2018年9月30日日曜日

香天集9月30日 玉記玉、石井冴、森谷一成、中嶋飛鳥ほか

香天集9月30日 岡田耕治 選

玉記玉
大臼歯実に秋水噛むための
しんがりがさつまいもなら良いだろう
海を潜る秋のてのひらなら欲しい
硝子越しの水ガラスごしの蜻蛉

石井 冴
秋の空水深くして鯉太る
うまそうに皿を汚せし秋の鯖
木賊刈る母の手首を握るよう
蜉蝣の大きな夢をうばいけり

森谷一成
新涼を爆音喇叭ふれて逃ぐ
台風圏颯と負債の飛ばんかな
十五夜の海にむかって打つ手なし
プルトニウムが四十七トン曼珠沙華

中嶋 飛鳥
蚊の名残幾たびか手で払いたる
消えてゆく夢の出口のちちろ虫
少年の口髭光り秋燕
九月尽良寛の詩に及びいて

辻井こうめ
さっと煮の葉唐辛子の甘味かな
第五版文庫歳時記小鳥来る
本の帯一束にして獺祭忌
燈火親しぺロー・グリムの寓話にて

浅海紀代子
大樹伐られいよいよ秋の空となる
きちきちの命短く飛びにけり
秋夕焼明日のために靴揃え
秋の声聴かん高窓開きいて

北川柊斗
通るたび少しふくらみ秋簾
秋澄めり音震わせるマンドリン
天の川素気なき言葉うけ流す
不条理なる風孕みたる稲の波

澤本祐子
羊羹の切り口ひかり夜の秋
盆終わる裸電球現れて
夏の果ことさらに酢を強くして
秋簾ささくれし影地に落とし

中濱信子
復旧の貨物が通り萩の花
開け放つ窓に飛び込むちちろ虫
ゆっくりと遊ぶふるさと曼珠沙華
厨ごとちゃちゃっと済ます良夜かな

越智小泉
長き夜のひとり一灯あれば足る
部屋の灯を消してしばらく虫の声
白という色に近づく花芒
定位置に目立ちはじめて曼珠沙華



*秋田、国際教養大学のカフェにて。

2018年9月29日土曜日

赤いポスト親しくなりぬ秋の空 向瀬美音

赤いポスト親しくなりぬ秋の空 向瀬美音
 俳句大学。いつもの所に、いつもの色をしたポストが立っています。毎日のように見ているものなのに、今その赤が親しくなったと感じました。澄みわたる空のせいかも知れませんし、大切な人に当てた手紙を投函したからかも知れません。鈴木六林男師から、「俳句は感じたことを書く形式だ」と指導されました。まさに、美音さんのこのような書き方を指すのでしょう。この句、どこかに発表されるようでしたら、「ポストの赤親しくなりぬ秋の空」とされたら、より鮮明になると思います。

*秋田県田沢湖にて。

2018年9月27日木曜日

まくなぎという健気さにまみれけり 瀬間陽子


まくなぎという健気さにまみれけり  瀬間陽子
「現代俳句」九月号。まくなぎ(原句は漢字表記されています)に包まれるのが苦手で、今まで出来るだけ避けてきましたが、この句と出会って、そうでもないような気になりました。まくなぎは、けなげだったのです。そう言われれば、あの休むことのない回転は、今年のような暑い日中では、よくがんばっていて、哀しくさえあります。好き嫌いがどんどん拡大していく世の中、まくなぎの命をまるごと肯定するこの書き方は貴重です。
*秋田県立博物館にて。

2018年9月26日水曜日

横顔のハンサムな女居待月 石井真波


横顔のハンサムな女居待月 石井真波
 俳句大学。横顔が見える位置は、こちらからは顔が見えますが、横顔の人からはこちらが見えない、そんな危うい関係を象徴しています。まして、男性のように顔立ちのいい女性ですから、ある種近寄りがたいものを感じます。居待ちの月ですから、まだ空には月が差していません。さて、作者とハンサムな女性は、これからどうなるのでしょうか。このような、絶えず僅かずつ揺れていく均衡を描くことのできる真波さんの明視。
*あきた芸術村にて。

2018年9月25日火曜日

クッキーの缶の針箱小鳥くる 中野千秋


クッキーの缶の針箱小鳥くる 中野千秋
 俳句大学。市販の裁縫箱ではなく、必要な裁縫用具を入れた缶の箱には、クッキーが入っていました。もう裁縫用具を入れて何年にもなりますので、クッキーの匂いはしないはずなのですが、こうして開ける度に微かに匂うような気がします。大切な人からもらったクッキー、お気に入りのクッキー。時が流れるほどに人の心は変化していきますが、この缶の包みを開き、少しずつクッキーを味わっていった頃の時間は止まったままです。「小鳥くる」さわやかな季節もまた、この箱を開くときのように私を力づけてくれるようです。
*秋田県立金足農業高校にて。

2018年9月24日月曜日

「甘薯」14句 岡田耕治


甘薯  岡田耕治

空豆を食べてベンチに長く居て
キャンパスからキャンプに移る夜空かな
牛乳の瓶汗かいている九月
枯蟷螂死ぬ時までは生きてあり
持ち時間減らしてゆけり虫しぐれ
三分走り三分歩く銀杏黄葉
肩貸して肩借りている秋の山
彼岸花群とは離れ点りたる
近づけば明るくなって秋の川
花野まで行くお握りを選びけり
仮眠から戻されている秋日影
保育所の匂いがすると甘藷
こんな子になって欲しいと林檎むく
今買った電子書籍の灯火親し
*秋田県「国際教養大学」にて。


2018年9月23日日曜日

香天集9月23日 三好広一郎、谷川すみれ、橋爪隆子

香天集9月23日 岡田耕治 選

三好広一郎
銀杏を年上と思う匂いかな
眼を瞑り百引く七よ父の秋
ラジオ体操朝顔に会いにいく
自らの水に浮かんで冷奴

谷川すみれ
ひとつ進めばおのずから寒椿
北風を愉しむメタセコイアかな
寒鴉見えなくなるに鳴きつづけ
鴨入りて水中もまた光なる

橋爪隆子
女二人まずビールからはじまりぬ
百日紅先へ先へと散れば咲き
秋暑しあいさつの語尾気にかかり

我が家や台風通る右にあり

木村博昭
大阪の喧噪に居て雲は秋
飛行機の旅より戻り秋刀魚焼く
旅のこと一言添えて黒葡萄
白桃や十五・十六・十七歳

古澤かおる
三日目を秋の庭師は考える
年長の庭師の胸や赤い羽根
リモコンの電池を換えて秋灯
赤蜻蛉追いかけてゆく背番号

立花カズ子
風鈴や添い寝の妣のうすうすと
夕顔の匂いたちけり川に沿い
鶏頭の赤々と葉の鮮やかに
夕風のやさしく白の曼珠沙華

中辻武男
山裾へ連なる蕎麦菜花盛り
まほろばを野分来ぬまに刈る農夫
やりまわし平成しまう秋祭
住み馴れし水面を飛んで秋燕

村上青女
つゆ草の青凛として嵐去る
訪れし厨の窓よ秋の風
この朝のやっと見つけしうろこ雲
隣家よりピアノレッスン秋の雨

*大阪城にて。

2018年9月21日金曜日

天窓に雨降りかかる冷し酒 岡田一美

天窓に雨降りかかる冷し酒 岡田一美
『記憶における沼とその他の在処』青磁社。昨日のような雨の日、天窓を見上げますと、後から後から雨粒が落ちて、ガラスを濡らしていきます。テーブルの上には、切子のグラスにお気に入りの冷酒が注がれています。しばらくは、あれこれ料理を頼まずに、この冷酒だけを愉しむことにします。乾したグラスにもう一度それを注ぎますと、グラスの底が天窓になって、そこへ天からの恵みが降り注いでくるようです。一美さん、至福のひとときをありがとうございます。

*大阪教育大学前駅へ。

2018年9月20日木曜日

三鬼忌の明けて朝なるバーにゐる 岡田一美


三鬼忌の明けて朝なるバーにゐる 岡田一美
 句集『記憶における沼とその他の在処』青磁社。かつて石田波郷が西東三鬼に人生の相談を持ちかけたとき、三鬼は「そんなことはどうでもいい。俳人は、俳句が全てだよ」と応えたと六林男師から聞いたことがあります。六林男師は、「今夜もいい俳句が書けるように、一所懸命飲もうかい」と、朝まで開いている店で杯を傾けました。そんなエピソードが浮かぶ一句です。忌日の句はよく見ますが、それが明けるという書き方は、初めてです。三鬼さんや六林男師のように、現世のことを隔てて、いい俳句を書くために飲み続け、朝なるバーにいる作者。俳句を書くための時間を最優先した成果が、この一巻に息づいています。
*岬町小島にて。

2018年9月19日水曜日

白きもの蟻に運ばれつつもがく 杉山久子

白きもの蟻に運ばれつつもがく 杉山久子
「俳句四季」10月号。「白きもの」と抽象的に表現されていますので、どんなものかを想像してみます。まず浮かんだのは、羽蟻のような白い羽根をもった虫、次に体の白いバッタ、そしてとうとう白装束まで。それらは、懸命な蟻たちによって運ばれていくのですが、運ばれながらこの事態をなんとかしようとジタバタしています。もちかすると、私のこの一生も、蟻たちの時間に運ばれながら、このようにもがきながら、やがて暗い巣の中に入っていく、その途上なのかもしれません。
*池田市天神保育園の積み木。

2018年9月18日火曜日

秋風を待っているのは弥次郎兵衛 森田智子

秋風を待っているのは弥次郎兵衛 森田智子
「俳句α」2018秋。弥次郎兵衛は、「東海道中膝栗毛」の中で喜多八とともに失敗やこっけいを演じながら旅をします。そのころの秋風は、どんなにか待ち遠しかったでしょう。もちろん、目の前にあるのは、短い棒に人形とかどんぐりをつけ、その両手を長くして端に重りとか同じどんぐりをつけ、中心の棒を支えるヤジロベエでしょう。秋風が少少強くても、釣り合いがとれて倒れないようです。きっとこの玩具も、弥次郎兵衛のように秋風を待ちわびていたにちがいありません。

*しきじ・にほんご天王寺の学習者の作品から。

2018年9月17日月曜日

「朝餉」12句 岡田耕治

朝餉  岡田耕治

新米や醤油でしめる目玉焼
焼鮭を割ってほおばる握り飯
山葡萄宿の朝餉に添えられて
一体の寝かされている案山子かな
ひと口の酒を差したる虫しぐれ
避難先決まりてよりの夜長し
ハードルを揺らさずに超え秋の空
釣竿にちょうどよい竹伐りにけり
途切れたる返答を待ち秋桜
ふかし藷食べたる子から寝ることに
更新のシャットダウンを月照らす
朝露や駅蕎麦をふと食べたくなる
*岬町小島にて。

2018年9月16日日曜日

香天集9月16日 加地弘子、前塚かいち、永田文、岡田ヨシ子

香天集9月16日 岡田耕治 選

加地弘子
ランタンの埃を吹けば野分来る
野分過ぎLED のライト買う
二百十日備長炭を靴箱に
又と無い花器よ紫式部生く

前塚かいち
鬼の子やそんな生徒はいなかった
蓑虫になってしまいぬ幼な友
長き夜の血糖管理赤バット
長き夜やレンブラントの絵の暗く

永田 文
姿なき山鳩の声今朝の秋
秋立つや野辺に現る伊予絣
古墳いま虫の浄土となりにけり
颱風一過悲しい程の青い空

岡田ヨシ子
客を待つフルーツ入りの心太
人に語る事なく生きて秋桜
秋の草刈り行きて早や九十歳
母生きた歳に近づき白芙蓉



*大阪府池田市内の公園にて。

2018年9月15日土曜日

ゆつくりと何も語らぬ夜長かな 亜仁子

ゆつくりと何も語らぬ夜長かな 亜仁子
 俳句大学。生きている以上、人はいくつもの役割を担っています。それぞれの役割を果たすためには、多くの人と話し、互いにに理解していく必要があります。ところが、何も話さなくてもいい、そんな夜が訪れました。何も話さなくても通じ合える人とおられるのでしょう。互いの時間を尊重しながら、しかも独りではない、そんなステキな夜長が始まりました。

*しきじ・にほんご天王寺の学習者さんの作品。

2018年9月14日金曜日

桃の香を殘せしままに爪を切る 祐(牧内登志雄)

桃の香を殘せしままに爪を切る 祐(牧内登志雄
 俳句大学。爪を切るときというのは、一息つくときであることが多いのではないでしょうか。同じように、桃を食べる時間も、一日の内ではリラックスできるひとときです。ナイフは使わず、爪で桃の皮を丁寧にむいて、そのままかぶりつくようにして食べますと、下に敷いた新聞紙に果汁が零れます。そんな、ありのままの食べ方をしたものですから、爪にはまだその香りが残っていたのです。こんなひとときがあれば、生きることもまんざらではないと思えてきます。

*池田市石橋にて。

2018年9月13日木曜日

心だがポピーになって戻らない 坪内稔典

心だがポピーになって戻らない 坪内稔典
「船団」118号。「心だが」には、「どうしようもなく、私にも分からない私の心だが」とでも言いたくなるような省略を感じます。風に揺れるポピーになってしまって、なかなか戻ってこないのです。しかたがありませんね。まあ、そんな時もあっていいのではないでしょうか。そのうち、気が向いたら戻ってくるものなんでしょうかね。さあ、どちらがいいんでしょうねえ。そんな、会話とも呟きともとれる言葉が聞こえてきます。

*岬町多奈川線。

2018年9月12日水曜日

まず濡れて溶けゆく砂糖年つまる 原ゆき

まず濡れて溶けゆく砂糖年つまる 原ゆき
 第十回船団賞受賞作から。紅茶かハーブティーか、透き通る飲み物に角砂糖と沈め、スプーンを使わずに眺めることにします。「まず濡れて溶けゆく」様子は、自分自身の姿でもあります。形あるものは、いつまでもその姿を保つわけにはいきません。まして、年つまる師走、時間の早さが感じられる日々です。ゆきさんの魅力は、その早さの中で、この句のようにゆっくりとした時間を持てることでしょう。

*榊原温泉口駅にて。

2018年9月11日火曜日

そこここに父の足音栗拾ふ 永田満徳

そこここに父の足音栗拾ふ 永田満徳
 俳句大学。里山に入りますと、栗の木が見えてきます。木を揺すって栗を落とし、栗の毬を靴で踏みながら栗を取り出していきます。この木の次は、奥のあの木、その次はその隣りと、次から次に拾っていきますと、かつて父と来たときの、その父の足音が聞こえてきます。幼いからこそ身近にし、頼りにしたその足音は、いまもこの山に響いているようです。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年9月10日月曜日

「秋あかね」17句 岡田耕治

秋あかね  岡田耕治

数珠玉のブレスレットと会いに来る
天上やブルーシートの水澄みて
  新宿区大久保六句
多文化の商店街に新豆腐
秋渇きホットドッグに並び立ち
秋天のこのビルにあるモスクかな
ガム工場跡地を増えて猫じゃらし
銭湯の煙突が消え秋あかね
ちちろ虫寝る位置ここに決まりたる
  台風二一号五句
台風が尖らせている人の声
形あるものをあまねく台風過ぐ
台風の飛びそうな屋根ほら飛んだ
台風を起きている息眠る息
台風の中を燃え出す駅舎かな
  倉吉四句
高速を降りてたちまち秋暑し
倉吉や袋の梨にたどり着き
梨を剥くこの世の話から離れ
窓際を好む男の秋日影

*首都大学東京にて。

2018年9月9日日曜日

香天集9月9日 三好つや子、中村静子、藤川美佐子、神谷曜子

香天集9月9日 岡田耕治 選

三好つやこ
オカリナのどの音だろう蝉の穴
手花火という魂の鎮め方
蛍籠誰かが闇を曳いてくる
ロールパン犬の眠りの涼新た

中村静子
景物の歪みはじめる酷暑かな
打水や投函の音はね返り
めまといを弾いていたり付け睫毛
音絶えて光あふれる蟻地獄

藤川美佐子
しばらくは方向が擦れ昼寝覚
夏草をみんなで刈って悲しい日
天と地をひっくり返し休暇果つ
がっちりと幹を抱いて蝉時雨

神谷曜子
高校生乗り込む暑さローカル線
風鈴のけだるく鳴りて荒物屋
冷房を消せば地球にやさしいか
招かざる者穀象も出てきたる

*鳥取からスーパーはくと車中にて。

2018年9月8日土曜日

古本に残る傍線秋灯下 ちはる

古本に残る傍線秋灯下 ちはる(Chiharu Nishijima)
 俳句大学。古本を購入して読みすすめていきますと、かつての持ち主の傍線が目に止まりました。黄色いマーカーで真っ直ぐ引かれたその線は、持ち主の性格を想像させます。こんなに大切に線を引いているのに、この本を手放す理由があったのでしょう。引越かもしれませんし、遺品として整理されたのかもしれません。しかし、この本はもうしばらくちはるさんの元にあることでしょう。

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年9月7日金曜日

水馬ときどき匂う宇宙かな 久保純夫

水馬ときどき匂う宇宙かな 久保純夫
 句集『HIDEWAY』。あめんぼうが水面に足を張って、時に水面を滑るように進んだり、跳ねたりしています。その度に空気が揺れるように、匂うように感じられるのでしょう。それは、水馬と作者をつつむ宇宙が匂ったのだと、捉え方が解放されていくようです。バタフライ・エフェクトという言葉を最近知りました。小さな蝶のような揺らぎが、全体を変革していく大きな揺らぎに繋がる、と。水馬の滑走や跳躍がこの宇宙と繋がって、人類の加速を減速に転じてはどうかと、匂い始めているようです。

*鳥取県倉吉市にて。