2026年10月4日日曜日

香天集10月4日 渡邉美保、玉記玉、辻井こうめ、森谷一成ほか

香天集10月4日 岡田耕治 選

渡邉美保
新しきそばがら枕九月かな
影踏みの影に尾のある子もまじり
かまつかや砥石たつぷり水を吸ひ
恐竜の骨格見上げ栗ご飯

玉記玉
体ごと月にして聴く唱歌かな
遠くへは行かない暮らし彼岸花
用無きに拾いし椿の実今も
揺れるほどは瓢に触れてみたきかな

辻井こうめ
ゆつくりと紙紐ほどく今年米
何を待つ鉄錆色の芙蓉の実
無口なる人のつき合ひ花梨の実
天高し転用石の地蔵かな

森谷一成
瓶缶を置きにゆく手の涼新た
秋茄子わんさ煮たろか焼いたろか
人類に尾骨まだあり牛蒡引く
無理をする人に食いつく鷹の爪

中嶋飛鳥
夜の秋二人で開けん玉手箱
この町の交番目指し小鳥来る
箱庭の木立をかすめドローン消ゆ
狗尾草揺らし片恋守りけり

浅海紀代子
はらからの逝きてビールに集いけり
白シャツの染みより記憶よみがえり
夕涼や我に家族の猫五匹
夏惜しむとぎれとぎれのハーモニカ

平木桂
会わぬままLAINの訃音虫の声
生きるには何が必携穴まどひ
平行のままでいいのと赤蜻蛉
無花果を剝きて斑の分からず屋

神谷曜子
台風一過コップの水膨らむ
パレードに加わる晩夏日の暮れる
秋祭終えて浮力のついたよう
歩けば着くと秋海棠の谷へ

上田真美
くさくさがぐさぐさになり秋夕焼
秋の波近く寝息の安らかし
青鷺が睨む魚を口に銜え
夜の秋ライオン橋の灯は優し

田中仁美
フェリーゆく鳥羽から伊良湖秋高し
母を乗せ車椅子押す秋の宿
秋の昼露天湯よりの緑濃し
神島の巨岩のそびえ秋の海

牧内登志雄
秋の雨空き待つコインランドリー
三尺の竿でたりたる柿簾
もう逢えぬ人との宿よ稲の妻
月夜茸ぼんやり照らす常世かな

吉丸房江
秋の風ふっと斜めに通りぬけ
歯科医院ふる里見える椅子のあり
百日紅母の想いは淡き紅
朴落葉ぞうりの形に広がりぬ

〈選後随想〉 岡田耕治
影踏みの影に尾のある子もまじり 渡邉美保
 子どもたちの影踏み遊びの情景に、「尾のある子」という幻想的な要素が不意にまじり合っている。現実の光景からふっと異界へ誘われるような、郷愁とユーモア、そして微かな不気味さが同居する美保さんの世界。句会では、教職にあった人から、他の子とはちょっと違ったユニークさのある子が想起されるとの評が出た。

遠くへは行かない暮らし彼岸花 玉記玉
 遠くへの移動や変化を求めず、身の回りの日常に留まるけれども、俳句においては自在でありたい、そんな玉さんの気構えが感じられる。彼岸花は、球根に強い毒があるため、虫や動物から田畑や墓地を守るための「魔除け」「境界」として植えられてきた。この此岸と彼岸の境界は、「遠くへ行かない」暮らしを一層愛おしいものにする。

ゆつくりと紙紐ほどく今年米 辻井こうめ
 新米を包む紙紐をていねいにほどいていく手つきに、こうめさんの季節の恵みを受け取る喜びと神聖さが漂う。句会では米作りの友人から聞いた話として、この紙紐はウンウンと強く締めないといけないと紹介された。だからこそ「ゆつくりと」ほどかなければならない。しっかりした紙の袋を開く音とともに、新米の香りが立ち上るような温かみを感じさせる。

無理をする人に食いつく鷹の爪 森谷一成
 つい無理をしてしまう人への、一成さんのまなざしのあたたかさを感じる。鷹の爪は、先端がキュッと尖って少し湾曲しており、鮮やかな赤色をしている。収穫して、販売しているものもそうだが、赤くなるまで畑にあると、爪先があちこちに向かって、それこそ「食いつく」形に見える。これはもしかすると、がむしゃらに生きる自らへの自嘲的なエールかも知れない。

*歌うほど声の出てくる木槿かな 岡田耕治

2026年9月27日日曜日

香天集9月27日 木村博昭、夏礼子、谷川すみれ、柏原玄ほか

香天集9月27日 岡田耕治 選

木村博昭
近道をゆっくり熟れる木通の実
小便の放物線や秋高し
スコップを土深く刺す鵙日和
こぼれ萩あの世この世に友が居る

夏礼子
つくづくとふるさとのことつくつくし
保つとは朱よのうぜんの咲き残る
米粒の般惹心経涼新た
酔芙蓉黄昏どきを一途かな

谷川すみれ
散骨の兄の生き様とろろ汁
朝顔の蔓に夢あり登るべし
諍いて己が寂し秋の空
紅葉狩九十才の計画書

柏原玄
コスモスの無垢の一日を風にあり
うつし世の風を読み込み鰯雲
ドローンの直線を切り秋あかね
勤行の法悦白い曼珠沙華

古澤かおる
傘を干す小一時間を赤とんぼ
変声の頃の目力黒葡萄
敬老日合挽き肉をむちむちす
秋暑し視力検査の当てずっぽう

砂山恵子
百本のリトマス試験秋小鳥来る
好きと言ふ手話を教はる草の花
秋の蝶泣き終へてふと空を見る
音立てて広げるシーツ今朝の秋

春田真理子
ゴーヤ割る魔除の種のありにけり
牛乳を流す哀しき羊雲
蟋蟀や一人米研ぐ夜の厨
長月は頬杖をつき更けにけり

前藤宏子
夜の音にふと加わりし虫の声
椿の実ひとつひとつに日の射して
秋日さす友の耳朶光りけり
息子との二人暮しや稲の花

安部いろん
消えたいと感じる木乃伊秋暑し
水引かぬ地に音のなき稲光
膨張の宇宙に残り大銀河
万人の哀史を記す天の川

金重こねみ
掌に無く手の甲に今朝の秋
災害を嘆きその日が震災忌
浮世絵に学ぶ猛暑の過ごし方
立てぬ秋アイスクリーム買いに行く

松並美根子
秋雨に勢いのあり傘の波
手捻の古き器よ濃りんどう
吾亦紅変わらぬ思い声にする
雨音の静かに乱れ咲く萩よ

森本知美
母の香に覚めたる夜半や虫すだく
茗荷の子ぬか漬にして明日を待つ
乾杯はソフトクリーム海見つめ
菜園に今日の始まりミニトマト

安田康子
限りあるこの世の時間虫すだく
いぼむしり今の暮らしを生きていく
秋暑し寝て食べて寝て食べて寝る
露けしや会えなくなりし人の縁

木南明子
扇風機しずかに秋の回りけり
退屈をテレビが許す夏の果
葡萄食むことの残りし仕舞風呂
雨蘭の白友情に変わりなし

目美規子
カットした首すじをなで秋の風
夕月夜最終バスは客一人
秋風に翼をあずけ着陸す
お喋りの会となりたる秋彼岸

〈選後随想〉 岡田耕治
こぼれ萩あの世この世に友が居る 木村博昭
 散歩道に零れるように咲く萩の花を見つめながら、ふと亡き友を想う。「あの世この世」という言葉の響きには、寂寥感だけでなく、死を越えてなお変わらない温もりが満ちている。こぼれ散る花は、あの世とこの世を繋ぐ働きをしているようだ。私の経験では、この世の友は様様な事象に影響を受けるので、会ってみなければ分からないが、あの世の友はいつも静かにそこに居てくれる。

保つとは朱よのうぜんの咲き残る 夏礼子
 季節の移ろいの中で、命の熱量を懸命に守り抜こうとする強い意志を感じさせる一句。秋風が吹き始める頃、鮮やかな朱色を誇るように咲き残る凌霄花。「保つ」という抽象的な営みが、燃えるような「朱」という色彩によって鮮烈に具象化されている。何かを守り続けることの厳しさと美しさを、この一輪の花が教えてくれる。

朝顔の蔓に夢あり登るべし 谷川すみれ
 朝顔の蔓がまっすぐに伸びていく姿に、未来への希望と強い意志を感じる。「登るべし」という断定の表現が、自分の夢に向かって一歩を踏み出したときのことを思い出させてくれる。朝露に濡れながら光の方へと進む朝顔の姿に、私たちもまた、自分の夢を信じて明日へ向かう力をわけてもらえる。作者はそう自分に言い聞かせているようだ。

*本心を開いていたり曼珠沙華 岡田耕治

2026年9月20日日曜日

香天集9月20日 柴田亨、加地弘子、釜田きよ子、三好広一郎ほか

香天集9月20日 岡田耕治 選

柴田 亨
雨雲の近づく日差し摩文仁の丘
現世の舞台改め赤とんぼ
揺れながら風をおさめる赤とんぼ
砂を積むうすばかげろうになりたくて

加地弘子
残り菊黄色どんどん濃ゆくなる
一人送り一人待ち受け流れ星
夾竹桃シッカロールの匂いさせ
野の風はやっぱりいいね萩の宿

釜田きよ子
人間を続ける為の虫の声
人の声遠くに聞こゆ晩夏かな
捕虫網大きな雲を捕まえん
赤とんぼ夕刊読みにやって来る

三好広一郎
泥水を流す汗水雲の峰
秋の日をぐるぐる巻きに孕み猫
靴踏みながら靴探す秋夜会
なかったら白でもいいの菊の花

嶋田 静
星まつり次つぎ着物着せし母
この部屋は泰山木の香り満つ
稲の花おむすび山を近くして
みちのくの風鈴の鳴り姉の声

長谷川洋子
鹿児島の「財宝」思う存分に
ひめゆりの塔を訪う無言にて
水含めずひめゆりの碑の前に来て
ハイビスカス真ん中におく献花かな

宮下揺子
少年は日焼けを嫌い墓参り
唐辛子アバンギャルドの老人よ
足早の看護師を追う秋の風
駅舎静まる空白の残暑

玉置裕俊
じいちゃんの終の病院西日さす
想念を無にしていたる秋刀魚かな
酩酊の支えとしたり芒の穂
花火見る群れに向かって放屁する

橋本喜美子
女子学生農学目指す稲の花
園児らの短冊の空星祭り
秋蟬の声聴きおれば止みにけり
一万歩皆で分け合う氷菓子

北橋世喜子
境内のソフトクリーム十五円
道のほとり命謳歌の蝉一匹
黒髪の叫ぶカラスよ暑かろう
甲子園汗の一球声の波

中島孝子
口すぼめわっと賑やか夏蜜柑
ポリバケツ帽子としたり西瓜たち
蜩を一緒に聞こう地蔵さま
空蝉を両の手に盛り競う子ら

石田敦子
秋暑し球児の入れる土袋
鎮もれる古墳の一樹百日紅
千羽鶴言の葉を添え長崎忌
残る暑さハヤシライスを作りをり

林おうはく
あと少し走ってみるか走馬灯
かき氷染みる頭痛はもう来ない
水芭蕉ニッコウキスゲ尾瀬の雲
地球から喧嘩腰かよ酷暑の日

上原晃子
床下の母の梅酒や酔い心地
酷暑日の美術館内穴場とす
朝光の畑を飛び交い赤蜻蛉
はたはたの立ち幅跳びに水をやる

半田澄夫
緑蔭の絵筆と作句二刀流
地の蝉よそれで終わりかお前さん
五十年手抜きと言わず冷奴
油照床屋のマーク止まりたり

川合道子
風涼しトンネルをぬけ列車くる
廃線のトンネルに入り涼得たり
私より伸びて見上げる猫じゃらし
ぐるぐると回る素麺競い合う

市太勝人
盆休み未来のための休肝日
高校野球ワンセグ見ても始まらず
甲子園ジョディロックの新伝説
ひぐらしや黙祷の闇いつまでも

〈選後随想〉 岡田耕治
揺れながら風をおさめる赤とんぼ 柴田亨
 赤とんぼは、風に翻弄されて揺れ動いているようでいて、その微妙な羽ばたきによって、吹き荒れる風そのものを静め、空間を支配しているかのように見える。「風をおさめる」という主客を反転させた表現が印象的である。自然の力に抗うのではなく、しなやかに風と調和しながら飛ぶ赤とんぼの姿に励まされる。

一人送り一人待ち受け流れ星 加地弘子
 人生における出会いと別れ、あるいは生の循環を夜空の一筋の光に託した句である。「一人送り」という見送りや別れの寂しさと、「一人待ち受け」という新たな生命や訪れへの期待が交錯する。人間の営みを、瞬く間に消えゆく流れ星が静かに照らし出している。

人間を続ける為の虫の声 釜田きよ子
 日々の忙しさや苦悩の中で心がささくれ立つとき、静かに響く虫の声は、失われかけた人間性や心の平静を取り戻させてくれる。「人間を続ける為の」というフレーズに、自然のささやかな声がもたらす救いと浄化作用が凝縮されており、静かな自己対話へと導かれる。

*鬼やんま頭から地に突きささり 岡田耕治

2026年9月13日日曜日

香天集9月13日 三好つや子、牧内登志雄、山内宏子ほか

香天集9月13日 岡田耕治 選

三好つや子
まくなぎの波動につられ立眩む
夜の秋縁の下から名を呼ばれ
回文なのか回答なのか法師蟬
秋うらら週末だけのパンの店

牧内登志雄
竹を伐る使わぬ鉈を磨き上げ
遠くいて戦争を詠む鶏頭花
君と見る恵那山からの天の川
秋蝶や別れは不意に朝のこと

山内宏子
夕焼や友の瞳におさまりぬ
夏の果セキセイインコ無口なり
飼い鳥が歌を忘れて夏がゆく
ブルペンのいかつい腕赤とんぼ

谷村敏子
朝顔の実をポケットに登校す
生き延びて傘寿を迎う白芙蓉
条幅にひらがな三文字夏休
大皿に装いきれない西瓜かな

岡田ヨシ子
涼新た旅をしているテレビジョン
台風の動かなくなる海あり
背伸びして千切る暦に九月来る
掘りたての焼芋一つどうですか

秋吉正子
朝顔やおしゃべりはずむカレーの日
麦こがし坊主頭がほおばりぬ
アツイしか言う事のない日々草
積まれたる東野圭吾秋灯下

大里久代
灼熱の中をも枯れず秋の草
ハ十一年祈る長崎蜻蛉舞う
秋立つや千本の手の仏さま
台風は上陸するか逆走か

西前照子
水やりを忘れていたる残着かな
迎え盆小豆を炊いて供えけり
震災忌心をそえる献花台
亡き友の通った坂よ秋高し

〈選後随想〉 岡田耕治
夜の秋縁の下から名を呼ばれ 三好つや子
 「夜の秋」の静かさの中、縁の下という意外な場所から名を呼ばれた一瞬の驚きを描く。縁の下から名前を呼ぶのは、誰なのか。怪異とも日常の一コマとも取れる不思議な臨場感があり、つや子さんの真面目な遊び心が光る。

竹を伐る使わぬ鉈を磨き上げ 牧内登志雄
 日常使わずにいた鉈を研ぎ澄まし、意を決して竹林に向かう。竹を伐るのは専用の鋸(のこぎり)であることが多いが、鉈(なた)は小枝を払うときに必須の道具だ。道具を磨く手仕事の手応えと、竹を伐る際の張り詰めた空気が心地よい。登志雄さんの澄んだ眼差しが感じられる佳句である。

背伸びして千切る暦に九月来る 岡田ヨシ子 
 壁の高い位置にあるカレンダーを背伸びして一枚千切るという、日常の何気ない動作をとらえた。季節の変わり目をただ眺めるのではなく、全身を使った身体感覚を通して「九月」の到来を実感している。ヨシ子さんは、この9月で95歳を迎える。

*秋扇姉さんは今日休みどす 岡田耕治

2026年9月7日月曜日

夏惜しむ解のない本立ち並び 玉記玉

〈俳句物語〉 岡田耕治

夏惜しむ解のない本立ち並び 玉記玉

 彼は大学の非常勤講師を務めている。博士課程修了から5年。18歳人口の減少に伴い正規ポストへの道は狭く、複数の大学を掛け持ちして講義をこなす毎日は常に綱渡りだ。

 非常勤講師の契約は、1コマ単位であり、例えば半期(4月から8月)に1コマ(15回)を担当したとしても、月々の手取りはわずか3万円程度にすぎない。しかも授業が行われない3月と9月は無収入になるため、生活を維持するためには前期・後期ともに最低でも週7コマ以上を死守しなければならない。

 「自分は、いったい何のために教えているのだろう」

 提出されたレポートには、生成AIで書かれたと確信できるものが溢れていた。誤字脱字はなく洗練されているが、書かれているのは抽象的な総論ばかり。誰からも非難されない「安全策」の結論が並ぶ。魂の通っていないレポートをめくり、点数をつける作業は、自身の人生をすり減らすかのようだった。

 このままでは、教える側も学ぶ側も干からびてしまう。そう感じた彼は、この期末の課題を大きく変更することにした。

「将来自分が授業を作る上で、探求し続けたい『問い』を100字以内で表現し、15回のどの学びに着想を得てその問いに至ったのかという背景を400字以内で記述しなさい」

 この試みは、想像以上の変化をもたらした。提出された一枚一枚のレポートから、学生たちの生の体温が伝わってくるようになった。インターネットの海に漂う「過去の既製の答え」ではない、回答する学生自身がこれから向き合っていこうとする、切実な「未来の問い」が見えてきたのだ。

「過疎地のバスが廃止になる場合、そこに住むお年寄りの『移動の自由』をどう保障していけばいいか」

「アルバイト先で不当な労働を強いられた時、私たちは法をはじめ、どのような手立で自分を守ることができるか」

 拙くとも、必死に頭を悩ませて紡ぎ出された言葉たち。それらを読んでいると、彼自身の胸の奥にも、眠っていた熱い火が灯るのを感じた。レポートを採点する時間は、いつしか彼にとって、自らの授業をより良くするためのヒントに満ちた対話の時間へと変わっていった。

 彼の専門である「公共」という科目は、「正解のない社会課題に対して、自分ならどう判断するか」を主体的、対話的に考えるためにある。答えがないからこそ、彼の質素なアパートの本棚には、哲学的思索の本、社会の対立や倫理的葛藤を扱う本、先端科学や社会課題の境界線を扱う本が、ぎっしりと、少し誇らしげに並んでいる。

 本棚を眺める彼の目には、かつて研究を志した頃の純粋な輝きが戻っていた。学生たちの問いに励まされるようにして、彼は久しぶりに、自分のために買っておいた本を開く時間を作り出すことができそうだ。

夏惜しむ解のない本立ち並び 玉記玉


香天集9月6日 玉記玉、森谷一成、佐藤静香、釜田きよ子ほか

香天集9月6日 岡田耕治 選

玉記玉
夏惜しむ解のない本立ち並び
無花果の葉の暗がりへ迂回せよ
うす蒼き墨書に姿態十三夜
ミューズとは水に匂える鰯雲

森谷一成
渋滞灼くる迷彩服の真横なり
饒舌を殺してあげるアイスバー
スカートへ跳び縄かかる敗戦日
食パンの耳にとどまり秋暑し

佐藤静香
八月や魚礁となりし沈没船
地平線へ消ゆるハリマオ初嵐
百年を一夜と思ふ生身魂
石一つ墓標となりぬ夏の峰

釜田きよ子
逝く夏の雲の色にも疲れ見え
空蝉の飛んでも見たき青い空
鬼百合の鬼の部分を隠しけり
裸足にて地球の丸さ確かめる

佐藤浩章
仏飯の湯気やはらかや冬近し
告げず逝く猫のならわし秋の虹
今日の月和室の丸き明かり窓
蒼穹のひとり芝居を松手入

佐藤諒子
みんみん蝉仕舞いすることふとよぎり
亡き父母の声溢れくる大夕焼
秋の蚊の確かめており風の音
天の川見上げし父の息若し

神谷曜子
後戻りできない地球熱帯夜
深眠る体内にある涼しさに
原爆忌美輪明宏を語り合う
熊本の地震再び夏の雲

小﨑ひろ子
転居後の荷物の中に揚羽あり
転送をされ来し俳誌今朝の秋
呼吸せりつきかげのある庭に出て
本の間を裸足で歩く鈴虫鳴く

宮崎義雄
朝潮やタモをはみ出す居着ちぬ
釣人の覗けるスカリ居着ちぬ
盂蘭盆の袈裟をなびかせスクーター
秋出水車中の人の流れ来る

楽沙千子
大西日満ちしポストへ投函す
半世紀泉州に住む端居かな
畳目にのばす膝裏夜の秋
秋暑し市が配りたる備蓄水

垣内孝雄
道端に空缶ふたつ草の花
いとほしきあの娘の庭よゆすらうめ
厚切りのトーストひとつ今朝の秋
秋茄子を上手に煮付け古女房

半田澄夫
男日傘太陽の位置知ることに
雲の峰検査結果に異常なし
車椅子押しつ踊らん盆太鼓
炎帝を意にも介さずランドセル

上原晃子
畑畝のコスモス二輪梅雨上がる
見つけたりこんなところに茗荷の子
猫じゃらし売地広しと風遊ぶ
あめんぼの小さな水の家族かな

松田和子
藁葺きと友禅菊の里しずか
花野風騒がしくなり明日香村
ひっそりと木守二つ嵯峨野道
秋桜聞くともなしに鳥の鳴く

川合道子
宇宙から帰るあさがお我が庭に
信号の赤に変われる酷暑かな
夏山のゴンドラ一人空散歩
散歩するどこまでも蝉時雨かな

市太勝人
「王国を倒せ」短夜寝不足に
梅雨あがる本格中華八宝菜
盛り上がる同率同士夏休み
モルツ祭ビール一杯飲み放題

大西孝子
天高く大輪の花咲き乱れ
白目高眺めていたる夕べかな

〈俳句物語〉 岡田耕治

夏惜しむ解のない本立ち並び 玉記玉

 彼は大学の非常勤講師を務めている。大学院の博士課程を修了して5年が経つが、18歳人口の減少の波は容赦なく大学業界を浸食していた。あちこちの大学で募集停止や統廃合が囁かれ、かつては学問の象徴であったはずのキャンパスが次々と姿を消していく。それに伴い、助教や専任講師といった正規のポストへの道は、年を追うごとに狭き門となっている。
 非常勤講師の生活は、常に綱渡りだ。1コマ単位の契約であり、例えば半期(4月から8月)に1コマ(15回)を担当したとしても、月々の手取りはわずか3万円程度にすぎない。しかも授業が行われない3月と9月は無収入になるため、生活を維持するためには前期・後期ともに最低でも週7コマ以上を死守しなければならない。複数の大学を掛け持ちし、満員電車に揺られながら講義をこなして、ようやく得られる年収は210万円ほど。彼の専門である社会科教育の講義と、得意な英語の講義を合わせて、現在は3つの大学で年間15コマを何とか担当している。
 夏の盛り、前期の講義がすべて終わり、山積みの期末レポートを前にすると、決まって胸の奥に冷たい虚しさが広がった。
「自分は、いったい何のためにここで教えているのだろう」
 そう自問せずにはいられないほど、提出される学生のレポートには、生成AIによって書かれたと確信できるものが溢れていた。誤字脱字は皆無で、文法も段落構成も完璧。一見するときわめて洗練されていて、読みやすい。しかし、そこに書かれているのは抽象的で総論的な表現ばかりであり、結論は決まって誰からも非難されない「安全策」に落ち着いている。整然と並ぶ、魂の通っていないレポートを一枚一枚めくり、淡々と点数をつけていると、まるで自分の人生そのものをすり減らしていくかのような虚しさに襲われる。
 このままでは、教える側も学ぶ側も干からびてしまう。そう感じた彼は、この夏の課題を大きく変更することにした。
「今後自分が授業を作る上で、探求し続けたい『問い』を100字以内で表現し、15回のどの学びに着想を得てその問いに至ったのかという背景を400字以内で記述しなさい」
 この試みは、想像以上の変化をもたらした。提出された課題の字数は従来の半分になり、何より一枚一枚のレポートから、学生たちの生の体温が伝わってくるようになった。最初の100字に書かれているのは、インターネットの海に漂う「過去の既製の答え」ではない。回答する学生自身がこれから向き合っていこうとする、切実な「未来の問い」だった。
「過疎地のバスを廃止すれば、そこに住むお年寄りの『移動の自由』はどう保障されるべきか」
「アルバイト先で不当な労働を強いられた時、私たちは法を武器にどう自分を守るべきか」
 拙くとも、必死に頭を悩ませて紡ぎ出された言葉たち。それらを読んでいると、彼自身の胸の奥にも、眠っていた熱い火が再び灯るのを感じた。レポートを採点する時間は、いつしか彼にとって、自らの授業をより良くするためのヒントに満ちた対話の時間へと変わっていった。
 彼の専門である「公共」という科目は、暗記中心の古い社会科から脱却し、「正解のない社会課題に対して、自分ならどう判断するか」を主体的、対話的に考えるためにある。答えがないからこそ、彼の質素なアパートの本棚には、哲学的思索の本、社会の対立や倫理的葛藤を扱う本、先端科学や社会課題の境界線を扱う本が、ぎっしりと、そして誇らしげに並んでいる。本棚を眺める彼の目には、かつて研究を志した頃の純粋な輝きが戻っていた。学生たちの問いに励まされるようにして、彼は久しぶりに、自分のために買っておいた本を開く時間を作り出すことができた。
 そんな8月の半ば、一番多くのコマ数を持っていた大学の人事担当から、一通のメールが届いた。それは、彼を特任助教として、9月から2年間採用するという通知だった。社会科を担当する教授が「サバティカル制度」を利用してアメリカの大学へ長期研修に赴くことになり、その代講として期限付きの教員募集が出ていたのだ。彼は春先に祈るような気持ちでそれに応募した。2年という期限付きではあるものの、ついに「非常勤」のループから一歩踏み出し、自らの足で研究者としてのスタートラインに立つことができるのだ。
 8月15日。彼は母校のキャンパスの隣にある、木々の生い茂る公園にいた。涼やかな音を立てて上がる噴水を見つめながら、彼は隣に立つ女性の手を握り、静かな声でこう告げた。
「学生時代から6年間、自分の不確かな未来をずっと支えてくれて、本当にありがとう。秋から大学の助教として働けることになったよ。ここからが研究者としての本当のスタートだし、まだまだ険しい道かもしれない。でも、これからの人生もずっと、あなたと一緒に歩んでいきたい。僕と、結婚してください」

夏惜しむ解のない本立ち並び 玉記玉

*花梨の実アイデアを絵にしていたる 岡田耕治

2026年8月30日日曜日

香天集8月30日 渡邉美保、中嶋飛鳥、辻井こうめ他

香天集8月30日 岡田耕治 選

渡邉美保
青鷺の夕影揺れてゐる水面
盆提灯吊り草色の兄のこゑ
古井戸を覗いてゐたり今朝の秋
鶺鴒に崖つ縁へと誘われる

中嶋飛鳥
墓原へ昔とんぼを先立てて
面面の誰彼と無し小鳥来る
百葉箱へ秋蛇の擦過音
平仮名にすれば澄みたり虫の秋

辻井こうめ
新生姜紫蘇にむらさき賜ひをり
水拭きの床にゴロンと大南風
誰か知る高野箒の花さかり
おでましは隣町より竜田姫

古澤かおる
枯向日葵後ろへ回り眺めけり
向日葵の枯れつつ太き声出しぬ
脂ぎる男にピアス大夕焼
扇買う母の扇に似た色の

橋本喜美子
百一歳生きていますとマスクメロン
急流に食らひ付きたり水馬
マンゴーや名カフェ風に切り分けて
山鉾のはつと息止め辻回し

北橋世喜子
背を丸めやっと脱げたる汗のシャツ
西瓜割一人の声を頼りとす
指揮棒や一斉に合う蝉時雨
モンゴルの飲み込まれいる天の川

中島孝子
炎天の壁を閉ざせり園児の顔
町並みを丸ごと写し田水沸く
蝉時雨波打つ音に吸い込まれ
水すくう蕗の広葉を丸めいて

河野宗子
和三盆の糖ほどけゆく合歓の花
甲子園の熱戦つづく娘の手術
葉脈の波打っている擬宝珠かな
裏庭の桔梗を写し友のこと

田中仁美
目覚めれば手術の終わり蝉しぐれ
麻酔から覚めたるうつつ秋の風
退院の窓から入れて秋の風
夕涼の靴紐キュッと散歩する

林おうはく
幾億年かけて旅路の天の川
夜の音つかみ損ねる夏つばき
青鷺や首をかしげて鯉を見る
ツィーと来て我を見て去る蜻蛉かな

吉丸房江
地球儀のどこへ廻すも猛威の夏
くれぐれも御無理なさらず蝉しぐれ
水に浸けラグビーシャツの熱帯魚
新作のマネキンにして秋の風

〈選後随想〉 岡田耕治
鶺鴒に崖つ縁へと誘われる 渡邉美保
 小刻みに動く鶺鴒(セキレイ)の姿が、まるで導き手のように崖の縁へと見る者を誘う。小さな鳥の軽快さと、足元の危うい崖っぷちとの対比が、緊張感を際立たせる。気がつくと、私たちは「際」の世界へ引き込まれそうになっていますよ、そんな美保さんの静かな声が聞こえてくる。

面面の誰彼と無し小鳥来る 中嶋飛鳥
 集まろうとしている「面面」は、どんな人たちだろうか。そこに、気ままに飛来する小鳥たち。「誰彼と無し」という表現に、小鳥たちの無邪気さと、世間の煩わしさから解き放たれようとする時間の柔らかさを感じる。飛鳥さんには、集まってくる面面もまた小鳥のように見えたのかもしれない。

 水拭きの床にゴロンと大南風 辻井こうめ
 拭き上げたばかりの床のひんやりとした感触と、そこに寝転がったときの解放感。そこへ湿った「大南風」が吹き抜けてくる。水拭きの終わった静かな空間に、「大南風」という激しいエネルギーが乱入するという、こうめさんのこの動的な対比が、今年の夏の体感を鮮明に描き出している。

*どこまでもコンクリートの穴惑 岡田耕治

2026年8月27日木曜日

香天本誌84号

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香天 koten   2028年8月   通巻84号
目次

招待作品           2 本幡楽径
代表作品           4 岡田耕治
受賞作品           7 夏 礼子
同人集            8 50音順送り 本号は「い」から
                岩橋由理子、上田真美ほか
同人集五句抄        26 砂山恵子、髙橋もこ他
同人作品評         27 森谷一成
特集・湯屋ゆうや句集『平飼卵』
こんな句、見たことない   30 安田中彦
響く身体          33 森谷一成
句集『平飼卵』         35 渡邉美保、柴田 亨
『平飼卵』作品鑑賞     40 西本君代、谷川すみれ
自選20句・句集を上梓して 42 湯屋ゆうや
香天集十句選        44 佐藤静香
季語随想          46 三好つや子
随想・エッセイ       47 綿原芳美、辻井こうめ
俳句物語          50 岡田耕治
香天集  岡田耕治 選     62 渡邉美保、玉記 玉ほか
 選後随想         95 岡田耕治
句会案内          96

2026年8月23日日曜日

香天集8月23日 加地弘子、谷川すみれ、夏礼子、柏原玄ほか

香天集8月23日 岡田耕治 選

加地弘子
ベーコンと炒めるキャベツ透き通る
白きもの不思議に動く蟻の道
手花火や大人ばかりとなりにけり
雲の峰片足立ちを得意とす

谷川すみれ
七夕やすぐに白紙に変えており
青蜜柑小さな傷の匂いけり
その家の色になりたり夕化粧
ガラス戸の向うは夢よねこじゃらし

夏礼子
寝返りの波の数ほど明易し
頭より記号めく声水中花
生温き水を飲みこむ敗戦日
熱帯魚パントマイムの始まりぬ

柏原玄
今上の深き吐息や沙羅の花
原爆手帳八月六日を語る父
残照の今を確かにつくつくし
あこがれて憧れられて生身魂

春田真理子
炎天の一輪車押す現場女子
地境を越えて座りし南瓜かな
旱星家へ帰らず斎場へ
月碧し他界へ捧ぐ麩まんじゅう

嶋田静
放哉の句が風鈴と揺れてあり
「蝉の声聞こえますか」と始まりぬ
まだ咲かぬ朝顔一花待っており
秋暑し右脳左脳と交錯し

金童こねみ
何も無いその日が奇跡百日紅
善と悪の間に生きる夾竹桃
盆踊一人一人が主役なり
人生のお釣を生きて盆踊

木村博昭
黒牛の哀しき眼して秋を待つ
塩を舐め蜜を嘗めつつ夏を越す
ゆびきりの指が忘れて夏終る
山頂へ残照のあるつくつくし

砂山恵子
箸使いきれいな人の食む秋刀魚
いたづらを叱りひぐらしただ聞いて
売るものにどこか影あり草の市
八月や肩を並べて迫るもの

木南明子
足垂らす蜂に水かけ宿はどこ
消してより轟く花火聞いており
何もかも放り出したる酷暑かな
赤蜻蛉家に入れば死ぬだけよ

前藤宏子
土用餅もう食べたかとメールせり
夏痩せの気配などなく生きている
抹茶立て静かに秋を待っており
秋暑し飛行機雲ははっきりと

目美規子
盆参り修業の息子従えて
子に見せるライフジャケット雲の峰
加太の海蔦が描ける夏の果
故郷に帰るほかなし遠花火

安部いろん
鬼虎魚死は狼狽えるものでなし
閻魔へと返信をする大西日
大西日終末の笛響かせて
ウロボロスメビウス茅の輪夢幻の輪

森本知美
つくつくし鳴き始めたり六地蔵
肩車空の花火に手を伸ばす
本堂に梅ジュース飲む皆余生
平和とや雄花ばかりのかぼちゃ咲く

安田康子
油照り人も車も不整脈
煮て焼いて炒めて漬ける茄子かな
病葉や乗り越えてくることのあり
命日の心に沁みる蝉の声

松並美根子
じゅうぶんに鳴きて虚空へ油蝉
昨日とは違う風なり猫じゃらし
照り返すビルの眩しや秋雀
秋の空笛や太鼓へちから水

宮下揺子
良いように記憶上書き原爆忌
手の甲の採血跡や胡瓜揉む
酔芙蓉無人の野外劇場に
炎天や戦禍の跡に立っており

俎石山
みたらし団子くわえた犬が通り過ぎ
みたらし団子くわえた仔らの縁かな
冷奴間に挟み恋仇
冷奴突つく相手を間違える

岡田ヨシ子
網戸拭くヘルパーさんが来る前に
汗落とす百円玉の洗濯機
半袖を選ぶテレビの予報にて
かき氷広間に笑顔集まりぬ

川端大誠
夏休み白球を追う私たち

川端勇健
炎天下タオルに座る甲子園

川端伸路
水やりのやる気が出ない夏休み

〈選後随想〉 岡田耕治
手花火や大人ばかりとなりにけり 加地弘子
 かつては子どもたちの歓声で賑わった花火の輪。気がつけば子どもの姿はなく、大人ばかりで小さな火花を見つめている。弘子さんの子ども時代への郷愁と、全員が歳月を重ねて大人になった切なさが漂う。手花火のともしびが、消えゆく人生の時間を静かに際立たせている。

ガラス戸の向うは夢よねこじゃらし 谷川すみれ
 ガラス戸という一枚の隔たりを境に、室内と屋外の世界が鮮やかに対比されている。外で風に揺れるねこじゃらしの風景が、ガラス越しに見ることでどこか幻想的で手の届かない「夢」のように思える感覚。日常のふとした瞬間に宿るすみれさんの詩情と憧れが表現されているようだ。

寝返りの波の数ほど明易し 夏礼子
 熱帯夜が続いているが、寝苦しさに幾度も寝返りを打つうちに、夜が明けてくる。体を裏返す動作を「波の数」と表現することで、礼子さんは、まどろみと覚醒の間を行き来する心地よさと怠さを深く捉えている。白々と明けていく夏の朝の空気感と焦燥感が重くも鮮やかだ。

原爆手帳八月六日を語る父 柏原玄
 多くを語らない父が、原爆手帳を手に静かに口を開いた。玄さんのお父様は、呉の軍港で被爆されたと聞く。被爆の記憶と歴史の傷痕を記したこの手帳は、沈黙の時間を越えて惨禍を伝える証言者となっている。子へ事実を継承しようとする父の強い覚悟、そして「八月六日」の静かな決意が胸に迫る。

地境を越えて座りし南瓜かな 春田真理子
 隣の畑との境界線を、伸びたつるの勢いで軽々と超えて実を結んだカボチャ。人間の作った勝手な境など知る由もなく、大らかに太陽の恵みを吸収して育つ姿にほっこりさせられる。生命力のたくましさと可笑しみ、真理子さんならではの真っ直ぐなユーモアが心地よく表現されている。

放哉の句が風鈴と揺れてあり 嶋田静
 尾崎放哉のどこか寂しく切ない句が、夏の風に鳴る風鈴とともに揺らめいている。句稿を見ると、静かさんは小豆島の「南郷庵(みなごあん)」を訪ねられたようだ。涼やかな音色の中に、ふっと立ち現れる放哉の切なさが余韻として広がる一句だ。

人生のお釣を生きて盆踊 金重こねみ
 先日の泉佐野句会で話題になった句。こねみさんが、与えられたこれからの時間を「人生のお釣り」と表現したところに共感が集まった。どこか肩の力が抜けたこの表現が、生者と死者が交錯するお盆の夜に、生きている歓びを素直に噛みしめる、温かくも深みのある一句の核になっている。

*上薬何も使わず天の川 岡田耕治

2026年8月16日日曜日

香天集8月16日 柴田亨、湯屋ゆうや、三好広一郎、前塚かいち他

香天集8月16日 岡田耕治 選

柴田亨
銀漢やペンダントなる母の骨
八月は憎し愛おし夾竹桃
蛞蝓の虹色の道消えている
うずくまる時の来にけり大蚯蚓

湯屋ゆうや
茸汁母に似てくる吾を笑う
夏の果脚の形に干すズボン
夜業なき日には電話をくれるひと
叱られつ蠅捕紙の下にいる

三好広一郎
シアンのインク激減夏大好き
喜雨の朝善男善女溶き卵
帯紐の紅から燃える晩夏かな
寺町は影多い町秋を待つ

前塚かいち
人類の夕方に咲きサルスベリ
アンパンマンはブッダの化身昼寝覚
ふるさとの除草終えたる夜の秋
もう少し生きよと蝉を放ちけり

加地弘子
やっと会う面会室の星祭り
デンと居る今ほしいのは蠅叩き
蝉しぐれユンボが止まり啼き代わる
八月の米研ぐ右手赤くして

平木桂
ピカドンと呼びし父母盆の月
何もせぬ贅沢な時蝉時雨
相槌を上手く打つ人心太
舞鶴の夏草深み護衛艦

上田真美
みどり児の腕をつたえる玉の汗
指先に汗かく兄の不器用さ
真夏日や出しなに水を亀の背に
風通す混ざらぬように交わりぬ

長谷川洋子
鍵善の扁壺を見たくなる葛よ
涼新た皿なる河井寛次郎
棟方の蓮に釉薬走りけり
ドビュッシー月の光に包まるる

砂山恵子
さつと焼く三伏の夜のみりん干
影もまた色のひとつや夏の山
冷麦や昔の色のハムが出て
青梅や自宅出産三代目

蜻蛉釣
秋暑しドレミの歌を九部刷って
親戚が集まっていた頃の盆
濁酒父のお古の季寄かな
送火の着いていきたい祖母の背な

佐藤浩章
おこぼれのタップダンスや白鶺鴒
法師蝉美空ひばりの大杉に
鳴り渡る宣伝飛行秋暑し
文月や机に満つる圭吾の書

楽沙千子
物音を閉ざしていたる炎暑かな
捕虫網立てかけて今ゲーム中
無となりて写経に向かう涼新た
秋めくや書き溜めし絵を整える

〈作品鑑賞〉 岡田耕治
銀漢やペンダントなる母の骨 柴田亨
 広大な宇宙の銀河と、ペンダントの中に収められた母の遺骨。この対極にあるミクロとマクロの対比が鮮烈だ。死者は、星の海へ還るという思いも想起でき、物理的な距離を超えて母と子のつながりを永遠のものとして描き出している。静謐さの中のこの諦念は、美しい。

叱られつ蠅捕紙の下にいる 湯屋ゆうや
 叱責を受けた直後の、逃げ場のない気まずさと重苦しい空気が見事に切り取られている。蠅捕紙という懐かしい道具が、その場の湿り気や閉塞感、そして子どもの言いようのない疎外感を視覚と触覚の両面から呼び覚ます。写実的でありながら、心理描写に長けた佳句。

寺町は影多い町秋を待つ 三好広一郎
 寺町という空間の持つ独特の静寂と歴史の重なりが、「影多い」という措辞によって象られている。晩夏光が落とす濃い影に、どこか死者の気配や歳月の深みが重なる。「秋を待つ」という結びにより、作者が「秋」として表現したかったのは何かを想うことができる。

人類の夕方に咲きサルスベリ 前塚かいち
 「人類の夕方」という時間感覚を提示し、そこに平然と咲くサルスベリを配したことで、文明の終焉と自然の生命力が対比されている。敢えてカタカナで表記したことによって、時間の流れを冷徹に見つめつつ、この時代の不安を感じさせる、極めて哲学的な一句となった。

*秋風を待つことにするグラスかな 岡田耕治

2026年8月9日日曜日

一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄

〈俳句物語〉 岡田耕治

一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄


妻)ねえ、この胸に絵を描いてくれない?

夫)え、どうして? サプライズ?

妻)ううん、今日で最後にしたくて……。もう、おっぱいを卒業させてあげたくて。

夫)なるほどね。何を描けばいい?

妻)顔かな。「へのへのもへじ」なら、この子も笑ってくれるかも。

夫)わかった。じゃあ、とびきり愉快な顔を描くよ。

妻)ひゃあ、筆が冷たい。

妻)じゃあ、ちょっと抱っこしてみるね。

夫)どう? びっくりしてるかな。

妻)だめみたい。この子にとっては一番安心できる場所なんだね。ほら、口の周りが真っ黒になっちゃった。

夫)ほんとだ。あーあ、鼻まで真っ黒。

妻)ねえ、明日はお酢を塗ってみようかな。

夫)そこまでしなくても……。

妻)でも、育休も終わるしね。一歳になるってことは、そういうことなんだよね。少し、寂しいけど。

夫)そうだね。今夜は、この真っ黒な顔のまま、たっぷり甘えるか。


一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄



香天集8月9日 宮崎義雄、三好つや子、佐藤諒子、佐藤静香ほか

香天集8月9日 岡田耕治 選

宮崎義雄
片陰や乾ききったる吊し肉
人影の畦に現れ大花火
行水や乳吸う吾子の腕太し
一歳へ裸の乳に文字を描く

三好つや子
トマトこの感電しそうな光捥ぐ
熱帯夜五臓六腑が浮いている
八月のここから鶴になる折り目
白雨過ぐ東野圭吾ありがとう

佐藤諒子
髪という髪かき上げる暑さかな
豊作の胡瓜を今日はどちらへか
一筋の光を散らし鉄風鈴
幼子や瓜番小屋に背負われる

佐藤静香
ヒマラヤのピンクの岩塩鱧料理
みづうみの青をうつして夏衣
ロープウェイ青葉の渓へ落ちてゆく
炎天の塩の道行く歩荷かな

牧内登志雄
付箋紙の青赤黄色夏期講座
炎昼やハトの鳴かない時計台
反り返る角持て余し甲虫
向日葵のあちこち向いてそれがいい

松田和子
AIの答はやさし文字摺草
港なる舳先の貝よ天の川
広重の雨を見ているヨットの帆
全車両台湾の絵に夏休

垣内孝雄
老鶯の勇める老の朝かな
待ちゐたる鄙のバス停蛍の夜
夏休檻のゴリラと河馬の尻
秋入日けんけんぽして仲直り

谷村敏子
部屋中に辣韮匂う朝までも
仏壇の父へと五粒さくらんぼ
まず描かん枝付枇杷の艶やかを
朝の日に緋色となりぬ目高の子

秋吉正子
飛び立てば帰れぬ知覧夾竹桃
このシーン前に読んだよ蝸牛
運玉に入れと願う梅雨晴間
近道は線路をまたぐ千日紅

大里久代
のねじ花やくるくる話回り出す
一輪も咲かず紫陽花繁りけり
獅子舞に頭がぶられ厄払い
夏台風次から次とせめてくる

北岡昌子
帚持つ穴から蜂に刺されけり
あじさいをクラフト編みで作りおり
お茶席や牡丹の花の菓子が出て
おはらいの終わりし茅の輪硬くなる

西前照子
里芋や暑さをしのぐ藁を掛け
猫の子よ親が帰らず鳴き交わす
赤紫蘇のジュースへ紫蘇を戻しけり
落花生収穫願い草を引く

山内宏子
京の夏ひたすら歩きおばんざい
異国の夏さむらいブルー疾走す
木星と金星並ぶ夏の月
嵐去り梅の実一つ道にあり

〈俳句物語〉 岡田耕治

一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄

妻)ねえ、この胸に絵を描いてくれない?
夫)え、どうして? サプライズ?
妻)ううん、今日で最後にしたくて……。もう、おっぱいを卒業させてあげたくて。
夫)なるほどね。何を描けばいい?
妻)顔かな。「へのへのもへじ」なら、この子も笑ってくれるかも。
夫)わかった。じゃあ、とびきり愉快な顔を描くよ。
妻)ひゃあ、筆が冷たい。
妻)じゃあ、ちょっと抱っこしてみるね。
夫)どう? びっくりしてるかな。
妻)だめみたい。この子にとっては一番安心できる場所なんだね。ほら、口の周りが真っ黒になっちゃった。
夫)ほんとだ。あーあ、鼻まで真っ黒。
妻)ねえ、明日はお酢を塗ってみようかな。
夫)そこまでしなくても……。
妻)でも、育休も終わるしね。一歳になるってことは、そういうことなんだよね。少し、寂しいけど。
夫)そうだね。今夜は、この真っ黒な顔のまま、たっぷり甘えるか。

一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄

*大根蒔く小さな願いごととして 岡田耕治

2026年8月2日日曜日

香天集8月2日 渡邉美保、玉記玉、中嶋飛鳥、辻井こうめ他

香天集8月2日 岡田耕治 選

渡邉美保
体幹を鍛へががんぼ父になる
薄味に煮つける魚半夏雨
余生とか晩年だとか浮いてこい
夕焼を見て指切を思ひ出す

玉記玉
唐突に浮人形と知らされる
ぬめるものみんなで覗く夏の浜
めまといの貌が見たくて加わりぬ
九月来る机は厚い音を持ち

中嶋飛鳥
水無月の熱の眼にある目分量
蜜月のはじめと終り木葉木菟
夏の月知りながら問う間柄
半分の大きな方を汗の腕

辻井こうめ
緑さす多目的なる照坊主
南風吹く塗りて間のなきポストにも
微睡めば烏瓜咲く夕べかな
視線合ふ隠れ上手の青蜥蜴

森谷一成
水草の花このたびは黄の宇宙
いつよりか悪にくたびれ牛蛙
ががんぼの蜜を恃みのスクワット
塩飴をしゃぶり値動き見ておりぬ

浅海紀代子
日めくりに涼しき日取ありにけり
足音の返らぬままや花はちす
始まりは酷暑のドアを開けてより
年寄と思えぬ汗を拭いおり

神谷曜子
盆用意生き足りぬとは思わない
省略をすることの増え盆用意
老いし身に喝入れてくる蝉時雨
薄暑中爺の魚屋取り壊さる

河野宗子
酷暑日の入り日地面を叩きつけ
救急車夜通し走る酷暑の日
花びらがちぎれそうなり夏の風
朝蝉や双子卵割る白き皿

田中仁美
青葉風明日を信じる手術室
夏の夜スマホでかざす星の精
早朝の鋏の光り茄子を摘む
蝉しぐれ祖父の顔みて泣く二歳

岡田ヨシ子
シルバーカーつきて散歩の汗の顔
大部屋の一面に吊り夏衣
生きやすい気温になれと手を合わす
エアコンやなおお誘いの来なくなり

〈俳句鑑賞〉 岡田耕治
余生とか晩年だとか浮いてこい  渡邉美保
 美保さんは、「余生」や「晩年」といった言葉に収まることを良しとしないようだ。水面に浮かぶ「浮人形」のように軽やかに生きたいという意志を読み取ることができる。重苦しい老いのイメージを遊び心で撥ね退け、かつて子どもと遊んだ玩具のごとく、何度でも浮上してやるという自由な精神が心地よい。世間のレッテルを笑い飛ばす、軽快な自己肯定の句である。

めまといの貌が見たくて加わりぬ  玉記玉
 「めまとい」は夏の山道で顔にまとわりつく煩わしい虫。普通なら払い除けるところだが、玉さんはその「貌」を見たいという好奇心から、群れの中に入っていく。不快な存在へと歩み寄ろうとする観察への執念を感じさせる。飛び交う小さな虫たちが、この絶え間ない乱舞によって命を支えているとすれば、私たち人間もそうであるのかも知れない。

蜜月のはじめと終り木葉木菟  中嶋飛鳥
 濃密な「蜜月」の始まりと終わりを、わずかな言葉で鮮やかに提示している。そこで響くのがコノハズクの声だ。「ブッ・ポー・ソー」という森からの調べは、かつては祝福の響きだったはずが、今や静寂を際立たせる響きとなっている。飛鳥さんは、人間界の愛憎劇を、夏の夜の闇と鳥の声によって冷徹に表現しようとしている。

視線合ふ隠れ上手の青蜥蜴  辻井こうめ
 夏の光の中、素早く身を隠す青蜥蜴。ふとした瞬間にその目とこちらの目が合う。こうめさんの「視線合ふ」という言葉選びが秀逸だ。完璧に隠れたつもりの蜥蜴と、それを見つけ出した人間との一瞬の緊張。次の瞬間には消えてしまうだろうが、夏の陽射しの中で繰り広げられる、これは小さなサスペンスにちがいない。

*青を足すために見ている螢かな 岡田耕治

2026年7月26日日曜日

耳朶を嬉しがらせる夏帽子 柏原 玄

〈俳句物語〉 岡田耕治

耳朶を嬉しがらせる夏帽子 柏原 玄

 妻を亡くして八年が過ぎた。何処へ行くにもいつも一緒だったから、別れた直後は「なぜ自分だけが残されたのか」という深い脱力感に苛まれたものだ。一周忌を過ぎ、「いつまでも沈んでいては妻が心配する」と自分に言い聞かせ、これからの人生を模索してきた。とはいえ、ふとした瞬間に、共有相手のいない孤独が胸を突くことは今も変わらない。

 二人で出掛けた先の思い出が蘇ったり、耳許で囁く妻の声が聞こえたりするたび、今も静かな切なさが胸をかすめる。けれど、七回忌を過ぎた頃からだろうか、妻は「失われた人」から、私の中でいつまでも生き続ける「かけがえのない存在」へと、静かに姿を変えたように思う。

 今日の猛暑の中、友人からカラオケに誘われた。若い頃は妻の装いに合わせてシャツやジャケットを選び直し、お洒落を楽しんだものだが、今ではお気に入りを丁寧に着回すようになった。髪が薄くなり、日除けのために被り始めた帽子も、今や隠すためではなく、自分を整えるための相棒だ。この帽子を被る時、かつての喪失感とは違う、新しい誇りのようなものが宿るのも、七回忌を過ぎた頃からだ。

 今日選んだのは、つばが控えめなストローハット。被った瞬間、庇(ひさし)が作る日陰が耳元までスッと広がる。帽子の編み目から抜ける微かな風が、ふと私の耳朶(みみたぶ)をかすめていく。

「お父さん、今日の帽子、似合ってるわよ」

 まるで妻が隣で微笑んでいるかのようなその声を聞きながら、私は少し背筋を伸ばし、駅へと続く道を歩き出した。



香天集7月26日 柏原玄、夏礼子、平木桂、春田真理子ほか

香天集7月26日 岡田耕治 選

柏原 玄
耳朶を嬉しがらせる夏帽子
落日へ一日をひろげひつじ草
滝壺に一昨々日をたずねけり
二十年前の息せり夏衣

夏 礼子
グラジオラススマートフォンに皆向かう
待ち兼ねる雨の匂いのかたつむり
立ち位置のぼやけてきたり七変化
梅雨しとど単3乾電池が切れる

平木 桂
今はもう控えめでよし濃紫陽花
首垂れカサブランカと謹慎中
石畳猫とたゆたう白夜かな
箴言を薬味に加へ冷素麺

春田真理子
音沙汰の無きは安寧冷奴
葉陰から見守られいし桜桃
なぜの後なぜを重ねて星月夜
電灯を消して蛍の籠に居る

上田真美
パンかじる丸顔となるダリアかな
艶めきぬ浴衣の柄の替わるごと
二本杉雲の峰をも貫けり
素っ気なさアガパンサスの蒼ほどの

浅野千代
箱庭の砂に葬る人間ども
眠たい日水草の花かわいがり
怒鳴り声地球に数多蝉の穴
世の憂きを掻き消す音になりし蝉

前藤宏子
生きている限りは耐えるこの極暑
神官のとおり茅の輪をくぐりけり
サングラス長き余生を暇なく
独り居の今朝は白桃ときめる

森本知美
炎天にチャイム市民の減るばかり
自転車が風を起こせる青田かな
瓜の蔓庭木を登り詰めし朝
平家の血護る集落滴りぬ

松並美根子
夏蝶の話ばかりで診てくれず
リズム良くでんぐり返り天道虫
手花火の匂いを残し鎮まりぬ
朝顔の数えて残す日記かな

目美規子
故郷へ帰りたくなる土用入
待ち合わす駅で目が合う夏帽子
キャンピングカーおんな一人の夏の旅
登校の声をかき消す蝉の声

木南明子
風に乗り塩辛蜻蛉キラキラす
夏蝶や予防接種を受けに行く
真夜中のアイスコーヒー秘密めく
夏燕施回住所変更す

安田康子
西瓜喰う心も丸くなりにけり
梅雨最中検査結果の封書くる
夏休み駄菓子屋の中五、六人
梅雨明ける耳遠き友唄うまし

吉丸房江
百日紅遠い約束せぬように
小判草ゆっくりと揺れ下がりけり
空映す植田となりし我が里よ
糸島富士ひと日を語る夕陽かな

金重こねみ
帰省子は吾を太らせ居なくなる
是非もなし梅雨の最中の医者通い
クーラー止め窓全開の深呼吸
全肯定出来ぬ生き様土用東風

〈俳句物語〉 岡田耕治
耳朶を嬉しがらせる夏帽子 柏原 玄

 妻を亡くして八年が過ぎた。何処へ行くにもいつも一緒だったから、別れた直後は「なぜ自分だけが残されたのか」という深い脱力感に苛まれたものだ。一周忌を過ぎ、「いつまでも沈んでいては妻が心配する」と自分に言い聞かせ、これからの人生を模索してきた。とはいえ、ふとした瞬間に、共有相手のいない孤独が胸を突くことは今も変わらない。
 二人で出掛けた先の思い出が蘇ったり、耳許で囁く妻の声が聞こえたりするたび、今も静かな切なさが胸をかすめる。けれど、七回忌を過ぎた頃からだろうか、妻は「失われた人」から、私の中でいつまでも生き続ける「かけがえのない存在」へと、静かに姿を変えたように思う。
 今日の猛暑の中、友人からカラオケに誘われた。若い頃は妻の装いに合わせてシャツやジャケットを選び直し、お洒落を楽しんだものだが、今ではお気に入りを丁寧に着回すようになった。髪が薄くなり、日除けのために被り始めた帽子も、今や隠すためではなく、自分を整えるための相棒だ。この帽子を被る時、かつての喪失感とは違う、新しい誇りのようなものが宿るのも、七回忌を過ぎた頃からだ。
 今日選んだのは、つばが控えめなストローハット。被った瞬間、庇(ひさし)が作る日陰が耳元までスッと広がる。帽子の編み目から抜ける微かな風が、ふと私の耳朶(みみたぶ)をかすめていく。
「お父さん、今日の帽子、似合ってるわよ」
 まるで妻が隣で微笑んでいるかのようなその声を聞きながら、私は少し背筋を伸ばし、駅へと続く道を歩き出した。

*ジャスミンの香を引き受ける別れかな 岡田耕治

2026年7月19日日曜日

塩舐める牛と目が合う炎天下 三好広一郎

〈俳句物語〉 岡田耕治

塩舐める牛と目が合う炎天下 三好広一郎

 毎年夏、大阪から高速バスに揺られ、淡路島の祖父の家へと向かう。バスを降り、島特有の風に混じる微かな牛の匂いを嗅ぐと、ぼくの夏が始まる。祖父が育てているのは、ブランド和牛の素牛となる但馬牛だ。

 大学受験を控えたこの夏、午前中は牧場を手伝い、午後からは涼しい部屋で机に向かう。それが親と交わした約束だった。朝七時、祖父は牛たちの健やかな成長を願い、黙々と糞尿をかき出し、新しい藁を敷き詰める。私もそれにならい、水飲み場を磨き上げ、祖父が配合したエサを運ぶ。その傍らには"鉱塩"と呼ばれる大きな塩の塊を添える。牛たちは自身の体調や暑さに合わせ、必要な分だけを自らの意思で舐めとるのだという。

 "足りないやつが、足りない時に、好きなだけ舐める"。祖父の言葉通り、エサを食べ終えた牛たちがザラザラとした大きな舌で鉱塩を舐めている。その時、ふと一頭の牛と目が合った。哲学的で、潤んでいて、それでいてはげしいまでの生命力を宿した瞳。その眼差しは、猛暑の中で祖父と働くぼくに、"お前がいてくれるから、じいさんの寿命も少し延びるよ"と語りかけているように感じられた。

 外は午前中だというのに気温はぐんぐんと上昇し、三十度を軽々と超えていく。温暖化による猛暑と高騰するエサ代。祖父と祖母は、どこへ出かけることもなく、ただここで牛たちと向き合い続けている。あの一途な瞳で見つめ返されたのは、そんな二人の苦労と営みを、牛たちは一番近くで見守ってきたからにちがいない。


香天集7月19日 三好広一郎、谷川すみれ、柴田亨、湯屋ゆうや他

香天集7月19日 岡田耕治 選

三好広一郎
塩舐める牛と目が合う炎天下
枯あじさい先祖代々貧乏性
アメリカは今日は日曜梅雨明ける
白日傘合う人とだけ会いに行く

谷川すみれ
椎若葉より反撃の烏来る
行水や男のままの顔を拭く
万緑や泣く子の不思議な言葉
どくだみの一途というは哀しけれ

柴田亨
短夜や杖音のこと悔いしこと
濁世を切り裂いてくる夏燕
夏の果経木流しを句点とす
蠢きぬ鶏糞を干す祖父の汗

湯屋ゆうや
一本の角ばっている心太
怯えとはやわらきものゼラニウム
遠くまで見えずともよいサングラス
含羞草まだ閉じている夜明かな

木村博昭
頑張る子頑張らない子雨蛙
晩年の長き時間や山椒魚
しみじみと人生端居していたる
母が見え弟が泣く青田風

古澤かおる
パプリカやビタミンCが色に出て
小指まで日焼けしている税理士
静かなる脈診る時や朝焼くる
夏日差すキャップのつばの折癖に

安部いろん
少年が翼を余す雲の峰
線香花火あるとき大人への焦がれ
隕石の衝突隠す大西日
二重虹消え青空が呼吸する

嶋田静
朝から海風通り夏座敷
夏空や石積みダムの古城にて
浴衣着て夜に立つ市を待っており
なすきゅうりもたらす兄の笑顔かな

前塚かいち
薔薇園のマリア・カラスと名を記す
時計草時を忘れるところかな
一つずつつまんで分かつさくらんぼ
戦死せし父の恋しき忘草

宮下揺子
生き延びて両手いっぱい紫蘇を摘む
沙羅落下右向け右と生きてきた
会話なき夫婦を繋ぐ蓮の花
ログインは夫の顔よ夏至の夜

佐藤浩章
溜め池の黙深かりし極暑かな
大筆より落ち墨汁と玉の汗
冷酒に刻印映ゆるバカラかな
捩花はDNAのらせんなり

秋吉正子
飛び立てば帰れぬ知覧夾竹桃
このシーン前に読んだよ蝸牛
運玉に入れと願う梅雨晴間
近道は線路をまたぐ千日紅

谷村敏子
部屋中に辣韮匂う朝までも
仏壇の義父にも五粒さくらんぼ
まず描かん枝付枇杷の艶やかを
朝の日に緋色となりぬ目高の子

山内宏子
京の夏ひたすら歩きおばんざい
異国の夏さむらいブルー疾走す
木星と金星並ぶ夏の月
嵐去り梅の実一つ道にあり

西前照子
里芋や暑さをしのぐ藁を掛け
猫の子よ親が帰らず泣き交わす
赤紫蘇ジュースへ紫蘇を戻しけり
落花生収穫願い草を引く

大里久代
のねじ花やくるくる回り始めけり
一輪も咲かず紫陽花繁りけり
獅子舞に頭がぶられ厄払い
台風の次から次とせめてくる

北岡昌子
帚持つ穴から蜂に刺されけり
あじさいをクラフト編みで作りおり
おはらいの終わりし茅の輪くぐりけり
お茶席や牡丹の花のお菓子出て

〈俳句物語〉 岡田耕治
塩舐める牛と目が合う炎天下 三好広一郎

 毎年夏、大阪から高速バスに揺られ、淡路島の祖父の家へと向かう。バスを降り、島特有の風に混じる微かな牛の匂いを嗅ぐと、ぼくの夏が始まる。祖父が育てているのは、ブランド和牛の素牛となる但馬牛だ。
 大学受験を控えたこの夏、午前中は牧場を手伝い、午後からは涼しい部屋で机に向かう。それが親と交わした約束だった。朝七時、祖父は牛たちの健やかな成長を願い、黙々と糞尿をかき出し、新しい藁を敷き詰める。私もそれにならい、水飲み場を磨き上げ、祖父が配合したエサを運ぶ。その傍らには"鉱塩"と呼ばれる大きな塩の塊を添える。牛たちは自身の体調や暑さに合わせ、必要な分だけを自らの意思で舐めとるのだという。
 "足りないやつが、足りない時に、好きなだけ舐める"。祖父の言葉通り、エサを食べ終えた牛たちがザラザラとした大きな舌で鉱塩を舐めている。その時、ふと一頭の牛と目が合った。哲学的で、潤んでいて、それでいてはげしいまでの生命力を宿した瞳。その眼差しは、猛暑の中で祖父と働くぼくに、"お前がいてくれるから、じいさんの寿命も少し延びるよ"と語りかけているように感じられた。
 外は午前中だというのに気温はぐんぐんと上昇し、三十度を軽々と超えていく。温暖化による猛暑と高騰するエサ代。祖父と祖母は、どこへ出かけることもなく、ただここで牛たちと向き合い続けている。あの一途な瞳で見つめ返されたのは、そんな二人の苦労と営みを、牛たちは一番近くで見守ってきたからにちがいない。

*じいさんの大きさを超す跣かな 岡田耕治

2026年7月12日日曜日

月明の母より長く踊るなり 曾根 毅

〈俳句物語〉岡田耕治

月明の母より長く踊るなり 曾根毅   句集『十翼』より

 盆踊りの喧騒の中、母が踊りの輪へと僕の手を引いた。母の浴衣は涼しげな藍色に白の小紋柄。帯は赤く、白の髪飾りがアクセントになっている。台所で使い古したベージュのエプロンをつけ、髪を適当に束ねては洗剤やだしの匂いを漂わせている、そんな日常の母とは違う姿だ。

 気乗りはしなかったが、母の浴衣姿とふわりと鼻をかすめた化粧品の匂いに促され、ぎこちなく踊りの輪へ加わる。母の背中を追い、「右足、左足、下がる、進む」という声に合わせ、僕の体も次第にリズムを刻み始めた。

 「母さんは先に帰るよ」

 肩を叩かれて振り返ると、母の後ろに大きな月がかかっていた。一際明るいのは、この月のせいかもしれない。母の柔らかな表情を見ながら、「ああ、もう少し踊ってから帰る」と僕は答えた。

 しばらくして、母が抜けたスペースに、一人の若い女性が滑り込んできた。落ち着いた深い紺地の浴衣には、大輪の花があしらわれている。提灯の明かりを吸い込んで金色に光る帯が、彼女の佇まいを引き締めていた。まとめられた髪から下がる紫の髪飾りが夜風に揺れるたび、周囲の空気が清められるようだ。

 彼女の軽やかな足さばきと、指先まで意志の宿るような所作。僕は無意識のうちに、彼女の背中をなぞるように踊り続けていた。楽しげに、けれどどこか哀しみを湛えたその横顔は、踊りの輪にありながら、彼女の周りだけが別のカプセルのように静まり返っていた。

 夜の十時を過ぎ、輪は小さくなった。それでも熱気は冷めやらない。僕の体はいつしか意識を超え、太鼓のリズムそのものになっていた。彼女もまた、休むことなく踊り続けている。初めに見たときよりも、少しだけ浴衣の襟元がゆるんでいるように見えた。

 翌朝、青年団の手伝いで提灯を畳んだが、そこにはもう彼女の姿はなかった。小さな町のこと、いつかまたどこかで会えると思ったが、まだ一度も顔を合わせたことはない。九月になっても、僕は時折あの月夜の踊りを思い出している。