2019年2月26日火曜日

紅椿寄ればつめたき息づかひ 柴田多鶴子

紅椿寄ればつめたき息づかひ 柴田多鶴子
「俳句四季」三月号「花の歳時記」から。多鶴子さんは、「椿」について書くに当たり、新美南吉の童話を読み返されたとのこと。梅や桜と比較して、「ある意味では華やかさのない花といえる」と記されています。新美南吉が好んだのも、そのような思いがあったのかも知れません。しかし、椿の花に近づくと、その存在感は増します。つめたいまでの「息づかひ」さえも間近に感じられるのです。この息づかいは、新美南吉に通じるものにちがいありません。

*広島県呉市役所にて。

2019年2月25日月曜日

「春炬燵」12句 岡田耕治

春炬燵  岡田耕治

少しずつ隠れていたり雀の子
この僕の手がかりとして蝶を追う
春の月にじませておくシルエット
引越の近づいているシクラメン
春の雲見飽きたと言う人といて
吊革に傾いてくる春コート
それぞれのノートの余白卒業期
点数を付けて付けられ雪柳
さかのぼる語源の一つ水温む
読み聞かす方が眠りて春炬燵
白梅を見て公正を講じけり
店を開く役目の人と盆の梅

*高槻現代劇場にて。

2019年2月24日日曜日

香天集2月24日 玉記玉、澤本祐子、辻井こうめ他

香天集2月24日 岡田耕治 選

玉記玉
夕暮は白髪鞦韆は母
石が好き石に息づくしゃぼん玉
静寂といえる音あり梅ひらく
啓蟄や水鳴る方へ妣が来て

澤本祐子
茎立ちぬ言いたきことをそのままに
咲いたまま枯れてゆくなり水仙花
騒ぐ鴨また初めから数えゆく
大寒や胸のどこかが軋むらし

辻井こうめ
雪原の蠢く生命無量なり
山笑う「ネガポ辞典」と言ふがあり
風邪籠カレーライスが欲しくなり
梅二月達磨大師の面壁す

橋爪隆子
狛の日の始めて動く万歩計
一枚の重さのありて古暦
つんのめりそうな余寒の陽光よ
冴返る紙のコップの水つかみ

橋本惠美子
粕汁を吹き一言を呑み込みぬ
十二月句点のあとに余白あり
北風へガラガラポンを混ぜ返す
年守る素振り百回終えてより

坂原梢
声あげて春一番をつかみけり
車で売るクロワッサンに風光る
探梅や旧知の顔と巡りあい
バスの窓白梅の枝くぐりたる

前塚かいち
二月の明るき悩み相談日
絵手紙に炭火描いて二月かな
風花や歌声喫茶店に来る
生姜湯や渇きし喉を通過して

古澤かおる
撒くこともなく年豆を食べており
ため池の波紋一点返りけり
耳鳴りか妻の寝息か寒戻る
啓蟄や必ずもらう靴の箱

永田 文
還るため野を走りだす虎落笛
枯木立諸手をあげて空攫む
老梅の虚ろなる幹泰然と
春の磯畑のように人集う
*岬町深日、金乗寺にて。

2019年2月23日土曜日

新興俳句という青き川蒼き海 寺井谷子

新興俳句という青き川蒼き海 寺井谷子
「ウエップ俳句通信」108号。新興俳句は、「日本国語大辞典」や「ブリタニカ国際大百科事典」では、「壊滅」したと書かれています。しかし、私のように新興俳句の系譜にある者としては、「壊滅」ではないだろうと思っています。どちらかと言えば、「日本大百科全書」に平井照敏さんが書かれている次の表現に近い感覚を持っています。「新興俳句運動は、現代俳句の母胎となる画期的な俳句革新運動であり、高度の詩意識による秀作を残した」。その平井さんこの項目の中で「自鳴鐘」を上げておられることも、心強いことですが、その継承者である寺井谷子さん。新興俳句というのは、一筋の「青い川」であったが、年月を経て今「蒼い海」になっている、と。 「青」には、若者とか青春の意がありますが、「蒼」には、老いてなお力があるという意があります。

*岬町深日にて。

2019年2月22日金曜日

草鉄砲歩き疲れて打ちにけり 田邉富子

草鉄砲歩き疲れて打ちにけり 田邉富子
句集『埴馬』角川書店。同級生と話をしていますと、何何の数値が高くなった、疲れやすくなった、最近手術をしたばかりだと、心身の疲れを感じることが多くなりました。六十を過ぎるまで歩いてきたのですから、それもしかたのないことかも知れません。しかし、日の暮れるまで遊び廻ったあの頃のように、薄の葉を根元から折って、中の芯を目標に向け、葉の部分を勢い良く引き下ろすと芯が飛び出す「草鉄砲」をしてみたくなります。「じゃあ、ここは早い目に切り上げて、夜風に当たりながら川原を歩くことにしようよ」。

*岬町立岬中学校にて。卒業期、私の色紙を飾ってくれていました。

2019年2月21日木曜日

身の洞を抜けて桜の洞に入る 柿本多映

身の洞を抜けて桜の洞に入る 柿本多映
「575」2号。桜の老木の根元にぽっかり穴が空いています。
一見哀れに感じますが、この洞もこの桜の苦労や困難を表して
いると思うと、入ってみたくなりました。もちろん生身では
無理ですので、まずこの身から離れて、透明になってそこに
入ってみました。なんと、清々しく、温かいことでしょう。
この木は、この洞から朽ちていくのでしょうが、それは痛み
ではなく、このような安らぎがひろがっていくなのにちがい
ありません。「575」は、高橋修宏さんの個人誌。
高橋さん、いい編集をなさいましたね。
*岬町多奈川にて。

2019年2月19日火曜日

春光のここには湖のある暮し 星野早苗


春光のここには湖のある暮し 星野早苗
「膳所俳句」2019年。作者は大阪府在住ですが、大津市の膳所俳句会にかかわり、膳所俳句会をスタッフとして運営されています。この度は、日頃の成果を「膳所俳句」としてまとめられました。早苗さんを膳所に引き寄せるのは、ほかでもない「湖のある暮し」にちがいありません。鈴木六林男師も最晩年、琵琶湖へよく出掛けられました。2004年、亡くなる年の「俳句」六月号には、「藤の房湖に枝垂れて夜に入る」という、なんとも静かな句を残しておられます。膳所の地元の方々、また、膳所の湖の暮しに引き寄せられる方々の確かな足どりが刻まれはじめました。
*岬町淡輪にて。

2019年2月18日月曜日

「牡丹雪」15句 岡田耕治


牡丹雪  岡田耕治

桜貝指から握りしめてゆく
ひとりでにこみ上げてくる春の潮
春の海この目を閉じて持ち帰る
春風の後ろへもたれかかりたる
春光を浴びし希望を切り出しぬ
口笛を重ねて行けり猫柳
白木蓮元気になってから見舞う
初めての人と来ている黄水仙
牡丹雪抱いて抱かれしことのあり
新しい感性と居て浮氷
春は曙弁当箱を入れたかと
体育館の三角すわり冴返る
待たされることを嫌がり春の蠅
横向きになってから見えシクラメン
姿勢良く眠りにつきて春障子


2019年2月17日日曜日

香天集2月17日 谷川すみれ、三好広一郎、砂山恵子ほか

香天集2月17日 岡田耕治 選

谷川すみれ
陽炎やブルーシートの裂け目より
桜草ここでいつでも待っている
かたくりの花一年分のおはよう
魂の息するところ山葵沢

三好広一郎
子は母の匂いで眠るカモミール
亀鳴くやそこまで言うならオレが産む
蝶になるための笑顔をバイト中
撫で牛や焼肉好きの受験生

砂山恵子
左指にタトゥーバレンタインの日
節分や鼻の低さは親譲り
過去をみるやう白菜を剥いてゐる
先客に若き女性や紫木蓮

中嶋飛鳥
嘘のあと声高くなり冬の雨
如月や持上げ肩で扉押す
落丁の一枚何処へ春の雲
花時の揺れる橋なり渡るべし

加地弘子
十二月女の肌の聡きこと
初雪や友古民家に住み始め
冬林檎楊枝をさして輪になって
寒禽や私が先に目を閉じて

神谷曜子
節分の大鍋たぎる生家かな
話尽き雪降る音を聞く二人
凍滝に近づくためのあと一歩
廃校は今はカフェなり春近し

中辻武男
盆栽の松並造る冬眠期
早やばやと光を放つ桜草
立春の鴨の居並ぶ池の青
各各の枝が嘆きて寒戻る

岡田ヨシ子
兄の九九幼きがまね日永し
恵方巻求めるためにバスに乗る
春雨の予報へ水を撒きにけり

長谷川洋子
枝先の弾けし実なり小鳥舞う
白櫨実食い尽くしては鳥の鳴く
若き葉のちぢれて花を囲いけり
*岬町多奈川駅にて。

2019年2月11日月曜日

「卒業期」15句 岡田耕治

卒業期  岡田耕治

鶯餅片寄らぬよう訪ね行く
道場へ寄ること残り薄氷
寒明の机と椅子を組みにけり
肥えるほかなきこと続き恋の猫
通い猫道具屋筋に長く居て
春光をのんで眠気を覚ましけり
ポケットの深さを遊び春コート
出発や春の炬燵を切って待つ
出来るだけゆっくり食べる目刺かな
家に着く前に寄りたる春ともし
春の星結び合わせて歩きけり
自画像の素描に春のきざしけり
食堂の匂いをまとい卒業期
ハイヒールなんていらない蕗の薹
割烹着如月の声いさぎよし
*大阪府立八尾北高等学校にて。

2019年2月10日日曜日

香天集2月10日 柴田亨、三好つや子、中村静子、砂山恵子

香天集2月10日 岡田耕治 選

柴田 亨
語り合う色たちときに暗い
電飾に憧れはなし信号機
春疾風見えない明日引き連れて
口紅の褪せて尊き仏かな

三好つや子
冬空の愚直な正面鍬光る
一・一七忌記憶の咳が止まらない
水仙のリンリンリリン神の私語
寒暮いま西東三鬼の声がした

中村静子
枯蓮折れてより筋あらわなり
マフラーが小犬に引かれゆきにけり
読み返す本に残りて木の葉髪
初夢や誰につながる糸電話

砂山恵子
立春や寝てはをられぬ朝ぼらけ
春隣静かに雨の音を聞く
自手練の小さなあかり春の夜
聴診器外してよりの初鶯
*昨日の大阪句会場、ホテルアウィーナ大阪にて。

たぐひなき海鳴りとなり古日記 櫂 未知子

たぐひなき海鳴りとなり古日記 櫂 未知子
「俳句」二月号。新しい日記を買ってくると、これまで使っていた日記が急に古くなったように感じられる。そしてそこには、今年一年の自分の生の有り様がむき出しになっている。今まで聞いたことのないような、激しい海鳴りが朝から続いている。それは、古日記の生の相を浮き立たせたかと思うと、引いていく波のように沈めてゆく。そしてまた、浮き立たせてくるのだ。何も書かれていない新日記の静かさが、この古日記が鳴らす海鳴りを際立たせているようだ。
*岬町小島にて。

2019年2月4日月曜日

「大枯野」15句 岡田耕治


大枯野  岡田耕治

鍋焼へ眼鏡を外し幼くなる
爪先を弾ませている日向ぼこ
てっちりや鍋将軍が名乗り出て
革手袋すぐに記憶の蘇り
寒造栓を開けば気の通い
マスク取る前に笑顔を作りけり
寒紅に時のかからぬ若さにて
一時間ごとに出てゆく冬日向
課長のあと部長が急ぐ大枯野
牡丹鍋だけを目当てに集いけり
現金を使わなくなるマスクかな
冬苺大福餅が包みたる
行きつけの書店を無くす時雨かな
愛想のなくて何時もの燗の酒
ここに居るだけでいいよと日脚伸ぶ
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年2月3日日曜日

香天集2月3日 玉記玉、渡邉美保、森谷一成、柴田亨ほか

香天集2月3日 岡田耕治選

玉記玉
接点甘く掌と六花
山茶花から鶏の声行き詰まる
オキザリスまだ硬しカタカナ軽し
寒烏竹の切り口から真昼

渡邉美保
寒月光貝は素早く水を吐き
倒木の根こそぎの穴風花す
電話するときの大声日脚伸ぶ
大寒の末期の水となりにけり

森谷一成
制空の声ほこりかに凧
冬晴れを微分している観覧車
まびさしに寝ぼけ眼のマスクかな
竜宮のあぶくのごとく梅の花

柴田亨
踏まれいる邪鬼もろともに仏なり
母といた記憶はなくて寒雀
邂逅は刻まれし文字初時雨
霙降る正しきことのはざまにて

浅海紀代子
行く年の盗人萩に好かれけり
煤払い私の肺を新たにす
空という空を雲ゆく初茜
初明り六林男句集がここに待つ

宮下揺子
父の忌の冬のトマトを焼いており
冬日和川原の石に顔を描き
裸木の水吸い上げる音確と
ストーブがひとりの闇を深くする

釜田きよ子
霜柱日本昔ばなしかな
寒卵少しおどけてみたくなり
冬木の芽言葉育てておりにけり
ゆったりと毛布の海に沈みゆく

北川柊斗
ビー玉を透かす冬日の静けさよ
去年今年エンドロールの音消えて
福笹の屋台の軒をふれ行けり
寒夕焼こっぽりのゆく石畳

中濱信子
日光の直線にあり鏡餅
禿頭のあと白髪の初鏡
落椿約束のごと並びけり
寒桜花びらごとに日の差して

羽畑貫治
冬の暮ペダルを漕いで風となり
寒蜆流星群の渡りたる
鶺鴒の尾を振る走り厄払い
ピン球を弾ますラリー暖かし
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。