2021年6月30日水曜日

白南風が開く頁  岡田耕治

改造社版歳時記の黴開く
何も置かぬ一枚板の風薫る
体温を測るひととき百合匂う
夏帽子ポケットの尻ふくらます
一冊の本に招かれさみだるる
番号の札を持ち合う端居かな
学習のはじめトマトをキャッチする
かき氷優先順位入れ替わり
冷酒飲む死んでも生きている人と
一日の顔を飛ばせり扇風機
見えぬまで影を見送り立葵
梅雨鴉かがやく羽根を残しけり
潮騒へ傾いており短き夜
書けるだけ書き出してゆく夏至の夜
白南風が開く頁より読みはじむ
十河 智
 雲は広がるが、雨は降りそうにもない戸外。いつも持ち歩く本がある。浜辺に座り読もうと開けると風が吹いてページを捲る。句集かもしれない。論語のような金言集かも知れない。偶然を喜び、そこから読むことにする。

大津留 直
 白南風が開いたところを読みはじめたところが、面白くて、つい引き込まれてしまう。そんな偶然と必然の「あはひ」を感じさせます。まさに、それが俳句の道なのかもしれません。

2021年6月28日月曜日

網戸  岡田耕治

水羊羹指の形に缶が濡れ
麦藁帽また会えるから泣かないで
開店ののぼりを立てて梅雨に入る
新しいヒントが並ぶ玉葱よ
五月雨の長椅子の距離鳴らし合う
夏暖簾顔から割って出て来たる
新樹光胸を濡らして水を飲む
夏草のまず抜かれたる不在かな
順番に休暇を取ってゆく麦茶
老いてゆくことの涼しき体かな
白靴や招待券の届きたる
遮りし光の溢れ麦の秋
閉ざされし店よかすかな夏灯
山法師の花の裏から空に入る
待っていてくれたる人の網戸かな 

待っていてくれたる人の網戸かな  耕治
五島高資
 おもてなしの心はもちろん、来訪者の感謝も伝わってきますね。網戸に「物の微」を、利他心に「情の誠」を感じさせる絶妙な秀句と存じます!!

2021年6月27日日曜日

香天集6月27日 渡邉美保、加地弘子、釜田きよ子ほか

香天集6月27日 岡田耕治 選

渡邉美保
集まって穴を見てゐる梅雨晴間
干草の香に包まるる一夜かな
実桜や死者百人の空見上ぐ
幼鳥のはばたく構へ大南風

加地弘子
ジャスミンが静かに窓を開ける夜
置いてきた四ひらのことを想いおり
擽られ死ぬほど笑った父の日よ
次の方と呼ばれて進む青すすき

釜田きよ子 
茄子の花人を疑うこと知らず
父の日や瞼の父がキセル打つ
未来より来た青年の夏羽織
植田苗少しおどおどしておりぬ

楽沙千子
そこはかとインクの匂う若葉かな
斎場を出て新緑の息深し
沙羅の花子の焼香に座のなごみ
学童の姿は見えず菖蒲園

北村和美(6月)
うすき風籐椅子の脚伸びてくる
雨あがりズックの先に風薫る
白南風や紙飛行機の落下点
円陣の顔つぎつぎと蚊に刺され

松田和子
黒南風や漁船遥かに見えはじむ
教会の声の響きよ田植笠
仏法僧遠くから風届きけり
鵜飼の火待つ目が光る籠の中

北村和美(5月)
肩越しにしずくを受けて花水木
カーネーションホットココアをゆっくりと
くちなしの花びら満ちる朝のこと
地車の冒険を着る法被かな

永田 文
はや風の棲みて植田を揺れ動く
若楓ひかりのこぼる石山寺
地方紙を濡らし筍届きけり
ガタピシャとにぎやかになり梅雨の朝

藪内静枝
御通りと悠然として揚羽過ぐ
柘植の木と軒のつながり蜘蛛の糸
川岸に上がれば白き風薄暑
非通知の着信二件梅雨の雷
*大阪市扇町公園にて。
 

耕治俳句鑑賞 桑本栄太郎、野島正則、十河智

牛の目に匂いはじめる夏の草  耕治


桑本 栄太郎
 夏草の生い茂る時季となりましたね。牛さんは新しい夏草は美味しい事を知って居り、喜び勇んで食べて居ります。「牛の目に匂う」との表現が素晴らしく、美味しい夏草を沢山食べ美味しい乳をたくさん出す事でしょう!

野島 正則
 目に匂う。この措辞が新鮮な感覚ですね。嗅覚も目でとらえているような牛。実際には、ヒトの視力を1.0の標準値とすると,牛は0.04程度といわれているそうです。このため,牛は細かい形の違いは分からないそうです。牧草などの餌を鼻先で分けたりするのは、見えないがため、嗅覚が発達していて、不要なもの、害となるものを匂いで判別しているのだそうです。そんなことから、牛は何でも匂いを嗅ぐ習性があり、嗅覚は、身を守るための武器なのでしょうね。

十河 智
 美味しそう!と目で見て涎が出る事ありますね。匂いは牛の目に美味しそうと思わせているのでしょう。五感が繋がっているという感じがよく出ている一句だと思いました。

2021年6月20日日曜日

香天集6月20日 安田中彦、三好広一郎、石井冴、木村博昭ほか

香天集6月20日 岡田耕治 選

安田中彦
スケッチによろしき峰と雲の峰
往生の際より羽抜鳥走る
蛍火に囲まれてゐて赦されず
あをあをとプールからこゑしてゐたり

三好広一郎
レシートのこんなに長いキャンプかな
水を聴き水遥かなり竹夫人
蛞蝓の遺言一行光沢す
父さんを犯人と思う網戸かな

石井 冴
燕子花しゃがんだままで長く居る
なめくじらやはり光を求めけり
部屋という部屋に椅子ある団扇かな
どくだみをかき分けてゆく生家まで

木村博昭
新聞をひらく楽しみ鯉のぼり
どの道も都に通ず花茨
押印にこだわる人の半ズボン
冷そうめん大黒柱光りたる

宮下揺子
ぶらんこの風のへこみに腰掛ける
田水張る赤き鉄扉の新しき
今朝のこともう忘れてる雨蛙
老夫婦離れてくぐる茅の輪かな

釜田きよ子
蜘蛛の囲の職人技を思いけり
昨日とは意見の違うアマリリス
吾も蛇も出会い頭という縁
あめんぼう光かきわけ掻き分けて

神谷曜子
憲法記念日カリカリにパンを焼く
アルバムの家族を開き新樹光
著莪の花謎を秘めたる森の風
鶯や出遅れていることのあり

古澤かおる
弟に白髪の覗く麦藁帽
長靴に猫の隠れる五月雨
戻り梅雨フリーダイヤルの着信
睡蓮や軋みつづける父の椅子

牧内登志雄
バブリーな女の匂い夏帽子
麦秋や山越えてゆく波のあり
たつぷんと水の惑星金魚玉
ソーダ水飮めば初戀地獄變
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2021年6月19日土曜日

耕治俳句鑑賞 岡田 登貴 大津留 直

冷酒飲む死んでも生きている人と  耕治

岡田 登貴
 六林男さん、ずっとずっと耕治さんの中に生きていらっしゃいますね。冷酒のグラスにつく水滴が、師弟の間をつなぐように思いました。

大津留 直
 この句のポイントは、このように詠うことによって、「冷酒」という季語がこれまでとは違う全く新しい輝きと味わいを与えられていることです。作者自身がそのことに驚き、その死者に対する感謝を新たにしている趣があります。



2021年6月17日木曜日

耕治俳句鑑賞 桑本栄太郎、十河智、大津留直、仲寒蝉

番号の札を持ち合う端居かな  耕治

桑本 栄太郎
 ワクチン接種の現場でしょうか?或は病院での診察でしょうか?何れにしても、待合の時間は長く感ずるものですね。

十河 智
 この頃思い当たるのはワクチン接種会場、ただどこも消毒や人数制限で、この光景多くなりました。端居、本来の外の椅子という意味でもあり、俳句の季語の本位から外れているとも言える。もう少し深く読んで、先生の情緒が、この状況をも、のんびりと夕景を楽しむ時間としていると見る。これが正解かなと。

大津留 直
「持ち合う」が謎。普通、番号の札は一人びとりに与えられるもので、どんなに親しい人とでも持ち合うことはしない。これは、おそらく、ワクチン接種をして、家に帰って来てから、夕涼みをしているところで、異なる接種会場で接種を済ませた家人と、それぞれの札を持ち合いながら、その様子を話しているのだろう。同じ番号札でも大きさや重さがこんなに違うことに驚きながら。ともかく、お互いに接種を済ませて一安心していることが「端居」という季語から推測される。

仲 寒蝉
 何の番号札だろう。「持ち合う」はAのをBが、BのをAが、ということでなく見せ合うくらいの感じでしょうか。今ならコロナ・ワクチン、そういえばホカホカ弁当でも番号札がありました。「あんた何番だい?」などと見せ合っている端居というのも面白いですね。



2021年6月16日水曜日

動画講義「俳句づくり心得帖」

大阪教育大学公開講座で話した「俳句づくり心得帖」の動画講義(21分)です。鶴見俊輔さんの『文章心得帖』(ちくま学芸文庫)からヒントを得て、俳句づくりのヒントを語ります。
ここからどうぞ→https://youtu.be/0HP7cHNZUqk



2021年6月15日火曜日

二人して何もつくらず昼寝覚 鈴木六林男

 生を持続させるためには、愛であれ、美であれ、暮らしであれ、何かを作らなければならない。しかし、ある時を境に作ることではなく、在ることに「生」の意味を確かめるようになる。夫婦であれば、作り続けることによって保ってきたその関係が、何も作ることのない関係、作らないけれども互いを労い合う関係へと浮上していく。
 この句を初見したときの微笑と、その中にある哀しみは、しだいに深くなってくるようだ。(岡田耕治)



2021年6月14日月曜日

耕治俳句鑑賞 仲寒蝉、桑本栄太郎、野島正則

体温を測るひととき百合匂う  耕治

仲 寒蝉
 いま体温を測るというのは緊張する瞬間かもしれませんが、コロナを離れれば意外とくつろいだ時間かもしれません。この主人公も百合の香りに注意が行くくらいの余裕はあるということでしょう。

桑本 栄太郎
 大学での講義にため人前で話す事も多く、毎日体温を測って万全を期されているのですね?朝のひと時、体温を測る間も、飾られた百合の花が香しい芳香を放っています。

野島 正則
 最近では、多くの企業の受付に、顔を枠に合わせて、瞬時に体温、マスクをしているのかまで表示する、鏡のような機械が置かれています。この句では、そのような瞬時に体温を測定できるのではなく、昔ながらの脇の下に挟んでちょと時間をおき、ピピッとなるまで待つ。このちょと待つ時間がひとときの措辞なのでしょうね。百合もきつい匂いを放っているのではなく、花も目覚めたばかり、すがすがしく香り、仄かに漂う、上品な香りであったのでしょうね。



2021年6月13日日曜日

香天集6月13日 玉記玉、柴田亨、三好つや子ほか

香天集6月13日 岡田耕治 選

玉記玉
奔放な髪が疲れるみどりの夜
リフレッシュ休暇トマト三個分
枕から昼の鳴き砂夏惜しむ
時映す鏡に蛇を祀りおり

柴田亨
夏の光脱いで寄り添う百済仏
縦横に世の果てからのつばくらめ
西日満ち東天淡く染まりけり
囀りの止んで群青拡がりぬ

三好つや子
新樹光鳥のことばを訳す子よ
脳すこし浮いてる八十八夜かな
木耳に誘われている暇はざま
走り梅雨からだにふっと火打石

中嶋飛鳥
サングラス火種の一つ明らかに
虹の脚げんこつ合わせ乞う暇
たまゆらのカミングアウト緑の夜
青水無月くすり指より疲れ来る

小﨑ひろ子
紫陽花の蕾どこまでも緑
風入れてシャツのふくらむ夏の前
喜びて視る木の花の名を知らず
鴨集う豪雨のあとに中洲あり

櫻淵陽子
検温器反応しない夏夕べ
西日中相槌を打つ君のゐて
顔晒すキャンプファイヤー流れ星
山小屋の壊れたままの扇風機

岡田ヨシ子
蓮華草小学校まで歩きゆく
夏来る卒寿の日々の早さにも
浮かびくる麦藁帽の人の名前
薄ピンク西瓜を食べしマスク染め
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2021年6月11日金曜日

耕治俳句鑑賞 牧内登志雄、十河智 

籐椅子や心のままに求めたる  耕治

牧内 登志雄
「心のままに」籐椅子に身体を預ける心地よさ。都の職員だった父は時に狭い部屋に、分不相応ともいうべき大きな買い物をしてきた。子供心に覚えてるのが大きな電蓄。初めて聴いたレコードはハリー・ベラフォンテの「バナナボート」だった。
 やがて、レコードを聴くために買ってきたのが、これまた大きな籐椅子。子供には大きすぎる籐椅子に座ると、ギシと軋む音とかすかな煙草の匂い。そんな籐椅子でベラフォンテの「ダニーボーイ」や「ハヴァナギラ」を聴いて、少し大人の気分になった子供の頃を思い出した。


十河 智
「心のままに」この句の焦点はここにあるようです。うちの祖父母の家にも縁側に使い古して少し破れかけた籐椅子がありました。祖父は座布団にあぐら、祖母がよく籐椅子に凭れ掛かっていました。「心のままに」座し、立ち上がるのも、「心のままに」でした。
「求めたる」心具合、気分が籐椅子を求めていると、そして安心を得たと解釈しました。



2021年6月10日木曜日

耕治俳句鑑賞 大井恒行、仲寒蝉、十河智、野島正則

改造社版歳時記の黴開く  耕治

大井恒行
改造社版は現代の歳時記の基本型になっていて、本意 解説 もすぐれ、出典明記、なれど、俳号しか記されておらず…など記憶していますが、一昨年の断捨離ですべて処分しました。

仲 寒蝉
これ、めちゃくちゃ面白いですね!俳句史的なことも分かるし、何より「黴開く」という措辞が秀逸すぎます(^^)/

十河 智
岡田先生、改造社版歳時記、古い書物と皆さんのコメントで知りました。手にしていられるのですね。今は梅雨時、ホントは干してから読み進みたいけど、心が早くと急かすのでしょう。「黴開く」、がそう言っているように思いました。

野島正則
歳時記は、俳人にとって、唯一のよりどころ。歳時記を手に取り、季語の本意を探るのは、基本ですね。今では、貴重な改造社版『俳諧歳時記』。書を曝すなど、とても大事に使っているのでしょうね。昭和八年、改造社版『俳諧歳時記』。それ以前の俳句歳時記と一線を画し、百科事典的といっていい質と量の季語とその古書校注や季題解説、当時としては異例の、近世以来の例句が多く載せられているという。植物については、牧野富太郎博士の参加、季題解説・実作注意・例句担当は、高濱虚子、青木月斗、松瀬青々、大谷句佛。古書校注も錚々たるメンバー揃い。歳時記というよりは、百科事典のような扱いに、虚子は満足していなかったようですね。



2021年6月6日日曜日

香天集5月30日 辻井こうめ、渡邉美保、森谷一成ほか

香天集5月30日 岡田耕治 選

辻井こうめ
極上のみどりそれぞれ五月来る
花桐や遺りし母の一張羅
麦笛や逢ひたい人に逢ひにゆく
燃料を売る古民家の諸葛菜

渡邉美保
手囲いのはえとりぐもをころがせり
青梅煮る火を細うして紙の蓋
ペン皿に鉛筆並べ新樹の夜
実桜に右手汚してしまひけり

森谷一成
跼蹐の眸にふれる蝶の息
蹠と尻いっぱいに競漕す
競漕の声一斉に点滅す
吹奏のぽつんぽつんと春の暮

中濱信子(5月)
小手毱や遊び相手の風きえて
柿若葉女すばやく隠れけり
手のひらに使う包丁春嵐
筍や列島強く吹かれいる

中濱信子(4月)
朧月仕切りの粗き露天風呂
頬杖をつけば桜の揺れはじむ
初蝶やピアノ塾より蝶ちょ蝶ちょ
葱坊主納得のゆく丸さです

楽沙千子
太子像夏帽を脱ぎ真向かいぬ
声変わりして入学の知らせ来る
飽食に坑していたり土筆飯
終点とする囀の雑木林

永田 文
水の里山毛欅の若葉は水しぶく
借景は葉桜として山に帰す
両の手に抱いてあふれる牡丹かな
花びらの撓みに蝶の翅やすめ

中辻武男
冬麗の富士に教わる卒路かな
冬の旅吾子の弁当味わいぬ
マスクして車外の景色身にしみる
生き尽くし敬を忘れぬ吾が命
*岬町小島にて。

耕治俳句鑑賞  野島正則、十河智、大津留直

新樹光胸を濡らして水を飲む  耕治
野島正則
 みずみずしい新樹から零れる光。この胸を濡らしているのは、今飲んでいる水ではなく、新樹から漲る生命力であり、弾けんばかりの若さでもあるように感じました。

夏草のまず抜かれたる不在かな  耕治
十河 智
 訪ねていったのに、でかけて留守。親しいお友達でしょうか。庭の手入れも良くする方のよう。梅雨時に、まず草は抜いてあると庭を見ている。少し待ってみようか、思案中なのでしょうか。

老いてゆくことの涼しき体かな  耕治
大津留 直
 この句のポイントは、「体」。自分は老いを受け入れがたく思って悩んだりしていても、体は老いに徐々に慣れてきて、けっこう涼しげに受け入れてしまっている。そんなことは、誰にでも起こっていることなのだが、いざ句に詠うとなると、長年の修練が必要。素晴らしい句です。



香天集6月6日 久堀博美、夏礼子、前塚かいち他

香天集6月6日 岡田耕治 選

久堀博美
一瞬を輝いてありあごの翅
鉄錆のにおいの中を蟹走る
ひとときは空が開けて滝飛沫
さみだるる美しく且つおそろしく

夏 礼子
芍薬や真昼のしじまわがものに
花桐や無名兵士の墓を訪う
植田風透明という色のあり
幼子を真似るくちびるサクランボ

前塚かいち
ワクチンの不安・安心薄暑光
百態の猫の寝姿梅雨に入る
短夜の猫の外出許しけり
梅雨晴間植木鉢にてねまる猫

浅海紀代子
部屋中をおもちゃに代える子猫かな
囀の大樹より今日始まリぬ
山法師散り敷く夕べ夢の跡
夫と居し歳月遠く枇杷熟るる

安部礼子
引き出しのⅠセントコイン夏来る
青竹の四隅と祝詞柿若葉
梅雨寒に眠る電池を外しいて
覆われていたのは時代蚊帳のあを

嶋田 静(4月)
春ショール纏いなおして本題に
髪切りてまぶしき街や花ミモザ
犬ふぐり見てうどん屋に入りけり
おぼろ月幼き妹かけて来る
 
河野宗子
双眼鏡小梅が位置を知らせたる
夏来る両足しかと土を踏む
雲紫陽花やステイホームは毱のなか
金平糖新茶をすする小さな手

嶋田 静(5月)
五月雨や机に並ぶ紙とペン
正座して新茶の甘み受けており
春の雨ユンボにもある休みの日
楠若葉真直ぐ一年生が来る

吉丸房江
早苗田に吹いてきれいな風となる
家四方開け放ちたる若葉かな
川音の低くなりゆく走り梅雨
五月雨の十色を超える傘の色
*岬町小島にて。