2018年8月30日木曜日

秋風や暦の少し薄くなり 川崎果連

秋風や暦の少し薄くなり 川崎果連
 俳句大学。「秋風や」と始まりますと、まず原石鼎の「秋風や模様のちがふ皿二つ」が浮かびます。模様の違う二つの皿から色々なことが想像できるからです。果連さんは、カレンダーが少し薄くなったと事実を述べました。そこから石鼎の句のように色々なことが想起できます。暦は命と言い換えてもいいでしょう。残された暦、残された命、一枚一枚どう剥がしてゆくか、薄くなったからこそ、残りの時間を大切にしていこう、そんな志が伝わってきます。

*大阪府堺市にて。

2018年8月29日水曜日

ぎしと刃をぎしぎしぎしと寒鯉を 竹中 宏

ぎしと刃をぎしぎしぎしと寒鯉を 竹中 宏
「翔臨」92号。丸丸とした寒鯉を俎板に乗せます。「ぎし」という音は、鯉の頭を一撃した音でしょうか。最初に鯉に包丁を入れた音でしょうか。たしかに、初めは刃物が「ぎし」というのです。ところが、それが進むにつれて、鯉の体が俎板を揺らし、身が「ぎしぎしぎしと」鳴ってきます。なんとリアルな鯉の捌き方でしょう。

*関西空港にて。

2018年8月27日月曜日

「露の夜」12句 岡田耕治

露の夜  岡田耕治

カブトムシ分解をしてしまいし子
森へ行く秋を見つけるために行く
キリギリス全員と眼を合わせたる
ロボットが残されている夜長かな
出動すまず無花果を食べてから
月光を登ってゆける螺旋かな
隣り合う息を聴き合い露の夜
追いついてくるスカートの秋の風
秋の風燭のはじめに届きけり
音楽の始まっている茸かな
台風が曲げたる傘の骨一本
聴くための耳ひっぱりをして夜長
*京都駅にて。

2018年8月26日日曜日

香天集8月26日 谷川すみれ、辻井こうめ、橋本惠美子、砂山恵子ほか

香天集8月26日 岡田耕治 選

谷川すみれ
蝶帰る上昇気流にゆるやかに
秋出水途中の色を忘れ去る
台風の向きを変えたる絆かな
ゆっくりと水を含みて秋の夜

辻井こうめ
文字の無き絵本新たに涼しかり
星流る候文の古葉書
草を刈るただひたすらにひたすらに
夏野から大水青の始まりぬ

橋本惠美子
綾取りの川をすくいて梅雨出水
蝙蝠の闇連れてくる羽音かな
対面を交差させゆく梅雨の傘
二の腕が並んで走り夏休

砂山恵子
おめでたと言はれし夜の踊かな
これからのことは言はずに鰯雲
村の名が次々浮かぶ厄日かな
草市やひと客ごとに水を出し

澤本祐子
持ち重りする初なりの西瓜かな
揚花火家かにら見える刻流れ
夕風の水の匂いや冷奴
夕風や耳こそばゆき蚊の羽音

橋爪隆子
川音を加えて来たり夏料理
心太口がすべってしまいけり
流木を慰めている浜昼顔
成り放題に落ち放題の山桃よ

立花カズ子(7月)
甘酒やするすると喉冷しつつ
夏草や竜神様の水の音
青芒ふるえとなりし風のあり
背丈程伸びて風呼ぶ夏薊

永田 文
砂糖水記憶が沈む終戦日
男らの背中が匂う浴衣かな
うつうつと極暑に枕定まらず
早朝の夏書に墨の匂いたつ

村上青女
待ち侘びし君の声なる法師蝉
両側に黄金の稲穂一本道
稲刈機筋目正しくたくましく
校門と呼びし石柱秋の風

岡田ヨシ子
すぐそばに海の音あり心太
十薬の風が通りてお茶の時間
タオル干す香りを好み夏の蝶
飴ひとつ買えなくなりし里の夏

木村博昭
踏ん張ってすいすい流る水馬
誰からも嫌われてあり油虫
広島忌月曜の朝動き出す
うからやから去りにし居宅蝉時雨

立花カズ子
星空のほどよき風や洗い髪
宵宮の枕に届く遠太鼓
対岸の仕掛け花火が湖燃やす
遠花火時に列車が邪魔をする

*アップル京都にて。

2018年8月25日土曜日

落花生ひとりにかなふ灯を寄せて 大森理恵

落花生ひとりにかなふ灯を寄せて 大森理恵
『ひとりの灯』落花生は、花が落ちた後に花の子房が地中に潜り実が生じる事から落花生と呼ばれます。そんなことを想いながら、落花生の殻を割ってその実を口に運びます。バーボンの水割りなどが傍にあると、なおいいでしょう。天井の照明は暗くして、テーブルライトを引き寄せ、何度も読み返している詩集を開きます。辛いこと、信じられないことが次次と起こり、傷つくことの連続ですが、こんなひとときがあるからまた明日を迎えることができる。何もなくてもよい、「ひとりにかなふ灯」があればよいと、静かに励ましてくれる一行詩です。
*ホテルアウィーナ大阪にて。

2018年8月24日金曜日

もの置かぬ部屋の暗さやほととぎす 津高里永子

もの置かぬ部屋の暗さやほととぎす 津高里永子
「小熊座」八月号。もの置かぬ部屋は、どうして生まれたのでしょうか。一つの家にも、大勢の家族が暮らす時代から、一人また一人と減っていって、とうとう一人になってしまう時代が訪れます。そこにもの置かぬ部屋も現れるのですが、特に電灯を点けることもありません。しかし、風を通すために一日一度は窓を開けます。そこにほととぎすが、急くようにくぐもるように鳴きはじめました。時に、ホットキギギス、ホットキギギスなどと聞こえてきます。命を置かなくともよくなった部屋に、命の声が通い始めました。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年8月23日木曜日

じいちゃんの電話で見たよ秋の月 三宅優花

じいちゃんの電話で見たよ秋の月 三宅優花(小学校五年生)
『小学生のための俳句入門』坪内稔典監修・佛教大学編、2018,くもん出版。「ゆうかちゃん、二学期がはじまったけど、元気で学校に行ってるかい」「おじいちゃん、ありがとう。暑いけど、がんばって行ってるよ。この間は、お盆のお小遣い、ありがとう」「大事に使ってね。そうそう、今晩はいいお月様が出ているよ」「ほんと、後で見ておくね。おじいちゃんも、元気でね」
「お母さん、おじいちゃんに教えてもらって月を観てきたよ。とてもきれいだった」「そう、それはよかったね。おじいちゃんちで見ると、もっときれいだろうね」「そうだね。今度いつ帰る?」こんな会話が聞こえてきました。子どもたちが俳句と学ぶとき、季節はいつかと問われ、問題集のような学び方になってしまいがちですが、子どもたちの俳句による子どもたちのための画期的な入門書が出ました。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年8月22日水曜日

ぎいと戸が開きやませが舌伸ばす 高野ムツオ

ぎいと戸が開きやませが舌伸ばす 高野ムツオ
「俳句四季」9月号。やませは、北海道や東北地方で夏に吹く冷たい風。「餓死風」とも呼ばれている。佐藤鬼房に「やませ来るいたちのやうにしなやかに」があり、師系にはやませを生き物としてとらえる風があるようだ。ムツオさんは、やませを伸びてくる「舌」と感じるという。この直感は、東北を生きるムツオさんならではのものだ。かつて鈴木六林男師は、作家の小川国夫さんのことを「あんなに苦労してる人はない」と評した。もちろん、日々の暮らしではなく、小川さんが書き継ぐ文章を読んでのこと。同じ意味で、ムツオさんほど苦労している俳人はないだろう。

*大阪教育大学柏原キャンパスの夏休み。

2018年8月21日火曜日

秋の雲わがあくがれの海が見ゆ 大津留 直

秋の雲わがあくがれの海が見ゆ 大津留 直
 俳句大学。雲を見たことによって、海を、しかも「わがあくがれの海」を想起されました。きっと直さんの記憶の中に澄んだ秋空を流れる雲と、音を立てて寄せる海のしぶきが在るのでしょう。鈴木六林男師に「鰯雲このごろ日本海を見ず」があります。六林男師は、「見ず」と否定することによって海を想起させ、直さんは「あくがれ」という想いによって海を顕在化させました。あくがれは、「憧」と書き、童の心を表します。

*昨日の上六句会場、ホテルアウィーナ大阪にて。

2018年8月20日月曜日

「店長」15句 岡田耕治

店長  岡田耕治

目から目へ伝えていたり今朝の秋
ていねいに読み八月の新聞紙
秋暑し電柱の陰たどり行き
秋来ぬと和歌集を置く枕元
店長の肩甲骨に秋立ちぬ
立って聴く講義を囲み曼珠沙華
もうこれを最後にすると障子貼る
呟きを大きくしたる檸檬かな
敗戦日少しずつ水足している
父母とたっぷり食べて仏掌薯
ブルーシート西瓜の種のよく滑り
盆の月手にぶら下がる子との距離
コスモスに委ねていたることのあり
虫の声絵本の内も外までも
秋灯を消してラジオを聴いており
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年8月19日日曜日

香天集8月19日 三好広一郎、中嶋飛鳥、前塚かいち、中辻武男

香天集8月19日 岡田耕治 選

三好広一郎
ブランコの裏見た草よ刈り取られ
自販機の横に仏壇晩夏光
石積みに法則のあり蛇の穴
青葉冷弁財天の足細し

中嶋 飛鳥
帰省子や大黒柱一撫です
苦み頼りに三伏の陀羅尼助
百物語背をあずけおく床柱
夜の瀧丹田に声とどめおり

前塚かいち
戒名より俳号愛し墓洗う
ふるさとの空き家楽しむ帰省かな
風死すや車に白き鳥の糞
一瞬に痒くなりたる夏の庭

中辻武男
蝉時雨たまを持つ子の影寂し
仏壇の母へ西瓜を供えけり
山間の岩よりしぼる清水にて
秋立ちてほつとしている今朝の雨

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年8月18日土曜日

小鳥来る青い鳥ではなけれども 大関靖博

小鳥来る青い鳥ではなけれども 大関靖博
 句集『大楽』ふらんす堂。チルチルとミチルが求めた幸福の青い鳥は、実は我が家にいたのでした。今年も小鳥たちが飛来してきます。そのどれもが青い鳥ではなさそうですが、どんな色の鳥であってもオーケーです。それぞれが命を宿し、この世で出会うことができるのですから。「いいやんか、そのままで」と、私という存在を肯定してくれる、『大楽』はそんな句集です。御出版、おめでとうございます。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年8月16日木曜日

ひもじい子ひもじくない子終戦日 黒田杏子

ひもじい子ひもじくない子終戦日 黒田杏子
「俳句」八月号。「どの子にも涼しく風の吹く日かな」と詠んだのは、飯田龍太さん。これを所収する句集『忘音』は50年前の出版です。この句の情況は一変し、「ひもじい子ひもじくない子」という表現に象徴される格差社会が到来しました。杏子さんは、そのことを価値づけるのではなく、ましてひもじい子とひもじくない子を比べることもせず、ただ「終戦日」という時間が平等に「どの子」にもやってくることを詠みました。ひもじいこと、ひもじくないことではなく、われわれはこの子たちとともにどのような未来を描けるのだろうかと、静かに問いかけられているように感じます。
*子どもたちとつくった世界地図のパズル。

2018年8月15日水曜日

岬より岬みてをり春没日 島田牙城

岬より岬みてをり春没日 島田牙城
「じばかぶれ」第二集・特集・島田牙城。岬とは、海(湖)に突き出ている陸地ですが、その突き出しから別の突き出しを見ている、そこへ春の夕日が沈んでいくという大きな光景をまず想います。次に、岬は一つで、その突き出しから自分の居る突き出しを見ているという深さが立ち現れます。それは、115頁にもおよぶ「じばかぶれ」の牙城さんの特集を読んでいくことによって、氏の息づかいの深さに触れることができたからでしょう。
*金剛生駒紀泉国定公園にて。

2018年8月14日火曜日

天の川逢ひたき人に逢つておく 次井義泰

天の川逢ひたき人に逢つておく 次井義泰
 句集『野遊び』文學の森。スティーブ・ジョブズが米スタンフォード大卒業式(2005年6月12日)で行ったスピーチはとても有名です。私が講義で学生に紹介するのは、〈私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉に出合った〉というくだりです。〈その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。〉
 ジョブズは天才だとよく言われますが、このようにして一日一日を送ってきたから、あれほどの成果を残せたのではないでしょうか。もし、今日が人生最後の日だとすれば、あなたは誰と話したいですか。誰と逢っておきたいですか。次井さんの「天の川」は、そんなジョブズの生き方を想い起こさせてくれます。
*地下鉄「谷町四丁目」駅から。

2018年8月13日月曜日

「人事課」15句 岡田耕治

人事課  岡田耕治

髪を切る鋏の会話涼み台
校長と教頭だけの夏休
立秋や水飲んでから声を出す
人事課のよく冷えている会議室
その喧嘩おさまるまでの月の舟
目標を前に夜食を啜りけり
親と子の夜にかかりし玉兎かな
落蝉やもう一度飛ぶ形して
枝豆やどれも小粒に茹で上がる
新しい町並みにして虫の声
手のひらに収まる音符空澄めり
折り返し地点に据わり西瓜かな
秋の風大きな袋提げてくる
囃しつつ鎮めていたり秋扇
観るために秋夕焼の闇となる

*大阪教育大学柏原キャンパスにて

2018年8月12日日曜日

香天集8月12日 三好つや子、加地弘子、中村静子、澤本祐子

香天集8月12日 岡田耕治 選

三好つや子
油蝉生き急ぐ子の眉間なり
昼寝覚見知らぬ箱の中に吾
顕微鏡に逃げ込んでいる大暑かな
束の間の風の情感さるすべり

加地弘子
水無月の雲一斉に海に出る
落蝉の飛沫飛ばして落ちにけり
蟻地獄覗く手前を父の声
ヨガを行じ新じゃが芋を茹でている

中村静子
姿見の後ろに潜む暑さかな
さし水の泡を加えて金魚玉
ががんぼや片膝立てて爪を切る
潮の香と陽の香を残し麦藁帽

澤本祐子
やりたくもやれぬ事あり鳳仙花
強にして首を振らせて扇風機
野に戻りそうな畑のもろこしよ
猫じゃらし風に従い抗がいて

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年8月11日土曜日

魂の重さほどなる草の露 青木澄江

魂の重さほどなる草の露 青木澄江
 句集『薔薇果』角川書店。明け方、露が草の上に光を持ち始めました。この一粒を「魂の重さほど」だと感じる作者の暮らしを想像してみます。大切な人とつながり、大切な人を失い、この命を全うしようとする。そんな作者にとっての魂は、草の上に結ぶほどの軽さであり、明けてくる光を集めるほども重さでもありましょう。読むほどに心が落ち着いてくる一巻、御出版おめでとうございます。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年8月10日金曜日

初蝶に翅わたくしに両手あり 柴田多鶴子

初蝶に翅わたくしに両手あり 柴田多鶴子
『季題別柴田多鶴子句集』邑書林。初蝶が柔らかな翅を広げました。間もなくこの空へ飛んでいくことでしょう。私にも同じように両手があって、これを使ってどこへでも飛んでいくことができます。「習」という漢字は、羽と白とからなっていて、白は雛鳥の胸の色を現しています。生まれたばかりの初蝶のように、羽をつかって羽ばたいていく、そのためにどん欲に習うことをしてきた作者の全容が姿を現しました。御出版、おめでとうございます。
*守口市役所にて。

2018年8月9日木曜日

一期一会ここに西瓜を食うことも 大津留公彦

一期一会ここに西瓜を食うことも 大津留公彦
 混むには少し早い時刻、スタンドバーで隣りになった男性が、畑で西瓜を作っても家族は食べようとしないとつぶやいていました。小さい頃、父が大きな西瓜を切り分けてくれた場面を想い起こしますと、そこには家族がいて、近所の友だちがいて、その場で食べ合った顔ぶれは、その時限りでした。まさに「一期一会」、茶会のような改まった場でなく、西瓜を食べるという暮らしの一コマでも、一生に一度だけの機会なのだと、一句は教えてくれています。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年8月8日水曜日

朝食はbreadandbutter秋立ちぬ 今村征一

朝食はbreadandbutter秋立ちぬ 今村征一
 俳句大学8月7日。原孝之さんの選評に「ブレドゥンバター」と発音するので、17音の定型に収まる句とあり、知識を広げました。鈴木六林男師は、70代前半までは、句会のあとよく居酒屋に寄られましたが、晩年は喫茶店で「紅茶とトースト」を注文されました。美味しそうなブレドゥンバターをゆっくりとめしあがりました。秋に入りますと、一日をスタートさせるのは、こんなモダンな朝食がいいですね。師匠と行った喫茶店は、まだ辛うじて残っていますので、週末の朝、出掛けてみたくなりました。征一さん、ありがとうございます。(8月7日)
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年8月7日火曜日

哲学の椅子と呼ぶ石ほととぎす ふけ としこ

哲学の椅子と呼ぶ石ほととぎす ふけ としこ
 「香天」52号を発行し、10周年記念にふけとしこさんから「招待作品」を寄稿していただきました。大阪市の愛染堂勝鬘院に「哲学の椅子」があり、大きな石の椅子で、そこに坐ると発想力を上げてくれるとのこと。としこさんならではの関心をもってその椅子に腰掛けてみると、ちょうどほととぎすが鳴きはじめました。そのことをただよろこべばいい、としこさんの息づかいがそう教えてくれるようです。


*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年8月6日月曜日

「泡盛」15句 岡田耕治

泡盛  岡田耕治

もう一度飛び上がらんと蝉の声
箱庭や真ん中に蔭現れて
引力が強くなりたる暑さかな
朝からカレーを食べて夏休
泡盛や光に向かい飲み始む
直前にドアが閉まりて冷房車
花氷十分ずつを刻みけり
立つことを促している新樹かな
締切に近づいてくる紙の虫
今日という命にかかり夏蒲団
少し低い少し高いと冷房裡
八月や節電の昼暗くして
見取図の上空に来て夏燕
位置に着くまでに整い汗の息
最後まで残りし子らの日向水


*大阪教育大学天王寺キャンパスにて

2018年8月5日日曜日

香天集8月5日 石井冴、玉記玉、森谷一成ほか

香天集8月5日 岡田耕治 選

石井 冴
絡ませており空蝉の指として
三人が青くなりたりかき氷
あげは蝶人の匂いのする方へ
円柱の横たわりたる大暑かな

玉記玉
文字盤を砂こぼれゆく熱帯夜
豪快な風の一刷毛ハンモック
胸鰭が欲しいだなんてバルコニー
蛇衣を脱ぐ喉過ぎる水のよう

森谷一成
地震(ないふ)るや母の齢をまた更に
衛星に繋がれて在り半夏生
魂や刑の支度の刻一刻
戞戞と灼けた護岸を転げ落ち

渡邉美保
夜遊びの果ての水母の流れけり
炭酸水微炭酸水雲の峰
箱庭に置くサーカスのテントかな
蟬時雨時折まじる妣の声

藤川美佐子
目撃はいづくにありし梅雨鴉
悲しみや凌霄の花流れゆき
草の息我が魂のありどころ
足裏に魚の目やどり敗戦日

西本君代
聞こえない声を聞くよう蛍狩
炎昼や麺を硬めに茹でておく
田中といふ吾が故郷よ青田中
百年の高楼にして宵涼し

澤本祐子
無事ですとつながる電話梅雨はげし
青蔦の遠き日が見え喫茶店
梅干の種をとばして吉事まつ
手のひらに包む木漏れ日心太

釜田きよ子
夏帽子被る律義な影法師
昼寝覚砂漠の水を飲みしこと
空蝉を夫婦のごとく並べおく
頭数揃ったところ西瓜切る

宮下揺子
暑そうな猫が漱石旧居跡
定住の意志を固めて夾竹桃
百日紅きょう一日を生き抜いて
炎昼や夫の歩幅に追いつけぬ

北川柊斗
包容力もちたる泰山木の花
大西日比叡の腹をケーブルカー
おいそれと変わらぬ性や夾竹桃
ビル街の風まどひたる晩夏かな

神谷曜子
一両電車突き抜けてゆく敗戦日
夏蓬捨てられるものみな捨てて
夕焼に電線迷い込んでおり
思春期の匂いの背中夏休み

古澤かおる
滴りやラブラドールの黒光り
着崩れぬ為の一本藍浴衣
花氷地産地消のサラダから
ポイントは護岸の近くヤマメ釣り  

羽畑貫治
空蝉や道にころがる風のあり
逆走の台風が行く天と地と
アシストのギアをトップに夏雲雀
平成の最後の夏を法師蝉



*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。