香天集6月30日 岡田耕治 選
玉記玉
みずみずしいね白靴のかすり傷
青梅に触れたか君は新婚か
父の日の父青竹の使者である
蜥蜴走る私をちょっと動かして
釜田きよ子
白薔薇水ことごとく弾きけり
少しづつ色を違える植田かな
完熟のトマトの赤の完璧に
目に見えぬ手がほうたるを捕えけり
中濱信子
夏燕一直線に伸びてくる
遠のいて見つめ泰山木の花
代田千枚ひとつひとつが空貰う
走り梅雨夜は鉄路を近くする
浅海紀代子
脱走の猫の爪痕梅雨に入る
隣の児猫と転がる夏座敷
ほととぎす佳き人の住む森辺り
一日の汗を回して洗濯機
北川柊斗
赤ワインゆるりとそそぎ冷奴
テキーラに見ひらく眼明け易し
熱帯夜赤きルージュとジンライム
月涼し舌にころがすブランデー
古澤かおる
南風に樹形を晒し大ケヤキ
空梅雨のぽろぽろ零す粟おこし
何ひとつ掴むことなし夏の尾根
満潮の汽水に力青水無月
安部礼子
滝しぶき無限刹那の中にいる
本心をくらましており日雷
大蜈蚣嘘つきになり夜を這う
首塚に訪れている黄金虫
中嶋紀代子
ジーンズの膝が傷つき夏きざす
開幕の曲が流れて夏燕
髪切りて日傘持つ手の軽くなり
小判草摘み権兵衛に逢いにゆく
櫻淵陽子
梅雨に入るチョークの折れたその字から
六月の退屈な雨止みにけり
人の居る気配はなくて雨蛙
熱帯魚大きな泡にぶつかって
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
手から手へ 岡田耕治
これからが良くなると言う蛍狩
手から手へ吹き零れたるラムネかな
水を打つ心後ろに置きながら
手土産の美事に曲がる胡瓜かな
夕立を帰りし子らのバスタオル
夏の海互いの息を聴き合えり
砂日傘海には入らない人の
窓からの明りの届く端居かな
短夜を短く深く眠りけり
百点に届かぬ子らの蝉の殻
ユニフォームの胸の名前と梅雨に入る
内臓を刺激して行く夕立かな
*大阪教育大での講義から。
香天集6月23日 岡田耕治 選
谷川すみれ
虫の音のリズムに合わぬ歩幅かな
果てのない黒い電線鳥渡る
生きものの羽音駆けぬけ十三夜
ねこじゃらし行けば行くほど遠くなる
石井 冴
骸骨はいつも笑ってサンバイザー
捕虫網備えひとりで住んでいる
シャッターの半分開く西瓜買う
紫陽花が隠してしまう腕時計
加地弘子
据わりよき石を見つけて著莪の花
両方の道を塞がれ青芒
蛍籠橋渡る時すこし泣き
夕立や焼き上がるパンの冷めぬ間の
澤本祐子
ひとひらのあと花びらのとめどなき
ミステリーのページを散らし薫る風
白牡丹咲き満つ色のあふれけり
夏燕子の手にわたる母子手帳
木村博昭
植えられてまだ鎮まらぬ稲の苗
時の日の水の流れを流れゆく
かたつむり別の時間のなかにあり
閑かなる耳鼻咽喉科梅雨に入る
橋爪隆子
新緑をかき分けてゆく舳先かな
万緑を傾けてゆくハーレーよ
まっ白な風と出会いぬ更衣
原色の水を弾きて夏野菜
正木かおる
囲まれて町に最後の青田かな
点滴を四時まで聞いてさみだるる
病棟や茄子の煮物の横たわり
帰らねばやもり今宵も来るだろう
永田 文
葭簀ごしほつほつ夕の小商い
御手洗の上にちこんと雨蛙
夕の風ゆらぐ時あり姫女苑
異次元かそれとも夢か昼寝覚
羽畑貫治
教え子も八十路を超えて風涼し
山坂を越えて来たりし夏の月
点滴に救われてあり土用波
地蔵盆卒寿の賀詞を拝しけり
*和歌山市加太にて。
籐椅子 岡田耕治
沈黙を選んでいたり蝦蟇
蝸牛まっすぐに目を向けて来い
家族になるこの鰻重を食べてから
洗い髪染めることもう止めにする
止まらないほどに瞬き夏の蝶
青時雨未来は今と思いなす
新緑へ向かい一人で食べる席
裏表なく病院の夏布団
籐椅子のこの傾きを遺しけり
篭枕立ており顎を乗せるため
急がない人と来ている蓮の花
火を点ける蚊遣の蓋を裏返し
*池田市立北豊島中学校にて。
香天集6月16日 岡田耕治 選
三好広一郎
黄昏て桃には重し桃の核(たね)
蛍消えるそこ直葬の着地点
走馬燈骨の内まで灯が廻る
夕立の山が膨れるにおいかな
辻井こうめ
小綬鶏やデスクマットの古葉書
水待つ田水満つる田も夏燕
白白と大山蓮華雲を生む
本の名を少女に問はれさくらんぼ
柴田亨
杉銀杏老いは美し楠若葉
棺一基三つの御代を過ごしけり
一つ終え一人の帰路に風薫る
蝉生まる心療内科泌尿器科
中嶋飛鳥
百日の過ぎん四葩の傾きに
栗の花朝より眩暈はじまりぬ
バスを待つ蛍袋に屈みいて
肩越しの声たしかめる遠花火
岡田ヨシ子
夏草や子牛のために切り揃え
外食の日ありて中華冷やし麺
乾燥機の寿命とともに梅雨に入る
亡き母の白髪となりて墓洗う
中辻武男
葛城や百万本の山つつじ
蛙かと鉋の音に耳澄ます
物干せば梅雨雲直ぐに構えけり
田を植えてアイガモ農法ゆえの笑み
*岬町小島にて。
矯正ベルト 岡田耕治
外したる姿勢矯正ベルト汗
香水や呼吸を楽にしていたる
ノンアルコールビールとビール乾杯す
天瓜粉いっぱいに顎上げてみよ
心臓の音が聞こえる祭かな
洗い髪夢中になっている匂い
夏の川膝の力をなくしけり
行先や白シャツにある畳み皺
友情を連れ出している水中花
夏空へ回転ドアを強く押す
短き夜ひとりでに点くラジオから
膝小僧出して見ているあめんぼう
*岬町谷川にて。
香天集6月9日 岡田耕治 選
三好つや子
見えていて見えない巣箱ひきこもり
遠若葉空気を訳す辞書が欲し
月歩く五月の空よシャガールよ
はつなつの生きてる青と死んだ青
砂山恵子
石楠花を避けて煙草を吸ふ教師
茂り葉を眠れ眠れと雨の降る
右頬に流れる風や夏木立
白百合や大雨の中動かざる
宮下揺子
花ミモザ高齢者へと括られる
母の日や母のスニーカーを洗う
ひと駅を歩きはじめて山法師
一日を無言で通す栗の花
*京都嵐山にて。
トマト 岡田耕治
走り梅雨箱の中にも箱を貯め
もてなしの土から育つトマトかな
ざる蕎麦の大盛に汁散らしけり
深く被る洗い立てなる夏帽子
夏の月いつもの路に辿り着く
荷車の段差にかかる薄暑かな
紫陽花に近く命を確かめる
近江から人の来ている額の花
空豆をむいて呼吸を整える
先生の大きな眼鏡梅雨に入る
注意深く起き上がりたる裸かな
用意した言葉を離れ初蛍
雨音の裏に張りつき蝸牛
瀧壺や短き拍手送り合い
一寸の闇を分け合う日傘かな
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。
香天集6月2日 岡田耕治 選
柴田亨
言葉持つ人の悲しみそれを抱く
春を送る大あくびする猫といて
とりどりの言の葉集い風薫る
石仏羽虫打つ手を合わせたる
渡邉美保
先生の書斎明るし夜の新樹
色のなきあぢさゐに水誕生日
青枇杷や縁側といううすみどり
十薬の株ごといらぬかと問はれ
澤本祐子
ひとひらのあと花びらのとめどなき
薫風がページを散らすミステリー
白牡丹咲き満つ白のあふれたり
夏燕子の手にわたる母子手帳
中濱信子
川の面や五月の風の吹いている
川幅の大空のあり鯉幟
鯉幟名の有る山を従えて
薔薇の名を聞いてよりなお慈しみ
浅海紀代子
春立ちぬ無住寺の門開かれて
紫雲英田の一枚が見え走り出す
法然忌人に遅れて木魚打つ
法談や五月の風に身を委せ
釜田きよ子
今生は守宮で終るそれも良し
この声を大切にして牛蛙
スカートを久しくはかず踊子草
どくだみを灯し日暮を明るくす
中嶋紀代子
三センチほどの蜥蜴の目玉かな
芍薬の伸びて蕾を揺らしけり
俳句誌の作者気になる春の風
夏の草仰山あって迷い出す
*大阪市中央区にて。
鈴木六林男邸 岡田耕治
鈴木六林男邸六句
大勢のはじめは二人燕子花
夏兆す六林男の椅子の傾きに
青葉闇透かし書斎として残る
三鬼の字小さく残り薄暑光
亡き母に似てくるという顔涼し
一匹が引き返したる蟻の道
ここにない人を集めて麦の秋
目的を変えてレースを編みはじむ
風薫る牛一頭を買う話
竹皮を脱いで人事のサプライズ
パン一つ食べて代田に映りけり
買い物を減らす暮らしの苺かな
*鈴木六林男邸にて。