩固まって秋の宵
恐竜の座骨の螺子の錆びて秋
天高し喪主のおしぼりぽんと鳴る
外から見るわたくしの部屋いつも秋

中嶋飛鳥
涼新た白杖に歩を添わせたる
球体のオブジェは無題九月尽く
女郎花道を違えて嗤い合う
草臥れて背中合わせをバッタンコ

橋本惠美子(10月)
流木に堰止められてつくつくし
魂の俯瞰の高さ花野ゆく
天の邪鬼素知らぬ顔の庭花火
止まらずに翳に群れたる蜻蛉かな

橋爪隆子
穴に入る蛇を咥えて飛ぶ鴉
伝えないことの泡立つソーダー水
あいさつや台風のこと加わりて
焼ける音もろとも秋刀魚皿にのる

橋本惠美子(9月)
中継や夏座布団を飛ばしたる
特訓の吹奏楽部夏来たる
噛みついて動かぬジッパーの暑さ
マニキュアの剥げて溶けだす九月かな

永田 文
輪唱の風となりたる花野かな
青空へまずは鋏を松手入れ
行く秋や波が波追う夕の風
原子炉の里より点り曼珠沙華

中辻武男
秋夕焼ダイヤモンドの色に富士
悠然と鯉が鰭振る秋の水
薄紅葉蝶と見違う枝一葉
白鷺や琵琶湖の秋に飛来して

村上青女
酔芙蓉朝の白さの殊によし
久方の蚊とんぼ今日を祝福す
秋の風はらからの穴埋められず
白玉のだんごとなりて鰯雲
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年10月16日火曜日

台風圏颯と負債の飛ばんかな 森谷一成

台風圏颯と負債の飛ばんかな 森谷一成
 香天集53号。この場合の「負債」は、国でしょうか、企業でしょうか、個人でしょうか。この国ですと、1000兆円ほどもある借金大国。個人でも住宅ローンや奨学金など、返さなければならない借金は、少なくありません。「サッとフサイの飛ばんかな」というユーモアを含んだリズムが、切実なまでに台風圏の中に生まれました。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年10月15日月曜日

「ハイタッチ」16句 岡田耕治


ハイタッチ  岡田耕治

意識あるうちに身を置く花野かな
腕時計秋思から出ることにする
手を繋ぐ行方にありて虫の闇
  父に
赤飯の卒寿を祝う今年米
干柿のところどころを眠りけり
真っ直ぐに立つこと難し雁来紅
狗尾草ハイタッチして別れたる
二回目を月光で読む句集稿
村祭地べたに酒を撒いて立つ
胸に抱きリュックサックの林檎の香
高齢が先に来て坐すばったんこ
秋あかねどんどん話ずれてゆく
  追・樹木希林
秋逝けりゴンドラの唄口遊み
学力の日本一の吊し柿
月を待つ無造作に椅子並べ置き
水槽の中を遮二無二鰯かな
*大阪梅田にて。

2018年10月14日日曜日

香天集10月14日 三好つや子、加地弘子、中村静子、神谷曜子

香天集10月14日 岡田耕治 選

三好つや子
人間とか人間的とかねこじゃらし 赤とんぼ風の汀に微熱あり 真っ白な傷みをかくし秋の蝶 月光の紐をあげよう青瓢

加地弘子 褒められて擽ったいよ金魚玉 花茗荷きれいなままを忘れない すれすれの車輪を弾き泡立草 男投げ女受けたる青蜜柑

中村静子 乱れ萩風を分厚く束ねけり ゆうべとは打って変わりし秋暑かな 新涼や歩幅大きくして帰る とんぼうやまなこ弾けんばかりなる

神谷曜子 大けやき見ている吾は泡立草 清張にのめり込むなりナナカマド 鳳仙花明日ははじけるつもりらし いつもいる隣のあるじ夏鴉

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年10月11日木曜日

炭酸水微炭酸水雲の峰 渡邉美保


炭酸水微炭酸水雲の峰 渡邉美保
「香天集」53号。きっと海に向かって雲の峰を眺めているのでしょう。「炭酸水にしようかな」「私はこの微炭酸水にする」と、二人の会話が聞こえてきます。この微妙なちがいは、目の前の雲を捉える捉え方にも現れているのかもしれません。人との距離、自然との距離を美しいと感じさせる美保さんの書き方です。


2018年10月10日水曜日

胸鰭が欲しいだなんてバルコニー 玉記 玉


胸鰭が欲しいだなんてバルコニー 玉記 玉
「香天集」53号。魚のひれ、それも胸びれが欲しいとつぶやく人とバルコニーに居る、そんな物語の一場面からさまざまな想像が広がります。胸びれは、例えばバルコニーから飛び立とうとするには、あまりに小さすぎます。ここがやがて海の底に沈んで、ここから泳ぎだそうとする、そんな未来さえ想起できるほどです。直ぐには役に立ちそうもない「胸びれ」は、直ぐに役立つものを押し付けられるようにして暮らす、この私たちの息を整えてくれるようです。
*あきた芸術村にて。

2018年10月9日火曜日

天滝の己突き裂く真白にて 辻井こうめ


天滝の己突き裂く真白にて 辻井こうめ
「香天集」53号。「天滝」は兵庫県一の、まさに天から降るかのように流れ落ちる滝です。澄みき青い空、森林浴をしながらいくつかの小さな滝に励まされ、天滝に辿り着きますと、全身が滝の音につつまれます。その高さ、強さ、遥かさを己自身を突き裂くような白さだと。天滝を前にした爽快を、美事に捉えられました。
*大阪府立清水谷高等学校にて。