2016年2月15日月曜日

「駅まで」 岡田耕治

「駅まで」 岡田耕治
春の夢うなじへと日の当たりけり
弁当をゆっくり食べて恋の猫
春寒の道場にまず礼をして
ほっぺたを合わせていたり猫柳
奥の深い店にはまりて春の昼
スプリングコートやすやす転びたる
一つずつ集中のあり犬ふぐり
駅までは一緒にゆける春夕べ
封を切る前の手紙よ春浅し
春雪を濡れ来し髪の眠りかな

2016年2月14日日曜日

香天集2月+選後随想 中嶋飛鳥、畑中イツ子ほか

中嶋飛鳥
泥付けたまま太葱を寝かせおく
葱の香やケトルが硬き声を上げ
如月のポキポキと折れ文字の肩
六丁目のポストへ迂回西行忌
あたたかや古書肆の台の黒光り

畑中イツ子
藪椿鳥うらがえり蜜がある
寒落暉車中の口を静止して
冬晴や押入れ急に活気づく
太鼓一打新年の灯の瞬けり

【選後随想】
奪うもの未だあるらし初山河  森谷一成
 人はこの地球から様々なものを奪ってきました。新しい年を迎え、自然に相対したとき、「奪うもの未だあるらし」と感じた作者の感性に共感します。こんなにも奪い、傷つけてきたのに、自然は黙ったまま新しい年を迎え、この私たちを迎えているのです。

焚火跡二本の足で立っており  石井 冴
 表現されている内容よりも、そう捉えている視線そのものが、優れた句を生み出すことがあります。二本の足で立つというのは当たり前ですが、焚火跡の低さの前に足だけが置かれているアングルには、不安さえ感じます。このアングルから、様々なことが想起されるのです。

あたたかや古書肆の台の黒光り 中嶋飛鳥
 古書肆には、台がつきものです。高い書棚から本を取り出すために置かれた踏み台もそうですが、奥に店主が坐っているその台もなくてはならないものです。それらが黒光りして、店の外の明るさを写し取っているようです。こんな古書肆にふらっと入って、背表紙を眺めたくなりました。

2016年2月13日土曜日

雪遊びしてゐる声が空からも 関根かな

雪遊びしてゐる声が空からも 関根かな
『小熊座の俳句』所収。宮城県在住の作者ですから、日頃から雪で遊ぶ子どもたちの姿が間近にあるでしょう。賑やかな子どもたちの声が、空からも聞こえてくるという表現は、よりそれを増幅させます。しかし、この声が目の前の子どもたちのものだけではないという現実は、この合同句集を読み進む者には自明のことです。だから、震災で姿を消した子どもたちの無念が一瞬顔を覗かせますが、いや本当に一緒に雪遊びをしているのだとも感じられます。

2016年2月12日金曜日

鬼哭とは人が泣くこと夜の梅 高野ムツオ

鬼哭とは人が泣くこと夜の梅 高野ムツオ
『小熊座の俳句 三十周年記念合同句集』。今朝の「折々のことば」で鷲田清一さんは、言葉は「世界のオブラートを剥がし、凝固した世界を溶かし編みなおすため、世界を別な仕方で切り開くためにある」と。合同句集の冒頭にある高野さんの「岳樺」は、まさにこの言葉どおりの二十句だと感じます。東北大震災を視つめることによって、世界を切り開こうとする一巻の重みを味わいたいと思います。鬼哭とは、浮かばれない亡霊が泣くこととありますが、亡霊などではなく今ここにある人が泣き出している、そんな夜が続いているのだと、一句は静かに語っています。

2016年2月11日木曜日

寒卵啜れば白身遅れけり 次井義泰

寒卵啜れば白身遅れけり 次井義泰
「花苑」2016年冬号。岡田家に嫁いだ母は、私を妊っていました。飼っていた鶏の卵は祖父から順に食べることになっていましたので、なかなか母まで回ってきません。そこで母は、鶏小屋に入るとすぐに卵を生で呑み込んだことがあるそうです。少しでもお腹の私に栄養を付けたいと思ってのことで、私の大切なエピソードになっています。次井さんのこのリアルな句を読んで、ああ母の喉にも、白身がどろっと遅れて入ってきたのだと思い出させてくれました。

2016年2月9日火曜日

ささやかな落葉を焚いてをられけり 島田牙城

ささやかな落葉を焚いてをられけり 島田牙城
「俳句アルファ」増刊号・「いのちの俳句」。森の中の落葉はそのままでも腐葉土になりますが、庭の落葉は害虫や病気の原因となる菌を翌年の春まで持ち越さないよう焚火にしていました。(過去形)燃やしたあとの草木灰には、花を咲かせたり、根や茎を育てたりするための栄養があると言われています。焚火をすることそのものが、いのちを養うことなのです。しかも、焚火をする人への「をられけり」という尊敬には、その人のいのちや思想を受け継いでゆこうとする意思が感じられます。特集に相応しい一句に出会うことができました。

2016年2月8日月曜日

逆光の横顔にして蝸牛 久保純夫

逆光の横顔にして蝸牛 久保純夫
「儒艮」16号。「新・若冲++を眺めながら」と題された75句から。描かれた若冲の生きものを観ていますと、不思議な緊迫感があって、その内にその世界に引き込まれていきます。その緊迫が「逆光」であり、引き込まれてゆく温もりが「横顔」というキーワードで表されているようです。この蝸牛の実在感を若冲を眺めることによって自分のものとするとは!
恐るべし、久保純夫。