2021年8月9日月曜日

伸びるだけ伸ばしておけり青胡瓜  耕治

野島 正則
 実家では、畑などを持っている方が近所にいるので、今日も茄子、胡瓜、トマトなどいただいた。自家用と言うこともあり、句のように大きく育った物でした。

十河 智
 今はもうしていませんが、家でも家庭菜園をやっていました。みなさんと同様、きゅうり、茄子、トマトなどですが、3人家族では、そう毎日胡瓜というわけにもいかず、畑で取り残し、伸びるだけ伸びた胡瓜もあったのです。太さもあって、胡瓜と言えず瓜のように扱ってました。

大津留 直
 ドイツでは、大きく育った胡瓜が売られていてびっくりしたものですが、味は、日本のように、ちいさめのを収穫した方が、引き締まった濃厚な味になるようです。しかし、あちらにも、それは美味しい胡瓜料理があります。例えば、ギリシャ料理で、すりつぶした胡瓜に大蒜とヨーグルト、羊のチーズを混ぜたものなど、殊に夏、ワインと一緒にいただくのがたまらなく美味しかったのを思い出します。

小林千史
 生命謳歌素敵! うちの田舎では昔は生で食べず大きいのを生姜と醤油で炊いてました😋


2021年8月8日日曜日

香天集8月8日 柴田亨、三好つや子、久堀博美、中嶋飛鳥ほか

香天集8月8日 岡田耕治 選

柴田享
列島に二つのひとみ爆心地
見返しは切り取られたり師の句集
秒針の一音高く夏来る
アブラゼミ遺骸を土に置き返す

三好つや子
浮き人形明るいほうにある死角
嚙みますの立札かかる鱧売場
無花果に仮想通貨の匂いあり
青栗のこつんと青い黙秘かな

久堀博美
一瞬の途中は長し星明り
初対面なれど弾めるビールかな
霊迎う終のまなざしまなぶたに
葛咲くやひと世の悔いの残りたる

中嶋飛鳥
朝曇り借り物の杖手に馴染み
山彦のもどるを待ちて汗入れる
待ち受ける肩先かすめ揚羽蝶
父祖の地の数字の桁や秋隣る

牧内登志雄
草臥れし白衣の襟の秋日影
つくづくと男と女カンナ咲く
狐花ここを左に鎮守まで
今生の始末を想い秋の蝉

河野宗子
内面と向きあっており夏の月
捩花ほどよく小花のぼりたる
打水を飛ばして浮かぶ友の顔
息をつぎ鳴いては止まる蝉の声

櫻淵陽子
夏の蝶太陽のまま輝けり
髪ほどき香水少しほのめかす
警戒を解除している夏帽子
天の川余生へ橋をかけており

田中仁美
夏帽子亡き父と行く軽井沢
やぎ二匹夏草食べる散歩かな
紫陽花の前に並びて烏骨鶏
帰りゆく背中に蝉を受けながら
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2021年8月5日木曜日

弁当の最後に枇杷の黄を詰める  耕治

 
桑本 栄太郎
 美味しそうな弁当とは、見た目にも色彩豊かですね?梅干しの赤、玉子焼きの黄色、ブロッコリーや葡萄も入れて緑、焼肉も入れて茶色などがありそうです。枇杷の黄色とは思いつかない発想ですね!

十河 智
 お弁当、母の時代は、おかずがあれば上等な方で、私の中学高校のときのお弁当は色がなかった。運動会や遠足のときだけ特別、でも色を詰めるというよりご馳走だったので、たまたま卵焼きが黄色、梅干しが赤だったのだ。私が子育ての頃は、幼稚園にもお弁当の日があったり、本やテレビ番組で、色を綺麗に見せるお弁当が流行りだした。林檎を一切れ入れるために買った事もあった。今日は、きゅうりやレタス、緑の野菜が先で、黄色が映えると、丁度いい枇杷を庭から取ってきたのだ。実は食べて味を確かめてはいないかも。ただそこには黄色と決めた、お弁当箱の隅っこのために。

大津留 直
 このような句は、作ろうと思って作れるものではない。まことに、「枇杷」という季語との出会いによって作らせてもらった句なのだろう。ご自分と奥様の日常をよく見ている結果であることも間違いないことである。

2021年8月4日水曜日

涼風に置かれていたるラジオかな  耕治

 
柳堀 悦子
 働くひとのラジオ。耳だけラジオに預け黙々と働くひとの姿が浮かびます。窓際にラジオを置いて美濃焼の窯入れ作業をしていた祖母を思い出しました。

十河 智
 この句のポイントは、「置かれていたる」でしょうか。ただラジオを聞くのであれば、最近はスマホやカーラジオがあり、こうは表現しない気がします。少し音のいい大きさのあるラジオを、日中でも涼しい窓辺か木陰に持ってきて、ゆったり聴くのです。風にのって音が揺らぐのさえ、癒しです。

大関博美
 岡田先生の句は、読む人に自在の想像力を与える。
「涼風に」「置かれている」「ラジオ」情報はそれだけで要らない情報は敢えて加えられていない。だから読む人は、自在に自分の何処でもドアを開いて、このラジオを置くことができる。条件は涼風があることだ。忌野清志郎のように、学校の屋上でも、浜辺やプールサイドなどの木陰でも、畑仕事の花野でも、工事現場の昼休みでも、想像の翼を広げて、読む人自由の物語が、始まる。
 この句を読むたびに、ラジオの置かれる場所も変わる、お伴の飲み物は、さて今日は、アイスコーヒーか、夕涼を楽しみながらのカクテルにしようか、コロナの自粛期間でも、想像の翼を広げるのは、自由なのだ。

2021年8月3日火曜日

蚊遣香揺らぐときくる語りかな  耕治

 
大関博美
 子どもの頃は、田舎のさほど裕福でも無い暮らしだったと思うが、夏は蚊帳を吊って蚊取り線香を焚いて貰って居たように思う。まず二つ一組の蚊取り線香を一つづつにするのが難しい。湿気って無くて、上手く火が点くと先が赤くなった所から、煙がゆらゆら揺れながら、広がっていく。母の昔話が、ときどき深くなる眠気に混じって、遠くにきこえるのである。日中忙しく仕事をして居る親が、側に居てくれる一時。こうやって育んで貰ったのだとしみじみ思う。愛されていました。
 童謡のレコードを聞かせて貰いました。

大津留 直
 この句の要は、実は、「くる」という目立たない措辞だと思います。良寛の詩に、確か、「花開くとき蝶が来る。蝶が来るとき花開く」というのがあって、しびれてしまったことがあります。この詩が、春の陽光の親しさと歓びを的確に表しているように、先生の御句は、夏の夕方の涼しさのほっとさせる親しさと歓びを表しているように思います。

2021年8月2日月曜日

思いきりパイナップルを厚く切る  耕治

 

桑本 栄太郎
 ひと昔前までの子供の頃は、バナナやパイナップルなどは病気にならなければ食べさせて貰えませんでしたね。今ではバナナもパイナップルも廉価で買う事が出来、厚く切って沢山食べれるようになりました。良い時代かも知れません!

大関博美
 パイナップルを買ったのかな〰 頂きものかな〰とにかくパイナップルが家に来た。子ども心に嬉しいのである。今日の夕食のデザートは、パイナップルよ。なんてお母さんが言うから、わくわくして待っていた。
 いよいよお母さんがパイナップルの皮を剥き、みんなに切り分けられる。思いっきり、厚く切られたパイナップル。初めてのパイナップルに感激してしまうのである。

2021年8月1日日曜日

香天集8月1日 浅海紀代子、渡邉美保、森谷一成、前塚かいち他

香天集8月1日 岡田耕治 選

浅海紀代子
昼寝覚変わらぬ部屋の有様に
生ビール泡のふくらむ一日なり
夏帽子いつもの位置で擦れ違い
白木槿近くて遠き家の門

渡邉美保
菓子箱に貝殻並べ夏終る
完熟のパイナップルにある狂気
水底に鉄の艦見ゆ八月は
白日傘方向け小石ひと蹴りす

森谷一成
笹百合の翁は召され二ノ谷へ
六月の鬼哭もれ来る澱みかな
荒梅雨や流刑のごとく竹浸る
曝書さては我が遠き日の髪一本

前塚かいち
夏蝶や老いの冒険始まりぬ
かなぶんのぶんと遊んで家の猫
七月のボーボワールの『老い』下巻
朝顔や今は北向くことにする

北村和美
夏の月リュート爪弾く太き指
向日葵の影になりても頭出し
一年間蝉の抜け殻ここにあり
沈黙の余韻の中のソーダ水

安部礼子
水中花冷めた視線の中に咲く
報われぬことと存じて水中花
戸惑いをかくしているよ竹婦人
人影の消え海岸の砂日傘

小﨑ひろ子
蝉しぐれ君の声ではありません
早起きと寝坊助が居て夏の朝
雷雲のわきて感染症の町
すれ違う夏枯の鉢そのままに

吉丸房江
ワクチンは最後でいいと油蝉
世の騒ぎスイスイスイと糸蜻蛉
逢いたいねただそれだけの夏見舞
海の日のこぶしの動くみどり子よ

藪内静枝
分解のねじ一つあり扇風機
焼き立てのパンを届けて驟雨かな
半夏生母の形見をリメイクす
髪挿のなりに咲き満ち百日紅
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。